軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編19

庭師の朝は早い。

これには様々な理由があるが、アルバート家では主に、植物が日中に光合成をおこなう際に水を必要とするためと、そして早朝に来客があっても美しい庭で迎えられるようにするためである。

アルバート家は深夜であろうと常に誰かが働いており区切りというものはないが、『朝』として考えるなら庭師は働きだすのが一番早い職業かもしれない。

そんな早朝のアルバート家の庭園。

美しく整えられた場所を更に磨くべく、庭師達が精を出して働いている。

……正確に言えば、庭師達と王女が一人、精を出して働いている。

「アリシアちゃん、今朝も早す……、早いね」

早すぎるね、という言葉をぐっと飲み込み、改めてアディが言い直せば、真剣な顔付きで薔薇を眺めていたアリシアがパッと振り返った。

太陽の光を受けて金の髪が輝く。「おはようございます!」という挨拶は溌剌としており、満面の笑みを浮かべる。太陽に負けぬ眩さだ。

彼女の素性を知らぬ者が見れば元気いっぱいの愛らしい女性庭師とでも映るだろう。素性を知る者は「どうして王女が!?」と驚き、そして事情を知る者は「あぁ、またアルバート家に」と当然の事と受け入れるのだ。

「今朝も散歩?」

「はい! お医者様も適度に動くのが良いと仰ってましたし、アルバート家に来るとこの子も喜んでいつも以上に動くんです」

アリシアが腹部に手を添えて嬉しそうに話す。

ゆったりとしたデザインのワンピース。だがその余裕をもった造りですら、彼女の腹部の山を隠すことはできない。一目でお腹に子供がいると、そしてそろそろ対面を果たせると分かるだろう。

――もちろんそんな状態のアリシアが一人で歩いてくるわけがなく、背後には護衛とメイドが二人控えている。その手に庭弄りの道具を持っているのは、王女アリシアの手伝いか、もしくは庭師アリシアに弟子入りをしたか……――

愛おし気にお腹を撫でるアリシアの仕草にアディも笑みを零し、わざと恭しく頭を下げて「ようこそアルバート家へ」と挨拶をした。アリシアのお腹に向けて。

周りにいた庭師達もこれに乗って挨拶をし出せば、アリシアが楽しそうに笑みを強めた。

「ところでアディさん、メアリ様は?」

「お嬢がこの時間に起きてると?」

「ですねぇ」

アリシアの問いに間髪を容れぬ速さでアディが返せば、アリシアがクスクスと笑う。

次いで太陽を見上げると紫色の目を眩しそうに細め、「まだ早いですもんね」と微笑んだ。その姿もまた様になる。

――この件に関して、後ほど話を聞いたメアリが「早い時間って分かってるならひとの家に……、いえ、なんでもないわ。庭師の朝は早いものね」と言及しようとして今更だと言葉を止めた――

「アディさんは今日はお庭で何をされてたんですか?」

「何を、というほどじゃないかな。目が覚めたから散歩して、ついでに手伝うことがあればと思って庭に出て来ただけだよ」

「アディさんもいつも朝早いですよね。以前から私が早朝 襲撃(訪問) してもいつもアディさんが 迎撃(お出迎え) してきましたし」

「襲撃と迎撃と分かってるなら……、いや、なんでもない。でも確かに朝は強い方かな。……というより、強くならざるを得なかった、むしろ強くなる環境に置かれたと言うべきか」

今までのことを思い出すようにアディが話せば、アリシアが不思議そうに首を傾げる。

「どういう事ですか?」と疑問をぶつけてくるアリシアに、アディは話し始めようとし……、太陽を軽く一度見上げて「立ち話もなんだし、中で話そうか」とアリシアを屋内に誘った。

◆◆◆

緩やかな風が吹き抜け庭園の美しさを眺められる客室にアリシアを通し、アディもまた向かいのソファに腰を掛ける。

メイドに用意してもらったレモネードをアリシアがコクリと飲み、「美味しい」と表情を綻ばせ……、

そして自然な流れでノートとペンを取り出した。

これは言わずもがなメアリの昔話をメモするためである。今更な行動すぎて軽食の準備をしていたメイドも一瞥すらしない。

「それで、どうしてアディさんは早起きなんですか? そこにまつわるメアリ様のお話は?? さぁ、お聞かせください!!」

「アリシアちゃん、あまり興奮しないように」

「あ、そうでした」

アリシアが我に返り、お腹を優しく撫でて宥める。

そうして改めるように深く息を吐き、「ではお聞かせください」と先程よりも余裕をもった態度で話を促した。落ち着こうとも話を聞き出す意志はぶれず、そしてペンも手放さない。

「子供ってさ、遊びに行ったりする特別な日にやたらと早く起きるだろ?」

「子供……。確かにそうですね。私も孤児院時代は何かあると一番に起きてたらしいです。よく先生が話してくれました」

「そう、子供は楽しみな事を前にすると妙に早起きする……」

しみじみとした声色で話し、アディがそっと顔を背けた。

窓の外の景色を眺める。だがその瞳は庭を見てはおらず、どこか遠くに想いを馳せるといった瞳だ。

「ラング様とルシアン様はその典型で、子供の頃のお二人は出発が昼であっても夜明けに起きるんだよ……」

「私もひとのことを言えませんが、お二人もまさになタイプですね。でもラング様とルシアン様が早くに起きたとしても、お二人のお相手はアディさんじゃなくてロベルトさんですよね?」

アリシアの問いは尤もだ。

ラングとルシアンにはロベルトが専属の従者として着いている。それが朝だろうと、むしろ朝とも言えぬ夜明けであっても変わらない。

……のだが、

「兄貴、寝起きがすげぇ悪いんだ……」

哀愁さえ感じさせるアディの言葉に、アリシアが意外なことを聞いたと目を丸くさせる。

「寝起きの悪さは酷いなんてもんじゃなくて、起きても一時間はまともに動かないんだ。無理に動かそうとするとまるで親の仇のように睨んでくる。というか親さえも親の仇のように睨む」

「意外ですねぇ。でも、それでアディさんがロベルトさんの代わりに起こされるってわけですね」

「そういうこと」

ご理解いただけたようで、とアディが話を終えて紅茶を一口飲んだ。

出掛ける日、親しい人が尋ねてくる日、パーティー、そのほか諸々……。

特別な日は必ずといって良いほど幼いラングとルシアンは早朝に起き、そしてロベルトではなくアディを起こす。――たまにロベルトを起こそうとして睨まれ、時には悪戯を仕掛けて逆襲されている――

更にそういう時の彼等のテンションはやたらと高く、寝ぼけまなこのアディは微睡む意識ながらにあっちこっち引っ張りまわされ、あれこれと付き合わされていたのだ。

やれ『トランクに纏めた荷物を一度出して元通りに入れ直すゲーム』だの、やれ『トランクに纏めた荷物を一度出して更に二人分を入れ違いにして詰め直したのを再び元通りに入れ直すゲーム』だの……。

「なぜそこまでトランクに執着を……?」

「ほら、出掛ける時って何度も荷物を確かめるだろ? たぶんあれだと思う」

そんなゲームを続けていると、アルバート家夫人が起きてきて「貴方達またアディを起こして!」と彼等を嗜めるのだ。

ここまでがいつの間にやら特別な日の定番になっていた。

「そういうわけで、俺は強制的に朝に強くなったし、あとトランクに荷物を入れるのも上手くなったんだ。何をどう取り出されようと、ラング様とルシアン様の荷物が入れ替わっていようと、お嬢の荷物がさり気なく紛れ込まれていても、すぐに分かって元通りに戻せるようになった」

切ない経緯ではあるが、無駄ではない習慣と技術だ。

そうアディが話せば、話を聞きながらメモを取っていたアリシアも頷いて返してきた。そうして期待を込めた瞳で「それで」と先を促してくる。

ラングとルシアンが起きて、アディを道連れに起こす。本来ならば起こされるべきロベルトは寝たまま……。

となればメアリは何をしていたのか。気になるのは当然だし、アリシアに至っては気にならないわけがない。

「そういう時、メアリ様は寝てるんですか?」

「だいたいは寝てるけど、たまに俺達の声を聞いて起きてくる時があるんだ」

扉の外から聞こえてくる兄達の楽し気な声。

幼いメアリはその音を聞いてうとうとと起き出し、うとうととしたまま廊下に出ていく。

そんなうとうとしている令嬢をアルバート家の者達が放っておくわけがない。

『メアリ様、もう少しお眠りになった方が良いですよ』

『アディは?』

『もう起こされ……、もう起きて、ラング様とルシアン様に付き合わされ…、お二人と一緒に過ごしております』

『連れてって』

眠くて目を開けていられないのか、しぱしぱと眠たげに瞬きを繰り返しながらメアリが手を伸ばす。

これは手を繋いで連れて行ってくれ、という事だ。

この愛らしいお願いに拒否を出来る者などいるわけがなく、誰もが仕方ないと考えながらも表情を綻ばせ、メアリの小さな手を掴んで歩き出す。

「それでお嬢も部屋に来て『私も一緒に遊ぶ』って俺達の輪に入って座るんだけど、すぐに寝ちゃうんだよ」

「小さいメアリ様、なんて愛らしい……!」

「そう、とても愛らしい。その愛らしさにラング様とルシアン様が『可愛いメアリの眠りを妨げるわけにはいかない』って言い出して、その時だけは解散になるんだ。俺も部屋に戻って二度寝が出来る」

「さすがメアリ様、小さくてもアディさんの睡眠を守っていたんですね!」

アリシアが感動し、そしてせっせとノートにメモを取る。

そうしてしばらくは昔話や庭の話をし、時計を見上げたアリシアが「こんな時間」と慌てだした。

王宮に戻る時間だろうか。時間も考えず引き留めてしまったとアディが詫びれば、アリシアが「謝らないでください!」と逆に宥めてきた。曰く、王宮に戻る時間が迫っているわけではないという。

ならばいったい何に焦っているのか、とアディが問えば、なぜかアリシアが得意げな笑みを浮かべた。

「アディさんなら今が何の時間か分かるはずです」

「今がって……? あぁ、そろそろお嬢を起こす時間か」

「そうです。だから!」

パッとアリシアが立ち上がる。

そうして今日一番の眩い笑顔を浮かべた。

「メイドのふりをしてメアリ様のお部屋に忍び込んで、メアリ様が寝惚けているのを利用してお揃いの髪飾りを着けるんです!」

持参した髪飾りをアリシアが高く掲げる。

金色の美しい髪飾りだ。見れば彼女の髪には同じデザインの銀色の髪飾りがあしらわれている。お互いの髪色を意識したのは聞くまでもないだろう。

「寝惚けているメアリ様は自由に髪を弄らせてくれますからね。今日は髪飾りも付けつつ、髪を巻いてみようと思います! ではメイド服に着替えてきますね! アディさん、また後でメアリ様のお部屋で会いましょう!」

「うん……。頑張って。また後でお嬢の部屋で」

もはや何を言う気にもならず、アディが大人しくアリシアを見送る。――後にこの話を聞いたメアリは「なに大人しく見送ってるのよ、止めなさいよ! ……でもまぁ、今更よね」と文句を言い掛けて自己完結した。銀糸の髪をクルリと巻いて、更に金色の美しい髪飾りをあしらった状態で……――

そうしてアリシアが部屋を出て行ってすぐ、窓の外から何やら話し声が聞こえてきた。

いったい誰かと眺めていると、通りがかったのは……。

「くそ、ロベルトの奴め、まだ寝ぼけてたのか。起床時刻をプレートに書いて扉に掛けろっていつも言ってるのに」

「……あれは主人どころか生きるもの全てに向けて良い眼光じゃない」

と、文句を言いながら歩くラングとルシアン。

どういうわけか二人の髪と服はあちこち濡れている。びしょ濡れという程ではないが、さすがに着替えを要する濡れようだ。とりわけ濡れたあとは上半身に集中しており、頭から水を被ったかのようだ。

「お二人ともお召し物を」とアディが咄嗟に声を掛けようとする。だがそれより先にラングが話を続けた。

「まぁ俺達も起き抜けに水を掛けたのは悪かったかもな。でも枕元に水の入ったコップがあって本人が寝惚けてたら、誰だって水を掛けたくなるよな。これは人間が持っていて当然の欲求であり、自然の摂理だ」

「しかし、まさかコップの水を掛けた次の瞬間に水差しの水をぶちまけて返してくるとはな……。寝惚けてるはずなのになんだあの反射神経……。これは悔しいが引き分けだ……。再戦の案を練らなくては……」

そう話しながら去っていく。

そんな二人を見届け、アディはふと天井を見上げた。否、その更に上にあるメアリの自室を、見えないとは分かっていても心の中で思い描いて見つめた……。

そこでは今頃寝惚けたメアリが自称メイドに髪を仕上げてもらっているのだろう。むにゃむにゃ寝惚けながらされるがままの姿を想像してしまう。

同時に想いを馳せるのは、寝惚けているところを主人に水を掛けられ、カウンターで水を掛け返した兄。こちらもまだ意識を朦朧としているだろう。

その光景を想像し、アディは深く息を吐き……、

「まぁでも、これぐらいは平和なうちかな」

許容範囲内、とあっさりと言い切り、少しぬるくなった紅茶に口をつけた。

…end…