軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編18

ロクサーヌ・アルバートはメアリとアディの娘であり、アルバート家の新時代を担う令嬢である。

一歳半を迎え最近はより活発になり、先日はついに一人で階段を登りきった。狭い足場でも四つん這いになってバランスを取り、全身を使って一段登ってはまた一段と上がっていく。その真剣な表情と言ったら無く、誰もが固唾を飲んで見守っていた。

――もちろん可愛い令嬢が怪我をしないよう万全のサポート体制が敷かれている。それだけでは足りないと階段の段数以上の人数が見守っていた――

そんなロクサーヌは、まだ幼いながらも既に美貌の片鱗を見せていた。

くりっとした大きな目と長い睫毛、ピンクの唇。父親譲りの錆色の瞳は色濃く美しく、そして母親譲りの銀の髪は日に日に伸びて……、

伸びて……、曲線を描きだした。

それは何かを彷彿とさせ、そして誰もが心のどこかで待ち望んでいた。

とある人物に至っては、

「お嬢、見てください。ロクサーヌの髪がそろそろ一回転しますよ。楽しみですね」

と微笑ましく伴侶に語り脇腹を殴られるほどに、誰もが楽しみにしていたのだ。

◆◆◆

カラーン、カラーン、とアルバート家の屋敷に鐘の音が鳴り響いた。

高く厳かさを感じさせる音。勤めている者達は誰もが足を止め、いったい何だと顔を見合わせた。

だが不安がる者はいない。この音が鳴り響く理由こそ分からないが、この音は幸せな時に鳴り響くと知っているからだ。

ゆえに、誰もが落ち着いていた。

……約一名を除いて。

「今日こそ鐘の場所を突き止めるわ!!」

高らかに宣言し、メアリはアルバート家の屋敷の中を走っていた。

銀の髪がふわりと揺れる。かつては豪快に縦ロールがぶぅんと揺れ、走ったところで崩れはしなかった。むしろロール単位で揺れるため、激しく動くと背中でボンボンと跳ねていた。

だが今は緩やかなウェーブだ。走ればふわりと揺れる。

「どこ! 鐘はどこなの!?」

いったいどこに!とメアリが声を荒らげた。

先程まで鳴り響き余韻を残していた鐘の音は既に消え去っている。顔を見合わせていたメイド達も、「いずれ分かるわね」「楽しみねぇ」と話しながら仕事に戻っていってしまった。

アルバート家の屋敷はすっかり元通りだ。

その平穏さに、メアリはぐぬぬと唸りその場に頽れ……、はさすがに貴族として出来ないので、せめてとよろよろと壁にもたれかかった。

「また今日も見つけられなかったわ……。どこにあるの、いったい誰が鳴らしているの……」

今回もまた見つけられなかった、とメアリは落胆した。

次いで深く溜息を吐いて顔を上げる。落胆はしても長引かせないのがメアリ流だ。

「まぁどうせまた直ぐに鳴るでしょ。その時には必ず突き止めてみせるわ」

あっさりと立ち直り、今度は周囲を見回した。

鐘を見つけるのは諦めたが、なぜ鐘が鳴り響いたのかという疑問は残る。これに関しては毎回変わるので都度確認しなくてはならない。

もっとも、

「ロクサーヌに関する事なのは確実ね。最近ロクサーヌ関係で鳴りっぱなしだもの」

これは間違いないだろうと独り言ちながら頷き、ならばと子供部屋を目指して歩き出した。

誰が管理しているのかは分からないが――十中八九、兄達だろうけれど――アルバート家の屋敷に喜ばしい事が起こると鐘の音が鳴り響く。

はじめてメアリが聞いたのは妊娠を告知した時だ。それまで存在すら知らなかったから随分と驚かされた。

だがそれからというものしょっちゅう鳴っている。もちろんロクサーヌ関係で。彼女が何かを成し遂げたり、成長の兆しを見せると屋敷中に鐘が鳴り響くのだ。

「今まで聞いたことも無かったのに、最近はタガが外れたように鳴ってるわね。まさか管理する人が変わった……? もしかして私の妊娠を機にお兄様達が鐘の管理を引き継いだのかしら。……継承するの!?」

謎は深まるばかりである。

だがそんな謎も、通路の先からキャァキャァと聞こえた可愛らしい声に掻き消された。一瞬で疑問が消え去り、代わりに愛が溢れる。

ロクサーヌの声だ。

見れば、通路の先からアディがロクサーヌを抱きかかえながらこちらに歩いてくる。父の腕の中で愛娘はご機嫌なようだ。

更には母の姿を見つけるとぐいと腕を伸ばしてきた。なんて可愛らしいのだろうか。

愛娘へと近付く足取りが気付けば小走りになっている。

「ロクサーヌ、お父様に抱っこされて良かったわね」

「お嬢、こちらにいらしたんですね。てっきり庭にいらっしゃるのかと思ってました」

「もしかして探してたの? 私も最初は庭に居たんだけどね……」

つい先程まで、メアリは庭園の一角で美しく咲き誇る薔薇を眺めていた。――アリシアが管理している一角なのが不服だが、あの庭師、薔薇の種類も飾りも悉くメアリ好みを揃えてくるのだ――

だが鐘の音が鳴り響くや屋敷へと駆けだしたのだ。「今日こそ見つけてみせる!」という志のもと。

「でも結局見つけられなかったの。……ねぇアディ、あなた、鐘の場所知らない?」

「……俺は今回は鳴らしていませんよ。ロクサーヌを抱っこしていましたから」

「絶妙に回答をずらすことで誤魔化そうとしてるわね。まぁ良いわ、鐘は私が自ら探し出してみせるって決めたから、これ以上は聞かないであげる」

追及はしないと告げれば、アディが分かりやすく安堵した。

そんなアディに、メアリはまだ話は終わりではないと「でも」と話を続けた。

ロクサーヌの頬を撫でながら。母にも抱っこされたいのかロクサーヌはメアリへと身を寄せており、かといって父からの抱っこも止めるには惜しいようでアディから離れようとしない。結果二人の間でデロンと体を伸ばしており、なんて可愛いのか。

「鐘の場所は問い詰めないであげるけど、鳴らした理由は教えてくれない? 今回もまたロクサーヌ絡みなのは分かったけど、なにかあったの?」

頬を撫でられくすぐったそうにする笑うロクサーヌへと視線を落とす。

なんて可愛らしいのか。笑うと錆色の瞳が細まり、ピンクの唇がむにと弧を描く。

だが見たところ、可愛らしいが鐘を鳴らすほどの変化は見られない。もしかして何か出来るようになったのかと問えば、アディが穏やかに微笑んで「見てください」と自らもロクサーヌへと視線を落とした。

「ロクサーヌの髪ですよ」

「髪?」

ロクサーヌの髪はメアリ譲りの銀の髪である。

生まれた直後は綿のように柔らかかったが、本人の成長と共に毛質もしっかりとしたものになっていった。ここ最近は結ぶことも出来る。

その髪がどうしたのか、と愛娘を覗き込んでいると、アディが「ここですよ」とロクサーヌの耳の下あたりを指さした。ついでに耳を擽ればロクサーヌが高い笑い声をあげる。

「ここって……、髪の毛?」

「えぇ、ほら見てください。ここの髪が……」

愛しいと言葉にせずとも分かる穏やかな口調でアディが話し、錆色の瞳を細めてロクサーヌを見つめる。

ロクサーヌもまた視線に気付いてアディを見上げた。同じ錆色の瞳が見つめあう。

そんなロクサーヌの耳元では、メアリ譲りの銀の髪が柔らかく揺れ……、

そして耳の下では、細い束がクルンと円を描いていた。

「ファーストロールです」

「まさかそれで鐘が鳴ったの?」

嘘でしょ、とメアリが怪訝な表情で問うも、アディからは力強い「記念ですから」という肯定の言葉が返ってきた。

くらりと眩暈を覚えてしまう。思わず体勢を崩しかけて半歩足を引けば、その動きで銀糸の髪がふわりと揺れた。

「まさか、そんな理由で鐘が鳴ったなんて……」

「そんな理由なんて仰らないでください。みんないつかいつかと待ち望んでいたんですよ。それにお嬢の時だって……、いえ、なんでもありません。気にしないでください」

途端に発言を撤回しだすアディに、メアリはじっと彼を見つめ……、

「まさか、私のファーストロールでも鐘が鳴ったの?」

嘘でしょ、と、二度目の怪訝な視線を送った。

アディからの返事は無い。……が、露骨に他所を向くその白々しさがなによりの答えである。

二人の会話の内容は理解していないだろう、だが両親が話をしている光景にロクサーヌが嬉しそうに笑う。……その動きに合わせて、彼女の耳元で、細く小さな、それでもくるんと円を描いたファーストロールが揺れた。

……end……