軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編8

アディとのダンスはそれはもう言い表せぬほどに心地よく、まさに夢のようなひと時である。

だからこそ緩やかな曲の終わりを感じメアリはもう一曲強請るように彼の手を握ろうとし、クイとドレスのリボンを引っ張られて目を丸くさせた。

まるでこちらを見てくれと言わんばかりで、それでいて消極的なこのアプローチに「あら、野暮な方ね」と小さく笑って振り返り……今度は瞳を細めた。

そこに居たのが涙目のパルフェットであり、彼女はフルフルと震えながら、

「メアリ様、わ、私とも……私とも、一曲……」

と消え入りそうな声で訴え、その隣では涙目のパルフェットとは対極的に満面の笑みを浮かべるアリシアが、

「メアリ様、パルフェットさんの次は私とですよ!」

と告げてくるのだ。

これには怒る気力も失せるというもので、メアリは盛大に溜息をついて肩を落とした。

それが数分前の事。

そうして今はと言えば、軽やかな音楽が奏でられる中メアリは優雅にダンスのステップを踏んでいた。相手はもちろんアディ……ではなくパルフェットである。

「メアリ様、メアリ様、私光栄です。光栄で嬉しくって……ふぁ」

「踊ってる最中に泣くのはよしなさい!」

フルリと震えて泣きだそうとするパルフェットをメアリが慌てて窘める。

よっぽど嬉しいらしく、パルフェットはメアリの叱咤を聞くや涙目で震えながらも手をギュウと握って「はい!」と頷いて返した。まるで子犬が尻尾を振っているかのようなその笑顔にメアリは溜息をつき……それでも「仕方ないわね」と満更でもないと苦笑を浮かべた。

そうしてクルリと一度廻り、次いで今度はパルフェットの番だとゆっくりと促せば、意を汲んだパルフェットがメアリを真似るように廻る。元々貴族の令嬢として当然のようにダンスを嗜んでいた二人なのだ、たとえ相手が同性であろうと無様な真似にはならない。それどころか案外に息が合い、女同士も楽しいじゃないとメアリが小さく笑った。

そんな二人に対し、注がれる周囲の視線は……これが案外に温かい。

令嬢二人が手を取り合ってダンスなど通常のパーティーであれば珍しいどころではなく本来であれば冷ややかに見られてもおかしくないのに、不思議と誰もが暖かく見守るような瞳で二人のダンスを眺めていた。

中には肩を竦めて苦笑を浮かべたり「あらまぁ」と声をあげる者もいるのだが、その表情にも声色にも嫌悪の色は無く微笑ましいと言いたげである。

これには二つの理由があった。

一つ、女同士とはいえメアリとパルフェットが令嬢らしく優雅に踊っていたこと。

――先程アリシアによる『メアリ・アルバート振り回し大会』が開催されたばかりなので尚更である――

一つ、メアリとパルフェット以上に希有な組み合わせがあり、そちらの方が周囲の視線を奪っていたこと。

それらを考え、メアリがふむと小さく呟いた。もちろんパルフェットの手を握り彼女と優雅にステップを踏みつつである。多少カタカタと微振動が伝ってくるが、振り回し大会に比べれば気にするほどのものでもない。

「ふむ、注目されないってのもそれはそれで癪だわね」

「そんなこと言っちゃだめですよメアリ様。それに……」

「そうね、流石にあの組み合わせには適わないわね」

そうニヤリと笑い、メアリがチラと視線を他所に移した。

周囲の冷ややかな視線を追うように辿れば、そこには曲に合わせて優雅に踊る一組。

錆色の髪を揺らす背が高く見目の良い青年と、そして向かい合うは……藍色の髪をしたまさに王子と言った外観の青年。

そう、アディとパトリックである。

「どうしてわざわざ踊らなきゃいけないんだ」

とは、令嬢の憧れる王子様らしからぬ眉間に皺を寄せた渋い表情のパトリック。

ダンスの場、それどころかパーティーにおいて彼がこのような表情を浮かべることは未だかつてなく、彼の手を取る……と見せかけてギリギリ手を浮かしているアディが「そんな!」とわざとらしく声をあげた。

「そんな、俺と踊るのが不満なんですか!?」

「あぁ、不満だ」

「でしょうね、俺もです」

と、そう互いに死んだ魚のような目を浮かべる。――ちなみにそんなアディとパトリックを眺めていたメアリが「冷めて油がビチャビチャのコロッケのような瞳だわ」と比喩し、パルフェットが理解できないと頭上に疑問符を浮かべたのだが些細なことである――

とにかく、そんな 意気消沈(テンションだだ下がり) ながらも二人が一応音楽に合わせて最低限のステップを踏んでいるのは、他でもないここがダンスの場だからである。

というより、ダンスの場に残るために渋々男二人で組んでいるのだ。周囲から聞こえる小さな笑みと冷めた視線が盛大に背中に刺さり辛くて堪らないが、それでもアディが「良いですか」とパトリックに話しかけた。この際、互いに男役を譲るものかと足を踏みあっているのは気にするまい。

「良いですかパトリック様、そろそろ曲が終わります」

「あぁそうだな」

「すぐさま次の曲が始まりますから、その瞬間に俺はお嬢の手を取ります」

「で、それは分かったがなんで俺がお前と踊らにゃならん。理由によってはダイス家を動かすぞ」

「おっかないこと言わないでください。パトリック様は、今まさに外野の最前線に陣取り虎視眈々と お嬢(獲物) を見つめるアリシアちゃんを受け止めてください。あれは曲の終わりと共に突撃してくるはずです」

「……あれは、ほら……うん、可愛いだろ」

「節穴と見せかけてちょっと現実見えてません?」

「とにかく、そういうことなら分かった。俺は突げ……メアリを追ってくるアリシアをダンスに誘えば良いんだな」

突撃と言いかけパトリックが言葉を改める。

それに対してアディは幾つか言及したいところであったが、曲が終わりに差し掛かったので深追いはするまいとさり気無くメアリ達の近くへと寄った。もちろんパトリックと共に、互いに足を踏みあいつつ。

予定ではあと少しで曲が終わる。その瞬間にアリシアが突撃をしてメアリをダンスへと誘う――彼女の強引さを考えるに誘うという言い方が正しいか定かではないが――はずである。それより先にアディがメアリの手を取り、パトリックがアリシアを受けとめる……外野で控えているガイナスが時折アイコンタクトを送ってくるのは、突撃に巻き込まれたパルフェットを彼が支えてそのままダンスへと誘う手筈だからである。

それらをパトリックと確認し互いに頷き合うと、まるでタイミングを見計らっていたかのように曲がゆっくりと静まり……終わった。本来であれば深々と頭を下げて互いのダンスを称えあうところだが、何が悲しくてこの足の踏みあいを称えあわなければならないのか、アディもパトリックも御座なりに済ませて愛しい相手へと向き直った。

「メアリ様! 次は私と!」

そんな威勢の良い声が聞こえてきたのは丁度その時である。

もちろんアリシアの声であり、ダンスが終わるのを見届けるや最高速度で場の中に飛び込んだ彼女は――「なるほどこれは外野に居たのでは捕まえられない」とパトリックが心の中で呟いた。あくまで、心の中でである――迷うことなく一直線にメアリへと駆け寄ってきた。

「お嬢、次は俺と!」

「アリシア、いい加減に俺と!」

と、そんな男二人の――若干悲痛めいた――声と、アリシアの接近に気付いたメアリの悲鳴が会場内に響いた。

そうして緩やかに再び曲が奏でられ、アディが何かにぶつかった衝撃で閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

手には柔らかな感触、これは間違いなく女性の手……。

「お嬢、よかった」

作戦は成功か……そうアディが安堵しかけ、

「ふわぁあ、私でごめんなさぁい……」

と、涙目でフルフルと小刻みに震えるパルフェットの姿に目を丸くさせた。

「パルフェット様!?」

「すみません、私です……わ、私なんかと……お、踊りたくっ」

「わぁ、待ってください泣かないで! ど、どうして俺と……?」

ひとまずパルフェットを宥め、曲に合わせてゆっくりとステップを踏む。

流石はマーキス家の令嬢だけありパルフェットもまたアディに合わせて足を動かし、傍目からは涙目かつ小刻みとは思えないほどの優雅な動きを見せていた。

そうして彼女が話し出すのは、もちろん先程の一瞬……このおかしな入れ替わりの瞬間である。

「わ、私メアリ様と踊り終えて、離れようと思ったんです……そ、そうしたら何かが凄い勢いでぶつかってきて。ビックリしてよろけそうになってしまって」

そこをアディが手を掴んだ……と。つまりアリシアの衝突によりメアリとパルフェットの位置が入れ替わってしまったのだ。――パルフェットの言う「凄い勢いでぶつかってきた何か」が アリシア(我が国の王女) であることは黙っておく。国の体裁もあるし、なにより涙目で「怖かった」とまで言われたのだから口に出来るわけがない――

とにかくそういうわけで、パルフェットの話を聞いてアディがなるほどと頷いた。

そうして今更ながらに「俺で良ければ一曲お相手して頂いても?」と改めてパルフェットを誘うのは、もちろん作戦こそ失敗してしまったがパルフェットに恨みはないからだ。それどころか巻き込んでしまった申し訳なささえ募る。

そんなアディの心境を察してかそれともこれもまた縁だと考えたのか、今更なアディの誘いにパルフェットが小さく笑んで「もちろんです」と手を握りなおした。

「でもメアリ様と踊りたかったのに、私でよろしいんですか?」

「えぇ、パルフェット様はお嬢の大事な御友人ですし、俺としても光栄です。それに……」

チラ、とアディが他所に視線を向ける。

つられてパルフェットもまたそちらへと視線を向けた。

「あの光景を前に文句を言ったら怒られますから」

「あらまぁ……」

そう二人が呟くのは、目の前の光景があまりに耐え難いものだからである。

「メアリ様! 楽しいですねぇ!」

と楽しげに笑いながら豪快にステップを踏むのはアリシア。

もちろん彼女と踊っているのはメアリなわけで――突撃してきたアリシアを視覚で捉えこそできたが、避難までは間に合わなかったのだ――突如開催された『メアリ・アルバート振り回し大会第二部』に、

「やめて!振り回さないで!!」

と悲鳴をあげている。

そんなアリシアとメアリの横では、いったいどういうわけか――十中八九アリシアの衝突が原因なのだろうけれど――再び死んだ魚の目のパトリック。

彼の向かいに居るのは……

「あの、大変申し訳ございませんパトリック様……」

と顔を青ざめさせ心の底から申し訳なさそうにしつつステップを踏むガイナス。そう、パトリックの相手は ガイナス(またも男) である。

そんな悲惨とさえ言える二組を眺めつつ、アディが改めてパルフェットに向き直った。

今はあちらを見ないようにしよう。ダンスに誘った以上よそに視線を向けるのはマナー違反だ。……けして現実逃避ではない。

そうして聞こえてくる歓喜の声やら悲鳴やら謝罪の声やらを無視してパルフェットとダンスを踊る。と、ふとパルフェットがアディを見上げて「あぁ、そうだったのですね」と小さく微笑んだ。

それどころかクスクスと笑いだすのだ。これにはアディもわけが分からず、いったい何がおかしいんですかと首を傾げた。

「どうなさいました、パルフェット様」

「アディ様は背が高いんですね」

「背が……? えぇ、そうですね。高い方です」

今更身長の話をされ、アディがいったいどういうことかと頭上に疑問符を浮かべる。

だがそんなアディの反応もまた楽しいと言いたげにパルフェットが笑みを強め、そうして懐かしむようにゆっくりと話し出した。

「エレシアナ学園にいる時、いつもメアリ様は自分の隣を見上げていたんです。時には話しかけて、返事を待つように、そして誰もいないと分かると驚いたように目を丸くさせていたんです。……とても不思議だったんですが、今分かりました」

「どういうことですか?」

「いつもアディ様はメアリ様の隣にいらっしゃったんでしょう。だからメアリ様はエレシアナ学園でもアディ様が隣にいると思って、当然のように隣を見上げていたんです」

ちょうどこの高さですよ、とパルフェットがアディを見上げて笑う。

その言葉にアディがムグと口を噤んだ。嬉しさと恥ずかしさで頭を掻きたい気分だが、ダンスの最中にはそれも許されない。赤くなる頬を誤魔化せないのだからなんとも不便だ。

もっともパルフェットにとっては赤くなるアディもまた楽しいようで、クスクスと笑いながら曲の終わりを聞き取るとスカートの裾を摘んで腰を落とした。そうして「でも私、まだメアリ様と踊りたりません」と小さく舌を出す。

「駄目です、次は俺がお嬢と踊るんですから」

「あら、早い者勝ちですわ」

そう悪戯気に笑うパルフェットの可愛らしい宣戦布告に、アディもまた頭を下げて微笑んで返した。

それと同時に二人揃ってパッと顔を上げるのは、もちろん出遅れてはいけないからだ。

「お嬢! 今度こそ俺と!」

「メアリ様ぁ、また私と踊ってくださぁい!」

二人揃って声をかけ、予め位置を把握しておいたメアリへと手を伸ばす。

もちろん同じタイミングで、

「アリシア、そろそろ戻ってこい!」

「……パルフェット、頼む俺と!」

と、男二人が一瞬にして離れてそれぞれの愛しい人へと手を伸ばす。

ちなみにメアリとアリシアはと言えば、

「メアリ様! このままもう一曲!」

「もうこの際誰でもいいから助けて!」

と片や再びメアリを振り回そうと意気込み、片や悲痛な悲鳴をあげて脱出を図ろうとしていた。

そうして再び衝突する。

それぞれが遅れまいと互いの目的の人へと向かえば当然と言えば当然のことである。

「……で、どうしてアリシアちゃんが!?」

「あれ、アディさん!?」

互いにキョトンと目を丸くさせる。

もちろんメアリの手を掴んだはずが目の前にはアリシアがいるからで、アリシアもまたメアリの手を掴んでいたはずがアディに入れ替わっているからである。

もっともその原因が先程の衝突なのは言うまでもなく、次いで気になるのは目当ての人物が誰と踊っているのかということ。アディでもなければアリシアでもない、となればメアリの相手はあの時衝突した他の誰か……。

そう考え、アディとアリシアが揃えたように周囲を見やり……。

「わぁ……」

「ありゃ」

と小さく声を漏らした。今回もまた壮絶な光景が繰り広げられているからである。

二人の目当てであるメアリは、

「ほほほ、ガイナス様ってば体格が宜しいから足幅が合わないわぁ」

と優雅に微笑みながら全てのステップでガイナスの足を踏み時に蹴っている。それがわざとなのは言うまでもなく――なにせアルバート家の令嬢である。ダンスなんて目を瞑っても出来ることなのだ。逆に言えば、ダンスが達者だからこそさり気無くあくまでうっかりを装って踏みつけ蹴飛ばすことが出来るのだ――作り笑いが美しいぶんガイナスに掛かるプレッシャーは相当なのだろう。

先程よりいっそう青ざめ、それでも形だけはメアリをリードするようにステップを踏むガイナスはと言えば、

「いえお気になさらず、どうぞ存分に踏んでください……」

と諦めて白旗発言をし、それを受けたメアリが「あらそれじゃ遠慮なく」と踏みつけに更に捻じりを加えていた。

そんな傍目では美しくそれでいて冷ややかな空気を放つ二人の隣では、優雅に踊るパルフェットとパトリックの姿……。

もっとも、この組み合わせもまた優雅なのは傍目だけなのは言うまでも無く、

「パトリック様と踊れるなんて、光栄で嬉しくて楽しくて泣きそうです……!」

「それら全て泣く要素じゃないよな!? メアリ、彼女はどう扱えばいいんだ!」

となかなかに壮絶な状態であった。

なにせあのパルフェット、突けば泣くどころか突かずとも自発的に泣くパルフェットである。今もまた「パトリック様のリードが完璧すぎて……!」と謎の理由を口にして震え「どうしろと!」とパトリックを慌てさせていた。

「凄いことになってる……」

「慌ててるパトリック様も素敵です」

「そう思うならパトリック様のもとへ帰ってあげて……」

と、思わずそんな会話を交わす。

だが踊っている最中に止まって他所にちょっかいを出すのは野暮というもので、ひとまずあの二組には一曲踊り切ってもらおうと互いに向き直った。……現実逃避ではない、多分。

そうしてあちこちから聞こえてくる声を一切無視して優雅にダンスを踊る。……と、アディが目の前でクルリと回るアリシアに僅かに笑みを零した。金糸の髪を軽やかに揺らし、流れるような動きで再び自分の手を取るアリシアの動きは――振り回し大会と衝突さえ見なければ――なんとも美しく華麗なのだ。

「アリシアちゃん、ダンス上手くなったね」

そう話しかけて思い出すのは、まだ自分達が高等部の学生だった頃。アルバート家主催のパーティーにメアリが彼女を誘ったあの時だ。

まだ己が王女だ等と、それどころか自分の出生に秘密があるとは欠片も思っていなかったアリシアは、麗しくそして軽やかに踊るメアリとパトリックを見て自分も踊りたいと言いだし、そして中庭の噴水でアディと二人で練習をしたのだ。

だがダンス初心者のアリシアと、人並みにこそ踊れるが教えるほどではないアディではまともなダンスになどなるわけがなく、結局足の踏みあいになりかけこれでは埒が明かないと判断しパトリックとメアリを連れてきた。

「ふふ、懐かしいですね」

「あの頃はこんな風になるなんて思いもしなかった。まさか、俺がお嬢と……」

「そうですか?」

キョトンと目を丸くさせ、アリシアが首を傾げる。

その反応に今度はアディが目を丸くさせた。いったい何を言っているのか、当時の自分達はと言えば、メアリは恋愛感情のれの字も無く、身分違いが過ぎるこの初恋は拗らせるだけ拗らせて終わるはずだったのだ。なにより、あの時のメアリはパトリックと結婚するのだと誰もが――アディでさえも諦めと嫉妬の中で――そう思っていた。

それを話せばアリシアが「身分とか関係を考えればそうかもしれないですね」と返して、次いで晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。太陽のように明るく眩い、彼女らしい笑顔。

「私、なんとなくだけど心のどこかでこうなるかなって思ってました」

「……こうなるって」

「ねぇアディさん、私カレリア学園に居た時いつもメアリ様を追いかけてましたよね」

「そうだね。お嬢が『なんでどこにいても見つけて駆け寄ってくるの!怖い!』って怯えるくらいにね」

「それはアディさんのせいですよ」

「俺の?」

なんだって俺のせいなんだ?とアディが首を傾げる。

それに対してアリシアが更に笑顔を強め「メアリ様には内緒ですよ」と勿体ぶるように話しだした。

「メアリ様は確かに綺麗で目立つけど、人混みの中に入ると見えなくなってしまいますよね」

「お嬢のあの髪色は目立つけど、身長が高いわけじゃないからね。さすがに人混みの中に入ると……」

「でもアディさんは違いますよね。アディさん、とっても身長が高いし」

その髪色も目立ちます、とアリシアがクスクスと笑う。

そこまで言われればアディも彼女が言わんとしていることを察し、なるほどこれは俺のせいだ……と数年前のメアリの動揺と怯えを思い出して苦笑を浮かべた。

「たくさんの学生がいる食堂で、講堂で、混雑した市街地で、他の人より背の高いアディさんの髪はよく目立つんです。そしてそれを目指せば……」

いつだって、錆色の髪をした従者の隣には銀糸の令嬢が居た。

楽しげに話すアリシアに、アディが苦笑と共に頬を赤くさせる。

ずっとメアリのそばに居ると誰より近くに居ると本人に誓い、それより以前だって自分が一番近くにいると自負していた。だがそれを改めて、それも、

「メアリ様の隣にアディさんが居るように、アディさんの隣にもいつもメアリ様が居るんです」

と嬉しげに話されるとどうも気恥ずかしく、そしてダンスは相変わらずそんな照れ臭さを誤魔化すのを良しとしてくれない。頭を掻いて、そっぽを向いて、紅茶とケーキを用意して話題を変えることも許してくれないのだ。ダンスとはなんて過酷なんだ……そんなことを心の中で呟く。

だがゆっくりと音色が変わり曲の終わりを感じさせるくらいにはダンスも情を持ち合わせているようで、頬を赤くさせたアディが深く頭を下げた。対してアリシアは相変わらず太陽のような笑顔で、それでも王女らしくスカートの裾を摘まんで腰を下ろすと彼のリードを称える。

が、次いで二人がパッと顔を上げるのは、もちろん「それはそれ、これはこれ」だからであり、互いに相手がそう考えているだろうと理解しているからである。

なんだかんだ言いつつ、アディとアリシアの付き合いもまた長いのだ。なにせアリシアとメアリが出会ったあの時、同じようにアリシアはアディとも出会っていることになる。

「一応聞いておくけど、アリシアちゃん次の一曲を俺に譲る気は……」

「ありません!」

「だよなぁ……」

そんな会話を交わしつつ、普段より深く頭を下げるガイナスとそれを優雅に――そして普段より腰を落とさず若干見下しつつ――微笑むメアリに標準を定め、

「お嬢、今度こそ本当に俺と!」

「メアリ様、私とアンコール!」

と揃って手を伸ばした。

この瞬間、もちろんだが周囲からも声が掛かる。

「アリシア!いい加減に俺のとこに戻って来なさい!」

「ふあぁあ、またですかぁ……!」

そう手を伸ばすのは勿論パトリックであり、情けない悲鳴はパルフェット。さすがダイス家とマーキス家の子息令嬢だけあり優雅な礼の仕方ではあったが、それが終わるや一転してこの有り様なのだ。

ちなみに当のメアリはと言えば、

「もういいわ!誰が来ても返り討ちにしてあげる!」

と何故か無差別かつ迎撃の意思を見せ、その向かいでは精神的に疲れたと言いたげなガイナスが、

「パルフェット、本当に頼むから今度こそ君と……」

と――メアリが近くにいる手前強めにとはいかないが――それでも手を伸ばした。

そうして再び衝突したのは言うまでもなく、これには周囲も「なにをやっているんだか」という気分で居た。むしろこの騒々しさしかないダンスを見守る中には「次は誰と誰が踊ると思う?」と面白がる者さえ出始める始末。

そんな生暖かく好奇の視線を注がれつつ、渦中の者達は再び 誰か(・・) の手を取り……。

「お嬢、やっと捕まえた……」

と、アディが疲労すら感じさせる声色で呟いた。

もちろん自分の目の前にメアリが居て、彼女の手はちゃんと自分の手と繋いでいるからだ。どうやらあの衝突の中で今度こそと伸ばした手は、半ば無意識とはいえしっかりとメアリを捕えられたらしい。

「あら失礼ね、私が逃げたみたいじゃない」

心外だとでも言いたげにメアリが頬を膨らませる。

もっともそれが言葉だけなのは言うまでもなく、次いで小さく微笑むとピッタリとアディの胸元に寄り添った。「ちゃんと捕まえときなさい」と告げるのは、言わずもがな「抱きしめて」という意味である。

誰よりメアリの近くに居て誰よりメアリのことを理解していたアディがそれを汲まないわけがなく、応えるように腰に回した腕に力を入れる。パルフェットとアリシアと踊り、そうしてようやく辿り着いたメアリを抱きしめれば、体が「これだ」と訴えてくる。

腕の中に納まる感覚、目の前で揺れる銀糸の髪、嬉しそうに微笑んでくる瞳……求めていた女性は彼女だけなのだ。

「やっぱりお嬢と踊るのが一番です」

「そうね。その言葉あの子達にも言って頂戴」

そうメアリが促すように視線をそらす。それをアディが追うように見れば、視界の先では麗しく踊る二組の男女。

「アリシア、もうちょっと落ち着きをだな」

「えへへ、やっぱりパトリック様とが一番です」

「ま、まったく……次は気をつけるんだぞ」

そう話すのはパトリックとアリシア。

跳ね回り駆けまわる最愛の人をようやく腕の中に捕らえられたとパトリックの表情には安堵の色さえ浮かび、夢心地と言いたげにうっとりと身を寄せるアリシアの額にキスを落としている。

――「そうやってあんたが甘やかすから躾ができないのよ!」とは常日頃この甘ったるさを見せられつつアリシアから熱い 抱擁(タックル) を喰らっているメアリの訴え――

先程までの騒動が嘘のようで、微笑み合う姿はまるで絵画のように美しい。

そんなパトリックとアリシアの隣には、もちろんガイナスとパルフェット。

こちらは前者のような分かりやすい甘さは振りまいていないのだが、彼等の関係を考えれば当然だろう。もっとも、

「少し疲れてしまったから、慣れてるガイナス様のお相手を嫌々してあげてるだけなんですから!」

と訴えるパルフェットはそれでもしっかりとガイナスの手を繋ぎ、時折は悪戯に足を踏んではクスクスと笑っている。それは嫌悪など微塵も感じさせず恨みや仕返しの色もない、例えるならば子猫がちょっかいを掛けて甘噛みしている程度のもので、それが分かっていてガイナスも嬉しそうに、

「嫌々踊ってくれるなんてパルフェットは優しいな」

と腕の中の令嬢を見つめている。

なんて甘い光景だろうか。

その糖度の一端を担っているのだと考えればアディの頬が再び赤くなる……が、それと同時にメアリの腰を強く引いて更に抱き寄せた。

腕の中のメアリは文句も言わず、それどころか応えるように胸元に頬を擦り寄せる。そうしてふいに顔を上げて瞳を細めるのは、もちろんキスを強請っているからで、アディがこれに応じないわけがない。

そうして子供が交わすようなキスを数度捧げれば、満足したメアリが、

「もう離さないでね」

と強く手を握ってきた。

ダンスの場でキスなんてはしたない…等と周囲が思うわけがない。なにせあれほどの騒動を見させられたのだ。

だがこれで騒々しい若者達も落ち着くところに落ち着いたかと誰もが苦笑と共に収束を感じ取り……、

「メアリ様ー!ラストは私と!」

「少しは大人しくしてくれ!」

「ふぁぁあ、また何かが凄い勢いで……アリシア様ー!?」

「逃げようパルフェット……!」

「まとめてかかってきなさい!全員返り討ちにしてあげる!」

「お嬢はなんだってさっきから迎撃の構えなんですか!」

という再びあがりはじめた喧しさに、誰もがみな付き合ってられないと盛大に溜息をついた。