軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話 絶望の嵐、子供の泥遊び?

午後になり、カイトの厳しいダメ出しの末、南部の男たちが編み上げた何十枚もの「 粗朶(そだ) マット」が完成した。

「よし! みんな、よく できたね! じゃあ、これを みんなで はこぶよ!」

カイトの号令で、男たちは巨大なマットを担ぎ上げる。彼らが向かったのは、現在建設が進められている「温泉旅館」の現場を通り抜けた先、泥沼が広がる道の最前線だった。

「はい、ストップ! そこに マットを うかべてね!」

男たちがドサリと泥の上にマットを置く。編まれた小枝のイカダは、ブクブクと泥の表面に浮いた。

「よし! じゃあ、その 上に、あっちの 石や 砂を どんどん のせて!」

「……えっ?」

南部の男たちの動きがピタリと止まった。

マルコが困惑した顔でカイトを見る。

「わ、若様? せっかく作った枝の道に石なんて乗せたら、沈んじまいますよ?」

「いいから、どんどん のせて! はやく はやく!」

困惑しながらも、男たちはスコップで砂利や石をマットの上に放り込み始めた。

その様子を、少し後ろから見ていたガンタとサジら既存の工兵隊が、ニヤニヤと笑い合っている。

「……おい、サジ。あいつら、これから絶対絶望するっすよ」

「ああ、俺たちも通った道だ。人の苦労が泥に沈んでいくのを見るのって、なんでこんなに楽しいんだろうな」

「性格悪いっすよ、サジ」

そんな悪趣味な会話をしていると、ポツリ、ポツリと空から雨が落ちてきた。

まだ小降りなので、カイトは作業を止めない。

「ほら見ろ! 沈んじまったじゃねえか!」

「俺たちが半日かけて編んだのに……全部ドブの中かよ!」

案の定、石の重みに耐えきれず、マットは無情にも泥の底へと吸い込まれていく。南部の百人衆の元気が、見る見るうちに無くなっていく。

「はい、ストップ! そこに、つぎの マットを のせて! 石も いれて!」

カイトの容赦ない指示に、男たちは半泣きで二枚目のマットを重ね、石を叩き込む。

ズブズブと沈んでいく……かと思われたその時。

際限なく沈んでいたはずの場所で、マットが動きを止めた。

「おい……止まったぞ?」

「沈まない……!」

「よし、止まったね! 雨が つよく なる 前に、おわらせるよ!」

カイトが声を張り上げると、驚いていた男たちも我に返り、次々とマットを沈めては石を積んでいく。雨が降る中、彼らが編んだマットによって、泥沼の上に確かに道が伸びていった。

だが、ポツリポツリと降っていた雨の粒が、少しずつ大きくなり始めた。遠くの空には、どんよりとした真っ黒な雲が固まりつつある。

「……こりゃあ、嵐になるな」

温泉の風呂桶に屋根になる部分を組んでいたゴドーが黒い雲の空を見上げる。

「さあさあ、あんたたち! ひどくなる前にとっとと引き上げるわよ! ほら、そこの資材が飛ばされないようにしっかり縛って!」

温泉旅館の現場から、マダムのよく通る声が響いた。

その声に急かされるように、作業していた大工や工兵たちも慌てて道具を片付け、続々と村へと引き返し始める。

(……ふむ。風の においが かわったな。これ いじょうは 足場が わるくなって ケガ人が 出る)

カイトも即座に空を見上げ、声を張り上げた。

「きょうは ここまで! みんな、村に もどるよ!」

その撤収指示を受け、南部の男たちも村へと引き返した。

***

その日の夕方。

カイトたちの予感は的中した。雨は豪雨となり、風が吹き荒れ始めた。嵐である。

南部の男たちが広場に張っていたテントも、バタバタと大きな音を立てて煽られ、身の危険を感じるようになってきた。

そこへ、雨合羽を着た工兵隊が駆け込んできた。

「おい、お前ら! 若様からの指示だ! テントを畳んで上に重しを乗せろ! 領主様の屋敷と、空いてる家に分散して避難しろ!」

男たちは急いでテントを潰して石を乗せ、指示された家々へと逃げ込んだ。

マルコやウォルターたち数十人は、新設されたばかりの長屋の一室に身を寄せていた。

日が落ちて夜になるにつれ、外の風はいっそう激しい唸り声を上げている。

その時だった。

「……おい、なんだあの音!?」

外から『バキィィィッ!』という、木がへし折れる凄まじい音が響いた。風に耐えきれず、近くの太い木が折れたのだ。

次の瞬間、宙を舞った太い枝が、長屋の屋根に激突した。

グシャッ!!

「うわぁぁっ!?」

轟音と共に屋根が半壊し、天井が抜け落ちた。空いた穴から、容赦なく暴風雨が室内に吹き込んでくる。

「ここも潰れるぞ! 違う家に逃げろ!」

マルコたちは頭を抱え、泥水が叩きつける外へと飛び出し、隣の家へと決死の避難を行った。

隣の家に転がり込み、ガタガタと震えながら彼らは顔を見合わせた。

圧倒的な嵐の破壊力。それを目の当たりにしたことで、彼らの間に「疑心暗鬼」が生まれ始めた。

「……おい。あんな太い木が折れて、家の屋根が半壊する嵐だぞ」

「ああ。この嵐じゃ、さっき作った粗朶の道も崩れるんじゃないか?」

「間違いない。枝を編んで石を乗せただけだぞ。濁流が来たら一発だ」

一人が口にすると、次々と同調する声が上がる。

「ああ、俺たちって騙されたのかな?」

「あんな小さな子供が発案者って、そんなの信用していいのか?」

だが、そんな不満を口にできたのも最初のうちだけだった。

夜が深まるにつれ、嵐はさらに牙をむき始めたのだ。

ズズズンッ……!!

地鳴りのような暴風が吹き荒れるたび、避難した家の太い柱がミシミシと悲鳴を上げる。窓の隙間からは冷たい泥水が容赦なく吹き込み、床を黒く染めていった。

「お、おい……この家、もつのかよ……!?」

「風の音が獣の鳴き声みたいじゃねぇか……。屋根が飛んだら、俺たち生きて朝を迎えられねぇぞ……!」

壁際で身を寄せ合う男たちの顔から、血の気が引いていく。

雷鳴が轟き、一瞬だけ室内を白く照らし出す。そのたびに、彼らはビクッと肩を震わせた。

「……なぁ。この嵐、南の方にも行ってるんじゃないか?」

暗闇の中で、誰かが震える声でつぶやいた。

その言葉に、男たちは息を呑んだ。彼らがここへ来た本当の理由は、南の領地で暴れる『 黒竜川(こくりゅうがわ) 』の水害を止めるためだ。

「……黒竜川、溢れてなきゃいいが……。家族は無事だろうか……」

「俺たち、川の工事のやり方を習うために、こんな所まで来たのに……。今日やったのは、ガキの泥遊びに付き合わされて、小枝を編んで石を乗せただけだぞ」

「……ああ。もしこれで村が流されてたら……俺たちは、何のためにここにいるんだ……」

絶望と後悔が、嵐の恐怖に混じって男たちの心を激しく蝕んでいく。

もはや、昼間に作った道のことなど考える余裕すらなかった。ただ、自分たちの命と、遠く離れた家族の命が明日まで繋がっていることだけを祈るしかない。

「……道どころじゃねぇ。あの泥沼自体が溢れたら、この村ごと終わりだ……」

「俺たちが作ったあの道なんて泥水に飲まれて消えてるさ。……それより、頼むから風よ、止んでくれ……!」

誰一人として目を閉じることなどできなかった。

男たちは、故郷への心配と自然の圧倒的な暴力に怯えながら、ただ震えて、一睡もできないまま長い嵐の夜を耐え忍ぶしかなかった。