作品タイトル不明
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アリシアが手にしていた猫のぬいぐるみは、肌に優しそうな柔らかな布で作られ、中にも上質の綿が入っているであろう握り心地の良い代物だった。そのうえデザインも可愛く、モチーフの猫は程良くデフォルメされて愛嬌がある。
きっとロクサーヌは気に入るだろう。ぎゅっと抱きしめる様は想像するだけで既に愛らしいと分かる。
そんなぬいぐるみをアリシアから受け取り、メアリはさてと一息吐いた。
「とりあえず聞いておくけど、どうしてうちに居るのかしら?」
アリシアがメアリの知らぬうちにアルバート家に居ることは今更だ。最近ではそれに疑問も抱かなくなった。
むしろ先程のように『きっと居るだろう』と先に想像しておく事もあり、それが外れて居ないとなんだか肩透かしを喰らったような気になるほど。
それでも一応の礼儀としてメアリが尋ねる。むしろ今は『お腹に大事な子供がいるのに、どうして夜に外出しているの』と、一足先に母になった者としての疑問が強い。
それに対してアリシアは自分の腹部を撫でつつ、「それが」と話し出した。
「明日パトリック様が会議に出られるんですが、その事についてラング様とルシアン様にお聞きしたい事があるそうなんです。パトリック様は一人で行くと仰っていたんですが、それを聞いたらこの子がお腹をぽこぽこ蹴り出して……」
それを受け、散歩がてらと歩いてきたのだという。
「なるほど、父親の働きに感化されて、寝てはいられないと動き出したのね。なんて将来有望な子供なのかしら」
「パトリック様に似て勤勉で、アリシアちゃんに似て元気な子ですね」
メアリとアディがアリシアのお腹を見つめて微笑む。
まだ生まれておらず性別も分からないが、親友の子供というのはそれだけで愛おしいものだ。
アリシアも二人からの誉め言葉を受け嬉しそうに表情を和らげ、そっとお腹を撫でた。
そんな室内に再びキィと扉の音が聞こえ、次いで「アリシア」と呼ぶ声が聞こえてきた。
ひっそりと声を潜めて、中を気遣うように、そっと顔を覗かせたのはパトリックだ。彼の横には案内してきたのだろう乳母の姿もある。
「ここに居たのか。待たせて悪かったな」
「パトリック様、ご用件は終わりましたか?」
「あぁ、もう終わったよ。メアリ、アディ、二人とも遅くにすまなかった」
突然の訪問を詫びるパトリックに、メアリは「今更よ」とツンと澄まして返し、アディが苦笑を浮かべて応じる。
そんなやりとりに続くのは、再び目を覚ましたロクサーヌの声だった。といっても明確に何かを話すのではなく、ふにゃふにゃと声をあげ、アディの腕の中でもぞもぞと活発に動き出す。
「あぁ、悪い。ロクサーヌを起こしてしまったかな」
「変な時間に起きてしまってうまく寝付けないんだと思います。ロクサーヌ、眠るまでお父様達とお話していようね」
アディが腕の中の愛娘に声を掛ける。
親達の会話に加われたと理解したのか、ふにゃふにゃと訴えていたロクサーヌが満足そうに表情を和らげた。小さな唇が笑みを作り、むにっと頬が丸みをアピールする。
次いでロクサーヌは右手をぱたぱたと顔の横で振り出した。メアリ譲りの銀糸の髪がふわりと揺れる。
その仕草を見て、パトリックが首を傾げた。
「日中も何度かその仕草をやってたな」
パトリックの言葉に、つられてアリシアもロクサーヌを覗き込む。
「そういえばそうですね。でもお顔が痒いとか、何かを嫌がってるわけでもなさそうですし……。ロクサーヌちゃん、どうしたの?」
パトリックとアリシアが不思議そうにロクサーヌを見つめる。
それに対して、ロクサーヌを抱いていたアディはなにやら「くっ……」と呻き、慌てて顔を逸らした。
「アディ、どうした?」
「い、いえ、なんでもありません……。ロクサーヌのこの仕草は……お嬢、いえ、メアリの……くっ!」
何かを堪えて話そうとしながら、それでも堪えきれない、と言った様子で再びアディが呻く。両腕で愛娘を抱っこしていなければ、きっと今頃口元を押さえていただろう。
これにはパトリックもアリシアも首を傾げるしかない。次いで二人の視線が向かうのは、もちろんメアリである。
いったい何が? と言わんばかりの視線を注がれ、メアリは肩を竦めた。
本音を言えば、アディの足を踏んづけてやりたいところだが、ロクサーヌを抱いている以上彼に何かをするのは出来ない。
だからこそ、「母親譲りよ」と断言した。
パトリックとアリシアが揃って不思議そうにしている。どうやらメアリの言葉だけでは分からなかったようだ。
ならばとメアリが説明をしようとするも、それより先にアディが――だいぶ笑いを堪えながら――話し出した。
「お嬢の……いえ、メアリの癖ですよ。昔からいつもやっていたでしょう。……ロクサーヌは髪の色も髪質もお嬢にそっくりだから、きっともっと長くなったら……」
くっ、と再び笑いを堪えてアディが顔を背ける。
それに対してメアリは「そこまで言ったなら最後まで言い切りなさいよ!」と中途半端な説明で笑いに負けた夫を咎めた。
そうして話を改めるように一息吐き、アリシアとパトリックへと向き直る。
片手で肩に掛かった髪を払いながら。
ふわりと銀糸の髪が揺れる。
かつては、強固な縦ロールをぶぉんぶぉんと揺らしていたその動作。
それが、銀の髪と、くるりと巻いた髪質ごと、愛娘に引き継がれている……。
「……そうか、またあの豪快な縦ロールの揺れを見られるのか、ロクサーヌの成長が楽しみだな」
「見てください、パトリック様、もうロクサーヌちゃんの髪は少し巻きの兆しを見せていますよ。なんて可愛らしい小ロール」
「この髪色、ふわりと巻いた髪、それを払う仕草……。まるでお嬢の、いえ、メアリの昔を見ているかのようです。それでいて瞳は俺の色……なんて愛おしい」
うっとりとした表情で、三人がアディの腕の中のロクサーヌを見つめる。
話の内容は分かっていないだろうが、それでもロクサーヌは大人達が自分に構ってくれているとご機嫌だ。キャッキャと笑い、パタパタと顔の横で片手を振っている。
いずれその手で、豪快な銀の縦ロールを揺らすのだろう。
三人がそんな未来に想いを馳せ、愛しいと目を細めた。
「……えぇ本当、楽しみだこと」
ただ一人メアリがだけが不満を露わに告げ、片手で肩に掛かった髪を払った。
ふわん、と銀の髪が揺れた。
ぶぉん、ではなく、ふわん、と。
…end…