軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9―7

「メアリ様、もうパトリック様なんて放っておいて三人でご飯食べに行きましょう」

プクと頬を膨らませたアリシアに、メアリが思わず額に手を当てた。

――ちなみに、勿論だが駆け寄ってくるアリシアに対して「こっちにくるんじゃないわよ!」と牽制はしたのだが、それが微塵も効果なかったのは言うまでもない――

どうやらアリシアは放っておかれたことが不満らしく、未だ輪が崩れることなく、それどころか先ほどより人数が増えつつある集団に向けて、まるで子供のように小さく舌を出した。

その幼い行動とカレリア学園の生徒らしからぬ態度に、メアリが思わず「やめなさい、みっともない!」と叱咤する。

「そもそも、なんで最初から四人でご飯を食べに行くことを前提にパトリックをのけ者にしてるのよ。私は家で食べるわよ」

「良いじゃないですか。私美味しいコロッケのお店知ってますから、行きましょうよ」

「…………はっ!危ない、揺らぎかけた!」

「お嬢、チョロすぎます」

コロッケの単語に一瞬我を忘れ頷きかけるメアリに、アディが思わず溜息をついた。

そうして改めてアリシアに向き直ると、彼女の肩に優しくふれる。

「ダメだよアリシアちゃん、ちゃんとパトリック様と話し合わなきゃ」

「……アディさん」

「あの輪に入れない気持ちは俺も分かる。でも、きちんと自分の気持ちを伝えるべきだ」

「……そう、ですね。でも私、どうやってパトリック様の元まで行けばいいのか……」

アディに諭され、思い直したアリシアが眉尻を下げながら集団に視線を向けた。今でこそ「置いて行きましょう」と拗ねているが、彼女とて、本音はパトリックと一緒にいたいのだ。

だがカレリア学園の生徒会役員に、それに彼等目的の貴族の令嬢、たまたま買い物に来ていた一般庶民の女性……と、話している内にまた一段と増えたその集団は割って入るには勇気がいる。

とりわけアリシアの立場と性格からしてみれば、パトリックを慕う彼等を押しのけて自分が……とはいかないだろう。

それが分かるからこそメアリは「諦めて 一人で(・・・) 夕飯でも食べたら」と言い切り、対してアディが「協力するよ」と彼女の顔を覗き込んで頷いた。

「アリシアちゃん、俺は君に幸せになってもらいたいんだ」

「アディさんが、私に?」

「あぁ、身分とかそういう 柵(しがらみ) を乗り越えてほしい。俺はそれを見てみたいんだ。だからパトリック様の所へ連れて行くよ…… お嬢を使って(・・・・・・・) !」

シリアスな空気をほんの一瞬だけ感じさせつつ、直後に意気揚々と主人の名を出すアディに、当然だがメアリが待ったをかけた。

……が、ここで立ち上がってしまったのはメアリにとって大失敗である。「冗談じゃない!」と声を荒げるも遅く、いつの間にか箱を抱えたアディに背後に立たれてしまう。

おまけに、背後に立った状態でアディが一歩進んできたのだ。これにはメアリも驚いて足を進めるしかない。とりわけ今のアディは箱を抱えているのだから、不用意にぶつかってしまえば箱が崩れて巻き込まれかねない。

――それに、万が一に崩れて箱が空いたら中味が露見……はせず、中味などなく単なる空箱を買ったことがバレてしまう――

「ちょっと! なに勝手なこと言ってるのよ!」

「はいはい分かりました。それじゃ歩きましょうね」

「ふざけないで! ちょ、うわ、押さないで……ぶつかって崩れるでしょ!」

「ですねー。ぶつかって崩れますねー、ですから歩きましょうねー」

「なにちゃっかり誘導してるのよ! あんた誰の味方なの!」

「お嬢の味方をベースにした、アリシアちゃん応援し隊の隊長です!」

「そう言うのを裏切り者って言うのよ!」

喚きながら、それでもアディに――正確に言うなら箱に――押されながら、メアリが徐々に集団に近付いていく。

そうしてあと少し……という所で、輪の一番外側に居た人物がメアリに気付くと「あ…」と小さく声をあげ、まるでそれが感染したかのように集団全体に広がっていった。

誰もがこの場面において意外すぎる人物の登場に眼を丸くしたのだ。そう、パトリックの 元婚約者(・・・・) 、メアリ・アルバートである。

その姿に「どうして」と誰もが思ったのは当然だろう。アルバート家の令嬢であるメアリがこんな庶民も通う市街地で買物などするわけがなく、ましてや元婚約者を囲む輪に自ら顔を出すなどあり得ないのだ。

だからこそ、誰もがメアリに道を譲った。

勿論、この状況下でメアリを押し退けてパトリックに話しかけることなど出来るわけがないからだ。

――生徒会役員達は先日の一件があり、そして女性達には心のどこかでメアリに、というよりアルバート家の令嬢に引け目がある――

それでも退くことはせず僅かに距離を取ってチラチラと視線をやってくるのだから、これにはメアリも呆れたと言いたげに溜息をつく。次いでアディを睨みつけ口パクで「覚えておきなさい!」と脅しをかけ、改めて集団とその中央にいるパトリックに向き直った。

「ごきげんよう、皆様。パトリック様、 一人で買物(・・・・・) なんて、私を誘ってくだされば喜んでご一緒しましたのに」

と、わざとらしく『 一人で(・・・) 』を強調するメアリの言わんとしていることなど説明するまでもないだろう。

もっとも、メアリに言われるまでもなくパトリックは困ったような表情をし、メアリに失礼がないよう彼女に向きあいつつそれでも周囲に、まるで誰かを探すかのように視線を送っている。

大方、姿の見えなくなったアリシアを探しているのであろう。そうしてメアリとアディの背後にその姿を見つけ、僅かに安堵の色を浮かべた。

「アリシア、すまなかった……」

愛しい恋人の姿を見つけ、パトリックがすまなさそうに謝罪し数歩近付く。

それに対してメアリは「私と話をしているのに、失礼な男ね」と冗談交じりに文句を言いつつ、アリシアに場を譲るように横にズレた。勿論アディもそれに倣い、結果的に集団の視線は見つめ合うカップルに向けられる。

アリシアが困惑の表情を浮かべたのは、勿論この場の視線が全て自分に注がれている居心地の悪さからだ。

生徒代表として何度も壇上に立ち、ダイス家次期当主として公の場に立つことすらあるパトリックとは違う。只の庶民であるアリシアには、この視線は身を貫くほど痛いものに違いない。

だからこそ、アリシアが自分に自信が持てなければ、相手に釣り合うほど成長できていなければ、この場で自分の心を押さえつけてしまうのだ。

ゲームは皮肉が効いていて、さも選択肢として選べるかのように、それでいて画面には一つの台詞しか浮かばない。

選べるのはたった一つ。選択できない選択肢。

さて、どう出るのかしら……と、メアリがニヤリと笑ってアリシアに視線を向けた。

彼女は周囲からの視線に逃げるように俯いたまま、時折弱々しくパトリックの名を呼ぶだけだ。その姿に、恋人を独占しようとする強欲さは見られない。

「パトリック様……あの、私は……」

「アリシア?」

「わ、私は……こんなに皆さん集まってるし……だから、皆で……皆で食事をするのが、それが良いと思うんです……」

ポツリポツリと、それでも『 皆で食事(・・・・) 』を言い出すアリシアに、メアリが僅かに目を細めた。

退いたか、と。そう考えて隣を見れば、アディが「信じられない」と言いたげに二人を見ている。ショックを隠し切れていないその表情は、まるで己のことのようではないか。

見かねたメアリが、グイと彼の袖を掴んだ。

「茶番は終わりよ。さ、帰りましょ」

「えぇ……あ、お嬢」

待ってください!とアディが歩き出そうとするメアリを制する。

それに対していったい何だとメアリが振り返れば、相変わらず向き合うアリシアとパトリックの姿。先程と変わったことと言えば、顔を赤くしたアリシアがパトリックの服の裾を掴んでいることだろうか。

「わ、私……皆さんで一緒に食事をするのが……それが一番だと思ってるんです……それに……こんなことを言って、困らせてしまうのは分かってるのに……それでも……」

泣きそうなほど弱々しく、誰もが疑問符を浮かべてしまうほど辿々しく的を射ず、アリシアが必死に何かを訴える。

そうして意を決したかのように、パッと顔を上げてパトリックから注がれる視線に真っ直ぐに返した。

「私、今だけは、パトリック様を独り占めしたい……!」

パトリックを見つめて告げたアリシアの言葉に、誰もが一瞬静まり返った。メアリでさえ、パターンとして知識にあったはずなのに目を丸くしてしまう。

そうして次いで誰もが我にかえる頃には、アリシアは真っ赤になった顔を再び俯かせ、パトリックに至っては珍しく甘えてきた恋人が嬉しいとにやけるのを堪え切れずにいる。

それを見たメアリが「間抜け面」と小さくぼやいてしまうくらいには、今のパトリックは彼らしくない表情をしている。クールな王子様ではなく、恋人が可愛くて愛しくて堪らないただの男だ。

そうして緩む頬をなんとか取り繕いつつ、パトリックがアリシアの肩を抱き、そっと自分に引き寄せた。

「すまない皆、今日は彼女のエスコートをすると決めたんだ。話も食事も、また後日にしてくれ」

と、そう凛々しさを取り繕いつつ告げるパトリックのなんと嬉しそうなことか。

見兼ねたメアリが「脳内お花畑」とぼやくも届きそうにない。おまけに、アディに至ってはまるで自分のことのように嬉しそうに二人を見つめ「男なんてそんなもんです」と笑っている。

とんだ茶番だわ……とメアリが溜息をつけば、ほぼそれと同時に、パトリックとアリシアを囲んでいた輪がゆっくりと崩れ始めた。

「メアリ様、あの……申し訳ありません……」

「すまないメアリ、今夜は二人で食事をさせてもらうよ」

と、寄り添い謝罪してくるパトリックとアリシアに、アディがうんうんと頷く。

対してメアリはと言えば

「だからなんで四人で食べるのが前提なのよ」

と無駄とは分かりつつ文句を言っていた。

そんなメアリに対してアリシアが小さく笑い、そっと彼女の手を取ると、鮮やかな飾り玉で飾られたブレスレットをその手首に通した。

「……なにこれ」

メアリが不思議そうに首を傾げて手首を軽く降れば、チャラと玉がぶつかって軽い音がする。

白ががった銀色と錆色の玉の組み合わせは、まるで誰かと誰かを想像させるような色合いではないか。

「えへへ、メアリ様へのプレゼントです」

「プ、プレゼントォ? なんで私が庶民の貴女に恵んで貰わなきゃならないわけ!?」

「私とお揃いだからです!」

ドヤッ!とまったく説明になっていないことを胸を張って宣言し、アリシアが自慢気に片手を見せつける。

そこには確かにメアリの手首に飾られているものと同じものがチャランと音を立てて揺れていた。といってもアリシアのは金色と藍色の組み合わせである。

それに見覚えのあるメアリが「あっ…」と小さく声を上げて目を丸くした。

「メアリ様とお揃いです。恥ずかしいけど、こう言うのって嬉しいですね」

そうはにかみつつ、アリシアがパトリックに肩を抱かれながら去っていく。

去り際の「また明日」という、まるで友達のような挨拶に対応できたのはアディだけだ。メアリはと言えば、自分の手首に飾られているブレスレットを眺めながら呆然としていた。

ちゃちな作りで、まるで子供用のような安い作り。

それでも女子ウケを狙ったような作られた綺麗さで、おまけに色の種類が豊富で組み合わせ自由。

それぞれの攻略対象者を意識した色合いのこのブレスレットは、間違いなく『ドラ学公式グッズ』なのだ。

「でも、メアリのカラーは無かったはずなのに……」

どういうこと?と疑問符だらけのメアリには、銀色の飾り玉の隣に並ぶ錆色が誰のことを意味しているのか、それを考える余裕はなかった。