軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十九話

翌日の朝、ラングレー皇国の皇城に甲高い悲鳴が響き渡った。

「きゃぁぁぁーっっ!! 虫よ虫! 誰か来てーーっ!!」

執務室で打ち合わせをしていたセオドアとアーノルドはしたり顔で顔を見合わせる。

「上手くいったようですね」

「そのようだな」

滞在には普段メイドが使用する部屋をあてがい、晩餐会では一切味付けをしていない芋料理や高カロリー食を提供する。湯浴みは自分で水を浄化してもらうこととし、今さっきの悲鳴は騎士がこっそりアクアマリンの部屋に虫を送り込んだことによるものである。

これらはすべて、二人が計画したものだった。

「まだ二日目ですが、担当のメイドによると相当効いているようです。昨夜はベッドの上にご自分のハンカチを敷きつめて寝たそうで、朝食は一口も手をつけなかったとか。こちらの思惑通り一日でも早く帰国したいと思っているかと」

「いい調子だ。満足な食事と睡眠をとれないと人は一気にだめになっていくからな。問題はルビー王女と面会を希望していることだが……」

「二人を引き合わせることには反対でしたよね」

「ああ」

セオドアは肯定するが、すっきりしない表情を浮かべている。

「今更ルビー王女に興味を持ち始めたのが気になる。もしかしたら、王女の力の価値をどこからか知ったのかもしれない」

「すでに国内では有名な話ですからね。国外に漏れ伝わっても不思議ではありません。連れ戻すようベルハイム王国から密命を受けている可能性もありますね」

「だから絶対に二人は接触させたくない。腹黒聖女のことだ、どういう手段に出るか分からん」

「どうしましょうかねえ……」

二人が唸っているころ、皇城一階のアクアマリンの居室では――。

「もうこんな部屋にはいられないわ! 虫が出るなんて聞いてないもの! わたくしは聖女なのよっ!?」

「お静まりください、アクアマリン様!」

「おまえはここで掃除でもしてなさい! 虫が出たのはおまえの怠慢のせいよ!」

メイドの静止を振り切って部屋を飛び出すアクアマリン。

何事かと驚いている見張りの騎士に気付くと、彼にはニコーッと聖女の笑みを向けた。

「部屋に籠もっていては気が詰まるので、城内を散策してもよろしいでしょうか?」

「城の中でしたらご自由にと言いつかっております。お好きに見て回ってください」

「ありがとう」

少し距離をとって騎士に護衛されながら、アクアマリンは歩き始める。

(あんな部屋に押し込められているくらいなら、歩いていたほうがマシだわ)

とはいえ、ベルハイムのきらびやかな王城と比べてラングレー城はまったく見どころがない。歴史のある絵画の一つも飾られていないし、うっとりするような細かい細工の飾りもない。すべてが最低限で質素だった。

唯一アクアマリンを満足させたことは、すれ違う使用人や大臣たちがうやうやしく頭を下げたこと。自分を敬う様子を目の当たりにして、少しは虚栄心が満たされたのだった。

ぐるりと城内を回り、厨房のあたりまでやってきたとき。

アクアマリンはバスケットを抱えて廊下を急ぐ一人のメイドに目を留めた。赤毛の髪に、見覚えのある髪飾りがあったからだ。

(――お姉様も似たような髪飾りを持っていたわ。偶然かしら?)

たまたまだろうと思いつつもなにかが引っかかり、メイドを追いかけて声をかける。

「そこのあなた。ちょっと待ってくださる?」

「あ……えっ? わたくしのことでしょうか」

「そうよ。ちょっと聞きたいことがあるの」

メイドはアクアマリンのことを知らないような顔をしたが、豪華なドレスを一瞥して何かを察し、深々と礼をした。

「あなた、名前は何というの?」

「エマと申します」

「そう、エマね。あなたの髪飾りが素敵で思わず呼び止めてしまったの。どこで手に入れたか教えていただけない?」

「こちらでございますか」

エマは幸せそうに頬を緩めた。

「仕えている御方が下賜してくださったのです。その御方の瞳に似て美しい緋色なのですよ」

「緋色の瞳?」

お姉様と同じだわ、と即座に気がついた。

これは偶然ではないかもしれない。もしかすると……このメイドはお姉様に仕えているのではないかしら?

「もしかして、あなたの主人の名前はルビーではなくて?」

訊ねると、エマは大きく目を見開いた。

「どうしてご存じなのですか!? ええ、わたくしはルビー様にお仕えしております」

「やはりね」

アクアマリンはエマの質問には答えず、扇子の影で口元を歪めた。

(――見つけたわよお姉様。陛下はわたくしを会わせたくないようだったけど、意外と近くにいるじゃない。わたくしたちは世界で二人きりの姉妹なのだから、再会するのにそもそも誰かの許可は要らないわ……)

パチンと音を立てて扇子を畳むと、エマに向かって聖女の微笑みを張り付けた。

「実はわたくし、ルビー様の古い知り合いなの。普段はベルハイム王国に住んでいるのだけど、ルビー様がラングレーに嫁いだと聞いて旅の途中に立ち寄ってみたのよ。案内してくださらないかしら?」

「祖国のご友人様でいらっしゃいましたか! もちろんです。この国に来てお客様は初めてですから、ルビー様もお喜びになるかと存じます」

「ありがとう。今から伺っても平気?」

「この野菜を厨房に届けにきたので、急いで置いてまいります。少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか」

「わかったわ。ここで待っているから済ませてきてちょうだい」

――このメイドは何も知らないようね、とアクアマリンはほくそ笑む。

姉の側近のようだから、アクアマリンという名前や関係性はあえて伏せた。自分のことをどう説明しているか分かったものではなかったから。祖国の古い友人だということにすれば断る理由がない。

空のバスケットを持って戻ってきたエマと共に、アクアマリンは城門までやってきた。

「ルビー様は城ではなく森の中で暮らしております。一時間近く歩きますが……馬車を借りてまいりますか?」

「馬車をお願い」

即答するアクアマリン。ほどなく手配された馬車に乗り込んで、ルビーの住む森の入り口に向かった。