軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編1

「この……ドリル・アルバート!」

というアディの声が響いたのは、極々平凡な休日の、それも長閑な昼時だった。

「それでね、アディがね! 酷いのよ、私のことドリル・アルバートって!」

喚きながら訴えるメアリに、向かいに座って話を聞いていたパトリックが「ぐっ…!」と一度呻き声をあげた。次いでゲホゲホと彼らしくなく盛大に咳き込むのを見て、喚いていたメアリがキョトンと目を丸くさせる。

「……パトリック、どうしたの?」

「い、いや大丈夫だ……ケホ……少し、紅茶が熱かった」

「そうなの? 気をつけてね」

そう涙目で告げながらメアリが話を続ける。

アディと喧嘩をし彼の一言により傷ついたメアリは、その暴言を言いつけるために兄達の部屋を訪ねたのだ。頼りになる兄達ならば、きっと従者の無礼を知るや彼を叱ってくれるだろう……と、そう期待を胸に抱いて。

「お兄様、聞いて! アディったら、私のことをドリル・アルバートって言ったのよ!」

そう泣きながら部屋に飛び込んでくるメアリの言葉に、頼りになる兄二人は一瞬目を丸くさせ……ブバ!と飲んでいたお茶を吹き出した。

「酷いわよね!お兄様達ったらそのあと笑ったのよ、もう一ヶ月は口きいてあげないんだから!」

怒りの矛先を兄にも向けてメアリが訴えれば、それを聞いていたパトリックが再度「うぐっ」と呻き声をあげ、今度は俯いて派手に咳きこみだした。

それに対してメアリは再びキョトンと目を丸くして、それでもテーブルに突っ伏す彼の背中をさすってやる。

「どうしたのパトリック、大丈夫?」

「あ、あぁ……まだ少し紅茶が熱かったようだ」

「知らなかった、貴方意外と猫舌なのね」

小さく咳きこみつつもパトリックが大丈夫だと片手を上げれば、背をさすっていたメアリが話題を戻して不満げに話を続けた。

そもそもアディの暴言が原因なのだ、そのせいで兄達に笑われた。確かに主従らしくない性格を咎めずにいた自分にも責任はあるかもしれないが、だからといってドリル・アルバートは酷すぎる。

「もちろんアディとも口をきかないことにしたの、しばらくは私に近付かないよう命じたわ」

「なるほど、それで交換日記なんて書いてるのか」

「えぇ、しかもお父様経由。アディにとってこれ以上辛いものはないわ」

ふふんと得意気に話すメアリにパトリックが納得したように頷きつつ、彼女の手元にある目新しい日記帳に視線を向ける。

革を使っているのか質の良い表紙、紙も良い物を使っているのだろう一目でわかる。そのなんともアルバート家らしい豪華な日記帳を眺め、なんてアルバート家らしくない用途だ……とパトリックが溜息をついた。

そんな理由でメアリとアディの交換日記が始まってしばらく、アルバート家当主を挟んだそのやりとりは順調に――アルバート家当主を介していることによるアディの精神的負担はさておき――進んでいた。

そうして今日も今日とて交換日記を父親に渡したメアリは彼の部屋を立ち去ろうとしたのだが、ドアノブに手をかけたところで「メアリ」と名を呼ばれた。

「これは私も見てもいいのかな」

「お父様、交換日記読みたいの?」

「多少興味はある」

「それなら別に構わないわよ。そんなにたいしたこと書いてないし」

読まれても支障はないとメアリが告げれば、アルバート家当主はふむと一度頷いて、手渡されたばかりの交換日記に視線を落とした。

それから数日後、再びメアリの元に交換日記が返ってきたのだが、どういうわけか通常よりも二日ほど遅かった。一日置きでやりとりしているのにこの遅れ、元々がアディの暴言なだけあってメアリが不満に思うのも仕方あるまい。

「アディってば、まったく反省してないのね!」

と、そう頬を膨らませつつ交換日記のページをめくり……

「違う、お父様も加わってる……」

と、頭を抱え込んだ。なにせ本来であればメアリとアディだけが書き込むはずの交換日記に、アルバート家当主の達筆なページが加わっているのだ。

それもメアリから渡されて一ページ、アディから戻ってきて一ページと、仲介するたびに書いたようで、なるほどこれは遅れが生じると思わず納得してしまう。

「確かに読んでも良いとは言ったけど……やだ、お父様ってばちゃんと判子まで押してる。律儀だわ」

そう呟きながらも書き足された部分を読み進めてペンを手に取るのは、父親の参入に文句を言えば、まるでアディと二人で交換日記をしたいと訴えていると思われかねないからだ。

私は別に誰が加わろうが構わないんだから!と、そう心の中で意地をはって真っ白なページにペンを走らせた。

そうして幾度か三人で交換日記を回して数日、アディは屋敷内でアルバート家当主の姿を探していた。

おかしい、この時間は屋敷にいらっしゃるはずなのに……と。だが探しても見あたらず、そんなアディに背後から声がかけられた。振り返ればアルバート家婦人キャレルが優雅に微笑んでいる。

「アディ、どうしたの?」

「奥方様、旦那様を探しているんですが」

「旧友に呼ばれたとかで出かけたわよ、今夜は帰らないって」

「そうでしたか、参ったな……」

どうしよう、と手元の交換日記に視線を落とすアディに、それを見たキャレルが察してクスリと笑う。そうして「渡しておいてあげるわ」と告げるのは、メアリとアディの喧嘩が継続中なのを知っているからだ。

「そんな、奥方様にご迷惑を」

「いいのよ気にしないで。ところで、これは私も読んでいいのかしら」

「え、えぇ……俺は構いませんが」

そう答えるアディに、キャレルが柔らかく微笑んで交換日記を受け取った。

それから数日後、回ってきた交換日記を開いたアディが

「やっぱり奥方様も書いてる……」

と頭を抱えたのは言うまでもない。

そうして次第に交換日記の参加者が増えていき、二人の兄はもちろんアディの兄まで巻き込み、果てには家を越えてパトリックまでも。となれば当然アリシアが加わらないわけがない。おまけに、時には二人の親までもが書き込むこともある。

国と、そして社交界の頂点に立つアルバート家とダイス家が密にやり取りを交わしている、と考えれば国内はおろか国外さえも注目し、機密文書とでも扱われそうなものである。だがみな律儀に交換日記には『日記らしい』ことしか書かず長閑なやりとりだけが平穏に続いていた。

そのうえ、元々は二人で始めてあれよと言う間に増えたのだ、順番など決めているわけがなく、より交換日記は混沌と化す。おかげでメアリとアディの手元に渡るまでやたらと日数がかかるようになってしまった。

そんな状態になって数週間後、いったい交換日記は誰の手元にあるのかしら……とメアリがボンヤリと考えていると、通路の先からアディが歩いてくるのが見えた。それを眺めて見送る……が、どういうわけか彼が隣に並ぶように立ち止まるので、思わずメアリが目を丸くさせた。

何ヶ月ぶりだろうか、と、視線を余所に向けながら思う。

今まで毎日、常に隣に居た。それが当たり前だと思っていた。

時折は喧嘩もしたが、思えばこんなに長引いたのは初めてかもしれない……。

そんなことをメアリが考えていると、同じように視線を逸らしたアディが「あの……」と言い難そうに話しだした。

「日記、読みましたか?」

「……誰の?」

「俺が書いた分です。書いたあとパトリック様に渡して……今どこにあるか分からないんですが……」

「……まだ戻ってきてないわ。何が書いてあったの?」

横目でアディを見上げてメアリが問えば、彼もまた同様にチラと視線をよこしてくる。

気まずそうで、居心地悪いと言わんばかりの表情、普段ならば指摘して冷やかしてやっただろうが、自分も同じ表情をしているかもしれないと出かけた言葉を飲み込んだ。

そうしてアディの続く言葉を待てば……

「コロッケを食べに行きませんか」

と、あまりに予想外の言葉に、思わずメアリが目を丸くさせた。

「いつも行っていた総菜屋が、新作のコロッケを売り出したんです」

「あ、あら、そうなの?」

「試しにと思って買ったんですが、店主が『いつも一緒にいるお嬢さんは?』って」

「あの店主、まだ私がメアリ・アルバートだって信じてないのね」

「総菜屋で買い食いする令嬢なんて信じられないんですよ……まぁ、そういうわけで『次くるときはあのお嬢さんも連れておいで』と言われてしまいまして」

「そ、そうなの……」

ふぅん、とメアリが小さく呟く。そうして再度横目でアディを見上げれば、先ほどまで居心地悪そうだった彼の顔が赤くなっているのが見えた。

なんだかこちらまで気恥ずかしくなってくる……が、その反面メアリの胸がやんわりと暖まっていく。久しぶりに聞いた彼の声は、やはり誰の声よりも耳に馴染むのだ。

だがそれを素直に言ってやる気も、ましてや謝ってやる気も起こらず、メアリはふんとそっぽを向きつつも「仕方ないわね」と続けた。

「貴方がそこまで言うなら……い、一緒に行ってあげないこともないわ」

「……よろしいんですか?」

「えぇ、まぁ……私も、久しぶりにあのお店のコロッケが食べたいし」

そう意地を張ってメアリが答えれば、アディが小さく安堵したのが伝わる。

そうして「それじゃ行きましょうか」と誘われればもちろんメアリに断る理由など無く、それでももう一度「仕方なくなんだからね!」と念を押して、並ぶように歩き出した。