軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第46話 潜入の商人と、究極の泥

ボルドーとハルバードの中間に位置する、村の酒場。

両方の街が近いため、旅人の多くはどちらかに流れ、この村は素通りされがちだ。立ち寄るのは、ほとんどが村の者だけである。

その隅の、灯りも届かない薄暗い部屋に、二人の男が向かい合っていた。

一人は、ボルドー子爵家買付役とされるガストン。

子爵家の資金を預かり、大口の仕入れを任される立場にある男だ。相場には通じているが、職人ではない。物の本質を見抜くというより、利益を計算する人間だった。

もう一人は、深いフードを目深に被り、不自然なほど立派な付け髭を蓄えた妙に恰幅のいい商人で、モランと名乗っている。

「……それで。本当に例のモノを持っているんだろうな、モラン」

ガストンは探るような目で、フードの男――変装したモーガンを睨みつける。

視線は髭の付け根や袖口を一瞬かすめ、変装の綻びを探している。

モーガンはわざとらしく周囲を気にし、椅子をわずかに引き寄せてから声を潜めた。

「声が大きいです。『フェルメールの犬』が目を光らせている昨今、この取引が漏れれば、私の首は文字通り飛びます」

カイトに教え込まれた、いかにもありそうな組織名だ。

だが震えは作り物ではない。かつて自分を捕らえたボルドーの手下が近くにいるかもしれない。その想像だけで喉は自然に乾く。

その緊張は、ガストンには「横流しの危うさ」として映っていた。

「ふん。放火で資材を失い、フェルメール男爵がハルバード伯爵から相当な借金をしてまで血眼になって泥炭を買い戻しているという噂は本当のようだな」

「ええ……。市場は混乱しています。伯爵様は男爵様に『三倍の値でも構わんから買い付けろ』と命じたそうですが、実際はそれ以上を積んでいるとも」

モーガンは懐から、一欠片の泥炭と、丁寧に編まれた木の枝を取り出した。

机の上に並べると、国家機密と称するにはあまりに素朴な見た目だった。

「これが、フェルメールの道作りを支える『燃焼土』と『沈下防止の枠』のサンプルです。泥の底に沈めて焼けば、あの底なし沼が石のように固まる。……国家機密級の工法ですよ」

ガストンは泥炭を手に取り、重さを量るように上下させ、指先で崩した。

黒い粉が机に落ちる。

どう見ても泥だ。

だが、噂と金の流れがその評価を鈍らせる。

「……素晴らしい。これさえあれば、フェルメールの道は永久に完成せず、我が主がその利権を握れる。して、価格は?」

「伯爵様達が三倍で買うと仰っている以上、私としても相応の見返りが必要です。……相場の五倍。これ以下なら、私は大人しくフェルメールに頭を下げて納品しますよ」

「五倍だと!? ふざけるな、ただの泥と枝ではないか!」

ガストンは枝をつまみ上げ、軽く振った。

ぱさりと乾いた音がする。

モーガンは肩を揺らすでもなく答える。

「ええ、見た目は。ただの泥と枝です。ですが、その“ただ”を再現できるなら、どうぞご自分で」

そう言って、机の上の泥炭を指先で軽く押し転がす。

「フェルメールのあの神童が調整した配合でなければ、火は途中で消え、道は沈むそうですが」

ガストンは泥炭を見下ろしたまま黙り込む。

特別に見えないことが、かえって不愉快だ。

違いが分からない。だが、違いがあると言われれば否定もできない。

借金。三倍買い。買い戻し。

どれも金の匂いがする。

やがて、苦虫を噛み潰したような顔で金貨の袋を取り出し、机に叩きつけた。

「……いいだろう。手付金だ。今ある在庫、すべて買い取る。二日後の深夜、この村の外れの森に運び込め」

「毎度、ありがとうございます」

モーガンは袋を受け取り、深く頭を下げる。

フードの陰で、かつて自分を嘲笑ったボルドー工作員の面影がよぎった。

だがモーガンに震えはもうなかった。口元だけが、わずかに上がった。

***

「……で、モーガンおじちゃん。そのおじさんは『五ばい』で買ってくれたの?」

泥靴村のフェルメール屋敷。カイトは、戻ってきたモーガンが差し出した金貨の袋を覗き込み、無邪気な声を上げた。

「はい、若様。仰った通り『特殊な配合の秘匿物資』だと伝えたところ、疑いながらも最後には必死になって食いついてきました。今ある泥炭と枝の在庫、すべて掃けます」

モーガンの言葉に、カイトはパチパチと小さな手を叩いて喜んだ。

「わーい! すごいね、おじちゃん! じゃあ、もっともっと村のみんなで『金の材料』をあつめなきゃね!」

「ええ、村の者たちには『掃除のついでだ』と言って、さらに枝を拾わせます。……しかし、恐ろしい。村の子供たちが拾ってきたようなただの枝切れが、こうして本物の金貨に化けるとは。商人として長く生きてきましたが、こんな光景は初めてです」

アルベルトが傍らで、信じられないものを見るような目で金貨の袋と息子を見比べていた。その手は、あまりの衝撃にわずかに震えている。

「……カイト。お前がやっていることは、もはや商売ではない。ただの泥を金貨に変える、恐るべき『錬金術』だ……」

「えへへ、パパ。わるいおじちゃんが ほ(欲)しがってるんだから、高く売ってあげないと失礼でしょ?」

カイトは窓の外を眺めた。一階からは湿地の一部しか見えないが、そこには「金」を拾い集める村人たちの姿があった。

(……ククク。ワシの『現場』を荒らした落とし前、きっちり払ってもらうからな)