軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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誰もが振り返り、そして三者三様の表情を浮かべる。愛おしむような微笑み、焦がれるような熱、そして諦めなければならない哀愁……。そんな様々な視線を受け、それでも彼は気付くことなく「アリシア、ここに居たのか」と最愛の恋人の名を、彼女の名だけを呼んだ。

「パトリック様、どうなさいました?」

「もうすぐダンスが始まるから、君と……なんだ、メアリも居たのか」

「今日の主役に対してあんまりじゃないかしら」

冗談めいて睨みつけるメアリに、パトリックが苦笑と共に謝罪の言葉を口にする。

そんな雑談を止めたのは、緊張を露わにした表情でアリシアに歩み寄ったカリーナだった。

「アリシア様……」と伺うような声色は普段の毅然とした彼女らしからず、頭を下げつつチラチラと横目でパトリックをみる視線には戸惑いさえ見られる。もっとも、二人の今の身分と、そしてゲーム上の立場、どちらを考えてもカリーナがアリシアに対して臆してしまうのは仕方あるまい。

「無礼を承知でお願い申しあげます……パトリック様を、ダンスにお誘いしてもよろしいでしょうか?」

控えめながらに告げるカリーナの発言に、令嬢達が小さく息を飲み目を丸くさせる。

だがそれも当然、王女を前にして、公表こそしていないが彼女の恋人をダンスに誘いたいと申し出たのだ。普通であれば咎められ、罰せられ、二度と社交界に出られなくなっても仕方あるまい。

だがアリシアはその申し出に瞳を細めて微笑み返すと「勿論です」と深く頷いて返した。

その返事を受け、カリーナがパッと顔を上げる。そうしてゆっくりとパトリックの元へと歩み寄れば、話に付いていけずにいるパトリックも大方のことを察したのか、カリーナに視線を向けた。

「パトリック様、私ずっと……ずっと昔から、貴方をお慕いしていました。ずっと……」

必死に言葉を紡ごうとし、それでもどこか濁すカリーナに誰もが見守るような視線を向ける。それほど昔から……と誰もがそう思っているのだろう。

だが実際は外野が思うよりずっと昔からカリーナはパトリックに恋をしていた。『前世』という、説明することも出来ない昔から。それを告げられないもどかしさか、カリーナが一瞬言葉を飲み込み視線を泳がせ……そして意を決したかのようにパトリックを見上げた。

「ずっとお慕いしていたこの想いを記憶にするために、パトリック様への想いを『いい思い出』として胸に抱いて次に進むために、どうか、どうか最後に私と踊っていただけませんでしょうか?」

請うようなカリーナの声色に震えが混ざるのは、彼女自身でこれが最後だと覚悟し、そしてそう決めたからこそ断られたらと恐怖が沸き上がるからなのだろう。

昔から、それこそ『前世』という途方もない昔から恋い焦がれてきた想いの最後、それを拒絶されたとあれば次に進むどころではない。後悔して、苦しんで、諦めきれない想いに捕らわれ続けるだけだ。

そしてカリーナがパトリック相手に臆するのには、もう一つ理由があった。

彼女の中のパトリックはあくまで『ドラ学』のパトリックなのだ。容姿端麗、文武両道、女性の理想を詰め込んだ王子のような外観でありながら冷めた態度が女性の胸を打つ。己と他者に厳しく、そして柔らかな表情は恋人である 主人公(アリシア) にだけ見せる、そんな男だと思っているのだ。

彼が本当は面倒見が良く、気心を許した相手には年相応の対応をすることも、案外に皮肉屋で冗談を言ったり、笑うのを堪えて肩を震わせながら冷静を取り繕っていることが多々あることも、ゲームのパトリックしか知らないカリーナには想像もつかないのだろう。

だからこそ、 主人公(アリシア) ではない自分の誘いは断られるかも知れないと怯えているのだ。

そんな女性の気弱な願いに、パトリックは穏やかに笑うとそっと彼女の手を取った。

「俺でよければ、喜んで」と、そうしてカリーナを会場へとエスコートしていく。その時の彼女の嬉しそうな表情といったら無い。

そんな二人を見送れば、会場内からざわつきが聞こえてくる。言わずもがな、パトリック・ダイスが王女以外の女性をつれているからだ。もっとも、いくら周囲がざわつこうがパトリックが臆することもなく、なにより王女公認なのだから問題にすべきでもない。

それより、メアリにとってはカリーナを見送った令嬢達の表情が変わり始めたことの方が興味深かった。そうして次第に誰もが「私も……」と呟きだす。

自分もパトリックと踊りたいと二人の後を追う者、もう待ち続けるのは嫌だと決意を固め意中の人物を捜しに行く者、各々が抱いた想いのままに焦がれる王子の元へと向かえば、中庭に残されたのは数名。

令嬢達を見送るメアリとアリシア、そして互いに動けずにいるパルフェットとガイナス。

……それと、メアリの背後からその肩をガッ!と掴む令嬢。

「メアリ様、私もちょっと行ってきます」

「どうしてかしら、貴女の『行ってきます』が『狩ってきます』にしか聞こえないの。というか、先陣切って行くかと思ってたわ」

「私、人の獲物はとらない主義なんです。他の方々の動きを見てからにしようと思いまして」

「良識のある狩人だわね。何か困ったことがあったら言いなさい、協力してあげる。私、実は貴女のガツガツしたところ嫌いじゃないの」

「お義姉様と呼んで頂いても構いませんが」

「恐ろしいこと言わないでちょうだい」

冗談じゃないわ、とメアリが呟けば、楽しそうに笑いながら野心家令嬢が 会場(狩り場) へと向かっていく。その後ろ姿にメアリが思わず溜息をつき、そんなやりとりに圧倒されたのか呆然としていたパルフェットに向き直った。

カリーナがパトリックに声を掛け他の令嬢達がそれに続き始めたあたりから、彼女はそれはもう見ていられないくらいに慌てていたのだ。

大方、誰かがガイナスに声をかけてしまわないかと不安だったのだろう。そんなガイナスはといえば、逆にパルフェットが誰か他の男の元へと行ってしまわないかと不安げに視線を向けていた。

「誰も来ないで」とも「誰のところにも行かないでくれ」とも言えない二人は、それでいて顔に書いてある程にわかりやすく、割って入れる者などいるわけがない。

「それで、パルフェットさんはどうするのかしら? 気になる方がいるなら協力するわよ。勿論、お兄様を呼んでも……」

呼んでも良い、と言い掛けメアリが慌てて背後を振り返った。勿論このパターンだと野心家令嬢に肩を掴まれると知っているからだ。

もっとも、振り向いたところでメアリの背後には誰もいない。

考えてみれば当然、彼女は先ほどパーティー会場へと向かっていったのだから、背後にいるわけがない……。そうメアリが自分自身に言い聞かせ「失礼」と話の腰を折ったことを詫びた。

「あの、メアリ様、私は……そういうのは……」

「……そうね、ならうちの庭を見てきたらいかが? アルバート家の庭と言えば、ここいらでは有名なのよ」

「そ、そうですね! 私、そうします!」

メアリの提案を聞いたパルフェットがパッと表情を明るくする。そうして「一人で行ってきます!」とわざとらしく告げるのは、これ以上メアリに突っつかれないためか、それとも「誰のところにも行く気はない」と伝えるためか……。

どちらにせよ、意気揚々と去っていくパルフェットとその後を追うガイナスの背中に、メアリが「手の掛かる子ね」と小さく笑って椅子に腰掛けた。

そうして残されたのは、メアリとアリシア。

心地よい風が会場から音楽を運び、二人の対極的な色合いの髪を揺らして吹き抜けていく。ようやく訪れたその静けさにメアリが一息吐けば、それを見たアリシアがクスクスと笑った。

「あら、何が楽しいのかしら」

「メアリ様が楽しそうだからです」

「楽しい? 私が?」

「エレシアナ学園でお友達がたくさんできたんですね」

まるで自分のことのように嬉しそうにアリシアが告げ、それを聞いたメアリがほんのすこし頬を赤らめ、コホンと咳払いをした。

そうしてチラと隣に座るアリシアに視線を向ける。 前世(ゲーム) の記憶を思い出し、初めてアリシアと出会ったあの日が随分と昔のように感じられる。

あれからどうにも物事が思ったように上手くいかず……そして今日という最高の日に辿り着いた。彼女に嫌われ没落しようとしていた日々がまるで嘘のようだ。ゲームの通りにと、あれほど頑張っていたのは何だったのか。

そんなことを考えつつ、ふと『ドラ学』を思い出した。元々ゲームや前世について割り切って考え、おまけに最近ではあまり思い出そうともせずにいたからか、今では記憶もだいぶおぼろげになっている。

『ドラ学』のアリシアはその太陽のような明るさと笑顔で攻略対象者を癒し、そして彼等の貴族らしく凝り固まった心をとかしていった。

それを思いだし、メアリが小さく笑みをこぼす。きっと、誰よりこの太陽の光に心をとかされたのは私だわ……と、そう思えど素直に告げてやることなど出来ず、ふいとそっぽを向いて会場内に視線を向けた。

パトリックが数人に声をかけられ、あちこちで令嬢達が意中の王子様に声をかけている。中にはついに王子様を射止めたのかうっとりとした表情で手をとられて踊る者や、それに乗じてあの場には居なかった者まで意中の相手をダンスに誘いだす始末。

相変わらず……いや、ゲーム以上に、ゲームの世界など最早関係ない程に、これは何ともお花畑な大団円ではないか。

そう考えながらメアリが小さく笑みをこぼせば、隣に座っていたアリシアがメアリの手を掴んだ。

何事かと驚いて視線を向ければ、そこにはアリシアの満面の笑み。おまけに彼女がおもむろに立ち上がるのだから、これにはメアリも疑問を抱きながらもつられるように立ち上がった。

「なに、どうしたの?」

「メアリ様、踊りましょう!」

キラキラと輝かんばかりのアリシアの笑顔に、メアリがキョトンと目を丸くさせ、ついで「大袈裟ね」と溜息を付いた。どうやら他の令嬢達にあてられて踊りたくなったらしい。

それにしたって、お互い既に相手が決まっているのだからそこまで意気込むこともないのに……と文句を呟いていると、アリシアがメアリの腕をグイと引いて急かしてきた。

「メアリ様、行きましょう!」

「はいはい、分かったわよ。でもパトリックは今忙しいみたいだから、もう少し待ってあげたら?」

「何を言ってるんですか、私とメアリ様で踊るんですよ!」

「……はぁ!?」

どういうこと!?と声をあげるメアリの腕を引っ張り、アリシアが会場へと向かう。

相変わらず令嬢らしからぬその強引さにメアリは碌な抵抗も出来ず、引っ張られるまま「待ちなさい! 離して!」と声を上げるしかない。

そうして人混みを掻き分けて会場内を進めば、そんな二人に気付いたアディが駆け寄ってきた。

「お嬢! あの、俺と一曲」

「アディさんは私の後です!」

「あと!?」

アディの誘いを一刀両断し、アリシアが止まることなく進む。

勿論「勝手に断るんじゃないわよ!」とメアリが怒鳴るのだが、それでアリシアが足を止めるわけがない。それどころか、ちょうど一曲を終えたパトリックの「アリシア、次は君と」という誘いすら「パトリック様はもっと後です!」と断ってしまうのだ。

哀れ男二人は唖然とし、誰より哀れなメアリは気付けば会場のど真ん中。

先程まで音楽に合わせて優雅に踊っていた者達も、これには誰もが驚いて足を止める。アルバート家の令嬢と王女が手を取り合って――メアリからしてみれば手を取られて、それどころか引きずられて、なのだが――会場の中央に躍り出たのだ、これには誰もが目を丸くさせ、楽団でさえ演奏を続けつつも二人に視線を向ける。

そんな視線をものともせず、アリシアが嬉しそうにメアリの手を握りしめた。

「さぁメアリ様、踊りましょう!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「ほら音楽が始まりますよ!」

「わ、わわ、引っ張らないで、そんなに振り回さないで!」

「楽しいですねぇ、メアリ様」

音楽に合わせてアリシアがクルクルと回れば、彼女に腕を取られているメアリは振り解くこともできず、まるで振り回されるようにその後を追う。優雅と言うにはほど遠く、ダンスと呼ぶにも不様がすぎる。

そんな二人に周囲は苦笑を浮かべながら暖かな視線で見守り、アディとパトリックも顔を見合わせて肩を竦めた。

騒々しくはあるが、なんとも楽しげな光景ではないか。もっとも、グルグルと回るアリシアに引っ張り回されているメアリはダンスどころではない。アリシアは止まりそうにないし、周囲もどういうわけか見守るだけで止めてくれない。転ばないようにと必死の一言である。

そうしてついにはスゥと息を吸い込み……

「ちょっとは人の話を聞きなさいよ! この田舎娘が!」

と、結婚発表パーティーにはそぐわぬ怒鳴り声をあげれば、その声に被さるように、二人の腕にはめられた色違いのブレスレットがカチャンと音立ててぶつかった。