箱入り娘
作者: 笹門 優
本文
少女は所在なさげに周囲を見回しては案内板を見直し、見直してはまた見渡し小さく首を傾げていた。
駅構内でのその様子は明らかに慣れていない者の仕種である。
当然、自身の目的地は明らかであろうが、その場合に乗るべき物がどれであるか、まるで解っている様子がない。
空色のワンピースを纏い、白いバレエシューズを履いている少女。
そんな彼女は左手には閉じた白い日傘を、右手は大きめの青いキャリーケースを引いていた。
今の表情通りに不安を覚えているのだろうか? カラカラと無意味にそれを前後させている。 何度も何度も。
その様子に気づいたのか、ただのナンパ目的なのか、少女 ――と言っても恐らく十代後半だ―― より若干年嵩に見える青年たちが近寄っていった。
「お嬢さん、お困りですか?」
今時ではない、まるで なりきり(ロールプレイ) の様な仕種に青年の仲間は苦笑し、少女は言われた事を咀嚼するのに数瞬費やしてから、何処か幼く中性的とも取れそうな顔立ちでにっこりと微笑んで見せた。
「はい。 長野の方に土地を貰ったので一度見ておこうと思ったのですが、行き方がわからずに困っておりました」
その上品な微笑みに青年は頬を赤くしつつ、「土地を貰った」という普通では中々耳にしない言葉に驚愕する彼は、しかし別の方向へ突っ込まざるを得なかった。
「それじゃ真逆ですよ!? こっちは鹿児島方面行きですっ!」
「あら? そうなりますと長野は……あちら?」
「そっちは千葉です……。 こっちです、っと」
話す青年は少し歩き出しつつ、彼女の手を引こうとしてその両手が埋まっている事に気づいた。
「荷物、持ちますよ」
青年にそう言われ、少女はにっこりと微笑み、
「ありがとうございます」
と答えたもののそれを手渡す事なく言葉を紡いだ。
「ですが、これはわたくしの持つべきものなのです。
親切で言って頂いたのに申し訳ありません」
小さく、それでも申し訳なさげに 頭(こうべ) を垂れる。
その美しい所作に青年は一層頬を染めつつも「いやいや」と両手を振り、彼女を案内するように先導しだした。
青年の、下心など忘れてしまったかのような行動に、青年の連れ達は内心溜息を吐くのだった。
⊥ ⊥ ⊥
白色のワンピースを着た少女はガラガラと大きめのキャリーケースを引いて、ガランガランと熊鈴を鳴らしながら、ひとり人の気配のない道を歩いていた。
場所は過去に廃村となった近くの山中。
少女は駅前で『レンタカーを借りて』ここまでやって来たのだ。
舗装された道路を越え、砂利道の山中を進み、着いたのは一軒の廃屋だった。
だがそこは目的地ではなかったのだろう。 そこの納屋から、真新しくもセメントの付いたスコップを車へ積み込み、作業着に着替えてから更に山中を進む。
途中で車を降り、そこから歩くこと数十分。
着いたのは木々に囲まれた小さな泉だ。
少女がここへ来るのもこれで10回を超えた。
初めの時は新幹線に乗るのすら難儀したが、人は慣れるものだ。 今では他人に迷惑をかけずにここまで来ることが出来る。
もっともそれも今日で最後になるだろう。
その確信と共に、キャリーケースを泉まで引いていく。
泉の傍には彼女と同じくらいの年頃の少女を模したのだろう。 そんな高さとスタイルをした少女像が立っていた。
だが未完成なのか、その像には頭部がない。 その首は何処か、そして何故か半端と思える位置でなくなっていた。
少女はキャリ-ケースから振動ドリルを取り出すと像の首の切れ目に穴を開け始める。 穴は途中から意外な程その抵抗をなくし簡単に空いてしまった。 まるで外側だけがコンクリートで中身が別物ではないのではないかと思える程だ。
彼女はその穴に鉄芯とエポキシ樹脂に硬化剤を混ぜた物を押し入れるとキャリーケースを開け、中に入れていた木箱をそっと取り出した。
木箱の中に入っていたのは彼女と瓜二つの少女像の頭部。
こちらの接続部には既に穴が開けられており、彼女は伸びた鉄芯と頸部にもエポキシ樹脂を掛けると、慎重に在るべき場所へ設置した。
――完成した。
そう思った彼女は、既に固まったと思っていた腕の部分のコンクリが少し剥がれていることに気づいた。
薄く塗ったコンクリートだ。 硬化前に緩んでしまっていたのだろう。 そうなればちょっとした振動でも剥がれてしまうのは仕方のない事なのだろう。
そう納得したところで下地である『肌』が見えてしまっては完成とは言えない。
とは言ってもきっちりセメントは持ってきているのだ。
何ら問題はない。
「♪~♪~」
鼻歌を歌いながら行うコーティングはすぐに終わった。
本当の完成には乾燥を待つ必要があるが、所詮こんな物は自己満足のモノに過ぎない。
彼女は自身の被る長髪のカツラを取ると、少女像に被せた。
「さようなら、 結衣(ゆい) 。
わたくしは今日から ――『俺』に戻るよ」