軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロクサーヌ・アルバートはメアリとアディの一人娘である。

母親似の銀の髪と父親似の錆色の瞳。幼いながら目鼻立ちが整っており、まさに人形のよう。『愛らしい』を具現化した赤ん坊である。

年はまだ一歳にも満たないが日々成長している。日毎に体重は増え、出来ることが増え、掴まり立ちもするようになった。――ロクサーヌが初めて掴まり立ちをした日のアルバート家中の喜びようと言ったらなく、感動しつつ支えていたメアリは後日になって「あの時、鐘ならなかった? これから事あるごとに鳴らすの?」と疑問を抱いている――

「お兄様達にも困りものね。ロクサーヌが泣くと仕事も何もかも放って駆け付けてくるんだもの」

「まぁ、それは俺もお嬢も……じゃなくて、俺もメアリも人のことを言えませんけど」

「あら、母親と父親は良いのよ。私達は何を放ってでも駆け付けなきゃ。……あ、お母様を放ってきたのを思い出したわ」

「俺も庭師と話してる最中だったのを思い出しました」

お互い別件の最中だったことを思い出し、メアリとアディが顔を見合わせる。

だが次の瞬間にはうんと一度頷き合い「父親なら仕方ないわ」「母親なら当然のことです」と互いにフォローを入れることで誤魔化した。おまけに二人揃えて「ねぇロクサーヌ」と愛娘に声を掛けて同意を求める。

きっと母も庭師も分かってくれるはずだ。もし分かってくれなければ夕食のデザートを差し出せばいい。

「でも、お兄様達の争いはさておき、屋敷が広すぎるのは考えものよね」

「屋敷がですか?」

「そうよ。ロクサーヌのもとへ駆けつけたくても、私は途中で力尽きるし、アディも時間が掛かるでしょ?」

先程のことを思い出して話せば、アディが頷いて返してくる。

貴族にとって屋敷の大きさは権威の象徴。立派な屋敷を美しく保ち、そして客を招くことで自家の裕福さを周囲に知らしめるのだ。

それは分かるしメアリも理解している。仮にもアルバート家の当主となった身、仕事の殆どを兄達に任せているが、貴族の在り方はきちんと学んだ。

……が、子育ては別。

それはそれ、これはこれ。そして優先すべきは子育てである。

「そこで名案があるの!」

「……お嬢の、いやメアリの『名案』は全くもって嫌な予感しかしません」

「なによ失礼ね。良いから黙って私の名案を聞きなさい」

アディの失礼な態度をぴしゃりと咎め、メアリは改めるように「いいこと」と告げた。

ふん、と胸を張り、得意げに口を開く。

「いっぺん屋敷を壊して更地にして、子育てしやすい造りに建て直すのよ!」

「ほらやっぱりとんでもない」

まったくと言いたげにアディが溜息を吐く。

これに対してメアリは不満をあらわに、不貞腐れるような表情で彼を睨みつけた。

もっとも、屋敷を壊して更地というのは冗談だ。そんなこと出来るわけがないと分かっている。

試しに、冗談交じりに「親子三人で、もう少し手狭な家に越す程度の没落を目指してみない?」と腕の中のロクサーヌに尋ねるも、これもまたアディの溜息で制止されてしまった。

「だって仕方ないじゃない。私はこれでもアルバート家の当主、屋敷を離れるわけにはいかないし、でも屋敷は広すぎる。つまり屋敷が私に合わせて縮小するべきよ!」

「また無茶苦茶な……。そんなこと出来るわけがないでしょう」

「そうね、さすがに屋敷を更地にするのは無理よね……。なら百歩譲って、屋敷の半分を壊して更地に、もしくは屋敷の裏手を更地にしましょう!」

「それはせいぜい十歩譲ったぐらいです。というか、せめて子供部屋をどこからでも行き来しやすい場所に移すとか、あとは……」

言いかけ、アディが話を止めた。メアリが何事かと彼を見つめて続く言葉を待つ。

アディの錆色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。じっと……いや、少しずれているような気がする。彼が見つめているのはメアリではなく、メアリの背後……。

「……居るのね」

と、メアリが呟くように尋ねた。

何が、とは聞かない。

「はい、居ます」

「そうね、これで居なかったためしがないものね。そろそろ来るんじゃないかと思っていたわ。……アリシアさん、飛びつかなくなったことは褒めてあげるけど、かといって背後に立てば良いってもんじゃないのよ」

メアリがうんざりとした声色で告げ、背後を振り返る。

そこにいるのはもちろんアリシアだ。金の髪をふわりと揺らし、緩やかに膨らんだ腹部を撫でながら、嬉しそうに微笑んでいる。

……腹部を撫でながら。

「随分と大きくなったわね」

「はい。最近はずっとぽこぽこ蹴ってくるんです。今もお散歩に合わせてぽこぽこ蹴ってます」

「母子ともに健康なのは何よりだわ。元気の良いぽこぽこに免じて、堂々と散歩と言い切ってひとの家に来る図々しさは見逃してあげる」

ぽこぽこに感謝なさい、とメアリが告げる。次いでアディにお茶の手配を頼むのは、図々しいとは言いつつもアリシアの訪問が嬉しいからだ。もちろんそれを正直には言えず「未来を担う王族に媚を売っておかないと」と冗談めかしておく。

そんなメアリに「お邪魔するよ」と声が掛かった。

これまた言わずもがな、パトリックである。愛する妻と、そしてそろそろ会える我が子との三人での散歩が幸せだと言いたげな表情だ。整った顔付と冷静沈着な態度で令嬢達の心を軒並み奪っていった王子様も、妻と子と散歩の最中は顔が緩むのを押さえきれないと見える。

その幸せいっぱいのオーラに当てられ、メアリは肩を竦め「ごゆっくり」と返した。

そうして、庭園の一角に設けられたテーブルセットでお茶をする。

温かな飲み物と茶菓子。長閑なティータイムだ。

この光景を遠目から見れば、以前となんら変わらない四人の時間と映るかもしれない。学生の時から何度も、こうやって四人でお茶をしていたのだ。

……だけど、今はもう四人ではない。

「なんだか不思議な感じがするな」

パトリックが穏やかに笑いながら紅茶を飲む。

自分が父親になること、夫婦から三人家族になること、その変化は嬉しくそして擽ったいのだろう。メアリとアディも同じ気持ちを経験しており、これには苦笑を浮かべてしまう。

アリシアに至っては、パトリックを愛で、そして腹部を愛でと、幸せオーラをこれでもかと漂わせている。そのうえパトリックの腕をツンと突くと「お父様になるんですよ」と笑いかけるのだ。

「お父様、か。なんだか実感がわかないというか、照れくさいな。アディ、お前はもう慣れたか?」

「そうですね。子を前にすると照れ臭さよりも『自分が父親だ』っていう幸福感が勝りますね。……まぁ、俺は幸福感に浸ってる場合じゃなく、そろそろ『お嬢』を何とかしないといけないんですが」

「まだ慣れないのか?」

「そっちの方はなんとも……。な、なぁ、メアリ?」

ぎこちないながらに呼ばれ、メアリがコロコロと上機嫌で笑う。

だが次いで「あら」と声をあげたのは、膝の上に抱いていたロクサーヌがもぞもぞと動き出したからだ。

どうやらお茶会は飽きてしまったらしい。抱っこも嫌だと豪快にうねりだす。

「ロクサーヌ、歩きたいのね? 見てこの活発さ、まるで獲れたての鮮魚よ」

「お嬢、ではなくメアリ、さすがに魚に例えるのは」

「びちびちうねってるわ。じゃぁたっちしましょうね」

獲れたて鮮魚もといロクサーヌを抱き直して椅子から下ろせば、小さな手がしっかりと椅子の縁を掴んだ。

それと同時にアディもまた椅子から降りて愛娘の高さに合わせてしゃがむのは、いざという時に支えられるためだ。そしてあわよくば、掴まり立ちから自分に抱き着いて欲しいとでも考えているのだろう。

そうして掴まり立ちを披露するロクサーヌを見て、パトリックが意外そうな表情を浮かべた。

「掴まってるとはいえ、もうちゃんと立てるようになったんだな」

「えぇ、最近は抱っこを嫌がって立ちたがるのよ。きっと歩き出すのもすぐだわ」

「そうなのか……。『ロクサーヌが掴まり立ちに成功、至急見に来られたし』と屋根伝いに伝令を受けた時は、まだ掴まって立ってるのか寄りかかってるのか微妙なところだったけどな。子供の成長は早いもんだ」

パトリックがまるで我が子の成長のように褒める。

アリシアもこの成長には感動しているのか、掴まり立ちをして誇らしげなロクサーヌを応援している。そうして掴まり立ちに疲れたロクサーヌがポスンとアディの腕の中へと倒れ込めば、誰からともなく拍手を贈った。

まさに拍手喝采。アルバート家の長閑な庭園に、まるで一舞台終えたかのような拍手が沸き上がる。

そんな拍手の中、スンスンと聞こえてくるのは洟を啜る音……。

そして「なんて、なんて立派な掴まり立ち……感動で涙が……」という感涙の声。

「居るのね」

と、またもメアリが呟いた。