軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編16

お腹が大きくなり、そろそろ……となる頃に避暑地の別荘に移る。

これはアルバート家では代々続いていたことだ。メアリの母であるキャレルが彼女を産んだときも、ラングとルシアンを産んだときも、それどころか祖母の代、そのまた前の代……と、もはや伝統と言える。

メアリも例に漏れず、お抱えの医師が「そろそろ向かいましょうか」と穏やかに告げてきたのを機に、家業やその他諸々を周囲に託して避暑地に引っ込むことにした。

そこで出産し、しばらくは静かにゆっくりと過ごすのだ。もちろんアディも一緒である。

……むしろアディだけ一緒である。

当然避暑地の屋敷には身の回りの世話をするメイドや給仕達は居るし、医者も控えている。本邸に比べればこぢんまりとした屋敷とはいえ万全の体勢だ。

だがもちろんそこには乳母を名乗り出る王女もいなければ、陰陽真逆でありながら揃って妹を溺愛する双子の子息達もいない。同行しようとしたが、メアリがきっぱりと拒否したのだ。

避暑地はあくまで、メアリとアディと、そして二人の間に生まれた子供が、

静かに、

ゆっくりと、

過ごすためのものである。

彼らがいたら『静かにゆっくりと』など夢のまた夢だ。

というわけで、メアリに置いて行かれた者達もせっせと手紙こそしたためはするが、日々きちんと己の役割をこなして生活していた。

とりわけアルバート家の家業を任されたラングとルシアンの手腕は見事なものである。そもそも彼らは『メアリが居なければ出来た男達』なのだ。更にそこに『天使光臨の間、愛しのメアリから家業を任されている』という使命感が加われば、彼らに敵う者などいない。

ロベルトが「普段からこの調子なら楽なのに」と皮肉交じりに褒めるほどだ。

もちろん、メアリ不在を支えようと奮闘していたのはラング達だけではない。アリシアやパルフェットも、メアリから任された役割を全うしようとしていた。

もっとも、時には「メアリ様成分が足りません……」とアルバート家の庭園でメアリに見立てたクッションを抱きしめたり、「メアリ様、メアリ様ぁ……」と涙目で屋敷を徘徊することもあるが、そこは伴侶が慰めてやる。

そんなメアリ不在の日々も、ようやく終わりを迎える。

──余談だが、もちろんみんなアディの不在も惜しんでいた。アリシアとパルフェットは堅い握手でアディにメアリを託し、パトリックやラング達はその肩を叩いて見送る。実兄ロベルトに至っては「お前が居なくてもなんらいっさいの支障は無いからゆっくりしてこい」という言葉まで贈っていたほどだ。……ロベルトに関しては実兄の意地の悪さが見え隠れしているが──

メアリとアディが避暑地から戻ってくる。当然だが子どもと共に。

これには誰もが喜び、そして到着の時間にはアルバート家の玄関口に集合していた。王女やら名家子息やらが集まる光景は事情を知らねばなんと豪華なとおののきそうなものだが、耳を澄ませば……、

「紙吹雪の準備は整った。徹夜で紙を切りまくったかいがあったな!」

「あぁ、異国から特注で紙を取り寄せ、上質のハサミで切っていく……。長く険しい夜だったが、これもすべてはメアリ達を迎えるため……」

とラングとルシアンが互いの健闘を労い、籠いっぱいの紙吹雪を見て満足げに頷く。──ロベルトが主に対するとは思えない鋭い眼光で二人を睨みつけているあたり、付き合わされたのは一目瞭然──

その隣ではアリシアが今か今かと待ち構え、カタと物音がするたびに「メアリ様!」と声をあげて駆け出そうとしていた。それをパトリックが引き留めて宥め、また物音がするたびに……と、もはや数え切れぬほどに繰り返している。

パルフェットに至っては朝からメアリに会える喜びで泣き、ハンカチを一枚濡らしきり、今はガイナスの背広の裾で目元を拭っている。

錚々たる顔触れが、揃いも揃って玄関先で落ち着きなく待ち構える。

だが事情を知る者の目には長閑な光景にしか映らず、アルバート家夫人キャレルを訪問した客は驚きもせず「本日お帰りなんですね」と嬉しそうに話している。

そんな中、カタンとひときわ大きな音が扉の向こうから聞こえてきた。

そわそわしていたアリシアがカッと紫色の瞳を見開き、「メアリ様!」と声をあげる。走り出しかねないその勢いを手を繋ぐことで宥めていたパトリックも、壁に掛かっている時計を見上げて「今回は本物かな」と呟いた。

期待が最高潮に達し、誰もが逸る気持ちを抑えながら扉を見つめる。

そしてゆっくりと扉が開かれると共に、人影が見え……。

「おかえり、メアリ! 俺達の天使! あとついでにアディ!」

「ついに我が家に二人の天使が揃った……。今日は記念すべき日だ……。あとついでにアディおかえり……」

ラングとルシアンが盛大に籠の中の紙吹雪をぶちまけた。

それとほぼ同時にロベルトがどこかに合図をすれば、カラーンと屋敷内に鐘の音が響きわたる。

「メッ、メアッ…………!」

とは、もはや声すらあげられないパルフェット。

掴んでいたガイナスの背広の裾を握りしめ、細い声で「おかえりなさい」と言うのが精一杯だ。

そしてアリシアはと言えば……。

「おかえりなさい!!」

と勢いよく出迎えようとし……、その先にいる人物を見てピタリと足を止めた。

アルバート家の屋敷に戻ってきた人物。

紙吹雪を受け、鐘の音を聞き、パルフェットとアリシアからの出迎えの言葉を受けるのは、メアリ……、

ではなく、アルバート家お抱えの医師である。

老いを感じさせる少し猫背気味の体。目元の皺はこれでもかと深く刻まれ、楽しそうに「これほどの出迎えを受けるとは」と喜んでいる。

これにはアリシアはもちろん、誰もが目を丸くさせた。「あれ……?」という間の抜けた声は誰のものか。

全員の頭上に疑問符が浮かぶ中、いち早く我に返ったロベルトがコホンと咳払いをして医師に歩み寄った。

「おやロベルト、熱烈な歓迎ありがとう。まさかこの年で紙吹雪を受けるとは思わなかった」

「おかえりなさいませ。出迎え喜んで頂けたようでなにより。ところで、これはいったいどういう事でしょうか」

「まぁそうせかすな。実は出発前にメアリ様がな……」

『絶対に喧しく騒いで出迎えてくるだろうから、出鼻を挫いてやりましょう!』

「と、仰って」

「なるほど、さすがメアリ様。これはしてやられました」

理解したとロベルトが頷いて返す。

その話に誰もがガクリと肩を落とした。その光景はまさに『出鼻を挫かれた』そのものである。

だがこれもメアリらしいと誰もが苦笑を浮かべていると、「ほらご覧なさい」と得意げな声が聞こえてきた。出鼻を挫かれ勢いを削がれた面々が慌てて声の出所を追えば、閉まりかけていた扉がゆっくりと開かれる。

「せっかく眠ったのに起こしちゃうところだったわ」

「まさか兄貴まで荷担するとは……。見た目こそ普段通りですが、あれはかなり浮かれてますね」

そう呆れも露わに話すのはメアリとアディ。

メアリは愛おしそうに己の腕の中で眠る我が子を見つめ「もうちょっと寝たいわよね」と優しく声をかけている。アディがそれを覗き込み、我が子の安眠が守られていることに安堵の表情を浮かべた。

それを見て、出鼻を挫かれ勢いのやりどころを失っていた者達が一瞬にして表情を明るくさせた。

もっとも、それを見たメアリが皆が動き出す寸前に、

「寝てるんだから静かにして!」

と小声ながらに言いつければ、誰もが騒ぎだそうとするのをぐっと堪えた。

そうして恐る恐る物音をたてまいと慎重に近付いてくるのだ。

先程までこれでもかと騒いだかと思えば、足音さえ潜めてしまう。極端な反応にメアリとアディが揃えて肩を竦めた。

出来れば中間の、『嬉しくて騒ぎたいが赤ん坊を気遣って声をひそめる』ぐらいでいいのだが、そちらの方が難しいのだろうか。

相変わらずね、とメアリが溜息混じりに呟き、そろりそろりと近付いてくるアリシアへと視線をやった。

彼女は足音を潜めてそろりそろりとメアリの前までくると、そっ……と赤ん坊ごとメアリを抱きしめてきた。

音をいっさいたてない、なんと静かな抱擁だろうか。

そのうえ、はらはらと静かに紙ふぶきが降り注いでくる。

「音をたてなきゃいいってわけじゃないのよ」

「みんなメアリ様達のお帰りを心待ちにしていたんですよ」

「それにしたって大袈裟よ。何年も会えてなかったわけでもないし、それに頻繁に遊びに来てたじゃない」

「遊びに行ってお会いするのと、お戻りを迎えるのでは違います!」

「そもそもここはあんたの家じゃないのよ」

ぴしゃりとメアリが言い切るも、アリシアはメアリの腕の中で眠る赤ん坊に「ねぇ」と同意を求めることで誤魔化してしまった。

白々しいことこのうえない、とメアリがアリシアを睨みつけていると、横からラングとルシアンが腕の中を覗き込んできた。その背後にはロベルトもいる。

「会うたびに可愛さが増していく。これはアルバート家の奇跡! 屋敷中に銅像を飾らねば! いそいで彫刻家の手配を!!」

「この尊い愛しさを表すには、どんな素材の銅像を建てるべきか……。世界中からありったけの鉱物を取り寄せねば……」

「お二人とも何を仰っているんですか。いいですか、銅像を建てるには時間が掛かります。まずは世界中から画家を呼び寄せ屋敷中を肖像画で埋め、その後に銅像の作成に移るべきでしょう」

「なるほど、確かに一理あるな。それなら今すぐに画家を呼び寄せよう!」

「肖像画の紙にも拘るべきだな……。それに額縁も……」

「急ぎ手配をすれば、今夜にはある程度の画家と必要なものは揃えられるかと。直ちに行動に移りましょう」

真剣な表情で話し合いつつ、ラング達が足早に去っていく。

才知ある男達が顔を突き合わせ一つの目的を共有しあう、端から見ればそんな熱い光景に映るだろう。とりわけ三人とも整った顔つきをしているのだ、耳を塞いで見ればなんと絵になることか。

もっとも我が子を抱いていたことで耳を塞ぎ損ねたメアリは呆れしか浮かばず、それでも水を差すまいと兄達を見送った。

「 ロベルト(制御係) まであっち側に行ってしまったのは惜しまれるけど、溺愛してくれてるって事で良しとしましょう」

「滅多に手紙なんて寄越さない兄貴が、ラング様とルシアン様に負けじと送ってきましたからね」

「それだけ我が子が愛らしいということよ。あら起きたのね、せっかくだからあなたにおうちを案内してあげるわ」

腕の中の子どもに話しかけ、ゆらゆらと揺らしながらメアリが歩き出す。ぷくりとした唇でふにゃふにゃと可愛らしい返事をしてくれるのだからなんとも愛おしい。

当然アディもそれに並んで歩き出す。

そして……、

「庭園の案内は私に任せてください。今日のためにアリシアコーナーを美しく飾ったんですよ」

「わ、私も僭越ながらお手伝いさせて頂き、今朝は私が植えた花が咲いたんです……。ぜ、ぜひ見てほしくて、メアリさまぁ……!」

と、ちょこちょことアリシアとパルフェットが付いてくれば、その後ろをパトリックとガイナスが歩く。

アルバート家の立派な屋敷を、ぞろぞろと歩く姿はさぞ騒々しいことだろう。

メアリが肩を竦めて隣を歩くアディを見上げた。

「静かで平穏な家族三人の時間が懐かしいわ」

「そうですね。これからもっと賑やかになりますよ」

メアリがぼやけば、相変わらずさをアディが笑いながら宥める。

それに続くように、メアリの腕の中からふにゃふにゃと声があがった。