作品タイトル不明
第91話 サクサク進んで泥沼の罠
ウォルターが南へと旅立ってから数日。
村の南東にそびえ立つ絶壁のふもとの湿地では、かつてない規模の組織的な土木工事が展開されていた。
ロバートが整えた「五班ローテーション制」により、現場には常に体力の有り余った男たちが供給され続けている。当初は十八名でスタートした泥靴工兵隊も、今や五十名を超える大所帯となった。
村の古参住民に加え、ボルドー東村からの難民や、バルド男爵領から逃れてきた民からも志願者が相次いだためだ。
その他にも、道作りに従事するものは増えた。
村では総勢四百名の住民たちが、大量生産のような手際で 粗朶(そだ) マットを編み上げている。彼らの給料を賄っているのは、カイトが発案した「水準器」のパテント料や「泥パック」の売上、そして最近爆発的なヒットとなった「スライダー巾着袋」の利益である。
潤沢な資金は現場の機動力にも変えられていた。モーガン商店を通じて発注された中古の荷馬車や農耕馬が、最前線までのピストン輸送体制を完璧に整えている。村で編まれたマットや、重しとなる砂利、土が、途切れることなく宿場町建設予定地の中継広場へと送り込まれていた。
「よし、次はここだ! 槍を立てろ!」
マルコの号令で、巨大な銀の杭が泥へと突き立てられる。大槍を深く刺し、カイトの魔法で地盤を固める。これが最近確立された「爆速道作り」の手順だ。今ではマット二枚で道ができるまでになっていた。
「よっしゃ、次のマットを運べ〜!」
男たちが熱狂していたのは、単に進捗が良いからだけではなかった。
「あの先、平地になってるところまで行けば、王都までかなり近づけるっすね!」
最前線で作業するガンタが、泥沼の先に広がる『陸地』を指差した。
そこは断層が一段せり上がり、泥の上まで岩盤が露出しているような場所だった。あそこまで辿り着けば、厄介な泥沼を抜け、道作りは更に加速する。
「あそこまで行けば勝ちだ! どんどん敷け!」
「応ッ!!」
だが、崖のふもとに差し掛かったその地点で、異変が起きた。
「……あれ? おかしいぞ」
大槍を支えていたジョージが首を傾げた。槍は半分ほどで止まり、びくともしない。ロバートが駆け寄り、自らも槍に体重をかけるが、硬い感触が返るだけだった。何回か場所を変えて刺そうとするが、どこを刺しても跳ね返されるだけだった。
そこへカイトがトテトテとやってきた。ヘルメットのスライダーをキュッと締め直し、状況を観察する。
(こりゃ完全に跳ね返されとる。どこを刺しても同じ深さで止まるということは、泥の下に『平らな面』があるということじゃな)
カイトは顔を上げ、前方にある一段高い平地と、後ろの温泉の湯気が立ち昇る方角を交互に見やった。
(後ろの温泉が湧く裂け目から、あの先のせり上がった平地まで……。地盤が階段のようにズレとったら、もしかすると、泥の下には、でかい平らな岩盤がビシッと横たわってるかもしれん!)
カイトは大槍に小さな手を添えた。
「ロブおじちゃん、まほう、かけてみるね」
カイトが『圧密』の魔力を流し込む。いつもなら地盤がズンッと沈み、濃い泥水が噴き出してくるはずだったが、今回は泥が沈む音もなければ、水が上がってくる様子もない。ただ、杭の根元で微かな振動が跳ね返るだけだ。
(……間違いない。これは岩のテラス、こりゃボーナスタイムじゃ!)
「ここ、おふとん(マット)がいらないくらいカチカチだよ! どんどん進んじゃって!」
監督の太鼓判を受け、男たちは作業を再開した。岩盤の上にある泥は浅い。マットを一枚敷いて石を乗せるだけで、驚くほど安定した足場が組み上がっていく。
「おい、めちゃくちゃ楽だぞ! 飛ぶように道ができる!」
「あの平地まで一気に行けるぞ!」
男たちは歓喜し、爆速で道を伸ばしていった。わずか半日で伸びた距離は、およそ八十メル。しかし、その勢いは続かなかった。
「隊長! 予備のマットがありません!」
「なんだと? 広場に運び込ませていたはずだろう」
「それが……あまりにサクサク進むんで、面白がって全部使い切っちまいました!」
ロバートが泥靴村へ確認に行かせると、しばらくして工兵が青ざめた顔で戻ってきた。
「隊長! 予備のマットがもうありません! 村の方の資材置き場も空っぽです!」
(ふぉふぉふぉ! 嬉しい悲鳴じゃが、完全に計算違いじゃな。編み上げるスピードが、敷設するスピードに完全に追い抜かれてしもうたわい)
「ロブおじちゃん、おふとん、もうないの?」
「ああ。資材班が次を編み上げるまで、数時間はかかりそうだ……」
「じゃ、もどろう! みんなでマット作りを おてつだいしよう」
カイトの鶴の一声でこの日の作業は変更され、工兵隊と南部衆は村へと引き返して全員でマット作りを行った。
そして翌朝。
宿場町建設予定地の中継広場には、再び山のような粗朶マットが積み上げられていた。
「どんどん敷け!」
「応ッ!!」
「よし、昨日みたいにガンガン行くぞ!」
マルコの号令とともに、男たちは意気揚々と最前線へと復帰した。
岩盤の上の「一枚敷き」は相変わらず快適だった。一枚目、二枚目、三枚目……と、驚くほどスムーズに道が伸びていく。男たちは「今日もボーナスタイムだ」と疑わなかった。
だが、四枚目のマットを泥の上に放り込み、重しの石を乗せようとした、その瞬間だった。
「う、うわあぁっ!?」
マットごとガクンと傾き、先端が泥の深みに引きずり込まれた。石の重みでシーソーのように無残に跳ね上がっていた。
「止まれ!! 全員止まれ!!」
ロバートの叫びが響く。
調子に乗って進みすぎた男たちの目の前には、また以前と同じ、黒い奈落のような泥沼が口を開けていた。