軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ぷああぁぁあ!! と、なんとも言えない声がアルバート家の屋敷に響いた。

威勢よく、可愛らしく愛おしい声だ。遠慮無しに泣くこの声を煩いと思う者など屋敷には一人もおらず、誰もが「今日も元気」と表情を綻ばせている。

とりわけメアリはこの声が聞こえるやはっと顔を上げ、母キャレルとの茶会の最中であっても立ち上がった。「呼んでるわ!」と声の出所であろう方角を向き、そしてすぐさま部屋を飛び出す。

愛しい我が子の泣き声。

まだ明確な言葉こそ発することは出来ないが、泣き喚く声は母を求めていると分かる。親の勘というものだ。

「待っていてね、愛しい我が子。お母様が直ぐに行くわ!」

抱きしめてあげるからね! と母親の使命感に燃えながらメアリがアルバート家の屋敷を小走り目に進む。

貴族の夫人が忙しなく移動などはしたないと言うなかれ、全力疾走したい気持ちをぐっと押さえたうえでの小走りなのだ。

そうして小走りめに屋敷を進み……

「……広い。我が家が広すぎる」

と、途中で力尽きた。

小走り目だった足取りもよろよろと力ないものになる。それでも歩こうとするのは母の意地だ。

「しくじったわ、アルバート家の大きさを甘く見てた……。没落とはいかずとも、屋敷を半分売り払う程度の衰退はしておくんだったわ」

と、思わず不穏な事を考えてしまう。

なにせ天下のアルバート家。王宮に継ぐ屋敷である。気ままに暮らすならば豪華で良いが、呼ばれ、急いで駆け付けるとなると中々に面倒くさい。――もちろん贅沢な文句なのは理解しているが――

「次からお母様とのお茶は子供部屋の隣にしましょう。それか一回屋敷を吹っ飛ばして更地にして、子育てしやすい建物に作り替えるべきかしら」

不穏さを加速させつつ屋敷内を歩く。

ちなみに泣き声は既に止んでいるあたり、きっと誰かが泣き止ませてくれたのだろう。

なにせ国一番の名家アルバート家。常に乳母が控え、メアリの到着が遅れると分かるやすぐさま抱き上げて泣き止ませてくれる。サポート体制は抜群である。

もっとも、国一番の名家アルバート家だからこそ屋敷が広く、母の到着が遅れてもいるのだが。

それでもなんとか子供部屋へとたどり着いた。

扉には可愛らしいネームプレートが掛けられており、そこに綴られている名前を見るだけで自然と顔が綻んでしまう。我が子への愛は日に日に募り、今ではネームプレートさえも愛おしい。

だが今はネームプレートを見つめている場合ではない。

そうはたと我に返り、メアリは扉のノブに手を掛けた。

「今回の一番乗りは……」

と、誰にでもなく呟けば、頭の中で盛大なドラムロールが鳴り響く。

その響きに煽られるよう、ぐっとノブを掴み、

「……ラングお兄様に昼食のデザートを賭けるわ!」

そう高らかに宣言し、勢いよく扉を開いた。

◆◆◆

室内は常に心地良い温度を保たれ、薄く開けられた窓からは心地良い風が入り込み、淡いピンク色のカーテンを優雅に揺らす。その風に煽られてゆらゆらと揺れるのは、ベビーベッドの上に設置されたベッドメリーだ。

誰が見ても子供の、それもまだ幼い赤ん坊のための部屋だと分かるだろう。そしてそこかしこに置かれたベビー用品や数多のクッションから、この部屋の主である赤ん坊がいかに愛されているかも察するはずだ。

そんな部屋の中央にいるのは……。

「これはこれは、ご期待に添えられず申し訳ありません」

と畏まった口調で謝罪しつつ、腕の中の赤ん坊を揺らす執事服の男。

彼の言葉に、メアリはさして残念がるでもなく「ロベルトが一着だったのね」と答えた。昼食のデザートは失ったが悔やむほどのものでもない。

「昨日の晩はラングお兄様が一番乗りだったから、二連勝するかと思っていたわ。今回はロベルトの勝ちね」

「いえ、勝ちだなんてそんな。偶然、たまたま、はからずも、思いがけず、通りがかっただけです。昨晩出し抜かれた事を恨んでいるなんてそんなまさか」

「なるほど、昨日の晩に出し抜かれたことを相当根深く引きずってたのね」

「そのために時間調整をして、この部屋からなるべく距離を取った部屋でラング様とルシアン様に仕事を任せ、なおかつ隙を見て自分だけ抜け出してきたなんてそんなことはけして」

「用意周到にも程がある」

分かりにくいのか分かりやすいのか、とメアリが呆れつつ、それでもロベルトから赤ん坊を受け取ろうとし……。

バタバタと聞こえてきた足音に、二人揃えて扉へと視線をやった。

「可愛い可愛い俺達の天使! おじちゃまが来た……くそ、今回はロベルトか! お前さっきまで俺達と仕事してたのに、いつの間にかいなくなったと思ったら!!」

「天使の泣き声が俺達のもとにまで……。やられた、妙に朝から時間を気にしてると思ったが、ここで出し抜くためだったか……。昨晩はラング、今回はロベルトに負けて、俺のおじとしての威厳が……」

そう騒がしく部屋に入ってきたのは、言わずもがなラングとルシアンである。

相変わらず陰陽真逆な空気を纏いつつ、それでも二人共喧しいのだが、ここまでを含めて相変わらずとでも言うべきか。いや、むしろ勝ち誇った表情で二人を見下し「偶然の賜物です」と言いのけるロベルトまでひっくるめて相変わらずである。

伯父の立場になっても変わらない、とメアリが肩を竦める。

そんな中、再びバタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。

メアリはもちろん、ラング達も扉へと視線を向ける。この展開、この流れ、誰かなど分かりきっている。

それどころか入室する前から「あいつが最後か」だの「情けない愚弟だ」だのと散々な言われようではないか。

「酷いおじちゃま達ねぇ。お父様だって大変なのに」

とメアリが苦笑しつつ、ロベルトから愛しい我が子を受け取る。

両腕で抱きしめて顔を覗き込めば、ふっくらとした唇が物言いたげにむにむにと動く。「なぁに?」と間延びした声で尋ねればむにむにが加速するのだから愛おしい。

その愛らしさにメアリがうっとりと目を細めるのとほぼ同時に、扉が開かれた。

「ロ、ロクサーヌ……お父様が……お父様が来た……よ……。あ、まずい、裏庭から一気に駆けてきたから脇腹が……」

つりそう、と呻きながらよろよろとメアリの元へと歩み寄ってくるのは、言わずもがなアディである。

きっと裏庭で仕事をしており、その最中に愛しい我が子の声を聞いてここまで全速力で来たのだろう。なにせ天下のアルバート家、裏庭から屋敷の子供部屋までは相当な距離がある。

それでも我が子の顔を見れば疲労も吹き飛ぶというもの。アディがメアリの腕の中を覗き込み、一瞬にして表情を蕩けさせた。

錆色の瞳が、同じく錆色の瞳を見つめる。その光景を眺めていればメアリの胸にも幸福感が湧く。

「ロクサーヌ、せっかく起きたんだもの、お父様とお母様と散歩しましょう」

ゆらゆらと揺すりながら我が子に声を掛ける。この際なので「夜は負けないからな」だの「夜泣きのタイミングはおおむね把握しています」だのと話しながら去っていく兄達はそのままにしておこう。煩くて厄介な兄達だが、案外と家族水入らずの時間は譲ってくれるのだ。

それを見届け、メアリがアディへと向き直った。

両腕を軽く広げて待っているのは、きっと散歩をするにあたり、自分が子を抱っこすると言いたいのだろう。

これにはメアリはわざとらしく彼に背を向けた。もちろん、我が子を抱っこする権利は自分にあると主張するためだ。

「抱っこ権利争奪戦に負けたアディには譲れないわ」

「だからそれは、俺は裏庭にいたからで……」

「駄目よ。ねぇ、ロクサーヌ、お母様は二番目に駆け付けたものね」

ねぇ、とメアリが腕の中のロクサーヌに声を掛ける。ふにゃふにゃと聞こえてくる声は同意だろうか。幼い赤子ゆえに言葉になっていないが、同意という事にしておく。

そうして颯爽と歩き出せば、アディが参ったと言いたげに苦笑しつつ追いかけてきた。