軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.唐突な縁談話

「喜べフローラ、お前の嫁ぎ先が決まった」

粗末な木の扉が突然開いて、お父様が何かを言いながらズカズカ入ってくる。

たまに夜にこっそりと来てくれる乳母のマリアンしか訪れる人がいないこの小屋に、昼間、しかも急に人が来たからびっくりしてしまったわ。

お父様にお会いするのは……一年ぶりくらいだったかしら?

また一回り大きくなられて。

「お久しぶりです、お父様。でも困りますわ、私の家はワンルームなのですから、突然入ってこられては驚いてしまいます」

鹿の干し肉を細切れにしたものと野草を炒めた「おいしい炒め」が入った器をテーブルに置いて、無駄と知りつつお父様に抗議をしてみる。

「フン、何がワンルームだ、ただの掘立小屋だろう。それより私の話を聞いていたか」

「たしか私の何かが決まったと。何が決まったのでしょうか」

「嫁ぎ先だ。と・つ・ぎ・さ・き! お前のような者でも嫁にもらってくれる男が現れたんだ。これでようやく厄介払いができるというものだ」

私を妻に?

いったいどういう方が?

お父様の持っていらっしゃる縁談だから、お金持ちお爺さんの後妻といったところかしら。

「十九になったお前をそろそろ金持ち爺の後妻にでもと思っていたが、喜べ、若い男だ」

「あ、はい……左様ですか」

喜べと言われても。

名前もお顔も知らない殿方に嫁ぐことを突然決められて若い男だから喜べと言われても、戸惑いしかわいてこないわ。

扉の外から、クスクスという笑い声が聞こえる。

ほどなくして、キラキラとした愛らしいドレスを着た異母妹が姿を見せた。

きれいに手入れされた亜麻色の髪をぱさりと払いながら、私に笑顔を向ける。

「お久しぶりね、お姉様」

「ええ、久しぶりねライラ」

「相変わらず……美味しそうなものを食べていらっしゃるのね?」

「ええ、とても美味しいのよ。私が罠を使って仕留めた鹿と森で採れた野草を炒めたものよ。でもごめんね、私の貴重な食事だからあげられないの」

「い、いらないわよそんなもの! 相変わらず嫌味一つ通じないんだから!」

すごく美味しいのに、おいしい炒め。

嫌味と気づかずそのままの意味で受け取ってしまうなんて、ここ数年マリアンに週に一度会うくらいだから、人とのコミュニケーション能力が衰えてきているのかもしれないわ。

そんな私が、どなたかに嫁いでうまくいくのかしら。

「お父様、私が嫁ぐ方はどんな方なのですか」

お父様が何かを言う前に、ライラがプッと吹き出す。

「私が教えてあげるわ、お姉様。お姉様が嫁ぐことになったのは、うちの領地の北側に隣接する領地を治める辺境伯よ。年齢はもうすぐ二十四歳だったかしら? ガーランド辺境伯領はとても豊かで、辺境伯……アルフレッド・グランヴィル様も美形よ。どう、すごい縁談でしょう!?」

「ええ、そうね……」

そんな好条件な縁談がなぜ私のところに? ライラは伯爵家を継いでくれるお婿さんを迎えるからお嫁には行かないのだろうけど。

不思議そうな私を見て、ライラはこらえきれないというように笑い出した。

「でもね。社交界に出ていらっしゃらないお姉様はご存じないと思うけれど、アルフレッド様は同性愛者かつ女嫌いで有名なのよ。美形とはいえお顔に大きな傷があるし。おまけに辺境伯領は魔獣が多くて危険な地なの、ウフフフッ」

「我が国では爵位を持つ者および爵位を継ぐ者は二十五歳までに未婚の令嬢と結婚をしなければならないという法律があるからな。いかにも嫌々結婚するというのがわかりきっている。何せ結婚の条件というのが……」

お父様曰く。

十八歳以上であること。

跡継ぎは産めないものと思うこと。

参加義務のある行事以外、社交界に夫婦で顔を出すことはない。

性格が合わなければ一年後に離縁もあり得ること。

持参金は不要。また、準備金として一千万オルドを事前に花嫁に支払うものとする。その他必要なものはすべて辺境伯領で用意するので、身一つで嫁いできて構わない。

というのが条件なのだとか。

なるほど、いくら領地が豊かといっても後継ぎも産めずいつ離婚されるかわからないという条件なら、大事な娘を嫁がせようとする家はなかなかないわね。

そもそも私くらいの年齢の女性だと結婚しているか婚約者がいるかのどちらかである場合がほとんどだし。

離縁された貴族の女性が再婚できる可能性はかなり低いし、後々のことを考えれば避ける縁談でしょうね。

お父様にとっては不要な娘が持参金なしでお嫁に行ってくれる上に一千万オルドを手に入れられるのだから、大歓迎な縁談なのでしょうけど。

もしかしたら私に言わないだけでもっと金銭のやり取りがあるのかもしれないわ。

「かわいそうなお姉様。同性愛者なだけでなく女性に冷たいので有名な辺境伯のお飾り妻、しかも期間限定だなんて。私はアーサー様とちゃーんと幸せになるから安心してお嫁に行ってね」

アーサー……アーサー。ああ、あの人ね。伯爵家の三男で幼い頃に決められた私の婚約者、だった人。

いけない、お顔を忘れてしまったわ。ついでにお名前も言われるまで忘れてしまっていたわ。

「ええ、後のことは任せたわ。私は喜んでお嫁に行きます」

にっこりと笑うと、ライラはムッとした顔をした。

どうしてかしら?

「よい心がけだ。すでに承諾の返事を出して、一千万オルドの小切手も受け取っている。有効に使わせてもらうぞ。出立は一週間後だ」

「それはさすがに……急ではありませんか?」

「口答えをするな!」

お父様が手を振り上げる。

けれどその手が私の頬に届く直前に私は一歩下がって避け、お父様は勢い余ってゴロンと床に転がった。

お父様はふくよかでいらっしゃるから、きっと転がりやすいのね。

「大丈夫ですか、お父様」

「うるさい! ええい、相変わらず避けるのだけはうまいな、いまいましい! とにかく口答えするな!」

「わかりました……では一週間後に嫁ぎます。ウェディングドレスや花嫁道具などはどのように……」

「ドレスは適当なのを買っておくから心配するな。身一つでいいから嫁に来てくれと言われてるんだ、お言葉に甘えさせてもらう」

やっぱり準備金の一千万オルドは私の結婚準備ではなくお父様とイレーネ夫人、そしてライラのために使われるのね。

ライラの大好きなドレスや宝石を買ったらあっという間になくなってしまいそう。

「辺境伯はお前などに最初から興味がない。容姿は問わないので絵姿も不要、事前の顔合わせも不要、病弱な娘だが構わないかと問えばそれも問題ないと言う。ただ結婚したという事実が欲しいだけだからな」

そうだったのね。

こんな生活をさせていると知られれば普通なら伯爵家の恥になりそうなものだけど、私に興味がない、結婚の事実が欲しいだけの方ならそれも問題にならないとお父様は踏んだのね。

望まれて嫁ぐのではないのが少し寂しいけれど、貴族の結婚なのだからお互いの気持ちがないことも珍しいことではないわ。

きっとこの小屋よりは居心地のいい場所で暮らせるでしょうし、落ち込まないようにしなければ。

「嫁ぐ日が楽しみです」

笑顔を向けると、お父様もライラも眉間にしわを寄せた。

まあ、こういう表情をするとそっくりね。さすが親子だわ。

でもどうして怒るのかしら? あまりに急だと言っただけで私を叩こうとするのに、受け入れたら受け入れたでまた怒る。

お父様たちが変わっているのか、私が人の気持ちを理解できないのか……きっと両方ね。