軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第127話 究極の光る泥団子パック【前編】

フェルメール家王都別宅。

その一室で、巨漢のオカマ――マダム・ゴンザレスが、床に置いた瓶の箱を見て甲高い悲鳴を上げていた。

「あぁん、もう! 最悪! この大瓶一つで金貨十枚の大損よぉっ!」

床には、王都の貴族令嬢たちが血眼になって求める『フェルミエール・ミラクルマッド・プレミアム美肌泥パック』が、割れた瓶から箱の外にドロドロと流れ出していた。

「オホホ。嘆いても仕方ありませんわ。悪路の馬車の揺れで割れてしまったのでしょう。とりあえずその瓶は片付けて、集金したお金だけしっかり持ち帰ることですわね」

優雅に紅茶を啜りながらそう告げたのは、この別宅を管理するセシリアだった。

ゴンザレスは「分かってるわよ縦ロール!」と悪態をつきながら床を片付け、売上金であるズッシリと重い革袋を抱え直した。

「泥靴村へ戻るなら、くれぐれも気をつけなさいな。ボルドー領の関所を通るのですからね」

ヴァロワ侯爵派であるボルドー領は、アルベルトたちにとって敵対派閥の領地だ。セシリアが忠告するのも無理はない。だが、ゴンザレスはフンッと鼻を鳴らした。

「心配ご無用よ。こっちに来る時も、泥を大量に積んで関所を通ってきたじゃない。そりゃあ兵士どもがしつこく瓶の中身を聞いてきたけどね?」

「……まさか、強行突破したわけではありませんわよね?」

「手荒な真似はしてないわよ。ただ、あんまりしつこいから『これ以上詮索するなら、アンタたちのそのタマ潰すわよ?』って、両手をこっちで“にぎにぎ”しながら凄んでやったのよ。そしたら兵士の連中、真っ青な顔して股間を押さえて、すぅーっと静かになっちゃったのよねぇ。あとはもう、どうぞどうぞって顔パスよ」

「…………」

セシリアは持っていたティーカップを震わせ、引きつった笑顔を浮かべた。物理的な脅威による、別な意味での顔パス(君子危うきに近寄らず)である。

もっとも、マダムは知らない。

数日前、ノルド辺境伯の馬車でここを通った『大男のウド』が、弾け飛んだ服のボタンを拾おうとして、無言でリーダー格の兵士の股間に巨大な手を伸ばしたことを。

そのせいで、関所の兵士たちが「タマを引っこ抜いて潰される!」という特大のトラウマを抱えていたことを。

そこへ追い打ちをかけるように、真っ黒な革服を着た巨漢が「タマ潰すわよ」と両手をにぎにぎしてきたのだから、兵士たちの心が完全にへし折れたのも無理のない話だ。

「ま、そういうことだからサクッと戻ってくるわ!」

***

こうして、幾多のトラウマ(主に兵士たちの)を乗り越え、ゴンザレスは無事にフェルメール領・泥靴村へと帰還した。

「はぁ〜、やっぱりここの空気は肌に合うわねぇ」

村の広場を歩いていると、ふと視線の先に、村の子供たちが集まって地面にしゃがみ込み、何かをしているのが見えた。

その中心に『黄色いヘルメット(安全帽)』を被った小さな背中を見つけ、ゴンザレスはパッと顔を輝かせた。

「あら、カイトちゃん! 子供達と遊んでるなんて……って」

振り返ったその顔を見て、ゴンザレスは目を丸くした。

「カイトちゃんじゃなくて、マリーちゃんじゃない!」

「あ、マダムのおじ……おねえちゃん! おかえりなさい!」

カイトと同い年であるロバートの愛娘・マリーが、泥だらけの手を振って微笑んだ。

黄色いヘルメットに、泥汚れの目立たないアースカラーのズボン姿。その後ろ姿は、男の子と見間違えられるのも無理はない。

「マリーちゃんもヘルメット被ってるの? 服もズボンだし、後ろ姿じゃ完全にカイトちゃんかと思っちゃったわ」

「うん! アンナおねえちゃんが、よごれてもいいように作ってくれたの。このおぼうしは、お仕事のお手伝いしたら、もらえたの……!」

マリーは誇らしげに、黄色いヘルメットの鍔を触った。

「そうなのねぇ。カイトちゃんかと思っちゃったわ」

ゴンザレスが言うと、マリーは少し首を傾げて考え込んだ。

「うーん……じゃあ、わたし、みどりいろにする!」

そう言ってマリーがポケットから取り出したのは、小さな包みに入った鮮やかな『顔料』だった。

「あらん、顔料じゃない。用意がいいわねぇ」

「えへへ。これに、色をぬるの!」

マリーが小さな手のひらを開いて見せたのは、まだ丸めたばかりの『泥団子』だった。

周りの子供たちも、せっせと泥をこねて泥団子を作っている。ただの泥んこ遊びかと思いきや、ゴンザレスはふと、子供たちの足元に並べられた「完成品」を見て、バチッと目を見開いた。

「……ちょっと、これ……」

そこにあったのは、ただの泥団子ではなかった。

土の色のままなのにツルツルと光を反射しているもの。

顔料で綺麗に着色されているもの。

さらに、着色された上で、まるで宝石や大理石のようにピカピカに光り輝いている泥団子があったのだ。

「これだわ……!!」

ゴンザレスの脳内で、凄まじいビジネスの稲妻が閃いた。

(王都へ運ぶ大瓶は、重いし揺れで割れるリスクがある! でも、この最高級の温泉泥を丸めて『固形の泥パック』にすれば瓶に入れて運ぶ必要もない! しかも、このピカピカの光沢と色付け……最高級のブランド品に見えるわ!)

王都で失った大瓶の損失など、一瞬で消し飛ぶほどの特大のビジネスチャンス。

ゴンザレスは鼻息を荒くして、マリーの肩をガシッと掴んだ。

「マリーちゃん! アタシにも、その作り方を教えてちょうだい!!」

ものすごい剣幕のゴンザレスに一瞬ビクッとしたマリーだったが、すぐにコクリと頷いて満面の笑みを浮かべた。

「いいよ! これ、カイトくんにおそわったの!」

こうして、前世の保育園や小学校で誰もが一度は熱中した『ピカピカの泥団子』の技術が、泥靴村の新たなる特産品(超高級固形泥パック)の扉をこじ開けることになったのである。