軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第35話 二段で八人!現場フル回転!

「パパ、ぼくも行く〜!」

「あそこは今まで使ってなかったところだから、埃っぽいぞ?」

「じゃ、ハンカチする〜」

カイトは自分のハンカチを口に当てながら、アルベルトに背を向けた。

後ろで結べという意味だと気づいたアルベルトは、苦笑しながら布を結んでやる。

丘の途中に残る旧代官の書庫は、石の基礎と太い梁こそ立派だったが、長く使われていない建物特有の匂いがこもっていた。

扉を押し開けると、積もった塵がかすかに舞い上がる。

天井の梁には、ところどころ蜘蛛の巣が残っていた。

アルベルトは顔の前で軽く手を振る。

棚を外した室内は八坪ほどの四角い空間だ。

床には薄く埃が積もっており、踏み込むたびに細かな粒子が舞い上がった。

「ゴホッ……これは、掃除からだな」

窓は高く、夏の夕暮れだが少し薄暗い。ここに伯爵家と子爵家からの護衛八名を収めるとなれば、ただ寝台を並べるだけでは足の踏み場もなくなる。

ゴドーは床を踏み鳴らし、梁を見上げ、壁から壁まで歩幅で測った。

「ゴホッ、ゴホッ……骨は悪くねえ。だが旦那様、寝台を八つ置いたら終いですぜ。通路が消えます」

アルベルトは口元のハンカチ越しに、低く息を吐いた。

「雑魚寝というわけにもいくまい。預かるのは伯爵家と子爵家の護衛だ」

そのやり取りを聞きながら、カイトは壁際まで歩いていき、床にしゃがみ込んだ。そして指先で埃をなぞり、簡単な配置と二段ベッドの絵を描いた。

「ベッドは、四つでいいよ」

ゴドーが振り向く。

「四つ?」

カイトは顔を上げ、当然のように言う。

「これを壁際に並べれば、真ん中が空くでしょ。上と下に寝れば、八人入れるよ」

室内が一瞬、静まった。

ゴドーは梁を見上げ、次に壁際の幅を目で追い、再び天井を見た。

「……上下に重ねるってことか」

「うん」

アルベルトが息子を見る。

「そのようなことが、可能なのか」

ゴドーは腕を組み、低く唸った。

「寝台は一つずつ作るもんだ。積むもんじゃねえんだが……」

そう口にしながらも、ゴドーの視線はすでに虚空で寸法を割り始めていた。

「上に人を寝かせるなら、柱を立てて荷重を梁に逃がさにゃ持たねえ。ただ板を渡すだけじゃ夜中に軋む。落ちでもしたら目も当てられねえ」

(さすが現場叩き上げ。そこを見抜くのは早いわい)

カイトは小さく頷く。

「柱を立てて、梁にちゃんとくっつけるの。下も、少し床を上げたほうがいいよ。じめじめするから」

アルベルトが静かに問う。

「湿気を避けるためか」

ゴドーの目が細くなった。

「なるほどな……。しかし坊っちゃん、二段にするといい、梁なんて言葉を使うといい、一体どこで覚えてくるんです?」

(……いかん。つい現場のノリで専門用語を口走ってしもうた)

不意に飛んできた鋭いツッコミに、カイトはわずかに視線を泳がせた。

「え、えっとね……おうちに、『アルテリウムおうこくご・だいじてん』があるの。それ、読んでるから」

ゴドーはきょとんとした後、妙に納得したように首を捻った。

「はぁ……。お貴族様の分厚い本には、そんな大工仕事の事まで書いてあるんすね」

(書いてあるわけがなかろう。どんなマニアックな辞書じゃ)

内心でツッコミを入れつつ、カイトは無邪気な笑顔で誤魔化し、何事もなかったかのように話を本筋に戻した。

「うん。長く使えるほうがいいでしょ」

(直置きはすぐ腐るしのう。どうせ作るなら十年は持たせねば意味がないからの)

ゴドーはしばらく黙り込み、ふっと息を吐いた。

「船で上下に寝るのは聞いたことがありますがね。だが、屋内で二段に組むとは……これなら人が並んで歩けやす」

指の節で梁を軽く叩く。

「柱を四本立てて、上段には落ち止めを付ける。梯子は丸太に刻みで足りる。材は太めを回してくだせえ、旦那様。三日ありゃ形にしてみせます」

アルベルトはゆっくりと頷いた。

「頼んだ。急がせた分、それに見合う報酬は必ず出す」

ゴドーは口の端をわずかに上げ、カイトを見る。

「まったく、坊っちゃんは厄介だ。無茶を言うが、筋は通ってやがる」

(二段ベッドなんぞ、まだ誰も考えておらんだろうな。狭さは工夫で埋める。これぞ現場の仕事じゃ)

ゴドーは口の端を上げ、埃に描かれた図面をぐいと踏み消した。

「やりましょうや」

そう短く告げると、道具袋を肩に掛け直し、背を向けた。

書庫を出ると、ゴドーはそのまま振り返らずに村への坂を下りていった。

土を蹴る足音が、だんだん遠ざかっていく。

アルベルトがその背に声を投げた。

「ゴドー。強制ではないが急ぎなんだ。明日の朝には始めたい」

坂の下から大きな声で返事が返ってくる。

「……分かりやした!」

ゴドーを見送り、アルベルトは疲れた顔をしながら呟いた。

「急に決まった事とはいえ、こうもやる事が多くなると頭が回らんな」

(まあ、そうじゃろうな、いかんせんマンパワーが無さ過ぎるからのう)

アルベルトはまだ何かを考えているようだった。

「パパ、おうちに帰ろう? ママ、いそがしくしてるよ、たぶん」

カイトが服の裾を引くと、アルベルトは我に返ったように屋敷を見上げた。

「そうだな、帰ろう」

案の定、広間の入り口では、騎士たちが所在なさげに立っていた。

リーザは着替えもそこそこに厨房で急しく料理を作るために動いている。

エレナは、ミレーヌをあやしながら、ガラムに手伝ってもらい荷物を片付けていた。 ミレーヌは騎士たちが珍しいのか、キャッキャと騒ぎながら

鎧姿を目で追っている。

「……エレナ。すまない、遅くなった。ガラム、助かる。すまんな、御者だけでなく片付けまでさせてしまって」

そう言ってアルベルトが駆け寄ろうとした時、背後で硬質な音が響いた。

騎士たちが、自らの重い胸当てや剣帯を次々と外した音だった。

「フェルメール男爵殿。我々も手伝いましょう」

代表の騎士が、内衣姿になって袖をまくり上げた。

「いや、客人に対して、そのようなわけには――」

「いえ、今夜の宿を確保するために家主を過労で倒されては、我々の寝覚めが悪いです。……それに、これだけの荷物を広間に置いたままでは、足も伸ばせませんからな」

騎士はそう言うと、慣れた手つきでハルバートで購入した物資の詰まった木箱を担ぎ上げた。他の護衛たちもそれに続く。

「男爵様。これは何処に置きましょうか?」

「申し訳ない。それは厨房へ頼む。そっちの樽は地下に置いてくれ」

彼らにとって、野営地の設営や物資の搬入は日常茶飯事だ。アルベルトの指示に従ってテキパキと動いていく。

合わせて八名のプロによる「作業」は、村の男たちよりも遥かに手際が良かった。

(ほう……さすがは伯爵家の騎士じゃな。礼節をわきまえつつ、現場の効率を優先するか、まぁこればかりはワシも手伝えんな。この体にあの木箱は重過ぎるわい)

カイトは、広間の荷物がみるみるうちに整理されていく様子を眺めていた。

「よし……すまん、助かった! リーザ、彼らに先に冷えた水を! 火は俺がみておく!」

(ふむ。親父殿が厨房に入るか。現場の熱気は、身分を越えるからのぅ)

「リーザ、ぼくも手伝う!」

騎士が樽を担ぎ、領主が火を見て、幼児が水を配る。

誰が客で、誰が主か分からなくなっていた。

「そいつは地下だ、気をつけろよ!」

「了解!」

「坊っちゃん、水ありがとうな! 足元に気をつけてな!」

短いやり取りが飛び交う。

いつしか、広間の空気は「主と客」のそれではなく、共通の目的に向かう

「仕事人」の熱気に変わっていた。

(カッカッカ。歴戦の騎士が樽を担ぎ、領主が火の番をして、幼児が水を配る。……いいじゃねぇか。これこそが本来あるべき「仕事」の姿よ)

カイトは冷たい水の入ったコップを配り歩きながら、満足げに目を細めた。

(二段に積んで無駄をなくす。全員で動いて無理を減らす。ムラを潰せば、現場は回るんじゃ)