軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 中央からの招待

獣人の国、ヴァダッドの国境領主であるバルトシーク家に嫁いで一年が経った頃のこと。時期としては初夏、眩い日差しと鮮やかな緑に囲まれた季節に、その知らせはやってきた。

「国王様との謁見……ですか?」

アルノシュトの部屋で聞かされた話に、私は驚きながら聞き返す。先ほど我が家に届いた書簡には、王の住まう宮殿への招待と、王への謁見について記されていたのである。

「うむ。……リシィの活躍は常に王へ報告を届けていた。ようやく、謁見の許可がおりたんだ。王は貴女に会いたがっていたしな」

「……そうなのですか?」

私たちの結婚は本来、国同士を結び付ける政略結婚であった。しかしお互いの国の王へ謁見したことはない。国境周辺だけ、つまり王都から離れた場所で試験的に始めた交流のようなものだったのだ。

(仲良くしたい、とは言ってもお互いを信用しきれないのだろうと思っていたのだけど)

一年で国境近辺の領地の獣人とはほとんど顔見知りになった。彼らの中にも、たとえばウラナンジュのように魔法使いに対してわだかまりを持つ者はいたけれど、何度か顔を合わせるうちにすぐ打ち解けることができた。そろそろマグノ側にも獣人たちを招待してみようかという話も出ており、それは実家とやり取りをしてマグノ側にも許可を申請中である。

ただ中央領地、つまり獣人の王が居る場所へは近づけなかったので、そちら側の状況はあまりよくないのだと思っていた。私に対して、そこへ近づく許可がおりないとアルノシュトから聞いていたから。

「王ではなく……側近が、魔法使いを警戒しているんだ。王は大らかな性格をしているからな」

ヴァダッドの王は、国内で最も武力的に優れた者が就くものらしい。武闘派で大らかというイメージが上手くつながらなかったのだが、そういえばアルノシュトだって武力は優れているけれど、争いが苦手だという。……肉体的な強さと闘争心は必ずしも伴うものではない。

「王族の側近は賢族三家が務めるのが習わしだ。今は猿族、烏族、海豚族から一家ずつが選ばれているな」

「バルトシークは武族五家のひとつ、でしたよね?」

「うむ。今は狼族、虎族、熊族、鷲族、鯱族から選ばれている。跡を継ぐものがいなかったり、決闘に負けると入れ替わる仕組みだ」

マグノでいうところの貴族にあたる重要な家が、ヴァダッドには八家ある。それらは知恵比べであったり、力比べであったりという実力勝負で選ばれるものらしい。マグノの権力は血族に受け継がれるものなので、文化の違いにはいまだに驚かされることが多い。

私はいまだに出会ったことがないのだが、どうやら水生の動物の獣人もいるらしい。イルカやシャチという種族が出てきたのでそちらにも驚いた。

「では、現在の王は」

「象族の王だ。……争いを望まない温和な性格な者が多い種族なんだが、力は強い。どうしても戦争を終わらせ、平和な国としたかった象族が王となったおかげで今があると言える」

そう言いながらアルノシュトはぎゅっと私を抱きしめた。そのままぴたりと頬を重ねるような優しい頬ずりをされながら、彼の大きな体の向こうで大きな尻尾がぶんぶんと振られているのが見えた。

夫婦となった当初では考えられないくらい、こうしたスキンシップをしてくれるようになったのが嬉しくて、喜びを表現している毛並みの良い尻尾にも愛おしさを感じる。

「武族の中には平和主義を批判する者もいるが……貴女に出会えたのも、貴女と結婚できたのも王の判断があったからだ。俺は、王に感謝している」

「ふふ……はい。私もそうです。……国王様にお会いするのが、楽しみになってきました」

「……しかし中央にはまだ、魔法使いをよく思わない者が多いだろう。むしろ辺境よりも中央の方がその傾向が強い。絶対に私から離れないでくれ」

「ええ、分かりました」

こうして私たちはしばらくバルトシークを離れ、中央王都へと向かうことになった。数日泊まり込みになるということで、旅支度をしている最中にミランナが遊びにやってきて、支度をしている私に目を丸くする。

「リシィ、帰っちゃうの……!? アルノシュトと同じ匂いがするくらい仲いいのに!?」

何を勘違いしたのか、耳も尻尾もピンと立てて毛を膨らませたミランナの台詞で私は一気に赤面することになった。獣人たちは鼻がいいので夫婦仲が分かってしまうのである。……どうやら私とアルノシュトは同じ匂いがするらしい。

「いいえ、違うのよミーナ。……その、中央へ行くの。国王様に謁見するために」

「あ、なんだそっか。……うーん、でも中央かぁ。ちょっと心配だなぁ、あっちはギスギスしてるから」

「……そうなの?」

「うん。向こうの人はさ、たぶんまだ魔法使いのこと怪物だと思ってるよ。この辺に居ればほら、たまに見かけることくらいはあるし、見た人から話も聞くから違うけど、向こうの人は何も知らないから」

アルノシュトと同じ心配をしている彼女の言葉で、少しだけ中央に赴くのが不安になった。知らないものは怖い。国境よりも中央の方が、魔法使いを見たことのない者が多く、もっと恐ろしい見た目をしていると思っているのだと彼女から教わる。

それはおそらくマグノでも同じだ。結婚前に見せられた、偽のアルノシュトの姿絵。あれが獣人の姿だと思っている魔法使いも少なくはないのだろう。

「こんなに可愛いのにねー?」

「ふふっ……ありがとう」

「リシィ以外の魔法使いにも会ってみたいなー。魔法使いをこっちに呼んだり、向こうに誰かを連れて行ったりする時は声かけてね!」

ごろごろと低く喉を鳴らしながら頬ずりしてきたミランナの願いには笑って頷いた。彼女はかなり社交的なので、私以外の魔法使いに会う人選としては適格だと思う。私もこの国に来たばかりの頃、彼女と知り合ったおかげで随分と気が楽になった。文化が違うことはひしひしと伝わってきたけれど、純粋で明るいミランナから言われれば嫌味には感じないだろう。

「気をつけて、ちゃんと無事で戻って来てね」

「……ええ」

これほど注意されるのだから、気を引き締めていかなければならない。温和な王は会いたがっていると聞かされているが、王以外が魔法使いをよく思っていないのだということは、二人の言葉の端々から伝わってくる。

「あ、でも中央にも面白いところはあるんだよ。神の水も汲めるし、アルノシュトと行ってくるといいよ!」

「え、ええ……?」

私の緊張が分かったのか、ミランナが励ましてくれた。神の水と聞いてもすぐにはピンとこなかったけれど、結婚式の時にアルノシュトと飲み交わしたものだということを遅れて思い出す。

……結婚式の後は「貴女を愛せない」と言われて、それを聞くどころではなく、そのまま忘れてしまっていたのだ。中央に行ったら尋ねてみよう。

「何かお土産を探してくるわね」

「やったー! 楽しみにしてるね!」

期待半分、不安半分。そんな面持ちで、私は中央領地に向けて旅立つこととなった。

獣人であれば自分で移動するのが早いらしいが、魔法使いにはそんな体力はない。中央まで魔法で跳び続けるのもまた魔力がもたないということで、アルノシュトが移動用に馬車を用意してくれていた。

「行こうか、リシィ」

「ええ、アルノー様」

大きなアルノシュトの手に支えられ、私は馬車に乗り込んだ。中央までは馬車を使うと一か月以上かかるらしい。……長い旅の始まりだ。