軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編20

※二章後ぐらいの時期のお話です。

恋の話のテーマといえばたくさんある。

どちらから告白したか、どう答えたか、どんなデートをしたか………。

尽きぬ話題の中、定番の一つが『出会い』だ。

愛し合う二人の、愛し合う前の最初の話。どんな出会いをし、その時に何を思ったのか。

出会った瞬間に相手を好きになるいわゆる一目惚れというものもあれば、逆に何年も顔を合わせていくうちに次第に想いを募らせたり、社交界では顔を合わせる前に結婚が決まり恋をせぬうちに子を持ち家族として暮らしていく内に愛を……なんて話もあったりする。

恋の話は様々だ。

だからこそひとは知りたがり、語りたがる。

出会いについて尋ねられた。

そうアリシアがほんのりと頬を染めながら話したのは、アルバート家の庭園。長閑な茶会でのこと。

彼女の隣に座るパトリックは些か照れ臭そうに「そうか」と答え、ちょうど紅茶を淹れ終えたアディは照れる二人を微笑ましいと言いたげに「そうですか」と返す。

メアリだけはツンと澄まして、

「へぅん」

と返した。

これは「へぇ」と「ふぅん」が混ざったものであり、メアリなりの最大限の興味のない返事である。

だがこの態度に今更アリシア達が動じるわけがなく、満更でもなさそうに頬を染めて話しだした。

曰く、世話になった施設を訪ねたところ、そこの職員や子供達にパトリックとの出会いについてをあれこれと聞き出されたのだという。他にも、知り合った令嬢や夫人からも必ずと言えるほど話を強請られる。

総じてとまでは言わないが、女性は恋の話が好きだ。

とりわけそれが『実は王女だった庶民と社交界の憧れの的である名家子息』の恋の話なら尚更。

愛と運命的な人生、そこに友情まで加わるのだから興味を持たれて当然。

もっとも、その話の友情パートを担うメアリはといえば、

「へぅん」

と、またも興味の無さを隠しもしない返事をしたのだが。

「そういえば、俺達も出会った時のことに関しては詳しくは聞いてませんね。ねぇお嬢」

「へぅん」

「そうですね、確かにアリシアちゃん達の出会いに関しては気になりますよね。せっかくですし聞きたいと思うお嬢の気持ちはよく分かります」

「私の気持ち全然分かってないわね! ……いえ違うわ、その顔は私の気持ちを理解したうえで無視してる顔よ!」

メアリが怒りの声を荒らげる。

だが勿論これにも今更誰も反応することなく、頬を染め満更でもないどころか輝かんばかりの笑顔を浮かべたアリシアが「ではお話します!」と威勢よく返した。

「私とパトリック様の出会い……、それはメアリ様のおかげなんです!」

もはや照れることすら忘れてアリシアが瞳を輝かせて断言する。

これに対してメアリが「私ぃ!?」と不満たっぷりに返せば、興奮気味のアリシアを宥めながら――そしてこのテンションのアリシアとメアリではきっと話が進まないと判断し――パトリックが話し手を担い語りだした。

◆◆◆

パトリックがアリシアの事を知ったのは彼女が入学してくる少し前。

だがそれはあくまで『貴族の学園に一般市民の少女が入学してくる』という情報に過ぎない。前例のない話ゆえ、アリシアの転入はほぼ全ての生徒に伝えられていたのだ。

そうして件の女子生徒が入学してきたわけなのだが、生徒会長かつ名家嫡男でありなにかと周囲から頼られるパトリックは多忙で、その女子生徒と碌に顔を合わせることもなかった。

異性ゆえ不必要に構っては誤解が生まれかねないし、自分が無理に声を掛ける必要もないだろう。問題が起これば生徒会長として関われば良い。そう考えていた。

そんなある日、生徒会の集まりに向かうべく学園内を歩いていたパトリックはメアリの姿を見つけた。

颯爽と歩く様はまさに貴族の令嬢。見事な縦ロールはその豪快さと色味も合わせて彼女の優雅さに拍車をかける。

だがそんなメアリの隣には当然のように立つ従者の姿。二人は楽しげに話し、時にメアリは彼を睨み、誤魔化され、そしてお互い笑い合う。

会話こそ聞こえてこないがやりとりは楽しそうで、気心の知れた仲だとひと目でわかる。……わかるが、その光景は貴族の令嬢らしくはない。

「ねぇ見て、メアリ様よ」

「また従者とあんな風に話をして……。聞いた話ではメアリ様は御自身の家の調理場で手伝いもしているそうじゃないか」

「家の使い達が飼ってる犬の散歩に自ら行く時もあるらしいな。馬車ではなく自転車で学園に通うし……。あれが社交界の頂点に立つ家のご令嬢なんて、本当に信じられないな」

「本当ね」

そんな声が聞こえてくる。明らかな陰口だ。

発したのはパトリックの近くにいる数人の生徒。彼等はパトリックに聞かれていることも気付かずひそひそと声を潜めて話し、冷ややかにメアリを見ている。

そこには社交界一の貴族の令嬢というメアリの立場への嫉妬があるのだろう。彼女への陰口は今に始まった事ではない。

本人も把握しており、把握したうえで己の行動を省みる必要はないと判断しているのだ。仮に今の陰口を聞いたとしても、彼女はきっと顔色一つ変えることなく「みんな話すことがなくて暇なのね」と肩を竦める程度で終わらせるだろう。

だがやはり陰口を聞くのは気分が悪い。そう考えて、パトリックが一言忠告しようとした瞬間、

「メアリ様の悪口は許しません!!」

と、威勢の良い声が割って入ってきた。

誰もが、それこそパトリックまでもがぎょっとして声のした方へと視線をやれば、そこに立つのは一人の少女。

緊張しているのか胸元で手を組み、それでも紫色の瞳には強い意思を感じさせる。吹き抜けた風が彼女の金色の髪をふわりと揺らした。

「君は……」

確か、とパトリックが記憶の中にある少女の名前を口に出そうとする。

だがパトリックが少女に声を掛けるより先に、陰口を叩いていた一人が「なによ貴女」と強い口調で彼女に詰め寄った。

「悪口だなんて人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。それに、貴女には関係ないことでしょう」

「友達の悪口を聞いて黙っていられるわけありません!」

「友達……?」

「はい。メアリ様は私の友達です! 友達の悪口が聞こえてきたんだから黙ってはいられません!」

アリシアが厳しい口調で言い切る。

といってもアリシアは元より愛らしい顔付きをしており声も可愛らしく、更にはこの学園において『庶民の出』というヒエラルキー最下位に居る。どれだけ厳しい顔をしても迫力はない。

だがアリシアの瞳からここは絶対に引かないという強い意思を感じ取ったのか、詰め寄った令嬢が怯んだ。

「悪口なんて……。私達はただちょっと話していただけよ。メアリ様の事を悪くなんて……、そんな……」

「メアリ様は優しく親切で面倒見が良くて素晴らしい方です!」

「あ、貴女達の仲が良かろうと知らないわ。突然変な事を言い出して失礼な方ね。皆さん行きましょう」

付き合っていられないという雰囲気を纏い、生徒達がその場を去っていく。

明らかな逃げだ。あくまでアリシアに呆れて話を終わらせたという体を取ろうとするあたりが貴族らしい。

そんな生徒達の後ろ姿をアリシアが眉間に皺を寄せて見送る。追いかけまではしないが、それでもまだ不満が残ると言いたげな表情だ。

だが次の瞬間はっと我に返ると「大変!」と声をあげた。渋い顔付きだったが一転して目を丸くさせて驚きを露わにし、かと思えば今度は焦りの色に変わってきょろきょろと周囲を見回しだす。金色の髪が動きに合わせて揺れるたび、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

「メアリ様、どこかに行っちゃった。せっかくお声掛けして一緒にお茶をしようと思ったのに」

「きみは……、えっと、確か名前は」

「でもまだそう遠くは行ってないはず。メアリ様は見えなくても、アディさんならどこかに見えるかも……」

「アリシア、だったか?」

「えっ、あ、はい!」

パトリックに名前を呼ばれて、アリシアがはたと我に返った。

紫色の瞳が今度はパトリックへと向けられる。

先程までは強い意思を持ってメアリの陰口を叩く者達を見据えていたのに、今は柔らかく穏やかに、そして明るさをもってパトリックを見つめてきた。

「アリシアと申します。騒いでしまい申し訳ありませんでした」

「いや、気にしないでくれ。それより本当にメアリの友人なのか? あのメアリ・アルバートと? 」

「メアリ様の悪口は許しませんよ!!」

またも陰口か!とアリシアが眉根を寄せる。

それをパトリックは慌てて制した。「違う、大丈夫だから」と宥めれば、眉間に皺を寄せていたアリシアが今度は「またもはしたない姿を」としおらしくしだした。

態度も仕草も表情も、ころころと変わる。

「俺はパトリック・ダイス。生徒会長を務めている。メアリとは幼い頃から親しくしているんだ」

「メアリ様のお友達ですか?」

メアリの名を聞くやアリシアの表情がパァと明るくなった。

更にパトリックがメアリとの付き合いと同様にアディとも親しくしていると話せばより輝き出す。

きらきらと眩い笑顔だ。金色の髪と合わさってパトリックの視界が瞬く。

その溌剌とした眩さにも感情を隠すことなく素直に変わる表情にも目が離せない。

「この時間、メアリなら食堂に居るかもしれない」

「本当ですか? アディさんとお茶をしてるなら混ぜて頂けるかも」

友人と過ごす一時を想像してアリシアが更に表情を綻ばせた。

その笑顔の嬉しそうな事と言ったら無く、見ていると視界の眩さに加えて胸に温かさまで伝わってくる。

明るく感情豊かで屈託なく笑う。それでいて友人のためならば奮い立つ一面もある。この短時間でアリシアの魅力を知ったが、きっと彼女にはまだ自分の知らない魅力があるのだろう。

それを知りたい。そう考え、パトリックは「ところで」とアリシアに話しかけた。

「俺は今から生徒会室に行くんだ。途中まで一緒だから、それまで君とメアリとの事を聞かせてくれないか?」

「私とメアリ様の事ですか?」

「あぁ、どんな風に出会ったのか興味があるんだ」

行こう、と誘えば、アリシアが了承と共に微笑んで隣に並んだ。

その頬がほんのりと赤く染まっている。これもまた先程とは違った表情だ。

はたしてこの表情は、これから友人の事を語る気恥ずかしさか、これから友人に会える期待なのか。

それとも自分と並んで歩くからか……。

驕りじゃなければ良いけど。そんな自分らしくない事を考えつつ、パトリックは初めて胸に湧く感情を表に出さないよう冷静を取り繕いながら、さっそくと話し始めるアリシアと共に歩き出した。

ちなみにその際、念のためにと、

「……ところで、さっき君が言っていた『優しく親切で面倒見が良い』っていうのは本当にメアリの事なんだよな。メアリ・アルバート。従者のアディを連れた、縦ロールが豪快な令嬢だよな? 人違いじゃなくて」

そんな確認をしたのだが、返ってきたのはアリシアの眩いばかりの笑顔と「はい!」という返事だった。

◆◆◆

当時のことを話し終えたパトリックがコホンと咳払いをした。

語ったは良いが恥ずかしくなったのだろう。「以上だ」という簡素な言葉は恋愛話の締め方らしくなく、それでいて照れ隠しの誤魔化しだと分かりやすい。

この話にアリシアはほんのりと頬を染めながら嬉しそうに目を細め「懐かしいです」と嬉しそうだ。この空気に当てられたアディも穏やかに微笑んでいる。

メアリだけはツンとそっぽを向いていたが、実を言えば興味はあったので「馴れ初めねぇ」と呟いた。

「庶民臭い女と誰もが焦がれる王子様がどう出会ったかなんて思いつきもしなかったけど、まさかこの私をだしにしていたなんて驚きだわ」

「はい。メアリ様は恋のキューピッドです!」

「私が本物のキューピッドだったなら迷いなく頭と胸とお腹を矢で射抜いてやってたわ」

じろりと睨みつけて嫌味を言ってやるも、これでアリシアが傷つくわけがなく、そして今更メアリもこの程度では落ち込むこともない。

双方あっさりと受け流し、再びメアリが「馴れ初め」と呟いた。

アリシアとパトリックの出会いは確かに素敵な話だった。

自分がだしにされたのは些か不服だが、それを抜きにして考えれば素敵な出会いではないか。

対して自分達はどうか……。

考え、メアリはアディへと視線をやった。気付いたアディが錆色の瞳を僅かに丸くさせ「どうしました?」と尋ねてくる。

「私の場合は、出会いというより『生まれたら居た』って感じね」

もの心がつく頃どころかそれ以前、まだベビーベッドで眠っていた時にすでにメアリのそばにアディはいたのだ。

出会った時の記憶なんてあるわけがない。『出会った』というよりは『居た』である。

「いまいちロマンに欠けるわね」

もう少し何かロマンチックな要素を……とメアリが悩めば、アディが肩を竦めて返してきた。

「お嬢にとって『生まれたら居た』ですけど、俺からしたら『心待ちにし続けていた相手とのようやくの出会い』でしたけどね」

あっさりとアディが言い切る。

それを聞いたメアリは一瞬目を丸くさせたものの、満更でもないと笑みを浮かべた。

もの心つく前から自分は既に彼の特別で、まだ意識も朧気な赤ん坊時代の自分との出会いさえ切望してくれていたのだ。

分かっていたが、改めて口にされると嬉しくなる。

「そうね、生まれる前から出会うのを望まれていたなんてロマンチックだわ」

メアリが笑みを浮かべて返せば、アディが頬を赤らめつつ「ご満足頂けたようで」と返してきた。

アリシアがこの話に嬉しそうに表情を綻ばせ、パトリックは「俺達の話をだしにしたな」と苦笑する。

そんな穏やかな茶会の中、メアリは満足そうにアディを見つめて目を細めた。

…END…