軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍化記念SS◆愛おしい妻(※sideクロード)

戴冠式を終えてから二ヶ月。私とエリッサは新国王夫妻として、公務に忙殺される日々を送っていた。

前国王夫妻の残した歪みは、王城の根を蝕んだ。

怠惰な国王夫妻の陰に隠れ、横領で私腹を肥やしている者や、権力を振りかざして身勝手なふるまいをする者が 蔓延(はびこ) っていた。私とエリッサは王城の秩序を取り戻すため、腐敗に関与していた重鎮たちの粛清や人事改革、予算と支出の徹底的な見直しなどを早急に行った。

もちろん、やるべきことは他にも山ほどある。私は捌いても捌いても積み重なる報告書に目を通し、政策を決め、貴族らとの謁見や会議を日々繰り返した。

エリッサはエリッサで、王城内の乱れきった規律や風紀を立て直しつつ、平民たちの暮らす町をまわっては、必要な支援を自分の目で細かく調べていた。前国王夫妻の時代に疲弊した者たちに、誠意と行動で信頼を取り戻そうとしているのだ。

そんな奔走の日々を繰り返していた、ある日の午後。

数日間に及ぶ国境地帯の視察から戻ってきた私は、その足で私室へと向かった。軽く汗を流し、夫婦の寝室を通ってそのままエリッサの私室に向かう。扉を開けると、エリッサの侍女ミハがすぐさま私に気付き、礼をした。

「お帰りなさいませ、陛下。お疲れ様でございました」

「ああ。エリッサは?」

「ただ今、奥の部屋で書簡の確認をなさっております」

ミハがいるということはエリッサもここにいるのだろうと思ったら、案の定だった。私は軽く頷くと、逸る気持ちを抑え奥へと向かう。

数日ぶりに顔を見るだけで、こんなにも心が浮き立つとは。エリッサに骨抜きになっている自分に、苦笑いをしてしまう。まるで初心な若造のようだ。

開いている内扉から奥の部屋に入った途端、足が止まった。

文机に向かっているエリッサが、そのまま突っ伏してうたた寝をしていたのだ。手にはしっかりと書簡が握られている。

「……」

足音を忍ばせそっと歩み寄り、私はひそかに彼女の美しい寝顔を鑑賞した。

大きな窓から差し込む午後の日差しが、長い睫毛の影を作っている。彼女の心の内のように真っ直ぐなストロベリーブロンドは、わずかに頬にかかっていた。

(……綺麗だ……)

陶器のようになめらかなその頬に触れたい欲求を抑え、私はただひたすらエリッサを見つめていた。愛おしさに胸が震える。

普段は一切隙のない彼女が、こんな姿を見せるとは。よほど疲れが溜まっているのだろう。

毎日朝から晩まで休みなく働くエリッサに、慈しみと感謝の気持ちがとめどなく溢れる。思わずこのまま抱き上げ、ベッドに連れて行き寝かせてやりたくなった。

一心に見つめていた、その時。静かに閉じられていた彼女の形の良い唇がかすかに動き、薄く開いた。

「……クロード、さま……」

(────っ!?)

囁くような小さな声で、エリッサはたしかに私の名を呼んだ。

私の夢を見ているのか。こうして束の間休んでいる時にまで、この私のことを想って……。

(……君という人は、本当に……)

深い喜びと愛情が胸を満たし、鼓動が一気に速くなる。たまらず私はエリッサのそばに屈み込むと、顔を寄せ、その頬にそっと唇を押し当てた。

彼女の睫毛がかすかに震え、ゆっくりと瞼が開いた。黄金色の瞳が、真っ先に私の姿をとらえる。

「……ただいま、エリッサ」

絹糸のような髪をそっと撫でながら、私は彼女の耳元で囁く。ぼんやりとしていた瞳が大きく見開かれた次の瞬間、エリッサは飛び上がるように上体を起こした。

「……クッ……クロードさま……っ!? あ、あれ? 私……っ」

頬を染め混乱したように辺りを見回すその姿が愛らしくて、私は思わずくすりと声を漏らした。……可愛い。愛おしい。

「起こしてすまない。我慢できずについ触れてしまった」

「わ……私ったら……、すみません、こんな 昼日中(ひるひなか) に居眠りなどっ……。お、お帰りなさいませ、クロード様」

恥ずかしそうに両頬を手で押さえながら俯くエリッサは、小さな声でそう言うと、おずおずと視線を上げて私の顔を見た。その上目遣いが余計に私の胸をくすぐる。

それ以上何を考える余裕もなく、私はエリッサの座っている椅子を引いた。

「っ? クロード様……、きゃっ……!」

突然横抱きに抱え上げられたエリッサは、小さな悲鳴を上げ私の首元にしがみついた。……いかん。頬が緩む。

誤魔化すように軽く咳払いをし、私はそのまま夫婦の寝室に向かってスタスタと歩き出した。

「ここではなく、ベッドに横になって休め」

「そっ! そのようなこと……! まだ執務がたくさん残っておりますし」

「少しの間休むくらい構わないだろう。その方が頭も回る」

そんなことを言い合いながら寝室へ向かっていると、気の利くミハがスッと扉を開け通してくれた。

キングサイズのベッドの上に、愛おしい妻の体をゆっくりと寝かせる。仰向けになったまま困ったようにこちらを見つめるエリッサの表情に、体の奥が熱を持つ。その熱から目を逸らしながら、私は努めて穏やかに微笑み、頭を撫でた。

「あまり根を詰めすぎるな。お前が倒れてしまったらどうにもならない。すぐに起こしてやるから、もう少しここで休め」

「……もう眠れませんわ、クロード様。あなたのお顔を見たら、嬉しすぎてドキドキしてしまって」

(……頼むからこれ以上私を悶えさせてくれるな)

可愛すぎるエリッサの言葉に今度こそ無表情を保てなくなった私は、彼女の上に覆いかぶさるようにシーツに顔を埋め隠した。

「ク、クロード様? 大丈夫ですか?」

「……大丈夫ではない」

「えっ?」

シーツの隙間からくぐもった声でそう答えた私は、エリッサの首すじに口づけをする。

「……夜はあまり早く寝かせてやれそうにない。少し休んでおけ。ミハに言っておくからな」

「……。え……、えっ……?」

動揺するエリッサの声さえも、やけに色っぽく聞こえて仕方ない。

鋼の忍耐力で体を起こした私は、そのまま寝室を出て公務に戻った。

数日ぶりに妻と共に眠る夜を待ち望みながら。