軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

アルバート家のパーティーとなれば、当然だが呼ばれるのは貴族達だ。

アディの友人達も呼ばれているが、彼らもまた従者として働いている者達である。ほとんどが名家に仕えており、みな当然だが品が良い。

そこにシルビノの、それも貧民街の出となれば、エレーヌが気後れしてしまうのも仕方あるまい。いくらあの一件以降もメアリ達と交流しているとはいえ、彼女にとっては非現実的な世界なのだ。

そのため、幼いアンナは煌びやかな光景に瞳を輝かせているが、エレーヌはそわそわと落ち着きがない。

「メアリ様、やはり私にはこのような場は……。ドレスも用意して頂きましたが、これではドレスに着られているようなものです」

「そんなことを言わないで。エレーヌは私の母親としての先輩なんだから。それにドレスだって似合ってるわ。……かつて我が家のパーティーに驚くほどやぼったいドレスで現れたどこぞの王女様とは比べものにならないほどよ」

いまだ忘れられないやぼったいドレスを思い出し、メアリが渋い声を出した。

型落ちドレスを型落ちしたまま、そのうえ急所にはくどいほどにワンポイントをあしらい、おまけに夜会だというのに日傘まで差していた。誰が何を着ようが、あれを越えることはないだろう。

その王女とは言うまでもなく……、

「あのドレス、まだ持っていますよ」

と、割って入ってきたアリシアである。

なぜか不敵な笑みを浮かべている。本当になぜなのか。

「お望みとあらば着てきましょうか?」

「やめなさい。次あの格好で現れたらパーティー荒らしって呼ぶわよ」

楽しそうに笑うアリシアに、メアリが鋭く睨みつけて咎める。

そうして自らのお腹を庇うように手を添え、半身よじってアリシアに背を向けた。まだ腹部の主張は緩やか程度だが、それでも元が細身で小柄なメアリの体型では腹部は目立つ。

それをアリシアからわざと遠ざければ、メアリの意図を察してか情けない抗議の声があがった。

エレーヌとアンナが楽しそうに笑う。

「アンナ、向こうにパルフェットさんとガイナスさんもいるから、挨拶をしてあげて。お兄様達が案内してくれるはずよ」

メアリが声を掛ければ、アンナが嬉しそうに返事をした。ぴょこんと飛び跳ねればピンクのスカートが揺れて愛らしい。

それを見て、ラングとルシアンが二人同時にエレーヌに手をさしのべた。妙に張り切って見えるのはメアリの気のせいだろうか。

「エレーヌ、俺のエスコートは完璧だ。さぁ手を取ってくれ!」

「エレーヌ、これでも俺はエスコートは得意なんだ……。さぁ行こう……」

「あ、ありがとうございます……。ですが、その、私エスコートなんて……」

二人に同時に迫られ、エレーヌが困惑する。

ただでさえパーティー自体が初めてなのだから、そこでアルバート家の嫡男に同時に迫られれば戸惑うのも無理はない。そこいらの令嬢だって、この状況に置かれれば迷うはずだ。

彼女の手は宙で停まり、どちらの手も取れそうにない。

だがその手を、横からさっと別の手が取った。

ロベルトである。彼は穏やかに微笑み「迷っているようでしたら私が」とさっさとエレーヌを連れて歩き出してしまった。

アンナが楽しそうにそれを追いかけ、我に返ったラングとルシアンもまた彼等を追う。

一連のやりとりに、メアリが意外だと目を丸くさせた。

だが思い返せば、最近兄達はやたらとアンナやエレーヌを気にかけている。メアリが呼ばずとも彼女達が屋敷にいるということも多々あった。

幼いアンナに幼少時のメアリを思い出しているのか、それともメアリの子供が女児だった場合の練習をしているのか。

もしくは別の思惑があるのか……。

「でもお兄様達の考えを予想しろっていうのも無理な話よね、考えるだけ無駄だわ。なにがあっても社交界が揺らぐぐらいだし」

あっさりとメアリが考えを切り替え、アンナとエレーヌを見送った。

アンナは楽しそうに屈託なく笑い、それを見守るエレーヌも緊張こそしているが表情は穏やかだ。初めて彼女を見たときの、今にも倒れてしまいそうな不健康さはもうない。

良かった……とメアリが一息吐いた。

いまだ領地改善の途中ではあるが、アンナもエレーヌも、そしてあの地で苦しんでいた者達も、今は平穏に暮らせている。あの一件からすぐにガイナスとパルフェットが動き、周囲がそれを支えてくれたおかげだ。

まだまだこれからだが、よりよい未来が待っている。

アンナ達にも、もちろんメアリにも。

それを実感しつつお腹を撫でていると、横からゆっくりと手が伸びてきた。アリシアの手である。メアリの様子を伺うように、そろりと腹部へと近付いてくる。

触れさせないわよ! とメアリがアリシアの手をペチリと叩き落とせば、所在なさげにクッションを揉み始めた。

それどころかクッションを己の膝に置き、「メアリ様はいじわるですねぇ」とまるで子供に対するように話しかけている。クッションの上部を撫でているのは、頭に見立てているのだろうか。

冗談めいたこのやりとりに、思わずメアリがふっと吹き出して笑う。そんな中「メアリ」と声を掛けられた。

パトリックだ。隣にはアディもいる。

「アディを連れてきたから、アリシアと交換してくれないか?」

「大歓迎だわ。ほら、さっさと その子(クッション) を置いてパトリックのところに行きなさい」

ツンツンと肘で突っついてアリシアを促せば、彼女もこのやりとりを楽しそうに笑いながら「では失礼します」と一礼して立ち上がった。どうせしばらくしたらまた戻ってくるのだろうけれど。

だが今はパトリックの隣で大人しくしている気分なのか、手を取られてうっとりとしている。隣に立つどころかくっつくように寄り添い、一瞬にして甘い空気ではないか。

パトリックも嬉しそうで、去り際に片手をひらひらと揺らしてきた。

これは彼なりの祝いか、「二人でごゆっくり」という意味か、アルバート家跡継ぎ決定への祝言かもしれない。それとも自分達が甘い空気を楽しむから邪魔をしてくれるなと言いたいのか。

その態度もまた相変わらずだとメアリが彼らを見送れば、隣にアディが座った。

いそいそとクッションを敷き詰め直すその過保護さに、メアリは肩を竦めるしかない。

以前に出した禁止令はうやむやになり、クッションは日に日に増え続け、最近では敷き詰められても「毛布で巻いてこないだけまし」と思うようになってきた。

「まったく、今でさえこれなんだから、この子が産まれたらどうなるのかしら」

「そ、それは……。父親なんですから、妻子を守るのは当然です」

「ついに開き直ったわね。でもまぁ、頼りがいのある父親ってことにしておきましょう」

お腹をさすりながらメアリが話しかければ、アディがばつが悪そうな表情を浮かべた。

メアリの手に自分の手を重ねるのは、はたしてどちらを宥めているのだろうか。

「お医者様も健康そのものって仰ってくださっていたし、もうすぐ会えるわ」

「早く会いたいですね。そういえば鐘の音ですが」

「またその話?」

好きねぇ、とメアリが笑い飛ばす。

鐘の音がどうの、思い返せば妊娠が発覚した時から言われ続けている。きっと彼らなりの幸せの象徴なのだろう。

だが大袈裟すぎやしないか。そうメアリが苦笑しつつ話せば、アディが苦笑を浮かべた。

「お嬢はアルバート家の末子ですもんね。近い親族にもお嬢より下の子はいませんし」

「そうよ。だから子供の扱いが分からなかったのよ。でももうエレーヌに教えてもらったし、子供の気持ちはアンナに学んだから大丈夫よ」

周りに遅れは取らない、とメアリが誇らしげに宣言する。

シルビノの一件から今日まで、領地改善に関してこそ高みの見物と決め込んでいたが、メアリもただクッションに埋められていただけではない。母親になるための勉強に励んでいたのだ。

キャレルやエレーヌといった身近な母親達から話を聞いたり、乳母からも赤ん坊の触れ方を学んだ。――なぜかその場には必ずといっていいほどアリシアとパルフェットの姿があり、彼女達もメアリ同様に詳しくなっていくのが気になるところではあるが――

だから大丈夫、とメアリが胸を張るも、アディが「その話ではありません」と訂正してきた。

「鐘の音ですよ」

「あら、まだその話をするの? 確かに鐘の音が幸せの象徴に思えるのは分かるけど」

「いえ、ですから象徴とかではありません。お嬢は末子なので知らないのも無理はないんですが、アルバート家には代々続く風習があるんです」

それは……ともったいぶるような口調で告げ、アディがそっとメアリのお腹に手を添えてきた。

愛おしいと言いたげに錆色の瞳を細め、ゆっくりとさすってくる。

自然とメアリも穏やかに微笑み……、

カラーン……

と聞こえてくる高く美しい音に、はっと息をのんで空を見上げた。

今のは間違いなく鐘の音……。

「本当に鳴ったわ! 待って、うち鐘があるの!?」

どこに! と荒らげるメアリの声に、また一つ鳴らされた鐘の音が重なった。