軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.自覚

フローラにガウンを脱いでもらったあの日以降、俺は毎夜彼女の部屋を訪れていた。

隣に座ってただ色々な話をするのは相変わらずだが、俺は自分に二つの変化を感じていた。

ひとつは、自分の弱さをさらけ出してそれを受け止めてもらえたことで、女性恐怖症に対する気持ちが軽くなった気がすること。

今まで弱く情けない自分が許せずにいたが、そのことがかえって自分を縛っていたのだろうか。

もうひとつの変化は、彼女の隣に座っていると鼓動が早くなること。

特に彼女に視線を向けて目が合ったときに彼女が微笑んでくれると、心臓を柔らかく射抜かれたような甘い痛みが走る。

「アルフレッド様、どうしましたか」

シリルの声にはっと顔を上げる。

そうだ、執務中だった。重厚な机の上にあるのは、今日中にサインしなければならない書類。

「ああ、コルト村の下水道工事の件だったな。この条件で進めてくれ」

そう言いながら、サインをしてシリルに手渡す。

「承知しました。珍しいですね、ご主人様がぼーっとしているのは。お疲れですか」

「疲れというか……。ちょっと相談したいんだが」

「はい」

「最近、俺はおかしいんだ」

「はあ、そうですか」

感情を感じさせない声でシリルが言う。

「どうおかしいのか聞かないのか」

「あー、そうですね。まあ想像はつきますが、どうおかしいんですか」

「急に動悸がしたり、頭がくらくらしたり」

シリルが少しあきれ顔になる。

「奥様といる時限定でしょう?」

「……」

「図星ですね。自分でもわかっているんでしょう、奥様に惹かれていると」

「……そうじゃないとも言い切れない。正直自分でも戸惑っている」

「なんですかそのはっきりしない言い方は。惹かれているんでしょう、それなら本当の夫婦になっちゃえばいいじゃないですか。ハイ解決っと」

「そうしない理由は先日言っただろう。それにフローラに協力してもらって簡単なことを試してみたが、やはりあの出来事を思い出してしまった」

シリルがうーんと考え込む。

「別にそれを克服できず夜の生活がなくてもいいと思うんですけどね。子供ができないことを気にされていますが、普通の夫婦だって子供ができるとは限らないでしょう」

「それはそうだが」

「将来のことなんて誰にもわかりませんよ。機能そのものには問題ないんでしょう? ならもっと女性に、というか奥様に慣れていけば子供も望めるようになるかもしれないじゃないですか。奥様に惹かれ始めているならその可能性は低くはないと思いますよ」

「……」

シリルの言葉に、心が揺れる。俺では駄目だと思い続けてきたのに。

今さらになって決心が揺らぐのは、やはりフローラを手放したくないと思っているからなのか。

「また焦って答えを出そうとすると無駄な失言で奥様を傷つけそうですから、この間言った通りもう少し様子を見たっていいと思いますよ。長年の悩みに関係することですから、急にスッキリと答えが出るものでもないでしょう。どちらにとっても一生の問題ですし」

「そうだな……」

逃げているようでもやもやするが、シリルの言うことも一理ある。

「それよりも、奥様の騎士団見学はいかがなさいますか? 騎士たちもご主人様が結婚されたことは知っていますし、交代で城の警護についていますから奥様を見かけている者も何人もいます。結婚生活がある程度落ち着いた頃に辺境伯夫人が騎士団に顔を出すのは伝統となっていますから、そろそろやっておいたほうがいいかと」

「ああ、そうだな」

契約結婚であることを考えると複雑だが、この領地は騎士たちがいてこそ成り立っている。

騎士たちを重視しているのだということを示すためにも、早めにフローラを紹介しておかなければならない。

「事前準備は必要か?」

「特に。そう形式ばったものじゃありませんから、奥様を紹介して奥様が少し訓練を見学して終了です」

「なら明日にでもしておこう。魔獣の襲撃があったらまた遅れてしまうから、早めに済ませておいたほうがいいな」

「承知しました。では副団長に伝えておきますね」

「頼む。フローラには俺から今夜伝えておく」

俺が騎士団長を兼ねているから、俺を除く騎士団の責任者といえば副団長になる。

ゆくゆくは俺は団長職から退いて副団長に団長を任せようと思っているが。

しかし、副団長か。

とにかく顔がいいんだよな、あいつは。俺と違って話も上手く女性に優しいモテ男だ。しかも独身。

もしフローラがあいつに興味を持ったら……。

いや何をくだらないことを考えているんだ、馬鹿馬鹿しい。

朝食を済ませ、フローラを伴って屋外の訓練所に向かう。

訓練所も城壁内にあるが、俺たちが生活しているところからは離れた場所にあるため、少し歩くことになる。

城内を通って騎士たちの詰め所まで行ったほうが近いが、天気もいいのでフローラと庭を歩きながら向かうことにした。

フローラが色とりどりの花を見ながらゆっくりと歩く様は美しく、また胸の奥が甘く疼いた。

フローラは美しくなった。

水気の足りなかった髪はラナの懸命な手入れのおかげか輝きを取り戻し、風にさらさらと揺れている。肌も艶が増した。肉付きもよくなって痩せているというより華奢という印象になり、顔だちも体つきも女性らしく美しい。

しかも、どういうわけか最近色気のようなものまで出てきた気がする。

決して下品な色香ではなく、かすかに甘い香りを漂わせる花のような。

そんな彼女を騎士たちに見せたくないという思いが、ふとわいてくる。何を馬鹿なことを。

見られていたことに気づいたのか、フローラが不思議そうな顔をする。後ろから観察するようにじろじろ見て色気がどうのとか考えている俺は気持ち悪い男だなと今さらながら気づいた。

だめだ、彼女と二人でいると思考がおかしくなっていく。

早く行こう、とフローラに声をかけようとして口を開いたが。

「手をつないでもいいか」

口から出たのはとんでもない言葉だった。

なんだ俺はどうなってるんだ何かに体を乗っ取られているのか!? なんで思っていたのと違う言葉が口から出てしまうんだ!?

「ふふ、エスコートしてくださるのですね。うれしいです」

少し照れた様子でフローラが言う。

もうこうなったら仕方がないので彼女の手をそっと握る。ああだめだ、また動悸が。

これで隣の彼女と目を合わせてしまったらより一層頭がおかしくなる気がしたので、前を向いたまま訓練所へと向かった。

訓練所が近くなったところでさすがに手を離し、野太い掛け声が聞こえるほうへと二人で向かう。

広場まで出るとむさくるしい男たちが組み手や打ち合いをしていて、フローラが興味深げにそれを眺めていた。

こちらに気づいた金髪の男――副団長カインがこちらに近づいてくる。

「団長、失礼します。こちらの女性が奥様ですね」

「ああ」

「お初にお目にかかります、奥様。こちらで副団長を務めておりますカインと申します」

カインが胸元に手を当て優雅に腰を曲げる。

少しくせのある輝くような金色の髪がさらりと揺れた。

「ご丁寧にありがとうございます。フローラと申します」

「お会いできて光栄です」

「こちらこそ」

カインがフローラに甘い笑みを向ける。

フローラも微笑み返す。

二人は挨拶をしているだけだ。なのに、なんだこの不快感は。

「……そろそろ皆にも紹介する。騎士たちがチラチラとフローラを見ているからな」

「団長がようやくご結婚されたから気になっているのでしょう。奥様はとてもお美しい方ですから、特に若い騎士たちはそわそわしているようです。以前街へ行かれた際に護衛についたサイラスも、奥様は美しくて気さくで素晴らしい方だと褒めちぎっていましたし」

さらりと褒めるな、くそっ。

フローラが少し困った顔で照れているじゃないか。

「集合!」

俺が手を挙げて号令をかけると、騎士が俺たちの前に整列した。

「皆に紹介する。妻のフローラだ。フローラ、一言でいいので何か声をかけてやってくれ」

フローラがこくりと頷く。

「皆様、初めまして。フローラと申します。日々の訓練お疲れ様です。魔獣の脅威に立ち向かってくださっている皆様に、心から敬意を表します」

大声ではないのによく通る澄んだ声だと思った。

騎士たちの間から歓声が上がる。

ついでに「美しい」「優しそうな方だ」「可憐だ」といった小声も。えーい見るな!

「解散」

「もうですか!?」

「さっさと訓練に戻れ」

騎士たちから抗議の声が上がるが、俺は無視する。

騎士たちは渋々訓練に戻っていった。

「ご主人様」

少し離れた場所にいるシリルに声をかけられ、そちらを向く。

「少しいいですか?」

「ああ。フローラ、少し待っていてくれ」

「はい」

シリルのもとに向かいながら後ろを振り返ると、カインが椅子を持ってきてフローラに勧めていた。

くそ……俺のような気の利かない男とはさすがに違うな。あいつがモテるのもうなずける。

「なんだシリル」

「あ、はい。この後の予定ですが、厩舎を一緒に見学されてはいかがかと」

「ああ、いいな。ガーランド自慢の馬だ」

ガーランド辺境伯領で軍馬として使っているのは、馬型の魔獣の血を引く馬たちだ。馬型の魔獣は人を襲うことに積極的ではない数少ない種だ。

だからといって凶暴性がまったくないわけではなく、魔獣と馬の半々だとかなり御しづらい馬になる。

魔獣の血が四分の一ほどになるとかなり足が速く体力もあり、そこそこ人間の言うこともきく馬が出来上がる。しかも魔獣を恐れないのでこれ以上ない軍馬となる。

さらに、グランヴィル家で馬車に使っているのは魔獣の血を八分の一まで薄めた馬だ。

魔獣との掛け合わせである上にまだ検証段階だから、魔獣の血を引く馬は領内からは出さないことで王家の合意を得ている。だが王家も内心興味津々で、いずれもう少し魔獣の血を薄めた特産の馬を献上することになるだろう。

「そうそう、今日ちょうど種付けが行われるということだったので、奥様と見学なさいますか?」

「馬鹿なことを言うな。女性に見せられるようなものじゃないだろう。俺だって別に見たくない。種付けをする日なら今日は厩舎の見学はやめておく」

「そうですか。わかりました」

シリルとの話を終え振り返ると、椅子に座ったフローラとその近くに立っているカインの姿が見えた。

カインは優しげな顔で何かを話し、フローラは時折笑っていた。

胸の奥が焼けるようにチリチリと痛む。

別にカインはフローラにベタベタ触れているわけでもないし、椅子から少し距離も取っている。だが、笑いながら楽しげに会話をする美しい二人は一枚の絵のようで、欠点だらけの自分が急に醜い存在に思えてくる。

再婚の話をしたのは俺だ。

その候補の中には騎士も入っていた。

互いの気持ち次第とはいえ、当然あいつも候補に入ってくるだろう。

フローラが俺と離婚して誰かと再婚するというのがどういうことか、俺は本当に理解していたのか?

フローラに向かって歩き出す。

彼女は俺に気づくと、目じりを下げてふわりと微笑んだ。

ああ、もう認めざるを得ない。

俺は彼女が好きだ。ほかの男になど、渡したくない。