軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話:放火に感謝!灰と馬車で大逆転

一方その頃、湿地の奥にいたカイトたちも村から上がる黒煙に気づき、急いで広場へと取って返していた。

目に飛び込んできたのは、無惨に燃え盛る資材の山だった。

(ワシの……ワシの可愛い資材たちが!!)

カイトは猛然と火の手に近づくと、延焼を防ぐために、まだ火が回っていない枝の束を力任せに蹴り飛ばし、引き離そうとした。

「若様! 危ないですからお下がりください!」

すかさずラインハルトが背後からカイトの小さな体を抱きかかえ、強引に火元から引き剥がした。彼からすれば、燃えているのはただの「薪のようなもの」であり、領主の跡取り息子が火だるまになるリスクを冒すなど言語道断だった。

「はなせ! 火が回ったらゴミになっちまうだろ!」

「いけません! 火傷をなさいます!」

大人であるラインハルトの力に敵うはずもなく、カイトは空中で足をバタバタとさせながら抗った。

安全な距離まで後退したラインハルトがようやくその小さな体を地面に下ろすと、カイトは炎に飲まれていく作りかけのマットを、血を吐くような思いで睨みつけた。

「クソッ……!!」

地面に降り立ったカイトは力一杯、足元に転がってきた燃えかけの枝を蹴り飛ばした。

「水だ! 早く水を被せろ!」

駆けつけたアルベルトの指揮のもと、村人たちが手分けして泥沼や水汲み場から桶で水を運び、必死の消火作業が始まった。だが、その焦燥に満ちた空気を切り裂くように、ラインハルトが鋭い声を上げた。

「待て! 燃えている枝はいい! 近くの家に水をかけろ!」

「何だと!? 早く消さないと資材が……!」

「火勢が強すぎる! 近くの家に燃え広がらないよう延焼防止に全力を出せ! あっちの家に水をかけろ!」

ラインハルトの鋭い進言に、アルベルトは一瞬言葉を失った。だが、風に煽られる炎の勢いを見て、即座に翻意した。

「……方針変更だ! 燃えている山には構うな! 近くの家の壁と屋根に水をかけろ! 火をそこから出すな!」

やがて白煙と共に火が鎮火した頃には、広場は無惨な有様になっていた。

大八車は黒焦げになり、何日もかけて苦労して集めた木の枝と作りかけの粗朶マットはすっかり灰に変わっていた。広場の端には、逃げた行商人が残していった荷馬車だけがぽつんと佇んでいた。

カイトは焼け焦げたマットの残骸に歩み寄り、鼻をひくつかせた。

(……間違いない。引火しやすい油の匂いじゃ。あいつら、最初からここに火をつけるために……『放火』しにきおったんじゃ…)

カイトがギリッと奥歯を噛み締めていると、残された荷馬車を調べていたラインハルトが、険しい顔でアルベルトに報告に向かった。

「男爵様。あちらの荷馬車ですが……馬と車を繋ぐ馬具が、刃物で鋭利に切り裂かれております。行商人に化けた、何者かの手引きによる工作……放火と見て間違いないかと存じます」

歴戦の騎士の言葉に、アルベルトは深く頷き、忌々しげに北の道を見やった。

「……やはりか。先ほど、逃げる馬に乗ったあの二人を見た。あいつらが火を放ったのだな」

アルベルトはギリッと拳を握りしめ、思考を巡らせる。

だが、こんなことをして得する奴は誰だ。大八車に、粗朶マット。この『粗朶道作り』を妨害して喜ぶ者の仕業だとしたら――。

頭の中に、いくつかの顔が浮かぶ。

先日の『お披露目パーティ』で序列をひっくり返され、公衆の面前で恥をかかされたバルド男爵か。

あるいは、この南への粗朶道が完成すれば、一気に物流の流れをひっくり返され、通行料の利権を失う西のボルドー子爵か。

どちらにせよ、恨みや利権が絡んだ薄汚い妨害工作だ。

しかし、逃げた手代たちがどこの人間であるという証拠は、あの残された荷馬車にも、燃えカスの中にも、どこにも残されていなかった。

鎮火した広場には、鼻を突く焦げ臭い煙だけがどんよりと漂っていた。

積み上げた希望が灰になった光景を前に、村人たちは肩を落とし、絶望に沈んでいる。

(もう終わりだ……)そんな空気が場を支配しようとしたその時。

灰を被って真っ黒になったカイトが、泥だらけの膝を叩いてすっくと立ち上がった。その瞳には、あきらめなど微塵もなかった。

「ぜったいムダになんかするもんか!」

カイトの鋭い叫び声に、さっきまで消火にあたっていた村人たちがハッとして顔を上げる。

「だれか! へい(塀)のところから、できるだけ、なが(長)い棒をいっぱい もってきて!」

「……棒? 棒をどうするんだ、カイト」

アルベルトが当惑して尋ねるが、カイトは答える間も惜しむように、次は泥だらけで座り込んでいたガンタを指差した。

「ガンタ、今は泣いてる時じゃないよ。やけた はい(灰)は『ふかい』ところへ。くろ(黒)くなった えだ(枝)も、まとめてもって行って!」

「か、監督……? 灰なんて、あんな深い沼に投げたって一瞬で消えちまうっすよ」

「いいから! そのまえに『まぜまぜ』するんだよ! はやく!」

カイトの異様な気迫に押され、村人たちが弾かれたように動き出す。

塀の材料だった予備の長尺丸太や、人足たちが使っていた天秤棒が次々と集められてきた。

「それと、大八車の かなぐ(金具)を、もってきて! バルカスおじちゃんも よんで!」

「なんだ?坊ちゃま、ワシならここに居るぞ?」

煤(すす) で顔を汚したバルカスが、燃え残った資材を検分しながら歩み寄ってきた。カイトはその短い指で、黒焦げになった大八車の車輪の軸や補強金具を指し示す。

「おじちゃん、この、かなぐ(金具)で、そだ(粗朶)マットをつなぐ『ピン』作って! いそいで!」

「おいおい無茶言うな、どんな形状にするんだ?」

「マットをくっつけられればいいよ!」

「はぁ、相変わらず無茶を言うな。……要は外れなきゃいいんだな?」

「おねがい!」

バルカスとの話が終わると、カイトはかき集められた灰を、無事だった大八車に積み込ませた。

ガンタたちは半信半疑のまま、カイトに指示された通り、底なしの深場に大量の灰をドサドサとぶち込んでいく。

そして、集められた長い棒を沼の奥深く、支持層に届くほど深く突き刺した。

「いい? そこで二人でぼう(棒)を、まわして! ドロと はい(灰)を、『ねりねり』するんだよ!」

カイトの号令で、男たちが棒を握り、沼の泥を力一杯かき混ぜ始めた。

(……見た目は泥遊びじゃが、これこそが現代土木の『 深層混合処理(ディープ・ソイル・ミキシング) 』の基礎じゃ。灰の成分が泥の水分を吸い、粘土粒子と化学反応を起こして固まる。撒くだけじゃダメじゃ、こうして『芯』を作るように練り上げることで、沼の中にカチカチの杭ができるんじゃ!)

最初はシャバシャバだった泥が、灰と混ざり合うにつれて、棒を回す手にズッシリとした手応えを返し始める。

「……お、重てぇ! なんだこれ、急に泥が粘りやがった!」

「よし! その『ねりねりドロ』に、すみ(炭)になった えだ(枝)をたてに、つっこんで!」

(炭化した枝は腐らず、しかも多孔質で軽いため、泥の中にしっかり定着する。最高の基礎材になるんじゃ)

しばらくすると、バルカスが歪な、だが頑丈そうな 鎹(かすがい) をいくつか持ってやってきた。

「あの金具を一から作り直すのは無理だから、これと交換だ。いいだろ? 坊っちゃま」

「うん、ありがとう! じゃあ、マットを くっつけて!」

「おうよ」

バルカスは粗朶マットを寄せさせると、隣り合うマット同士に鎹を豪快に打ち込み、ガッチリと固定した。

「ガンタ、こんどは、そのマットを おいてみて!」

「……はいっす!」

ガンタたちが連結された巨大な粗朶マットを抱え上げ、恐る恐るその場所に放り投げた。

これまでは、置いた瞬間に「ズブズブ」と飲み込まれていたマットが――。

「……あ。……止まった。……沈まねぇぞ。やった! 止まった!」

「「おおおおおっ!!」」

湿地に歓喜のどよめきが上がった。

灰を混ぜ、炭を芯にした場所だけが、底なし沼の中に「硬い島」のように安定していたのだ。

カイトは煤で汚れた顔に、本物の職人の笑みを浮かべた。

(ふん……わざわざ手間のかかる『地盤改良材』を精製して、防腐処理済みの杭(炭)まで用意してくれたとはな。……おかげで一番の難所を突破できたわい)

カイトは静かに視線を上げ、馬車が消えていった北の空を睨んだ。

(さて……序列をひっくり返されて逆恨みしそうなバルドか、それとも利権を守るために道を作られては困るボルドーか……。どこのどいつか知らんが、ワシの大事な『現場』を荒らした落とし前は、きっちりつけてもらうぞ?)