軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Sense74

包丁とリンゴを手に壇上の中央に立つ俺を、皆が期待の眼差しで見つめてくる。

あれはなんだ? まさか、あんな道具でハイレベルな芸が、などという期待が込められているが、そんな高尚な物は出来ない。だから敢えてその期待を取り払う。

「一発芸! リンゴの桂剥きをやります!」

ズコーッとコントのようになる中、俺は静かにリンゴに包丁を当てて桂剥きを始める。

シャリシャリ、シャリシャリとリンゴの実と皮が離れ、一周すると今度は、実と実を薄く剥離していく。

一枚の長いリンゴ。本来なら直ぐに切れてしまいそうなリンゴは、ゲーム内での器用さと料理センスのレベルによってなんとか形を保っている。

俺は、途中で切れないように慎重に全神経を包丁とリンゴに傾け、どんどんとリンゴの桂剥きが伸びていく。

遂には、壇上の床にまで着きそうなほどに伸びたリンゴ。視界の端では、いつの間にか側に寄っていたザクロが揺れるリンゴの先端を待ち構えている。口元に触れた瞬間、薄いリンゴを口に含む。

俺がシャリシャリとリンゴを桂剥きする。

ザクロがシャキシャキと薄いリンゴを食べていく。

最初は、残念と言った感じの会場の雰囲気が、柔らかくなった。というより和んでいる。先ほどの失望の視線は失せ、生温かい視線を受け、芯まで桂剥きを終え、最後の最後までザクロが綺麗に食べた。

「……ありがとうございました」

リンゴを食べ終わって満足そうなザクロを抱えて、ただそれだけ言って逃げるように壇上脇に避けていく。

「うわぁぁっ! なんでこんな羞恥心を煽るようなことになるんだ!」

逃げ込んだ先で、俺は、しゃがみ込み、今までの緊張と不甲斐無さを声に出す。

「まぁまぁ、ユンちゃん、良かったよ」

「そうだよお姉ちゃん! 私はあそこまで器用に包丁使えないもん」

「そんな慰め要らない。嬉しくない」

姉妹たちが声を掛けてくれるが、今はそっとしてほしい。なんだよ、一発芸が桂剥き、って。これなら空中に放り投げたリンゴを地面に落ちるまでに六等分する方がまだ芸らしいよ。しかも、最初の沈黙の数分間のやり辛さに比べたら、一瞬で終わるし。

「くくくっ、いや、あれはあれでお前らしい芸だったと思うぞ」

「日本語って便利だよな。あまり見栄えの良くない物でも、『個性的』とか『あなたらしい』なんて言葉を使えば、良い意味に聞こえる」

「そう悲観するな。ほら――」

クロードも慰めてくれるのかと思ったら、俺に何やら掲示板のスレッドを表示している。それはリアルタイムで書き込まれ、数を増やしている。

しかも、そのスレッドのタイトルが【ユンちゃんマジ保母さんpart4】とかいつの間にそんなに伸びている。

その中の内容を抜粋して読み上げるクロード。

『我らが保母さんが一発芸やるぞ』『うはっ、リアルタイム配信来た!』『どんなハイレベルな芸が見れるか楽しみだ』『ミュウちゃんがあのレベルだからさぞレベルが高いかもな』『なん……だと』『何!? 桂剥きだと』『……じ、地味』『い、いや、これから何か変化が』『おい、子狐がリンゴ食べだしたぞ』『ヤバい、かなり萌える』『和む。流石、保母さん』『地味って言った奴いるけど、お前、桂剥きって難しいんだぞ』『おいおい、どこまでもリンゴが伸びる。いや、子狐もどこまで食べる』『なぁ、高度な芸ではないけど、一発芸って本来こんなもんだよな』『なんか凄く平凡な芸で身近に感じた』『他の姉妹は、あまりに美人、美少女でプレイヤーレベルが違いすぎて高嶺の花に感じるけど、今なら凄くユンちゃんと仲良くなれる気がする』『気のせいだ。だが、俺らと同じ人間だって分かった気がする』『同感。さっきの芸の後、裏方で、一人で膝抱えて落ち込んでた』『何それ可愛い』『そっと抱きしめて慰めたい』『その役は俺の物だ』『いや、俺のだ』『いや、俺も』『ヤバいな、破壊力があり過ぎるだろ……』『まさか、そっちが本命の芸だったとは』……

朗々と読み上げるクロードに対して、途中から俺は絶叫を上げて、その声を遮る。

何故か知らないが、このまま落ち込んでいると良くない気がした。慰められるよりも元気にならなければ、という強迫観念のようなものが生まれる。

「止めろ! 分かった分かったから。もう落ち込まない! だから止めろ!」

「ふむ、残念だ」

何が残念なんだよ。と突っ込みたいが、何か言うと俺にカウンターが来そうなので黙る。

「さてと、ユンちゃんが元気になったことだし、私の出番だね」

「あ、ああ。そうだな。セイ姉ぇ、ガンバ」

「お姉ちゃん、派手なの一発お願いね~」

はいはい、と軽く手を振りながら、俺たちに見送られる。

壇上の中央に立ったセイ姉ぇは、右手に杖を持ち、両手を大きく広げる。

「イッツ、パフォーマンスタイム!」

その一言と共に、杖から水球が一つまた一つと生まれ、空中に停滞する。水属性の最下級魔法がストックされ、二十個に達した時、皆の頭上二十メートルの高さへと水の尾を引きながら、跳び超し、水のアーチを作る。

「アイシクル・エイジ!」

新たに唱えた呪文は、セイ姉ぇを中心に広場の温度を瞬く間に下げ、水蒸気は、白い靄へ。水のアーチは氷のアーチへと姿を変える。

広場を照らす幾つもの光球がプリズムのような透明度の氷を透過し、七色に分かれ、アーチ下の人に降り注ぐ。

「最後は――ダイアモンドダスト!」

杖を空に掲げると、この場の氷全てが爆散する。

悲鳴や絶叫が木霊する中で、空を見上げた人は次々に黙り、光景をその目に焼き付ける。

水と氷の乱反射が場を包み、降り注ぐ幻想的な光のシャワー。それを作りだした本人は、満足そうに一礼し、そそくさと舞台脇へと去る。

誰かが思い出したかのように拍手と歓声の声、口笛が響き、場は今までの芸で最高の盛り上がりを見せる。

「うわぁっ……凄い」

「ああ、綺麗だな」

余りの光景に、ただ空を見上げ、砕けて舞い散る氷の粒を眺めていた。

「いやいや、綺麗なのは綺麗だけど、うーん。プレイヤーのレベルがやっぱり高いね」

「って、そっちの凄いかよ!?」

俺の突っ込みに、うん、と実に素直な妹。雰囲気楽しもうぜ。

「凄いよ。あれだけの数の魔法を打って、なおかつその繋ぎが滑らかなんだもん」

「……うん? 滑らかじゃないのか? 普通」

「当たり前だよ! 考えても見てよ。無制限でアーツを連発出来るのはおかしいでしょ!?」

「う、うん。確かにそうだな」

ミュウの説明を聞くと確かにそうだ。だが俺自身、遠距離攻撃職の身。あまりアーツ直後の硬直時間に危機感を抱いたこともない。正直、重要視していない。

言われてみれば、魔法も硬直時間が存在するはずなのに、平気で連続して使えるのは謎だ。

「でも、セイ姉ぇは使えているな」

「あれは、魔法使い特有の魔法の待機状態にしているからだよ」

「ああ、あの、MPを消費し続けて、任意で発動できる」

「そう、それをあれだけの数をタイミングと発動時間をうまく調整して、隙なく、滑らかに撃っているの。実際に硬直時間なんかを短くとか色々工夫はしてあるだろうけど、凄くプレイヤースキルの高い行為」

「ふーん」

そう聞くと、凄いらしいんだ。という感想が浮かぶが、特別だからどうだ? と言った感じになる。そもそも、そこまでの技量が必要になるのかが疑問であったりする。

「何? その顔、無駄じゃない? みたいな顔して」

「事実そうじゃね?」

「もう! PvPとか、ギルド戦では、一分一秒の攻防が勝敗を分けるんだよ! CPU相手ならそこそこの技量があれば良いけど! 対人戦だと個人の技量で直ぐに覆されちゃうんだから!」

わーわー、と自分の興味や関心のあることになると直ぐに興奮する妹の話を適当に聞きながら、壇上から戻ってくるセイ姉ぇに声を掛けたりする。

ミュウは、俺の反応をセイ姉ぇに話せば、セイ姉ぇが困ったように頬に手を当てて、逆にミュウを慰める。俺は、全く、とため息を吐き出す。いつもの兄妹風景に苦笑が漏れてしまう。

そんな穏やかな五日目の夜は、零時を回った瞬間、けたたましいアラート音と共に、皆が静まり返る。

忘れていたわけじゃない。いつ来るかわからないから身構えていなかっただけだ。

確かに襲撃する予兆は察知しているし、弱点の予想もついている。ここ数日で、多くの人に予想だけは伝わっているはずだ。

そして、遂に現れた。という感想が俺の中に浮かぶ。

――緊急クエスト『幻獣大喰らいと幻獣喰らいの迎撃』――

日付けが変わった瞬間から、浮遊大陸の森は一変する。