軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.北の砦

フローラを迎え入れる前、シルドラン伯爵領のことを少し調べていた。

第一に思ったのは、税率が高すぎる。

あれでは領民は困窮するだろう。土地を捨てて逃げている者さえいるようで、ここガーランド辺境伯領にも流れてきている者がいるようだった。

いくらガーランドが豊かだからといって、ここに逃げてきて生活が楽になるかといえばそうではない。

何か商売を始めるだけの資金もないだろうし、それ以前に土地どころか住む家すらない。せいぜい小作人となるか下働きとして雇われるくらいしか生きるすべはないだろう。決して楽な道ではない。

それでも逃げてくるということは、それだけ伯爵領内がひどい状態だということだ。

フローラの母君が生きておられた頃は持ち直しつつあったようだが、亡くなってからは税率が上がり続け、今では国で定められた上限近くになっている。

特産品があるわけでもないし、鉱物資源もない。海にも面していない。さらには田畑の面積に対して収穫量も少ない。これであの高い税を支払わなければならないというのなら、領民は生きていくだけでやっとなはずだ。

対してあの伯爵はなんだ。

新年祝賀パーティーで会ったとき、金だけはかかってそうな趣味の悪い服や装飾品を身に着けていた。

遠目で見た夫人はドレスのセンスは伯爵よりは多少ましだったが、やはりゴテゴテと宝石類を身に着けていた。

民が困窮しているときに自分たちだけ無意味に着飾るとは、それでも領主か。

ため息が漏れる。

このままではシルドラン伯爵領は数年ともたず破綻するだろう。暴動すら起きるかもしれない。

完全に破綻してしまえばシルドランからガーランドに大量に人が流れてくる恐れがある。極力それは避けたい。

それに伯爵領の惨状を知って優しい彼女が心を痛めるんじゃないかと心配でもある。

だが、他領の経営のことは俺が口を出せる問題じゃない。俺にできるのは、せいぜい流入してくる人間に関する事前対策程度だろう。

ひとまず、今は考えてもどうにもならない。

伯爵、というよりは経営を丸投げしているという家令の腕次第で、俺が支払う一億オルドを足掛かりに持ち直す可能性もある。

そう、考えるべきことは他にある。

フローラをどうすべきか。

俺が彼女に惹かれていることはもはや否定できるものではないが、それじゃあ今になって「好きになってしまったからやはりずっと一緒にいてくれ」などと言えるのか。かなり図々しい男だ。

いや、図々しいのは否定できないが、結局は彼女次第だ。

彼女が受け入れてくれれば晴れて本当の夫婦になれる。フラれたら当初の約束通り一年で別れるしかない。

……だが。彼女を手放せるのか、俺は。

俺と離婚して自由になった彼女がどこぞの男と結婚するのかと思うと胃のあたりが熱くなる。

あの笑顔も優しい手のぬくもりも、すべてが別の男のものになるのかと思うと、自分の力と権力をもってしても彼女を傍に留めたいという醜悪で身勝手な欲がわいてくる。

だめだ、そうじゃない。そんなのは愛情じゃない、醜い執着だ。

まず俺は女性恐怖症の完全なる克服を目指しつつ、彼女に好かれるような男にならなければ。

しかし常に女性を遠ざけてきたツケが回ってきたな。どうすれば女性が喜ぶのか、どうすれば好かれるのか、まったくわからない。

顔と地位を目当てにすり寄ってくる女性はたくさんいたが、彼女はそんな女性ではない。ドレスや宝石なども遠慮するばかりで喜ぶということはなかった。

とりあえず彼女に対して優しさと誠意をもって接し、一緒にいる時間を多くするくらいしか思いつかない。

愛することはないとか言った男が優しさと誠意など冗談みたいな話だが。

くそ……あの日の自分を殴ってやりたい。

「ご主人様」

シリルの声にはっと顔を上げる。

「ノックしても返事がないので入ってきましたが、そろそろ執務を切り上げられては? 今日は奥様と北の砦に顔を出す予定でしょう」

そう言われて、執務室の書類の山の前で自分の世界に入り込んでいたことに気づく。

「ああ、そろそろ出よう。ところでシリル」

「なんでしょう」

「女性はドレスや宝石以外で何を贈ったら喜ぶと思う」

シリルを見ると、にやにやという表現がぴったりな笑みを浮かべていた。

「その顔をやめろ」

「はい申し訳ありません、奥様が何を贈られたら喜ぶかということですね」

「……わかっているくせに確認するな」

「奥様がお喜びになるのは……そうですね、美味しい食べ物でしょうか」

「それはその通りだがそういうことじゃない」

「食べ物といっても肉とかじゃありませんよ。ちょっとしたお菓子などはどうでしょう。あとは花なども結構喜ばれますよ。ただ、お菓子や花そのものというよりも、自分を気にかけて自分のことを考えて買ってきてくれたものだから喜ばれるんだと思います。だから奥様なら気持ちがこもったものならなんでも喜んでくださると思いますよ」

「気持ちのこもったものか……」

たしかに鴨も刺繍の入ったハンカチも、フローラが自分のできることで俺を祝おうと一生懸命考えてくれたのがわかったから本当にうれしかった。

しかし菓子に花か。

菓子は最高の菓子職人が城にいるからあれ以上のものとなるとなかなか難しい。

花もいくらでも城の庭に咲いているし、ラナがよくフローラの部屋に飾っているから今さら感がある。

だからといって最高級のクロスボウなどでは武骨すぎるし、そもそも武器は本人にしっくりくるものでないといけないから無断で作ってプレゼントするものではない。

「悩んでいますね。その悩んだ分だけ、奥様は喜んでくださると思います」

「シリルはずいぶんと恋愛経験が豊富そうだ」

今までシリルの恋愛事情に興味などなかったしあえてそこに触れることもなかったが。

俺と違って恋愛経験がありそうなのがなぜか今になってうらやましく思ってしまう。

「豊富というほどじゃありません。まあ僕のことはお気になさらず。そろそろ行きましょう」

「そうだな」

あまりフローラを待たせてはいけない。

俺は椅子から立ち上がり、扉へと向かった。

シリルが引いてきた二頭の馬を見て、フローラがわあ、と声をあげた。

「なんて立派な馬。毛並みもすごくきれいですね」

「大きいだろう。実は魔獣の血が八分の一ほど入っている」

「えっ!?」

目を見開いた顔も愛らしい。

フローラに対しては何でもかんでも愛らしい美しいになってしまうが、それはもう受け入れた。

好きになった女性が愛らしく美しく見えるのは仕方がない。

そして彼女は今日、馬に乗れるようズボンをはいているが、その姿も凛々しく美しい。

「心配はいらない、ここまで血が薄まると気性は普通の馬と変わらない。だが体力と足の速さは普通の馬よりも格段に上だ」

「素晴らしいですね。王家や他の領地にもこの馬を売ることはあるのですか?」

「祖父の代から始まった実験で、まだ安全性の検証段階だから領外に出してはいけない決まりになっている。ただ王家は魔獣の血が混じった馬に興味津々だし、これくらいかさらに血を薄めた馬はいずれ売ることになるかもしれないな。ちなみに軍馬はもっと血が濃いが、能力が高い分扱いは少し難しくなる」

「そうなのですね」

フローラが静かに馬の前まで歩いていく。

特に気性の穏やかなものを選んだとはいえ一瞬心配になったが、馬はブルルと鼻を鳴らしてフローラの頬にすりすりと長い顔をすりつけた。フローラがふふっと笑って馬の顔をやさしく撫でる。

「フローラは馬に乗れないだろう。俺の前に乗ってもらおうと思っているんだが、嫌じゃないだろうか」

「もちろん嫌ではありません。アルフレッド様さえよければそうさせていただきますが、その……アルフレッド様はそれでいいのでしょうか?」

俺の女性恐怖症を気遣ってそう言っているんだろう。

たしかに馬に一緒に乗るとなると距離が近くなるが、フローラ相手なら目の前で服を脱がれる以外のことはもう大丈夫だと確信している。

「大丈夫だ、心配ない。おいでフローラ」

俺は馬の横に立ち、彼女に向けて手を差し出す。

彼女は照れた様子で少し頬を染めた。

くっ……愛らしい。

彼女が馬に乗るのを手助けしてから、俺も馬に乗る。

「怖くないか?」

「いいえ、楽しいです。高いところから見る景色はまた違いますね」

「それはよかった。じゃあ行こうか。ゆっくり行くから心配いらない」

「はい」

俺がゆっくり馬を進めると、騎乗したシリルも俺たちから少し離れてついてくる。離れたところにいた護衛の騎士二人も騎乗してついてきた。

今のところ魔獣は出ていないようだが、万が一のときはシリルに同乗させてフローラを城に戻すつもりでシリルと護衛騎士を同行させた。シリルは荒事は苦手だが、乗馬は上手い。

フローラを見下ろすと、彼女は魔獣に不安を感じている様子はなく、時折首を動かして景色を眺めていた。

手綱を握っている俺の腕の間にいるフローラは、いつもより小さく感じられる。

まだまだ華奢だ。健康を害さない程度に、もっともっと美味いものを食べさせたい。

馬に揺られた彼女の背中が俺の体に当たると、その度にドキッとする。

ふと抱きしめたいという欲が頭をよぎって、そんな自分に驚いた。

フローラに惚れているのは自覚しているが、女性の手が触れるのさえ嫌だった俺が抱きしめたいと思うなんて。

恋というものは女性恐怖症ですら忘れさせるものなのか。

ああ、もう告白してしまおうか。

君が好きだと。ずっと一緒にいたい、契約ではなく本当の妻になってほしいと。

だが断られたら、毎夜二人きりで話すあの時間すらもなくなってしまうのではないかと恐ろしくなる。

しかし何もせずのんびりしていてカインやほかの男にフローラが心惹かれてしまったら? それにフローラだってはっきりしない未来は不安なはずだ。

そうだ……あとひと月と少しでフローラの誕生日だ。

今からフローラに似合いそうな豪華かつ上品な宝飾品を作らせ、それを渡してあらためてプロポーズしよう。

その間、フローラとの距離を縮めるよう努力しよう。いつまでも逃げてはいられない。

そんなことを考えているうちに北の砦に着いた。

物珍しそうに防壁を見上げるフローラを連れて砦の中に入り、そこにいた騎士たちに紹介をする。

「美しい」「可憐な方だ」といった小声がまた聞こえる。

本来人妻、ましてや領主の妻の容姿をあからさまに褒めるものじゃない。騎士団は家族みたいなものとはいえ、後でたしなめておかなければならない。

とはいえフローラは美しいから思わずそう漏らしてしまう気持ちもわからないではないが。

だが、顔のつくりの美しさなどフローラの魅力のごく一部に過ぎない。

その心根の清らかさと芯の強さ、美味いものを幸せそうな顔で綺麗に食べるところ、母性すら感じさせる包容力、自らの力で生き抜くたくましさ、何事にも感謝して生きる姿勢。数え上げたらきりがないくらいだ。

……やはりフローラをじろじろ見られるのは気に入らないな。

「解散」

「もうですか!?」

訓練所視察のときと同じように不満の声があがったが、俺はフローラを連れてさっさと出てきた。

だいたいここは魔獣が出る危険性がある。そんなところに彼女を長居させるわけにはいかない。

行きと同じように馬に乗せ、また城に向かってゆっくりと馬を進める。

「あわただしくてすまないな。万が一にも魔獣が出たら危険だから」

「はい、わかっています。連れてきてくださってありがとうございます。馬にも乗れたし楽しかったです」

こうしてあちこちに妻として紹介していけば、彼女は俺のもとを去りづらくなるだろうか。

そんな身勝手でずるい考えが頭をよぎって思わず苦笑する。

ふと彼女が振り返る。

俺の浅はかな考えを読まれたようで驚いたが、彼女が見ていたのは俺ではなく砦のほうだった。

「どうかしたか? 何か忘れ物でも?」

「あ、いいえ。何か声のような音のような……」

「?」

「いえ、気のせいです」

そう言って、彼女は再び前を向いた。