軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33

「本当に、本当に、ほんっとうに! 続編とかファンディスクとか、そういうのは無いんですね!?」

「本当に、本当に、ほんっとうに! そういうのはもう無いわよ!」

問い詰めるような勢いで尋ねてくるアディに、メアリがうんざりだと言いたげに答えた。

先程のアリシアとのダンスが――メアリにとってはダンスとは言い難いが――終わって直後、満足気なアリシアに引きずられるように疲労困憊のメアリが中庭に戻ると、待っていたのはアディのこの尋問であった。

いったいどういうわけか、この従者……もとい夫は、祝いの場でありながらもゲームの続編の有無が気になるらしい。それも、様子から見るに相当だ。

そんなアディに対してメアリが溜息をつきつつ、近くにいたカリーナを呼び寄せた。

「ねぇ『ドラ学』のシリーズって2で終わってたはずよね?」

「確かそのはずです」

「ほら、彼女もそう言ってるじゃない」

ね、とメアリが念を押せば、アディが些か不満そうに、それでも「分かりました」と頷いた。だがどうにも怪訝そうな、まだ信用できないとでも言いたげなその表情に思わずメアリが小さく溜息をつく。

「ねぇアディ、どうしたの? 貴方ゲームなんてどうでも良いって言ってたじゃない」

「そうですよ」

「それなら、いったい何が不満なの?」

「……です」

「え?」

「これ以上増やされたら、たまったもんじゃないんです!」

そう自棄になったように喚くアディに、メアリが目を丸くさせ、いったい何が増えるのかと尋ねようとし……

「メアリ様ぁ! もう一曲踊りましょう!」

と飛びついてきたアリシアに右腕を取られ

「あの、メアリ様、わ、私とも……嫌じゃなければ、お、踊ってくださいませんか……?」

と、不安げな瞳で見上げてくるパルフェットに左腕を取られ、出かけた言葉を飲み込んだ。

アディが錆色の瞳で「何がって? これですよ」と訴えている。その冷ややかな視線に、これは確かに納得せざるを得ないとメアリが小さく溜息をついた。

そうしてグイグイと引っ張ってくるアリシアとパルフェットに視線を向ける。

「いいこと、そもそも今日は私とアディの結婚披露のパーティーであって」

「メアリ様!ほら、中央があいてますよ!」

「だから人の話を聞きなさいよ! パトリック!パトリックはどこ!? この子を引き取ってちょうだい!」

「メアリ様ぁ……や、やっぱり私とは……!」

「貴女も貴女で、私なんか誘ってる場合じゃないでしょ!」

二人を叱咤し、それぞれの保護者――勿論、パトリックとガイナスである――を探す。が、前者は今まさに他の令嬢の思い出づくりに付き合わされ、チラとメアリと視線が合うと遠目ながらに「すまない」と口パクで告げてきた。後者に至っては「俺には無理です」と無言で首を横に振っている。

そんな頼りにならない保護者達にメアリが盛大に溜息をつき、未だ左右の腕を取る二人に何か言ってやろうとし……グイ、と強く引き寄せられた。

声を出すよりも先に逞しい腕が体を包み、額がポスンと何かに……誰かに当たる。締め付けられるような感覚に抱き寄せられたのだと理解すれば、それとほぼ同時に両腕にしがみついていた二人が手を離すのが分かった。

「だめです! お嬢は俺と踊るんですから!」

そう頭上から聞こえてくる言葉はまったくスマートとは言い難く、ダンスの誘い文句としては落第点である。

だがそんなアディらしい間の抜けた誘いにメアリが小さく笑い、ようやく解放された腕を彼の背中へとまわした。もっと強く抱きしめてと強請るように彼の上着を掴み、見せつけるように体を擦り寄せる。

「ごめんなさいね、二人とも」

そうアリシアとパルフェットに告げ、自分を抱きしめる人物を見上げる。

頬を赤くさせたアディが何か言いたげにこちらを見つめており、その欲情的な錆色の瞳にメアリが口角を上げた。なんて分かりやすくて、そして甘い独占欲。

「流石のメアリ・アルバートも、こんなに情熱的に誘われたら断れないの」

そうクスクスと笑いながら、差し出された手に己の手を重ねて返した。

アディに手を取られて会場内へと向かう。

中央にゆっくりと歩み出れば、周囲から「ようやくか」と苦笑を漏らすのが聞こえてきた。確かに、本来であれば一番に踊るべき二人がこんな遅れた登場なのだ、おまけに先程のアリシアとの一件もあるのだから、誰もが呆れたと肩を竦めるのも仕方あるまい。そんな二人に楽団が苦笑を浮かべつつ、待ってましたと言わんばかりに楽譜をめくる。

そうしてゆったりと流れてくる音楽に合わせてアディに寄り添い、拗ねるような彼の表情に思わずメアリが小さく吹き出した。

「アディ、貴方まだ拗ねてるの?」

「……俺が一番に踊りたかったんです」

「 あの子(アリシア) とのダンスなんて正式なものには入らないわよ。あんなもの『メアリ・アルバート振り回し大会』にすぎないわ」

「なにそれ参加したいんですが」

そんな二人らしい――そして結婚パーティーらしからぬ――会話をしつつ、寄り添い、互いに顔を見合わせてはクスクスと笑いあう。傍目から見ればさぞ絵になっており、会話の内容こそ聞こえなければ愛し合う二人の夢のような一時として映ることだろう。

――もっとも、この場にいる殆どの人物がメアリとアディの主従らしからぬ仲の良さを知っており、二人が楽しそうに笑いあうたび「どうせ令嬢らしからぬ、従者らしからぬ話をしているんだろう」と察していたのだが――

そんな空気の中、メアリがギュウと強くアディの手を握った。

自分の手より一回り以上大きい男らしい手。強く掴まれた時は泣きたくなるほどに心臓が痛んだのに、今は繋がれた手から、絡められた指から、甘い痺れが流れ込んで心臓をとろけさせる。

「ねぇお嬢、貴女が一番はじめにダンスを踊った相手を覚えていますか?」

「一番はじめ? そうねぇ、ダンスの先生かしら? それともお兄様?」

「いいえ、俺です。貴女がまだヨチヨチと歩いてた頃、聞こえてくる音楽にあわせて俺と踊っていたんですよ」

昔を思い出しているのか、楽しそうに笑うアディにメアリが「そうなの?」と僅かに目を丸くさせた。

『ヨチヨチと歩いていた』という彼の表現から考えるに、相当昔、物心つくずっと前なのだろう。勿論その時のメアリにダンスという概念があるはずもなく、当然だがパーティー会場であるわけがない。きっとどこか別の場所で、アディに手を取られながら、ヨタヨタとおぼつかない足取りでダンスもどきのステップを踏んでいたのだろう。

そんな光景を思い描き、メアリが小さく笑みをこぼした。

「どうりで誰と踊っても楽しくないはずだわ。だって、一番最初に最高の相手と踊っていたんだもの」

誰もが焦がれるパトリックに手を取られ、華やかなパーティー会場の真ん中で彼の完璧とさえ言えるリードに身を委ねても、気分はいつも高まることなく楽しいとも思えなかった。自分の感情が壊れているのかとさえ思っていたほどだ。

だというのに、今のこの幸福感と言ったらない。繋がれた手が温かく、寄り添っているだけで体に熱が灯る。まどろむような幸福感と胸の高鳴り。心の底から嬉しいと、この瞬間が何より楽しいと、そう思えるのだ。

この感情を知ってはじめて、今までパトリックを一人占めしていたことを申し訳なく思えてくる。みんなこの幸せな時間を味わいたくて、いつもパトリックの誘いを待ち望んでいたのだ。

そう小さく笑い、メアリがアディを見上げた。

彼の錆色の瞳が自分を見つめ、同色の髪がふわりと揺れる。音楽に合わさったその光景は何とも言えぬ壮観ではないか。柔らかく微笑まれれば、心臓がとろけて甘い幸福感に体中が包み込まれる。

あぁ、なんてダンスって素敵なのかしら……!と、今まで散々「よくあんな退屈なこと好き好んでやるわね」と文句を言っていたことなどさっぱり忘れて、メアリがうっとりまどろみに身を任せてアディの胸元にすり寄った。

「ねぇ、これからパーティーではいつも踊りましょうね」

「えぇ、勿論です」

「いつも私のエスコートをしてね」

「はい、必ず」

「ずっと一緒に居てちょうだい」

「貴女の隣が俺の居場所です」

「私の居場所も、貴方の隣よ」

そう笑いながら瞳を細め、メアリがそっと背伸びをし……

ムギュ

と、軽く足を踏まれて閉じかけた瞳をパチンと瞬かせた。

「当分はダンスの練習が必要かしら」

「……精進いたします」

申し訳なさそうなアディにメアリが悪戯気に笑い、お返しにとムギュと彼の足を踏み返してやると同時に、その足を踏み台にしてキスをした。

…END…