軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その夜。

賑やかな友人達は帰り、アルバート家は静かに……、はあまりなってなかった。相変わらず賑やかで、ロクサーヌ溺愛の声があちこちから聞こえてくる。

メアリやアディ、両家の身内はもちろんのこと、アルバート家に仕えている者達だれもが漏れなくロクサーヌを愛しているのだ。

それは仕える家の大事な新世代だからというだけではない。

成長を見守り続けたお嬢様ことメアリが産んだ可愛い娘。

幼い頃からアルバート家に仕え、メアリ同様に成長を見守っていたアディが長年の想いの末にメアリと結ばれ、そうして二人の間に生まれた大事な娘。

そんなロクサーヌを愛さずにはいられない。

ロクサーヌを見つめる遣い達の表情は優しく、主人と遣いを越え、家族愛に近い。

そんなアルバート家に、今もまたロクサーヌの泣き声が響いた。

ふにゃっ、ふにゃっ、から始まり、ぷぁぁぁあ!!と威勢の良い泣き声。夜だろうとお構いなしだ。

そんな泣き声に続くのは、ぱたぱたと小走りめに我が子の元へと向かうメアリの足音。

「可愛い可愛いロクサーヌ、いまお母様が行くわよ。抱きしめて、子守歌を歌ってあげるわね」

歌うように告げ、ロクサーヌが眠っている子供部屋へと向かう。

夕食を食べ終え少し前に寝かしつけたのだが、可愛い娘はきっと起きてしまったのだろう。普段はぐっすりと眠ってくれる良い子なのだが、たまに夜に目を覚まして泣いてしまう時がある。

それもまた愛おしいものだ。

熟睡する愛娘の頬を撫でるのも幸せだが、涙で潤んだ瞳を眠そうにしながら必死で抱きついてくる背を撫でるのも幸せである。

そんな事を考えながら屋敷内を急ぐ。

――途中いくつか部屋を横目に「この部屋とあの部屋はいらないわね……、やっぱり潰しても良いんじゃないかしら……」と屋敷半壊計画を脳内で立てながら――

そうしてたどり着いた子供部屋の前で一度足を止め、メアリは考えを巡らせながらじっと扉を見つめた。

ロクサーヌが泣き出してから二分か三分だろうか。

泣き声は既に止んでいるが、今回は自分はかなり早い到着だった。通路を歩いている時も他の人の姿はなく、この部屋に誰かが先に入っていくのも見ていない。

「つまり、今回こそ私の勝利……!」

荒れた呼吸をゆっくりと整えつつ、中の気配を窺う。

室内からは話し声は聞こえず、ひとの気配もしない。……やはり、自分が一番乗りだろうか。

余談だが、『誰もいない』とは言っても、乳母達は居る。

有事の際にはすぐにロクサーヌを世話出来るようにと、彼女達は子供部屋の隣部屋で常に控えているのだ。

そこはもちろんアルバート家。抜かりはない。それどころか徹底した子育て体制である。

そんな乳母達だが、このロクサーヌ争奪戦においては対象外とされていた。

なにせあまりに強すぎるのだ。

彼女達は長年乳母として勤めていたベテラン達。子育てに関して右にでる者はいない。

ロクサーヌがふにゃっと泣いた瞬間に彼女達は駆けつける。それどころか、ロクサーヌがさぁ泣こうと口を開いた時すでに感じ取って立ち上がるのだ。

そんなベテラン勢にメアリ達は束になっても敵わず、連戦の末、乳母達が、

『私達が居ては勝負にはならないようですので……』

と、身を引いたのだ。

いや、あれは身を引いたというより王者の情け。殿堂入りをし勝負の場から去っていったに過ぎない。

――もちろん、乳母としては引き続き働いている。ただロクサーヌ争奪戦において『乳母達の次に駆けつけたものが勝者』となったのだ――

そんな乳母達はさておき。

扉越しには室内に人の気配はしない。……詳しくは『日頃から一番乗りを競い合う者達の気

配はしない』という状況。

これはつまり……。

ふっと、メアリが小さく笑みをこぼした。

「ついに私が一番乗りよ……」

そう囁くように告げ、ドアノブに手を掛け……、

「可愛いロクサーヌ、お母様が一番乗りよ! ……なんて思わせておいてアリシアさんが居るのよね! もうこの展開は分かってる!」

そう勢いよく告げ、メアリが部屋の扉を開けた。

ロクサーヌのために用意された子供部屋。

日中は窓から入り込む風を受けて揺れていたカーテンも今は静かに窓を覆い、ベビーベッドの上でゆらゆらと揺れているベッドメリーも止まってる。

薄暗い室内は小さな明かりだけを灯しており、そこに佇むのは……。

「あら、アディ」

夫の姿に、メアリは意外だと言いたげな声をあげた。

室内に居たのはアディ。

彼は両腕で大事そうにロクサーヌを抱き、ゆったりとした緩やかな動きで揺らしている。

メアリを見ると小さく溜息を吐き、「お嬢……」と言い掛け、「メアリ……」と呼びなおした。

「ここまで走ってきてテンションが上がるのは分かりますが、ロクサーヌがまた起きちゃうので、せめて小声で部屋に入ってきてください」

そう忠告してくるアディの声は小声だ。

ようやく眠り始めたロクサーヌを気遣っているのだろう。メアリもこれにはパタと己の口元を手で覆い、謝罪の言葉を口にした。

もちろん小声で。

そうしてアディへと近付き、彼の腕の中のロクサーヌを覗き込む。

ぐっすりと眠っている。数分前まで屋敷中に響きわたる泣き声をあげていたとは思えない。

試しにとメアリがそっと頬を撫でると、むにりとした柔らかな感触が伝った。さらには小さな手がメアリの手を追いかけるように動き、指をきゅっと掴んできた。

小さな手で、母の指を。なんて愛おしい。

「ごめんなさいね、ロクサーヌ。うるさかったわね。お母様ってば、ロクサーヌに早く会いたくてつい興奮しちゃったの」

「それでアリシアちゃんの名前を呼んだんですか?」

「お兄様達は執務室が遠いし、イレギュラーで泣いてるのにはさすがに対処出来ないでしょ。お父様とお母様は別の事をしているし、アディのご両親も今はうちに居ない。だからついに私が一番乗りだと思ったのよ。でもそういう時に限ってあの子がくるから、そこまでを読んだつもりだったのよ」

「……俺が一番乗り、という考えは無かったんですか?」

「あら? あら、そうね。おほほほ」

うっかり、とメアリが笑って誤魔化す。

誤魔化しついでに空いていた手でロクサーヌの頬を突っつけば、またも別の手で掴まれてしまった。

可愛い二本の手が母の指を掴む。可愛さは二倍、いや、二十倍。

思わずメアリの表情が緩む。見ればアディの表情も同様に愛娘への愛にあふれており、先程の会話はすっかり誤魔化されたようだ。

「でもお父様が一番乗りでもそれはそれで良いわね。ロクサーヌだってお父様の抱っこがいいもの。それにうるさい田舎娘が居ないならそれに越した事はないわ」

ねぇ、とメアリがロクサーヌに話しかける。

それに対してアディが「それは……」と言い掛けた。

メアリがいったい何かを彼を見上げようとした瞬間、キィと室内に微かな音がし、扉がゆっくりと開き……、

「もちろん私も居るんですけどね」

と、なぜか得意げな表情でアリシアが部屋に入ってきた。

それを見てメアリはゆっくりと息を吸い込み……、怒鳴りはせず、ふぅと息を吐くと肩を竦めた。

「そうなると思ってたわ。いらっしゃい」

歓迎の言葉を口にする。

もはや今更過ぎて怒る気力も無いし、やっぱり心のどこかでこうなる気がしていた。むしろここで何もなく終わってはスッキリしなかっただろう。

なにより、アリシアの手にはなにやら可愛らしい子供用の猫のぬいぐるみが握られているのだから、ここは大人しく歓迎をしておいた。