軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 泥沼魔法『魔法圧密工法』

翌日。

バッカスの出張工房(旧物置)には、焦げた匂いと、大の大人が頭を抱える熱気が充満していた。

机の上に広げられた木板には、五歳のカイトが描いたとは思えない、「水抜き魔法の設計仕様書」が置かれている。

そこには湿地の断面が細かな線で描かれ、土の粒子の隙間を縫うように排水の矢印が、「工程図」として描かれていた。

「……実験して成功だったな、坊主。結論から言えば『ドライ(乾燥)』じゃ全然ダメだ!」

バッカスが、机に放り出された魔石を指差で転がした。

「土の中の水分を蒸発させて消すだけじゃ、土の粒子はバラバラのままだった。そんな道、馬車が通れば、霜柱見たいにグシャっと潰れちまう」

「あうぅ……。ドライだと、くずれちゃうんだね……」

カイトはシュンとして見せた。

(……乾燥させれば十分だと思っておったが、この世界の魔法はそれほど甘くないか)と、自分の見通しの甘さを反省していた。

「じゃあおじちゃん、これならどう?」

カイトが、最初の図面の真ん中に「×」を書き加え、次の案を提示する。

「ここにある『お水』と『くうき』を、アポーツでポンってとばしちゃうの! そうすれば、お水がなくなって土が『ぎゅっ!』てなるでしょ?」

その瞬間、部屋の空気が凍りついた。バッカスの顔から血の気が引き、傍らのアルベルトがカイトの肩を強く掴む。

「……カイト。今、なんて言った? 『空気』を指定して飛ばす……だと?」

「……パパ? そうだよ? 何もなくなれば、中の土が、下におちるでしょ?」

「……バカ野郎ッ! 坊主、今すぐその言葉を忘れろ!」

バッカスが椅子を蹴立てて叫んだ。

「特定の空間から、『空白(真空)』を作る。それは古の暗殺術……音も立てずに人を窒息させる、禁忌の術式だ! そんなもんを魔石に刻んで登録してみろ。翌日には憲兵が突入してきて、俺もお前も、フェルメール家ごと絞首刑だぞ!」

(……!…… なるほど、物理の基礎である『真空』が、この世界では死を招く魔法として恐れられておるのか。いかん、つい前世の常識で効率を求めすぎたわい)

「あうぅ……。じゃあね、お水さんに『上にいけ(ドロー)』、土さんに『止まれ(ホールド)』って二つおねがいするのは?」

「……ハッ、おめでてーな坊主」

バッカスが鼻で笑った。

「この世界の魔導工学には『一石一属性』という鉄の掟がある。一つの魔石に反発する二つの属性命令を刻めば、発動した瞬間に爆発して木っ端微塵だ」

「……だったら、バッカス」

それまで黙って聞いていたアルベルトが、二つの魔石を手に取った。

「一つがダメなら、二つを繋げればいい(タンデム)んじゃないか?」

「……あぁ!?」

バッカスの顔が歪む。

「水属性の魔石には『 向水(ドロー) 』を刻み、土属性の魔石には『 不動(ホールド) 』を刻む。これを一つの管に直列で連結して、同時に発動させるんだ。……これなら干渉を防げる。違うか?」

「……正気か? 作るのは楽だが、クリーンと違ってあの泥じゃ範囲がデカ過ぎるんだ。いくらこの『油田小僧』のデタラメな魔力圧を持ってしても…ある程度の時間、魔法を維持しないと……」

バッカスは呆然とアルベルトを見つめ、それから絨毯――カイトが儀式で『満タン』の魔力を注ぎ込み、ドロドロの油まみれにしたあの「油田の絨毯」を思い出した。

「なぁ、坊ちゃん、さっきのドライ、あれ何回使えそうだ?」

「あれなら、一日中、つかえるよ?」

「……おい待て。マジかよ」

「うん、まだまだいっぱいあるもん!」

「おいおい、魔力量も化け物レベルだな! こりゃ、いけるぞ!!」

そこへ、またアルベルトの素朴な疑問が飛ぶ。

「いや、すまん。思いつきで言っただけなんだ。でも、それってまた話がループするようで申し訳ないんだけど、ドライと何が違うんだ?」

「ん?……そうだな。やっぱりおかしいぞ、坊主」

バッカスが眉を吊り上げ、書きかけの図面を鋭い指差した。

「さっきの『ドライ(乾燥)』と、この『ホールド(不動)』。術理の名前を変えたところで、結局は同じ結果にならないか? 魔法で無理やり水を消そうが、土を止めようが、術者が魔法を止めた瞬間に、水があった隙間に土が乗っかる。結局、道はスカスカになるんじゃねぇのか」

(……ジジイめ。まだ「魔法」の枠で考えておるな。物理の力を見誤るでないぞ)

「あうぅ……おじちゃん、ちがうよ。ホールドをパッて、はなし(離し)ちゃダメなの」

カイトが、小さな指で図面の連結部をなぞり、バッカスの目を真っ直ぐに見つめた。

「お水さんがぬ(抜)けるのに合わせて、土さんを『ゆっくり』うごかしてあげないと、きれいに、なら(並)んでくれないんだよ」

バッカスが、その指摘にハッとして計算尺を叩きつけた。

「……そうか。急激に魔力を断てば、土の構造をぶち壊しちまうんだな。水が抜けた瞬間に、土の粒子が一番落ち着く場所へ収まるまでの『溜め』が必要ってわけか」

バッカスは震える手で羽ペンを握り直し、回路の終端に、これまで誰も見たことがない円環の刻印を書き加え始めた。

「……要は、この円環で魔力の余韻を残して、土が自らの重みで『一番収まりのいい場所』に落ちるのを待つんだ。水の吸引を止めた後、土を止める術式だけを、ため息みてぇにじわじわと弱めていく。魔法が消えるその瞬間に、粒子がパズルのようにガッチリ噛み合う時間を稼いでやる……。ああ、これならいけるぜ!」

(……ワシも勉強になったわい! これぞ、ただの 乾燥(ドライ) では辿り着けない『圧密』の真髄じゃ。魔法で固めるのではなく、魔法が消える刹那に、土自身の重さを利用してパズルを完成させる。この一瞬の『 余韻(ディレイ) 』が、泥沼を鋼の街道に変える鍵になるんじゃ!)

「おじちゃん、すごーい! これなら、まほう(魔法)が終わったあと、おみちは『カチカチ』になるね!」

アルベルトが、二人の議論の果てに生まれた「余韻」の術式を覗き込み、静かに、頷いた。