軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10―5

そのノックを受けて扉がゆっくりと開かれ、逃亡すら考えていたメアリもこれには思わず顔を強張らせた。

この部屋の中に居るのは間違いなく国の頂点に君臨する者達。両陛下こそ不在ではあるが、国を左右する権威の持ち主達。

いくらアルバート家の令嬢と言えど跡継ぎでもないメアリでは逆立ちしても敵わないような存在だ。

そんな顔触れが待ち構えているのだと考えれば寒気すら感じ、混乱する頭でそれでもここからどう逃げるかを探り……

「メ、メアリ様ぁ!」

と、泣きながら抱き付いてきたアリシアに目を丸くした。

「メアリ様、突然こんなことになって、私どうしたらいいのか……!」

抱き付いたままえぐえぐと泣き声をあげるアリシアに、メアリもまたどうしていいか分からずにいた。

本来なら肩を優しく擦るなりして慰めてやるべきなのだろうが、そんな友達めいたことを出来るわけないし、なによりこの状況なのだ、メアリとて冷静でいられるわけがない。

許されるなら、今すぐにアリシアを引き剥がしてアディと共に頭を下げて部屋を後にしたいほどだ。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ……」

「メアリ様、お願いです、どうか隣に居てください。私怖くて、おば様もまだ来れそうにないって、でも皆さん話を進めて、何が何だか分からないんです……!」

「わ、私がここに……?」

冗談じゃない、とメアリが議会室を見回した。

両陛下こそ不在だが国を統治する者や権威者がジッとこちらを見ている。見慣れたはずの父親の姿でさえこの場では威圧感を感じ、声を掛けるどころか視線すら合わせられない。あれは父親ではない、王家に次ぐ権威の持ち主、アルバート家現当主だ。

更には席が足りないのか著名な学者や各家の代表者たちが壁沿いに並んでおり、重苦しい空気と注がれる視線に、流石のメアリ・アルバートでさえ潰されそうなのだ。

そんな中、彼等と向かい合う様に数個椅子が置かれている。議会と言うより尋問に近いその配置に、自分がそこに座る姿を想像したメアリがふるりと体を震わせた。

冗談じゃない。無理だ。威嚇する蛇の前に蛙を…いや、大蛇の群れの中にオタマジャクシを放り込むようなものだ。数分だって耐えられるわけがない。

現に、彼等と向かい合って座っているパトリックは見て分かるほどに青ざめた表情をしている。普段の凛々しさはどこにも見られないが、この面子を前にしているのだから仕方あるまい。

むしろ、よく今まで正気を保っていられたと感心してしまう。この部屋の空気の冷ややかさと重さと言ったら、そこいらの男ならば着座するまでもなく威圧感に負け、アリシアを見捨ててでも尋問側にまわりかねない程なのだ。

そんなパトリックも、メアリとアディの姿を見ると僅かに表情を緩めた。味方を得たようなその安堵の色に、メアリが心の中で拒絶の声を上げる。

やめてよ、冗談じゃないわ。

私はこんな所に居られる身分じゃないの、王族とも無関係だし、アルバート家の跡継ぎですらない。

だからやめて、袖を引っ張らないで、そんなところに座ってやる義理は無いのよ!!

「アリシアさん、私は……」

「み、みなさん、私が王女だって……でも、違うって言ったり、私が、私が印璽を盗んだって、そ、そんなこと、するわけがないのに……」

的を射ないアリシアの訴えは、それそのままこの議会の混乱状況を現しているのだろう。いくら最高議会と言えど突然現れた王女の正体を探るなど出来るわけがなく、それもよりにもよって田舎出身の娘となれば尚更だ。

もちろんそこに各々の野心や願望が絡まれば言うまでもなく、中には真偽などどうでもよく、この転機を上手いこと利用しようと企んでいる者だっているかもしれない。

だからこそ、この場に留まるのは御免だとメアリが退路を探そうとし……自分の服を掴むアリシアの手が震えていることに気付いた。

当然だ。只の庶民だと思っていたところを貴族ばかりのカレリア学園に通うことになり、その生活にようやく慣れてきたと思った矢先にこの騒ぎ。

雲の上だと思っていた人物達に囲まれて――それも、揃いも揃って厳つい顔と来た――王女だなんだと槍玉にあげられれば年頃の少女ならば泣きだしても仕方ない、メアリだって当事者ならば泣いていたかもしれない。

それが分かるからこそ、メアリはアリシアを振り払えずにいた。

ここで見捨てて逃げるほどメアリ・アルバートは人でなしではない――いくら没落を目指して嫌味を言おうが、所詮は年頃の少女なのだ――、だからといって、この場で抱きしめ返してやるほど清い精神の持ち主でもないのだが。

それになにより、アリシアの腕にはあの日のブレスレットがはめられていて、振り払おうとするたびにチャラと音がしてメアリを引き止める。

只の安い飾りなのに、いったいどうして、まるでこれではポケットに隠し持っているもう一つと共鳴しているようではないか。

「王女だなんて、私は知りません……印璽はお守りだって、おばさまも、孤児院の先生達も言ってたし……盗むなんてそんな……」

信じてください、と震えながらアリシアがメアリを見上げて訴える。涙に濡れて揺れる瞳は、メアリが一度でも疑いの言葉を口にすれば直ぐにでも壊れてしまうだろう。

そんなアリシアの瞳を見つめ返し、メアリは頷くことさえできずにいた。

王妃似の顔つきに、王族が受け継ぐとされる紫の瞳。攫われるときに持たされた王族の印璽……すべてがゲームの通りだ。その記憶を頼りに考えれば、彼女が王女であることに間違いないだろう。

だが逆に言えば、メアリの確証はたかがゲーム。それも『前世でプレイしたゲーム』等と、到底口に出せるものではない。

なにより、そのゲームも今では『ゲーム通り』とは言えずにいた。その最たる存在が 自分(メアリ) なのだ。

もしかしたら、ゲーム通りではないのかもしれない。

結果的にゲームのストーリーを追うだけで、アリシアは王女ではないかもしれない……。

例えば王族の血縁者だとか王家に気に入られ養女になるとか、他にもなにか理由があって『結果的にはゲームと同じように』アリシアが王女の地位につくだけで、彼女の正体は別にあるのかもしれない……。

そんな不安要素がふつふつと湧き上がり、メアリが困惑の表情で隣に立つアディを見上げた。彼もまたこの事態にどうすべきか分からずにいるのか、強張った表情を浮かべている。

アディの身分を考えれば当然だろう。この部屋の中で――部屋の隅で緊張した面持ちのメイド達を除けば――彼は誰よりも低い身分にあるのだ。

どうしよう、自信がない。

本当にゲームの通りにアリシアが王女なのか、今更ながらに不安が湧き上がる。

果たして、そこまでゲームの記憶を信じきっていいものなのか。なにより、自分自身がゲームとは真逆のイレギュラーになりつつあるのに……。

そこまで考え、メアリがスカートに……その下に隠し持っているブレスレットに触れた。

『ドラ学』公式グッズではあるが、本編には出てこなかったもの。『ゲームのメアリ・アルバートがゲーム通りに』ではなく、ただ純粋に、メアリがアリシアから貰ったもの。

そもそもメアリ自身ゲームのメアリもアリシアもどうでも良かったのだ。

悪役令嬢なんて無様なものに成り下がる気はなく、 彼女(メアリ) の辿った没落という末路に興味があっただけに過ぎない。

パトリックとの婚約を解消したのだってゲームに習ったわけではなく、ゲームのメアリほど彼に執着せず、たんにお互いの身の上から「婚約するんだろうな」と思っていただけのこと。彼が自分以外の別の女性を選んだとしても、怒る理由も邪魔する理由も無い。

アリシアだってそうだ。例え彼女が『ドラ学』の主人公だったとしても、メアリには彼女を憎む理由が無い。パトリックだけに留まらず攻略キャラ全員を虜にしようとしていたとしても、メアリには関係ないことだった。

メアリ・アルバートは悪役令嬢メアリではない。成り変わる気もなければ、かといって故意に「悪役令嬢になんかならない!」と邪険にするものでもない。

彼女の辿った没落に興味があるだけで、言ってしまえば前世のゲームにだって興味は無かった。もちろん、前世の自分にもだ。

その記憶こそ利用させてもらってはいるが、前世の自分がゲームの誰を好きだったか、何を期待してゲームをプレイしていたか、そんなことどうでも良い。

所詮は画面の中の無様な令嬢。

前世の自分も、ゲームのメアリも、自分が関与してやる義理はない。

自分は自分。ブレスレットを貰ったのも、自分。

だからこそ、今目の前に居るアリシアだって……。

そう考え、メアリは未だ泣きじゃくるアリシアの肩を強く掴み……

「ピィピィ泣くんじゃないわよ、この田舎娘が!」

と、普段通りに叱咤した。

……その瞬間に凍り付いたこの空気と言ったらない。

だがここで逃げたり誤魔化せばメアリ・アルバートの名が廃ると――そもそも逃道なんてないわけで――メアリは覚悟を決めるとアリシアの肩を掴んだ手に力を入れた。

「貴女が王女だろうが知ったことじゃないけど、その田舎臭さは変わりはしないわ! ピィピィ泣いて、この神聖な議会室に田舎臭さを振り撒くんじゃないわよみっともない!」

「は、はい……!」

「それにパトリック! 貴方なに縮こまってるの! 貴方が惚れたのは王女様じゃなくてこの田舎娘でしょ!田舎娘の田舎臭さと人の領域に勝手に踏み込んでくる無遠慮さに惚れて、家名まで捨てる覚悟だったじゃない!」

「メアリ……」

「破棄したとはいえ一度はこの私の婚約者だったのよ、情けない姿を見せないでちょうだい!」

二人を怒鳴りつけ、メアリが議会室を颯爽と歩く。

そうして空いていた椅子に腰を下ろすと、目の前で構える重鎮達に視線を向け、優雅に一度頭を下げた。

「お見苦しいところをお見せして失礼致しました、どうぞお話を続けてください」

と。

もちろんそれで議会が再開するわけもなく、重々しい妙な空気が漂う。

だがパトリックと彼の隣に座りなおしたアリシアだけがどこか嬉しそうな表情を浮かべ、まるで決意を改めるかのように互いに視線を合わせて頷きあっていた。

もっとも、当のメアリはと言えば

「没落どころじゃないわ、不敬罪で処刑場に直行便よ……」

と、先程の勇ましさもどこへやら見事なまでに青ざめているわけだが。

重鎮たちの前であそこまで啖呵を切ってしまったのだ、仮にアリシアが正式な王女だと判明すれば不敬罪、そうでなくとも議会の腰を折ったことになる。

なにより、神聖なこの場において「田舎くさい」等と言う単語を連発してしまったのだ。いくらアルバート家の娘と言えど、流石にこれは許されないだろう。

「ついカッとなってやってしまったわ……」

と、いかにも衝動的犯罪のような台詞をはくメアリに、主人のこの奇行に青ざめ硬直していたアディがふと何かを察し、

「失礼いたします!」

と議会室中に響く声と共に深々と頭を下げ、椅子に腰を下ろした。勿論、メアリの隣である。

只の従者が、この議会室の中で誰よりも地位の低いアディが、例え全員が着席し椅子が余っていたとしても腰を下ろすことの許されない身分だと言うのに、学者や貴族たちが立っている中で堂々と席に着いたのだ。

流石にこれには主人であるメアリも目を丸くし「アディ……?」と不思議そうに彼の名前を呼んだ。

「なに考えてるの、あなた……」

「俺はどこまでだって着いていくって、そう言ったでしょ」

「え、えぇ、そうだけど……」

「処刑台だろうと、貴女に着いていきますよ」

そうぎこちないながらも笑うアディに、メアリが一瞬虚を突かれたかのように目を丸くし「馬鹿な男ね」と瞳を細めて笑い返した。