軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 煽り合い!南北職人の突貫工事

泥靴村の山を切り崩した空き地。ここは後に宿屋を建設する予定地になっている。奥には巨大なテント場のある前で、二百名の大集団による朝礼が行われていた。

しかし、その空気は朝から最悪だった。

腕を組んでダルそうに立つ北部のハルバード衆の男が、対面に綺麗に整列している南部のオデール衆を指差して鼻で笑った。

「おい南の田舎モン。なんだその頭に乗せてる黄色いザルは? 泥遊びのお遊戯会かよ! ギャハハ!」

北部の男たちが一斉に下品な笑い声を上げる。

しかし、南部の男たちは誰一人として怒るそぶりを見せなかった。むしろ、哀れむような目で北部の男たちを見返している。

南部で最初にヘルメットの作り方を教えてもらったデックが、ニヤリと不敵に笑って一歩前に出た。

「……カイト様の竹ザルヘルメット被ってねぇ時点で、お前らまだ弟子入り前だろ?」

「あぁん?」

「俺らはもう、全員被ってるぜ。これはただのザルじゃねぇ、現場の安全を第一に考える『カイト様の教え』を体現してるんだよ」

南部の男たちが、誇らしげに胸を張る。

「お前ら、このヘルメット被る勇気あんのか?」

挑発的な言葉。それに呼応するように、百人のオデール衆がピタリと動きを揃え、一斉に首元の紐に手を伸ばした。

――キュッ!!

百人が一糸乱れぬ動きで同時にあごひもを締め上げ、北部の男たちに向けてドヤ顔をキメたのだ。

(ふぉふぉふぉ! 見事な統率、見事なあごひもチェックじゃ! すっかりワシの現場のルールに染まっておるわい!!)

少し離れた場所からこっそり朝礼を眺めていたカイトは、黄色いヘルメットを被った幼児の姿のまま、感涙しそうになるのを必死に堪えていた。

一方、完璧なマウントと異様な連帯感を見せつけられた北部の男たちは、ギリギリと歯を食いしばる。

「く、くそっ……! なんだあの無駄な一体感は……!」

「お遊戯会なんて言ったから、完全に下に見られちまったぞ!」

「見てろよ、現場の腕で必ず泣かせてやる……!」

こうして、朝から互いのプライドをバチバチに刺激し合った南北の職人たちは、殺気立った空気のまま泥沼の現場へと向かっていった。

今では泥靴村の至る所で粗朶マット編みが行われているが、カイトはあえて北部の研修場所を、南部勢が作業しているすぐ隣に指定した。

南部のオデール衆が手慣れた様子で次々と 粗朶(そだ) を編み上げていく横で、北部のハルバード研修生たちは悪戦苦闘していた。

「くそっ、この枝、どうやって曲げるんだ!?」

「力任せにやると折れちまうぞ! もっと柔らかく……ああクソ、また解けた!」

石や土を扱う『剛』の治水が染み付いている彼らにとって、木の枝をしならせて編み込む『柔』の作業は勝手が違いすぎた。

そんな泥沼の最前線に、黄色いヘルメットを被ったカイトがトテトテとやってきた。

カイトは北部の男たちが作っている粗朶マットの前にしゃがみこむと、編み込まれた中からポイッと一本の枝を抜き取った。

「おじちゃん、くさった えだは、入れたらダメだよ〜。おみずの なかで、すぐ ボロボロになっちゃうからね!」

「うっ……! わ、わかってるよ坊主!」

痛いところを突かれた北部の男が、顔を赤くして言い返す。

(ふぉふぉふぉ。焦って質を落とすのは三流のやることじゃ。だが、ただ怒るだけでは職人の手は早くならん。ここは一つ、最高のガソリンを注いでやるとしようかの)

カイトはクルッと振り返ると、隣で作業している南部の男たちに向かって、満面の笑みでパチパチと手を叩いた。

「あ、みなみのおじちゃん、あみあみが上手くなったね! すっごく はやいし、きれい!」

「へへっ! 親方に褒められたぜ!」

「おうよ! 北の石頭どもに、俺たちの技術を見せつけてやるからな!」

南部の男たちが得意げに胸を張り、さらに作業スピードを上げる。

その瞬間、北部の男たちの分厚いプライドに火がついた。

「「「くっそー!!」」」

ハルバードの男たちが、血走った目で枝を握り直す。

「おい! あの南のザル頭どもに負けてたまるか! 俺たちハルバードの意地を見せてやる!」

「腐った枝は全部弾け! スピードも質も、全部あいつらを上回れェーッ!!」

「うおおおおおっ!!」

怒号と共に、北部の作業スピードが爆発的に跳ね上がる。

それを見た南部衆も「舐めるな!」とさらに加速していった。

そして、狂乱の午前作業を終えた昼休憩。

ここでも陣地は完全に真っ二つだった。

北部衆は立派な鍋を火にかけ、ドロドロの温かい『麦粥』と腹にたまる『パン』を準備している。

「チッ、なんだお前らのそのウサギのエサみたいな干し肉と干し果物は。力仕事の基本は、温かくて腹にたまるメシだろうが」

対する南部衆は、木陰でサッと干し肉をかじり、すぐに午後の現場へ向かう準備を終えていた。

「建設現場で、のんきに火なんか焚いてられるか! 現場じゃサッと食えてすぐ動ける『保存食』が最強なんだよ! だからテメェら北部のモヤシ野朗は、午後になると動きが鈍くなるんだ!」

その言葉が文字通り「午後の機動力」を競う狂気のレースへと発展することになる。

午後。いがみ合った両者は、編み上がった巨大な粗朶マットを道作りの最前線へと運んでいく。

だが、その光景は異常だった。本来なら荷馬車に乗せて運ぶはずのマットを、両陣営ともになぜか六人の男たちで直接肩に担ぎ上げ、猛烈なスピードでダッシュしていたのだ。

「オラオラ! 南の亀ども、早く諦めやがれ!!」

「うるせぇ北のモヤシ! 息上がってんぞ!!」

意気揚々と走り出した北部の男たちだったが、開始数分で早くも異変が起きた。

「う、くそッ、腹が……おもてぇ……」

「バーカ、バーカ!ドロドロの麦粥を腹一杯詰め込んだ直後に走るからだよ!」

昼に食べた重たい麦粥やパンが、ここに来て彼らの胃袋を激しく揺さぶり、機動力を奪い始めた。

泥靴村の広場を抜け、いざ粗朶道へと繋がる入り口に差し掛かったあたりで、ついに北部の男たちの足が止まりかける。

その時だった。

ペースが落ちて息を切らす北部の横を、身軽な南部の男たちが嘲笑いながら一気に抜き去っていった。

「ギャハハハ! 言わんこっちゃねぇ! 腹が重くて走れねぇなんて、テメェらやっぱり北のモヤシだなァ!!」

「くそぉぉぉッ!! 舐めるなァァーッ!!」

南部の痛烈な煽りにブチギレた北部衆は、胃袋の重さを気合いでねじ伏せた。そして怒涛の勢いで先行する南部の背中にピタリと食らいついた。

現在作っているこの粗朶道には、馬車がすれ違えるように道幅が広くなっている『待避所』がいくつか設定されている。

そこが、この狂気のレースにおける唯一の「抜き去りポイント」だった。

一度後ろに着いてしまえば、道が広くなる次のポイントまでじっと待たなければならない。無論、工事現場に資材を届けた帰りの空馬車も走ってくるため、安全に抜き去れるタイミングはさらに限られてくる。

「ハッ! このまま現場まで一番乗りだぜ!」

南部の男たち六人が先行して粗朶道をひた走るが、すぐ後方には北部の男たちがピタリと付けてプレッシャーをかけてくる。

その時だった。前方から、ガラガラと音を立てて一台の荷馬車がやって来た。

「チッ、対向車か! おい、止まるぞ!」

南部の男たちが、馬車に道を譲るためにスピードを緩めて立ち止まった、その瞬間だった。

前方から来た対向馬車が、爆走してくる男たちの異様な迫力に驚き、道幅が広くなっている『待避所』の出口ギリギリで思わずピタリと止まった。

南部の男たちが「道を譲るのが筋だ」と足を止めたのに対し、北部の男たちは、馬車が止まってくれたことで待避所内に生まれた絶好の『追い抜きスペース』を見逃さなかった。

彼らはマットを担いだまま猛スピードで南部衆を追い抜き、待避所で止まった馬車との間のギリギリの隙間を駆け抜けた。

「なっ……テメェら、危ねぇぞ!!」

ギリギリの隙間を縫って、見事に南部を追い抜いた北部の男たち。

彼らは勝利を確信したように走りながら後ろを振り向くと、ニヤニヤと憎たらしい笑顔を浮かべ、揃って「バ〜イバ〜イ」と手を振った。

「あの野郎ども……ッ!! ぜってぇ許さねぇ! 現場に戻ったら次のマットで絶対にぶち抜いてやる!!」

結果として、泥靴村の現場は、いがみ合ったままお互いに背中を向けて猛烈なスピードでマットを編み、そして自らの足で爆走して運んでいくという、かつてない異常なスピードの突貫工事へと突入していくのだった。