軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の更に後の話※パルフェットとガイナス※3

ガイナスは睡眠薬と強めの酒で意識を 朦朧(もうろう) とさせられていたが、数日休めば回復し後遺症の心配もない……というのが、アルバート家に戻ってきたメアリによって叩きおこされた家付きの医師の診断である。

だがさすがに翌日は不調も残るというもので、多めに飲まされた睡眠薬の気だるさと酷い二日酔いでまともに立てる状態になく、そのままアルバート家の客室にこもっていた。あの雨の中ランダルを殴りつけ、ガイナスに寄り添った結果、風邪をひいたパルフェットも同様である。

「あの二人、同じ部屋でよろしかったんですか?」

紅茶を注ぎつつ尋ねるアディに、メアリがあっさりと「いいのよ、放っておきなさい」と答えた。ついでアディからティーポットを受け取るのは、最近のメアリのブームが『夫の紅茶を淹れてあげる妻』だからである。まぁ、慣れてないのでたまに余所見をして勢いよくソーサーにまで注いでしまうときもあるのだが、それは新妻のご愛敬。

とにかく、互いに紅茶を淹れあって一口飲むと、再びアディが「でも……」と呟き、パルフェットとガイナスが隔離されている部屋の窓を見上げた。

「若いお二人を一部屋に寝かしておくって、大丈夫なんですか?」

「ガイナスは二日酔いで立てもしないんだから大丈夫でしょ、それに彼は真面目な男だし、パルフェットが寝てるからって手を出したりしないわ」

「そんなもんですかねぇ」

「少なくとも、ひとが寝てるからってキスしてくるような誰かさんとは違うと思うわよ」

「起きてたんなら言ってくださいよ!」

「だから寝てたのよ! いつか言おうと思ってたんだけど、ひとが寝てるときにキスするなら軽くにしなさいよ!本気でこられたら普通に起きるのよ! というか、かなりの確率で窒息死する夢見てるんだから!」

「だから最近夢見が悪いって言ってたんですか!?」

「そうよ! なに『今すべてがつながった!』みたいな顔してるのよ!」

互いに喚きあいながら、それでもフゥと一息つく。そうして改めて窓を見上げ、もう一度「放っておきなさい」と告げた。

「むしろ離しておくほうが今の二人には辛いんでしょ」

現に、最初はメアリも二人に別々の部屋を用意した。

そこはアルバート家、部屋は有り余るほどあり、たった二人の病人に手を焼くような家ではない。トップクラスの療養環境をそれぞれに提供していた。

だがいかに広い部屋でも十分な看護体制であっても、今のパルフェットもガイナスも頭の中は互いのことでいっぱいなのだ。ことあるごとに「ガイナス様は大丈夫ですか?」「パルフェットの容態は?」と聞いてくる始末。

おまけに、相手が辛くないか苦しんでいやしないかと不安で碌に眠れないときた。

そうして何度も……どころか二桁いってもなお「ガイナス様は?」「パルフェットは?」と問われ、メアリもついに根負けして同室を提案した。権威と財力を持ち合わせたアルバート家として一室に来客二人を詰め込むのは不服でもあるが、今回は特例である。

だというのにそれを聞いたガイナスは「とんでもない!」と首を横に振った。――その衝撃で頭を押さえて呻き声をあげたのだが、それもまたこの男らしい――おおかた、復縁こそしたがまだ口約束の段階、両家の親に報告したわけでもないのに同室なんて……と考えたのだろう。

真面目なガイナスらしいその返答に、メアリは仕方ないと苦笑を浮かべながら溜息をつき……

「選びなさい、あの子に手を出さないと誓って同室に移るか、もしくは今私が壁をぶち破って二部屋を一部屋に改装するのを見届けるか」

と、脅しをかけた。それを聞いたガイナスが慌てて枕をつかんでパルフェットのいる部屋へと駆け込んだのは言うまでもない。

そういうわけで、病人二人が一室に閉じこめられて今に至る。

そんな部屋の中はと言えば……

「けほん……ひどいです、ガイナス様……けほっ、わ、私に……風邪を、風邪をひかせる……けほ、ひかせるなんて……」

鼻声で繰り返すパルフェットの恨み言と咳と

「すまないパルフェット……うぅ……本当に、わ、悪かった……」

と、呻きながら謝罪を繰り返すガイナスの声が絶えず、まさに混沌と化していた。

勿論二人のベッドは別々に用意してあり、一応のためにと 衝立(ついたて) も設置してある。だが所詮一枚の衝立、お互いの声は耳に届き、相手が無事なのだと確認できる。だからこそ恨み事と謝罪が止まないのだが、二人にはちょうどいい案配なのだろう。

「けほ、けほっ……ガイナス様のせいです……」

「うん、悪かった……俺のせいだ、俺にうつしてくれ……」

「…………けほん」

「パルフェット?」

「…………けほ」

「パルフェット、どうした?」

先程まで咳の合間に恨み言……ではなく恨み言の合間に咳をしていたパルフェットの声が聞こえなくなり、ガイナスが身を起こす。けほけほと咳が聞こえてくるので衝立の向こうに居るのは分かるのだが、ピタリとやんだ恨み言に不安が募る。

何か失言があっただろうか……と、そう不安げにガイナスが衝立の向こうの様子を窺い、恐る恐る声をかけた。

「パルフェット、寝たのか?」

「……ガイナス様、そちらに行ってもよろしいですか?」

「あ、あぁ、構わない」

ガイナスが慌てて身なりを整え、横になったままでは失礼かとベッドの縁に腰をかける。動くたびに二日酔いで頭が痛むが、それよりも今はパルフェットが優先である。

そもそも彼女だって熱を出して辛いのだし、なによりその原因も自分にあるのだとガイナスが自分を戒める。そんなことを考えていると、二人の間に敷いていた衝立がカタンと揺れた。

「失礼します」

部屋というわけでもなく、それでも境界線である衝立を横にずらし、パルフェットが遠慮がちに顔を覗かせる。

赤い頬と潤んだ瞳、汗ばんだ額に小刻みの呼吸。普段とは違うパルフェットの様子にガイナスが思わずゴクリと喉を鳴らし……慌てて首を横に振って「大丈夫か?」と気遣った。――幸い、頭を振ったことで走った痛みが冷静さを取り戻してくれた。風邪を引いて熱っぽいパルフェットに疚しい気持ちを抱いたなどとメアリ嬢に知られたらどうなるか……と、そう考えると思わずガイナスの背に寒気が走る――

「ベッドに座るか? 俺の隣が嫌なら俺が移動するから」

「……もう二度と」

「パルフェット?」

「もう二度と私を裏切らないと、傷つけないと、そう誓ってくださいますか?」

瞳を潤ませ、声を震わせ、それでも真っ直ぐに見据えて訴えるパルフェットに、ガイナスが小さく息を飲み、しっかりと一度深く頷いて返す。

そうしてゆっくりとパルフェットに手を差し伸べようとし「今回は」と小さく呟かれた言葉に手を止めた。

「今回は許します。貴方を愛しているから……。だけど次に同じようなことがあったなら、その時は覚悟をしてください」

「覚悟を……」

「貴方を許したこの愛が、全て憎悪に変わります」

はっきりと言い切るパルフェットの瞳に迷いはなく、睨むような鋭さでジッとガイナスを見据える。

それを受け、ガイナスが応えるようにパルフェットの瞳を見つめ返した。

自分を許し受け入れてくれた愛情の深さを知ったからこそ、これ以上重い言葉はない。だがそれほどまでに愛して、それほどまでに傷ついて、そしてそれほどまでに再び愛してくれるのか……と、そう思えば愛しさと申し訳なさが募り、ガイナスが再びパルフェットに手を差し伸べた。

「もう二度と裏切らない、もう二度と傷つけない。一生をかけて償うと誓う。だからパルフェット、俺とエルドランド家の花を育てていこう」

請うような声色でガイナスが手をのばせば、パルフェットがホゥと熱い吐息をもらした。そうしてゆっくりとその瞳が滲みだし、ついにはポタと落ちた一滴を皮切りに大粒の涙がこぼれ出す。

先程までの鋭い表情は今はもうなく、一瞬にしていつもの泣き虫なパルフェットに戻ってしまったのだ。

「……ガイナス様……ガイナス様ぁ!」

そうして名前を呼ぶや差し出された手をとり……はせず、それよりもとガイナスの胸へと飛び込む。胸元に頬を寄せ、体躯の良い体に腕をまわしてこれでもかと抱きつき、背中を撫でる手の心地よさに更に涙をこぼしながらもパルフェットがガイナスの名を呼ぶ。

「わ、私、怖くて……ずっと、不安で……ガイナス様のばか……ガイナス様のばかぁ!」

「悪かったパルフェット、不安にさせてごめんな……」

「ガイナス様、大好きです。だからもう二度と、離れないでください……は、離してなんか、あげないんですから……!」

「あぁ、二度と離れない。愛してる、パルフェット」

抱擁というには余裕が無く、必死にしがみついてくるパルフェットにガイナスが愛おしむような視線を向ける。そうして何度か背を撫でて宥めてやり、しゃくり上げながらも泣きやみ始めたパルフェットに瞳を細め……その額に軽いキスを落とした。

まるで眠る前の子供に捧げるような柔らかなキスに、パルフェットが潤んだ瞳を丸くさせ……そしてポっと頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。

そうして一度ギュウと強くガイナスに抱きつくと、今度はスルリとその腕を抜けてベッドに潜り込んでしまう。勿論、ガイナスの寝ていたベッドである。

「パルフェット?」

「リリアンヌさんの件は許してあげます。でも、風邪をひかされたことは許してあげません」

悪戯気に笑いながらパルフェットがガイナスのベッドの布団にくるまる。

「だから、ガイナス様に風邪をうつしてさしあげます」

そう笑うパルフェットの愛らしさといったらない。彼女の言わんとしていることを察したガイナスが思わず表情を緩め、自らもまたベッドに潜り込むとゆっくりとパルフェットを抱き寄せた。

「あぁそうだな、俺にうつしてくれパルフェット」

「はい、ガイナス様」

クスクスと笑いあいながら抱きしめあう二人の、なんと甘いことか。

「あら!? 私、今なんだか砂糖を吐けそうな気がする!」

「なにを仰ってるんですかお嬢、コロッケの食べ過ぎならパン粉ですよ」

「あんなザラザラしたもの吐いたら喉を痛めるわ!」

甘ったるい空気が風に乗り、少し離れた庭園でこんな会話が交わされるほどである。

今回の件で、晴れてパルフェットとガイナスは婚約関係に戻ることが出来た。

といってもパルフェットの意地っ張りが治ったわけではなく、彼女は時にガイナスに対して分かりやすい意地を張り、そんな愛情表現にガイナスが惚気に近い表情を浮かべながら困ったふりをして……と、見ていると胸焼けしそうなほどだという。

「何かあると必ずガイナス様がパルフェットさんの元へ駆けつけるし、パルフェットさんも暇さえあれば彼のことを見つめてばかり。まさにお花畑状態ですよ」

「あらまぁ、私のお花畑から種でも飛んだかしら」

「近くにいる者としては堪ったものじゃありませんよ。胞子をとばさないでください」

「誰がキノコ畑よ」

紅茶を飲みつつジロリと睨みつけるメアリに、向かいに座っていたマーガレットが苦笑をうかべて肩を竦める。それほどなんです、と訴えてくるその表情を見るに、パルフェットとガイナスの仲の良さに相当こたえているようだ。

そんなマーガレットに対し、せめて話題を変えてやろうとメアリが「ところで」と話しかけた。

「ところで、カリーナさんは元気にしているの?」

「えぇ、 カリーナ様(・・・・・) は元気ですよ」

「……そう」

マーガレットの「カリーナ様は」という強調に、メアリがそっと視線をそらした。

どうやら彼女は元気らしい。それはとてもいいことだ。……彼女、は。

「……それで、ランダルは元気なの?」

「元気だと思いますか?」

「いいえ、まったく、微塵も、これっぽっちも思わないわ」

明後日を向くメアリに、マーガレットが正解だと頷いて返した。

事件のあったあの日、見るからに不調を訴えるガイナスと「くらくらします」と頬を赤くするパルフェットを医者に引き渡した後、メアリはカリーナとマーガレットにも泊まっていくようすすめた。時刻はすでに日付が変わってしばらく、こんな時間に来客を、それも若い女性を帰宅させたとあればアルバート家の沽券に関わる。

それに対しマーガレットは「そうですね、アルバート家の方が近いし」と二言返事で頷き、対してカリーナは首を横に振った。

「あら、遠慮とかはやめてちょうだい。明日用事があるのなら、朝早くに馬車を出させてもいいのよ」

「いえ、違うんです……早く帰って、もう二度とこんなことが起こらないように対処したいんです。一刻も早く、徹底的に、根こそぎ、完膚無きまでに、彼の考えを潰しておかないと」

「…………そう、それなら仕方ないわね」

気ヲツケテ帰ッテネ、と殆ど片言でメアリが告げる。もちろん、直視など出来るわけがないので視線は明後日を見つめたままだ。

――その間、マーガレットがダイス家へと向かう道を調べていたのは言うまでもなく、翌朝やたらと気合いを入れて出て行ったのも言うまでもない。その勇ましさと言ったら、メアリが思わずホラ貝でも吹いて見送りたくなるほどであった――

とにかく、そんなやりとりがあったのだからこそランダルが元気とは到底思えないのだ。むしろ生きているのかさえ定かではない。

「見るからに怯えて、昔の栄光が嘘のようですよ」

「あら、生きてはいたのね」

「そりゃさすがに……でもカリーナ様はおろか私やパルフェットさんにまで怯えているんです」

「まぁかわいそう。自業自得だけどね」

あっさりと言い捨てるメアリにマーガレットが同意だと頷く。そうして互いに優雅に紅茶に口をつけ、メアリがふぅと一息ついた。

「でも、みなさんが元気にしてるって分かってよかったわ」

「えぇ、私もこうやってメアリ様とお茶が出来て嬉しいです」

ニッコリと微笑むマーガレットに、メアリも微笑んで返しつつ「でも……」と小さく口を開いた。

「でも、場所がねぇ」

「あら、こんなに素晴らしいお部屋じゃないですか。見てください、窓からの景色がとても素敵ですよ」

「そりゃ素敵に決まってるでしょ……なんたってここはダイス家なんだから!」

どうして貴女がいるの!とメアリが問えば、ちょうどよくパトリックが扉から顔を覗かせた。

「メアリ、呼んどいて悪いがもう少し待っててくれ。書類が終わらないんだ」

「別に構わないわよ」

「マーガレット嬢も待たせて申しわけない。バーナードもそろそろ帰ってくるはずだから」

「気になさらないでください、お義兄様」

「おっ、お義兄様ぁ!?」

マーガレットの言葉にメアリが驚いて持っていたカップを落としかける。

だがそんなメアリに対してパトリックは勿論マーガレットまでも不思議そうに視線を向け「どうしたんだろうな」「さぁ」と顔を見合わせて肩をすくめあった。

日頃「なんだか寒気がする」と訴えているパトリックだが、どうやらその寒気の根源までは分かっていないようである。いや、この狩人がそんな尻尾を出すような真似をしないだけか。

そうしてパトリックが去れば、再びメアリとマーガレットが残される。

サァ……と吹き抜けた風が窓辺のカーテンを揺らし、なんと心地よいことか。

「……本当に、みなさん元気そうで良かったわぁ」

そう、まったくもって心にないと言いたげにメアリが唸るように告げれば、マーガレットが紅茶を一口飲んで

「えぇ、みなさん元気で咲き誇ってらっしゃいますよ」

と、微笑んで返した。