軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17

メアリ達が戻ってきたのを見て、誰もが話の再開を予想した。

だがメアリだけは話を再開させる気はなかった。というよりこの話はいつまで話し合おうが平行線だ。

フロウルは生まれによって貧富の差がある現状を当然の事と考えている。

そこに悪意も他意も無く、自分の私腹を肥やそうという卑しい考えもない。彼が今までの人生を、メアリの倍を優に超える年月を掛けてその結論に至ったのだから、考えを撤回させるには相当の時間を要するだろう。

そこまでやってやる気はない。

わざわざフロウルの目を覚ましてやるなど、自分達の仕事ではない。

そう考え、メアリは改めるように「生まれがすべて、という考えにお変わりはありませんね」と確認した。フロウルが深く頷く。

皺の刻まれた顔には、老いてもなお褪せることのない色濃い瞳。譲るまいと、むしろ譲る必要すら考えていないのがわかる。

誰もが彼の考えの頑なさを感じ、表情を渋くさせた。だが唯一メアリだけは、フロウルに対してにっこりと微笑んだ。

「よかった。この期に及んで発言を撤回されたらどうしようかと思いました。でしたら、すぐさまこの領地から手を引いてください」

「……どういう事でしょうか?」

「あら、説明が必要とは思いませんが。だって私はメアリ・アルバートですもの。アルバート家がどれほどのものか、ご存じでしょう?」

穏やかにメアリが微笑んで告げる。

フロウルの目元がピクリと揺らいだ。刻まれた皺がより深くなり、怪訝にメアリを見つめてくる。もとより貫禄のある風貌から、こちらに対する敵意さえ漂い始めた。

小柄なはずの老人が、今のメアリには大きく見える。

だが今はここで臆してはいけない。そう考え、メアリはゆっくりと息を吐いた。

フロウルがどれだけ長く生きていようと、その重みと威厳を持ち合わせていようと、メアリからしてみれば些細なものだ。

チラと横目でアリシアを見れば、彼女は堂々とした態度でフロウルを見つめている。なにも言わずにいるのは、メアリに全てを託しているからだ。

こちらは名家の名前を背負い、そして王女の直命を受けている。

折れるわけにはいかない。いや、折れるわけがない。

だがフロウルも容易に譲る気はないようで、静かな敵意を漂わせつつゆっくりと口を開いた。

「いくらアルバート家のお方とはいえ、他国の貴族が口を出すのは横暴がすぎるというものではございませんか」

「アリシア王女もこの考えには同意をしております。そしてエルドランド家当主ガイナス様も。それに……」

言い掛け、メアリが上着の内ポケットから一通の手紙を取り出した。

すっとテーブルの上を滑らせるようにフロウルへと差し出せば、皺の刻まれた細い手がそれを受け取り……そして目を見開いた。

皺が刻まれ老いを感じさせる顔が歪む様はなかなか迫力があり、誰もがぎょっとする。そんな中、メアリだけは優雅に笑んで見せた。

フロウルが驚くのも無理はない。

なにせあの手紙は……、

「なるほど、既にシルビノの上層部とは話が付いておりましたか」

中を確認したフロウルの言葉に、メアリは冷静を装い「えぇ」とだけ答えた。

いったいどういう事かと室内がざわつく。フロウルの手元にある手紙を見たガイナスが「あの家紋は……」と呟いた。さすが隣国だけあり、どうやら封蝋の家紋に気付いたようだ。

あれはシルビノを統べる王家の家紋。

だがそれは分かっても、なぜ王家からの手紙をメアリが手にしているのかまでは分からないのだろう。ガイナスが驚きと疑問をない交ぜにしてメアリへと視線を向けてくる。

問うような彼の視線に、メアリは堂々と胸を張って、

「第一回戦の戦利品よ!」

と答えてやった。

シン、と再び室内が静まり返る。

これはしまったとメアリがコホンと咳払いをした。事実を言ったまでなのだが、どうやらこの場にはそぐわなかったようだ。思い切り空気を壊してしまった。

だからこそ改めるように「それで」と話題を戻し、フロウルへと向き直った。周囲もそれに倣い、フロウルと彼の手元にある手紙へと視線を向ける。

「こちらとしては穏便に済ませたいところですが、どうしてもと仰るのなら、この件、一国の問題にすることもやぶさかではありません」

暗に『ここだけの話で済ませてやる』と告げるのは、事が大きくなればフロウルも痛手を負うからだ。むしろシルビノがメアリ達に付いた以上、痛手を負うのは彼だけである。

もとより問題視されている領地、それを他国の王女や名家貴族達が訴えている。となれば、シルビノがどちらを切るかなど考えるまでもない。

だが今おとなしく引けば穏便にすませることも出来るだろう。

強引な手段とはわかっているが、これも一つの賭けだ。

「『生まれがすべて』と仰るのなら、アルバート家に生まれた私に……いえ、この私の『生まれ』に従っていただけますよね」

メアリが落ち着き払った声で告げる。

誰もが次の一言を静かに待ち、妙な静けさが室内に広がる。

それを破ったのはフロウルだった。一度深く息を吐き、そしてゆっくりと頭を下げた。

「かしこまりました」

と。低くしわがれた声で返す。

それを聞き、メアリがきょとんと目を丸くさせた。もう少し粘るなり反論されるかと身構えていたが、フロウルはあっさりと引いてしまったのだ。

部屋の隅に控えていたメイドに指示を出し、優雅な所作で紅茶を一口すする。慌てる様子もなければ悔しそうな素振り一つなく、かといって撤回を言い出す様子もない。

これは……とメアリがフロウルの様子に目を見張った。メアリだけではなく、アディやアリシア達も驚いている。

その反応に気付いたのか、ティーカップに口を付けていたフロウルがふと視線をメアリ達へと向けてきた。

「どうなさいました?」

「いえ……ですが、あまりにあっさりと話を聞いてくださったと思って。もちろん、話を聞いていただいたことには感謝しておりますが、意外と言いますか……」

「我の強い領主のことだから、もっと粘ると思った。と言うことでしょうか」

「……正直に言えば、そう思っていました」

フロウルの言い分を認めれば、彼は深く一度頷いた。

これもまた落ち着き払った態度で、貫禄のある老人だ。脅し半ばに撤退させられる身とは思えない。

「自分の考えに従ったまでです」

「考えを改めたわけではないんですね」

「えぇ、もちろんです。私の考えは変わらず『生まれこそすべて』。だからこそ、領主の身に生まれた者として、己より高位の生まれの方々に逆らうわけにはいかないのです」

フロウルの言葉には迷いもなく、正論で諭すかのようだ。

彼の中ではいまだに『生まれこそすべて』という考えがあり、そしてそれを崩すことはメアリにすらも出来なかった。

見事だ、とメアリが心の中で呟いた。これはメアリ達の完全勝利とまではいえないだろう。

彼の考えに賛同する気はいっさい無いが、己の信念を貫くために退く様は見事の一言につきる。

ならばとメアリも彼を見据え、目を伏せて視線を手元に落とした。ほんの少しだけ、頷く程度の角度で浅く頭を下げる。

「このたびのご決断、感謝いたします」

敬意を表して告げれば、アリシアやパトリック達もそれに続いた。

だが感謝を告げはするが誰一人としてきちんと頭を下げることはしない。

フロウルが『生まれこそすべて』と考えそれに従い判断を下したからこそ、その感謝には明確な立場の差をもって返すのだ。

それを見るフロウルの目にもやはり迷いはなく、溜息混じりに呟かれた「時代か……」という小さな声がメアリの耳に届いた。