軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Sense91

「で、俺たちに【登山】センスを習得させるわけだけど……具体的に何をすればいいんだ?」

タクがイワンたちに尋ねるのは、基本中の基本だ。センスは、条件と必要SPを消費すれば獲得できるが、それを使いこなせるか、自分の物。にできるかが重要だ。

「そうですね。登山と言っても定義は広いですし、この場合は『険しい場所を登る』センスとでも理解すればいいと思いますよ。

俺たちは、最初にロッククライミングから慣らしました。まぁ、リアルで安全にロッククライミングに必要な道具は、多いけど、ゲームだと汗による滑り止め防止のパウダーや専用シューズ、あとは落下時の衝撃吸収のパッド何かは省略されていますし……。

必要なのは、このロープを装備するハーネスやロープ、壁に打ち込むボルト一式とか、色々は、第三の町で登山キットとして手に入れられますよ」

「へぇ~。そんなものまであるのか」

第一の町では、図書館や本屋、雑貨屋、骨董鑑定屋などは知っている。第二の町では、パン屋のマーサや彼女の話では畜産物や野菜が買え、薬師の爺さんも居る。

第三の町は、鉱山の町らしく、そういったものがあっても不思議ではないが、あまりに噂にならないので、知らなかった。

「まぁ、俺も見つけるまでは、ボルタリング。と初心者に言ってもわからんか。つまり、ロープを着けずに、岩や崖を登るロッククライミングをしていたが、いやはや、アレは慣れない人には普及しないはずだ」

自分の実体験を語るイワン。そもそも、道具無しで目の前の岩壁を登ることができるって、どれだけリアルの登山能力が高いのだろうか。

「まぁ、俺は素手でも上れる。タクと嬢ちゃんには、俺の道具を貸してやるからやってみると良い。上には、ヒヤマが上ってボルト打ち込んで行け!」

「分かりました」

そう言って、先に上っていくヒヤマ。俺たちは、その上る姿を下から見上げるが、すぐにイワンに次の指導をされた。

体に、ロープを装備するハーネスやら、センスのアシストについてだ。

装備に慣れれば、登った上から下までレンジャー部隊のように華麗に降りることが出来るし、登山では、反り返っている壁もある。それに比べれば、目の前の壁は、初心者向けと言われた。

そして、センスのアシストだが、登り始めれば自然と何処に手足を掛けられるか、が分かる。微妙な壁の起伏が分かるらしい。

「タク。どっちが先に登る?」

「お前でいいだろ?」

「了解」

俺たちは、最低限のやり取りで順番を決め、岩肌に手を掛ける。

確かに、手を掛け、足が地面から離れた瞬間から壁の細かい起伏が良く分かる。いや、視界にマーカーが入ったように、何処を掴めるのか分かる。だが――

「――無理。これ以上は進めない!」

俺は声を上げる。俺の手の届く範囲には、マーカーは存在しないのだ。

だが、ヒヤマは確かにこの場所を登ったし、初心者向けの場所だと言われた。自分の身長の三倍程度進んで止まってしまう。

「大丈夫か! ユン!」

「無理っ! なんか、腕がぷるぷるして来た!」

「落ち着け、嬢ちゃん。一度下りて来い!」

「わ、分かった!」

俺は、下を見ながら一歩一歩、足場を確認して降りていく。最後には、自分の身長くらいの高さから壁を蹴って下りたが、地面に着いた時、膝ががくがくと笑い、それを抑えられずに地面に座り込む。

「キツイ! 何だよ! 道筋見えないじゃん!」

「まぁ、タクはユンの様に試しにやってみろ。その間に嬢ちゃんに説明するから」

「あいよ。じゃ、後で」

そう言って、登り始めるタク。俺と同じように最初はスイスイと進むが、途中で手足が止まる。大体、俺も似たような場所だ。

「まず一つ言うと、本来のロッククライミングには、視界に補助マーカーなんか存在しない」

「何を当たり前なこと……」

「で、だ。マーカーはゲーム的な補助だ。だからその補助が無い場所でも掴める場所はある。それを踏まえた上で登ってみろ」

……見えないけどあるはずの道筋。それに足で体を支える。って怖いな。色々と。

「だぁっ! 俺も向いてないのかな? 登るの辛い!」

「……お帰り。と、言うよりタク? 登る以前に問題があった」

「うん。嬢ちゃんの言うとおりだ」

俺は、タクが登る前に気が付いていたが、そのことについて伝えなかった。まさか、そのまま登るとは、と呆れてしまう。その隣で、うんうん、と頭を縦にふるイワン。

「な、何だ?」

「「金属鎧を装備しちゃ重いだろ」」

「あっ、なるほど」

「じゃあ、次も俺な」

再びタクと交代して登る。マーカー以外の場所も掴んでみると確かに安定する。先ほどよりも自分の目を見て、選びながら進むので速度としては遅いが、着実に掴まって登ることが出来る。

イワンもある程度の高さまで進んだところで、補助なしでズンズンと登ってくる。

「どうだ? コツは掴めたか?」

「うーん。結構、腕がキツイ。けど、やり方がわかったから、一人でも出来そう」

「まぁ、反復練習だ」

そう言って、ゆっくりと進んでいく俺を黙って見守るイワン。十分距離が取れたのでタクも登り始めたようだ。見上げればあと少しで、休憩できる小さなスペースがあるようだ。ヒヤマが覗いてきている。

「ユンさん、イワンさん。あとちょっとですよ」

「了解!」

俺はラストスパートを掛け様と近い出っ張りに手を伸ばすが思いの外遠い。あと少しで届きそうなのだが、届かない。その間も手がプルプルとしてくる。

「……右手が届かない」

「それじゃあ、頭を左に向けろ」

「はぁ? 何で右に届かないのに左向くんだ?」

「騙されたと思ってやってみろ」

指導されるが、どうも釈然としない。いや、腕に限界が近い以上従わない選択肢は無かった。手を伸ばしたまま、頭を左に向ける。

するとどうだろうか。腕が僅かにだが遠くまで伸び、掴めた。掴んだ出っ張りを引き寄せるように腕を縮めて残りの距離を登り切る。

「……ぜぇぜぇ。辛いな」

「まぁまぁ、ここは起伏の間隔が狭いから届かない場所も少ないが、もっとつるっとした壁や垂直、もしくは反り返る壁なんかの方が厄介だぞ」

「……そんな、登るの、難しそう」

緊張からの開放からか、息も絶え絶え。続いて登ってくるタクは、俺より幾分か余裕がありそうだが、少し疲れが見れる。

「よーし! 登ったから更に登るぞ!」

「いや、少し休もうぜ。俺は疲れた」

地面に胡坐を掻いて、体の様子を確かめるタク。俺も少し休んで――

「あっ!!」

「ど、どうしたんですか!? ユンさん!?」

「嬢ちゃん、大声出して、少し落ち着け」

「悪い。急いで夕飯の準備しないと、また妹が……」

俺は、慌ててメニューを開く。時間にして、六時だ。ゲームの空に浮かぶ太陽は、まだ沈みきっていないが、現実の十月の空はもう十分に暗い。なんとなく、現実の空と無意識に同一視していたために、時間の感覚が狂っていた。

「じゃあ、アバターは、スポーン地点に戻さずに、放置。ローテーションで休憩すれば良い。その間、俺はイワンたちと登山のレベル上げしてるわ」

「了解。じゃあ、夕飯の準備やら片付けとか必要だから二時間な」

「まぁ、女は準備に時間が長いって言うし、男だけの語らいで時間を潰そうぞ!」

また山に響く大声を張り上げるイワン。やっぱり誤解は解けてないが、今は構っていられない。

「じゃあ、その後で俺たちも休憩だな」

二時間だから、八時頃復帰だ。それからタクたちと交代すると、夕飯遅くなるな。

なんだか、俺の仮初の体を守らせているのは悪い気がした。

そのまま、俺は、ゲームの世界から抜け出し、リアルへと意識を移す。

慌てて準備する夕飯。父親は短期の出張で一泊してから帰ってくる。母親は、今晩も夜勤。明日は夜勤明けで早朝にひっそりと帰ってくるだろう。その時、ご飯を食べて寝るだろうからそれを加味して一度で夕飯と明日の朝食の献立になる。

秋の寒い季節。収穫される美味しいカボチャを使ったホワイトシチューが今晩のメインだ。

崩れたカボチャの黄色がホワイトシチューの白と混ざり合い、ほんのりと黄色に色づく。ご飯も炊け、他のメニューも完成した。

献立は、ライス・オン・ホワイトシチュー、温野菜のツナ和え、コーンスープ。

明日の朝は、食パンと残ったホワイトシチューの組み合わせも出来る。

「おおっ!? お夕飯がちょうど出来てる。ログアウトのタイミングばっちり!」

「出来てるぞ。って、さっきまでOSOをやってたのか」

「うん。今日は、コハクちゃんとトビちゃんの三人でホラーケイブを抜けた 桃藤花(とうとうか) の樹を目指している」

テーブルに着くと、急かされるように勢い良く食べ始める。だが、そんなにがっついて食べずとも料理は逃げないし、女の子なら落ち着きが欲しいものだ。

「もう少し、落ち着けよ」

「今、トビちゃん待たせてるの。だから早く戻って、復帰しなきゃ」

「美羽もローテーションで休憩か。それで、トウトウカ? だっけ? それって何だ?」

「とふとふふぁ。……うっく」

口に物を入れたまましゃべるな。

「桃藤花の樹は、丘の上に一本だけ桃色の藤みたい花を咲かせる樹で、いつ行っても満開なんだ」

「へぇ~。花見にはちょうど良さそうだな」

酒好きが、月夜の一杯。なんかもありそうだ。っと、そんな事を考えたら、俺また料理に借り出されそうで、すぐにその考えを振り払う。

「あー、無理だと思うよ。だって、あそこモンスターの沸き速度速いんだよ。だから花見なんて余裕ないよ。有るとしたら、桜の花吹雪じゃなくて、血の花吹雪?」

「食事時に聞きたくない単語だよ」

俺はげんなりしながら、胃にコーンスープを流し込む。

「でも、一通り倒すとモンスターも一時的に出現しなくなるし、倒すと桃藤花からその花びらを一人一つ手に入るんだ」

「何かのクエストアイテムか?」

「ううん。最近見つかった初めての蘇生アイテム。一個で一回だけHP1で蘇生できる下級蘇生アイテム。だから保険欲しさにその場所まで行く人居るんだけど、ポータルから遠い。敵多いで……」

それはご愁傷様。だが、蘇生アイテムとは良い事を聞いた。後で、タクにも確認を取って、自分なりに調べてみよう。そうして、脳内メモをし終えた所で、美羽はシチューの最後の一口を口に放り込む。

「ご馳走様」

「はい、お粗末様」

「お兄ちゃんも終わったらOSO?」

「ああ、巧と少しな。じゃあ、風呂の準備頼む」

「わかったよー」

美羽が風呂の準備を始める間に、俺は食器を洗う。しばらくして、美羽が風呂に入ったことを受けて、俺は食器を水切りに置き、風呂をいただく。

一日の汚れを落とし、再び自室に戻ったときは、七時四十五分。

俺は、まだ湿気る頭にヘッドディスプレイを被り、再びOSOの世界に入り込む。