軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Sense117

「隣への差し入れに行くけど」

「あっ、重いから代わりに行くよ」

「ありがとう。それじゃあ、お願い。それが終わったらそのまま自由時間で良いよ」

俺は、紙コップと二リットルのペットボトルジュース数本。そして、クッキー等のお菓子を持って、隣のクラスが利用している楽屋の教室へと向かった。

隣のクラスとの相互宣伝。単純に言ってしまえば、優先的に互いの場所を紹介して、勧める。と言う事だ。隣のクラスは、お化け屋敷に気合を入れていたみたいだ。安易に入ってへとへとな所に俺たちの場所を紹介されたら、休憩のために来るだろう。

お化け屋敷と楽屋は、隣接した教室なのでそれ程運ぶのにも手間は掛からない。

入り口に関係者以外立ち入り禁止の文字が掛かっている楽屋にノックする。

「すみません。隣のクラスの者ですが……」

「はーい、今出ます」

落ち武者スタイルの人が対応してくれた。互いに互いの姿を見て、固まってしまう。俺は、落ち武者の完成度の高さ。特に血糊の赤黒さのリアルさに息を飲み、固まってしまう。更に、その背後にいる休憩中の人たちも衝撃が走る。

すぐに、用件を思い出した様で、相手が先に再起動し、俺もその後すぐに正気に戻る。

「前世から好きでした。付き合ってください」

って、正気に戻ってない! とすぐさま、後ろから手近な物で頭を殴られ、代わりに女子生徒が対応してくれた。

「すみません。あっ、差し入れの人ですか?」

「はい、今日は、うちの喫茶店の宣伝ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。ジュースの買い出しを代わりにやらせてしまって。おまけに差し入れでクッキーまで」

「いえ、こういうのを決めたのは、クラス委員や学園祭実行委員ですし」

彼女に差し入れを手渡し、覗くように中を見回す。バタバタと忙しそうにしており、メイクや衣装に力を入れているだけあって、時間が掛かるようだ。

ほうっ、と感心するほど良く出来たメイク。明るい場所で見ると学生にしては手の込んだものを作る。

「どうかな? うちのクラスのお化けたちは」

「メイク凄いですね。見たとき、驚きました」

「ありがとう」

俺の言葉を好意的に受け取ったようだ。事実、息を飲むほどのおどろおどろしさがあった。

「どう? 興味持った? お化け屋敷に入ってみる?」

「ええ、まぁ、興味はありますけど、お化け屋敷が苦手で……」

「そういう子も多いし、無理強いは駄目ね」

そう言って、苦笑する女子生徒だが、隣の教室から響く甲高い声を聞き、ビクッと体を震わす。

「……何々、何の声?」

「子どもの泣き声」

程なくして、お化けの格好をした男子生徒二人に連れられて、就学前くらいの女の子が出口から出てきた。

可愛らしいパステル調の服と肩から斜めに幼児向けのアニメキャラクターのバックを掛けた女の子だ

教室の中が防音だったために押さえられていた泣き声が廊下に出た途端、わんわんと大音響で響かせ、周囲の注目を集める。

更に、お化け二人に左右を固められて、泣き止む気配は無い。悪意無きお化け役の二人は、おろおろとしている始末。その様子を見て、更に泣き出すという悪循環。

「ちょ、何やってるの! こんな小さな子を泣かせて!」

「いえ、そのすみません。ちょ、良く分からないけど……」

今まで話していた女子生徒がお化け役二人を叱る中、件の女の子は俺の膝に小さい体で体当たりしてくる。

体重が軽いために、それほどの衝撃は無かったが、足に抱き付いてきた。

「こんにちは、どうしたの?」

膝を折り曲げて、目線を合わせるが、いやいやと首を振っているだけでしゃべらない。さっきまでクラスの方でも似た年齢の子どもを相手にしていたので、同じように対応する。

「鼻水とか涙で顔が汚れている。可愛い顔が台無しだぞ。ほら、ちーん」

ポケットティッシュで涙を優しく拭き取り、鼻をかませる。その間も女の子は、俺のエプロンの端をぎゅっと握って放さない。

「……ママ?」

蚊が鳴くような小さな声だがしっかりとママ、という言葉を聞き取った。

「十中八九迷子か。内のクラスは休憩所になっているからそっちに連れて行こうか?」

「ええ、お願い。あと、名前とか保護者の特徴とか教えてくれるかしら。放送室で迷子のお知らせをしなきゃいけないし」

「分かった。大丈夫だよ。ママは見つかるよ」

優しい手つきで、頭を撫で、ゆっくりとした口調で語りかける。その間も、左右に立っていたお化け役の二人は、おろおろしているし、その姿を見て余計怖がってエプロンに抱き付く。

「えっと、お名前、出来れば、歳も教えてくれるかな?」

「クサノ・マイ。ごさい」

「じゃあ、マイちゃんだね。ママが見つかるまで一緒に来てくれないかな?」

おろおろした感じでお化け役や女子生徒を見上げていたが、すぐに俺の方が良いという意思表示をする。

「それじゃあ、クラスの方で預かるんで、放送入れて貰えます?」

「分かったわ。すぐに暇な人に向かわせるわ。ほら、あんたたちも、お化け役に戻った戻った!」

俺も迷子のマイちゃんを連れて、教室に戻ってきた。ちょうど入れ替わりのタイミングで半分近くが変わっている中で遠藤さんと今朝の俺に女装を嗾けたクラスメイトが反省させられていた。

「全くずっと逃げ回って。あんたたちは何をやりたかったの」

「いや、だから……」

「言えないの? 言いたくないの? 本人騙すような真似して恥ずかしくないの」

「……はい」

「だいたいね。人のコンプレックスの感じるような事を刺激するのは人としてどうなの? 本人は、諦めたとか気にしてない。とか言ってるけど、人の内心なんて分からないのよ」

「面目ありません。すみません」

「謝るのは私じゃないでしょ」

遠藤さん。理詰めで淡々と追い詰めるので周囲には迷惑を掛けていないのだが、その静かな怒りに当てられて、マイちゃんはまた泣きそうになっているし……。もう、遠藤さん、それくらいで。

「あら、交代の時間だけど、どうしたの?」

こちらに気が付いたようで、振り返る遠藤さんに、マイちゃんが完全に怯えている。俺の足の後ろに隠れちゃって。

「えっと、簡単に説明すると……差し入れでジュースやクッキー持って行ったら、迷子を保護しました」

「ああ、もう放送は?」

「今は、隣のクラスの人に任せてあるから。ここで待ってようと思って」

「そう。それなら一席空けましょう。こんにちは、お名前は?」

遠藤さんは、子どもの扱いを心得ているのだろう。目線を合わせるように、しゃがみ込むのだが、先ほどの姿で怯えてしまったために、俺の後ろから中々出てこない。

涙目になって、俺に助けを求めるように見上げてくる。

「……おねぇ、ちゃん」

「あー、えっと。初めましてって言えば良いんだよ。優しいお姉さんだから」

「うん。はじめまして、クサノ・マイです。」

「はじめまして。挨拶できて偉いね」

俺の影から出てきて、挨拶の出来たマイちゃんを褒める遠藤さん。褒められたことが嬉しいが、それと同時に恥ずかしいのか、また俺の影に隠れてしまう。

暫くして、遠藤さんと一緒に迷子案内の校内放送を聞く。突然の校内放送に驚いたのか、更に縮こまって、俺にべったりとなっている。

「随分と好かれちゃったね」

「何でですかね? さっき泣いていた時、周りを怖がったのに、自分から抱き付いてきて。人に好かれる要素無いような気がするんですけど」

自分の事なのだが、なぜ俺なのだろう。そこが分からない。

「あれじゃない? 安心する雰囲気って奴があるんじゃない? 私は駄目みたいだけど」

「そうかな? 遠藤さんだって嫌われてはいないと思うけど」

俺に抱き付いたままひょっこり頭を出す。その頭を優しく撫でると、なに? と不思議そうな顔で見上げてくる。

「ここでママが来るのを待っていられる?」

「うん。ここで、待つ」

「じゃあ、椅子に座ろうか」

俺がマイちゃんを席に案内すると、どうしてか遠藤さんがくすくすと可笑しそうに小さく笑う。

「なるほど。子どもに好かれるわけだ。子どもの目線に立ち、丁寧に対応して、さらに細かいところまで気が付く」

「これくらい普通だって」

苦笑いを浮かべながら、マイちゃんに何か食べたりするか聞くがいらないと言われてしまう。

教室に入って来たお客さんは、先ほどの放送を聞いて、マイちゃんが迷子だと気づき、早く迎えに来るといいね。と声を掛けてくれる。

クラスメイトは、子どもを飽きさせないように手を変え品を変えて、芸を披露し、子どもだけでなく、他のお客さんの目を集めている。

その間も、マイちゃんは、俺から離れようとしないために、完全に着替える機会を逸してしまった。今回は、子どものためと思い割り切る。

「……えっ? なんでその恰好?」

「お前っ……えっ!? なんで?」

子どもに掛かりっきりで入れ替わり立ち代わり入るお客さんに注意を払っていなかった。そのために、二人から声を掛けられてから気づいた。

巧と美羽に見られた。どうせまた何か言われるんだと思い、少し気分が落ち込む。

「「……」」

しかし、一向にしゃべり出す気配は無く、軽く目を細めて見返す。

「なんだよ。文句あるのか」

「いや、びっくりし過ぎた。言葉も出ない、流石お母さんの子。似合い過ぎ」

「いや、それだと美羽ちゃんも同じだから」

「はっ! そうだった!」

いや、何をやっておりますか、あんたら二人は。

「で、そこの子は? うーん! もう、可愛い、ぷにぷに」

「こら、止めろって! こっちにまで抱き付くな!」

「二人とも私の嫁よ!」

マイちゃんが逃げるように俺に抱き付き、俺まで美羽に抱き付かれ、巧や遠藤さんはただ見ているだけだし、だれかこの暴走妹を止めろ。子どもが驚いて目を白黒させているのだ。

「ほら、美羽ちゃん。自重する。大丈夫か?」

「巧。助けるならやる前に止めてくれ。全く、何時も事前に止めずに、見届けてから……」

「まぁまぁ、止めたんだから良いじゃん」

「俺は良くない。全く、お前はいつもそうだ……」

俺は、巧に今までの文句も合わせて、この場で一気に捲し立てるが、当の本人はどこ吹く風と言った風に聞き流す。

俺たちを見上げていたマイちゃんは、その様子のどこがおかしかったのだろう。突然笑い出し、俺たちを驚かせる。

「マイのママとパパみたい」

「うっ……」

俺は、自分の言動を恥ずかしく思い、顔が真っ赤になるような思いだった。

対して、巧は、しゃがみ込んで、マイちゃんの話を聞いていく。パパとママの様子はどんな感じか、とか。自分の親の事が大好きな子どもの口からは止めどなく、出てくる。お姉ちゃんと一緒で……と言う言い方が多くて、更に恥ずかしくなり、縮こまる。

「でね。そこのお姉ちゃんみたいに優しくね。良い子良い子してくれるの。だからママもお姉ちゃんも好き」

「そっか。良かったな。俺もお姉ちゃんは、好きだぞ」

なんだよ。巧のニヤついた笑顔がムカつく。さらりと子どもにお姉ちゃんって呼び方定着させるな!

「随分と気に入られているみたいだな」

「うっさい! 何が好きだ! 普段から弄る癖に!」

「私も大好きよ!」

「お前は節度を持て! 暴走シスター!」

周りでは、俺たちが漫才でも広げているように見えたのだろう。微笑ましいな、とか、なんだ若いカップルか。みたいな生暖かい視線に居心地が悪い。

そんな雰囲気に包まれる教室に、一人の成人女性が現れた。

「すみません。こちらで迷子を預かってると聞いたのですが……」

「あっ、ママ」

小さい体で母親らしき人物へと飛び込み、受け止められる。

「こらっ! 勝手に離れないって約束したでしょ!」

「ご、ごめんなさい」

「すみません、うちの子が……」

ぺこぺこと何度も頭を下げる母親に対して、俺も釣られて頭を下げる。迷子になった様子とか、待っている時の様子などを聞いて、安心したのか、少し怒った雰囲気が消え、本当に心配した様子が垣間見えた。

マイちゃんも母親に拙いながらも懸命に様子を話し、その言葉の九割近くがお姉ちゃんを指す俺の事だったり。

ただ、ね。俺は、お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんなんだ。と声を上げたいが、それをすると場が混乱してしまうだろう。俺は、ぐっと我慢する。

「ありがとうございます。迷惑をお掛けしました」

「いえ、行きがかり上の事ですので、お気になさらず」

「そうですが、本当にありがとうございます」

「バイバイ、お姉ちゃん」

手を引かれて帰っていく姿を見送り、俺は知らず知らずの内に張っていた緊張の糸で、小さく長い溜息を吐き出す。

「お疲れ。にしても、朝いないと思ったらそんな恰好してたとはな」

「……煩い黙れ。はぁ~、今から着替えてくる。残りの自由時間奢れ」

「まぁ、少しからかったのは悪かった。そのくらいは妥協しよう。美羽ちゃんはどうする?」

「良いよ。二人で行ってきて、私はここでゆっくりとしてるから」

遠藤さんたちも着替えるように勧められたので、巧も伴って服を着替えに戻るのだった。