軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16

通された一室は広く、全員が席についても椅子が余るほどだ。

調度品の数こそ少ないが質は良いのだろう、シンプルな内装は心を落ち着かせる。本邸での仕事から距離をおき、足を伸ばしてくつろぐ。別荘のあるべき姿だ。

だがその優雅さも今のメアリには不快でしかない。そのうえ、領主のフロウルはメアリ達を『突然の来客』と考え、快く迎え入れてくれたのだ。

穏やかな笑み、丁寧な挨拶、なんて親切な対応だろうか。

言動の一つ一つから気品が漂っており、それでいて鼻に掛ける様子もない。メイドや使い達にも声を掛けており、兄達に一室どころか御者が休む場まで設けてくれた。

年はメアリの祖父と同じくらいだろうか。本来ならばとうに身を引いている年齢だが、聞けば若くして息子夫婦を亡くし、忘れ形見の孫娘が一人だけだという。

ゆえに未だ現役を続けているらしく、杖を片手に歩く姿はまさに老人でありながら長年の威厳を感じさせる。

それだけを見れば出来た領主だ。こんな場でなければメアリも敬意を抱いただろう。

「それで、お話というのは……」

何の件かとフロウルに尋ねられ、メアリは白々しいと心の中で毒づいた。

だがいまはまだ開戦の音を響かせるわけにはいかない。そう己の中の敵意を押しとどめ、優雅に微笑んで返した。

「貴方が管理している領地について、お話をお伺いしたく参りました。私の知人がその地に住んでおりますが、あまり良い生活を送れていないようでして」

アンナとエレーヌは別室にいるものの、さすがに『貧しい』だのといった言葉は口にしたくない。

だからこそ言葉を濁すも、フロウルはそれで察したのか眉間に皺を寄せた。もとより皺だらけの老人の顔に嫌悪の皺が刻まれる。

「……メアリ様の知人があんな土地にですか?」

「そうですが、なにか」

「こういう事を言うのはあれですが、おつき合いを控えた方がよろしいかと思います。あの地域の者達はメアリ様と違いますから」

「違う? 何が違うのかしら」

「生まれですよ。彼らと我々ではすべてが違う、生まれた時にすでに明確な差があるのです」

断言するフロウルの言葉に、メアリがピクリと眉を揺らした。

口調こそ穏やかだが、彼の言葉は明確にアンナやエレーヌ達を侮辱している。やはり彼女達を別室に行かせてよかった。

だがそんなメアリの考えをよそに、フロウルがなおも言葉を続ける。

「生まれこそすべてです。気品も気高さも、相応の家に生まれたからこそ身につけられるもの。良い家に生まれたからこそ衣食住を得て、良い人生を送られる」

「随分と極端な思想に思えますが、だからこそ己の領地にはびこる貧富の差を見て見ぬふりをしているのかしら」

「見て見ぬ振り? まさかそんな。私はきちんと管理しております。持つ者と持たざる者は明確に線を引き、その関係を続けていくべきなのです」

「きちんと管理をしてあの状況なのね。それなら、生活に苦しんでいる私の知人はどうなるのかしら。一生そのままということ?」

「生まれがすべてですから、致し方ないかと」

穏やかにフロウルが微笑んで告げる。当然のことだと、それが最善だとでも言いたげではないか。

馬鹿げた考え、とメアリが心の中で呟き……、

「馬鹿げた考えだわ」

と、はっきりと口にしてしまった。

あら、と思わずぱたと口元をおさえる。胸の内でとどめる予定だったがつい言葉に出てしまった。

アンナが居なくて良かった。もしも彼女が居たら、この言葉もまた嬉々として覚えて使ってしまっただろう。エレーヌに合わせる顔がない。

「メアリ様、馬鹿げた考えとは?」

尋ねてくるフロウルの言葉は心の底から不思議がっている色がある。

嘘偽りなく、誤魔化しでもなく、そして薄汚い裏もなく、本当に『生まれがすべて』だと思い、だからこそそれを馬鹿げていると言われて不思議でならないのだろう。

メアリをまっすぐに見つめてくる。深い皺に囲まれた、それでも色あせない強い意志を感じさせる瞳。それが妙に薄ら寒い。

「私は幼少時から領地を見てきました。裕福な家に生まれた者は裕福に育ち、裕福な家庭を築く。そしてその逆もある。生まれたときすでに人生というのは決まっているのです」

「そんなこと無いわ」

「いえ、それが事実です。ほかでもないアルバート家のメアリ様ならば分かりますでしょう。それに貴方の夫とて、確かに貴族とは比べられませんが、きちんとした家の生まれです」

フロウルの瞳がアディへと向けられる。

だが彼の言うとおり、アディは貴族と比べこそ出来ないが、きちんとした家の出だ。従者という身分ではあるが『代々アルバート家に仕える家系』はよそに比べれば頭一つ以上抜きんでている。別荘を持っていたっておかしくない。

これをアンナ達と一緒には出来ないだろう。アディだって立派な富裕層なのだ。

それを言及するフロウルの発言に、メアリが一言いってやろうとし……。

「生まれのせいで、アンナが親と引き離されるのは仕方ないと……?」

低く唸るような声に、はっと隣を見た。

アディがまっすぐにフロウルを見据えている。瞳は鋭く、錆色はまるで燃えさかる炎のようだ。

テーブルに置かれた右手は拳を作り、それを押さえるように左手をかぶせている。細くしなやかな指が肌に食い込んでいるのを見るに、相当力が込められているのだろう。

「アンナ……。そういえば、子供が一人いなくなったと女が騒いでいたと聞きますが、その子でしょうか」

「あの子の父親は出稼ぎから帰らず、それを探しに来たんだ。小さな子供がたった一人で……」

「なるほど、それで皆様にご迷惑をかけたのですね」

「迷惑?」

「これだから下賤な輩は……。生まれが悪く、ひとに頼るしか術がないのです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

真摯な対応でフロウルが頭を下げる。まるで領内の騒動を詫びる善良な領主のようではないか。

悪意の無い態度だ。

事実、彼には悪意は無いのだろう。

『生まれこそすべて』と考えて疑わず、そしてその考えがあるからこそ、アンナの行動を自らが代わって詫びている。彼からしてみれば領主として生まれたなら当然の行い、これも『生まれがすべて』ゆえなのだろう。

いっそ悪意があった方がまだマシだ。

だがそんなフロウルの態度もアディにとっては怒りを煽るものでしかなく、痺れを切らしたのかガタと椅子を鳴らして立ち上がった。メアリが慌てて握られたままの彼の拳をつかむ。

「アディ、落ち着いて!」

「この言い分は許せません……!」

なんとかアディを落ち着かせようと声を掛ける。

だがそれに割って入るように「……生まれですか」と唸るような声が聞こえてきた。

アリシアだ。

彼女はまっすぐにフロウルを見据えている。

紫色の瞳、ふわりと揺れる金の髪。

これこそまさに彼女が王女だと、その生まれを証明するものだ。

「生まれがすべてと仰るのですね」

「えぇ、アリシア王女も理解してくださいますよね」

「理解なんて出来るわけがありません。そんな考えでアンナちゃんがお母さんと離されるなんて……。これが領主として当然のやり方というのなら、私にだって王女として考えがあります!」

感情を抑えきれなくなったのか激昂も露わなアリシアの発言に、誰もが言葉を詰まらせる。

熱さえ感じかねないほどの怒りと威圧感、そこに権威が上乗せされれば、口を挟むのを躊躇うのも仕方あるまい。

その空気を破ったのは、

「早々に王女らしさを失うんじゃないわよ!」

というメアリの力強い言葉と、ペシン! という軽いビンタの音だった。

あまりの温度差に、シンと室内が静まりかえる。

そんな沈黙の中、メアリはアリシアの腕を強く引っ張り立ち上がらせた。おほほほ……と上品に笑ってごまかし、「ちょっと失礼します」と彼女を通路へと連れ出す。

そうして誰もない通路へとでて、後ろ手でパタンと扉を閉じた。

我に返ったアリシアが「メアリさまぁ」と情けない声をあげる。

「なにが王女としての考えよ、一人で暴走しないでちょうだい!」

「だって許せません!」

「だからって、初手から最大火力を放つんじゃないわよ」

メアリが喚きつつもう一発アリシアの額を叩く。

彼女の発言は他の貴族達の発言とはわけがちがう。一国の王女なのだ。それが権威を元に異国の領地を強奪となれば、即座に国際問題コースである。

そうメアリが詰めよれば、返ってきたのは「だってぇ」という情けないものだった。

アンナの事を想うからこそ、平然と話すフロウルが許せなかったのだろう。これが仮に私欲にまみれた領主だったならアリシアも冷静と保てたかもしれないが、あの淡々とした、まるで当然の事と信じて疑わない態度は逆にこちらの感情を煽る。

「いいこと、あんたは王女様なんだから、どっしりと構えていれば良いの」

「……でも、許せないんです」

「それは分かるわ。でも王女様が動くわけにはいかないでしょ。貴方の生まれが王女様で、そうありたいと思うなら、それらしく行動しなさい」

「行動、ですか?」

「そうよ。誰があんたに頭を垂れてやったと思ってるのよ」

メアリがピシャリと言いつける。

それに対してアリシアがムグと言いよどんだ。次いで紫色の瞳をよそに向け、なにやら考え込む。次第に紫色の瞳が輝くのは、メアリの言わんとしていることを察し始めているからだろう。

「鈍い娘ね」とメアリが罵っておく。

そうしてアリシアが期待を込めた瞳で改めてメアリを見つめてくるのだが、それに対してメアリはツンと澄ましてみせた。「田舎くさい」と罵るのは、今のアリシアが『いつものアリシア(田舎娘)』だという指摘である。

「私が必要としてるのは後ろ盾よ。ただの田舎娘で居るつもりなら帰ってちょうだい」

「えぇ、そうですね。……ですからメアリ様、いえ、メアリ・アルバート」

アリシアが改めてメアリを呼ぶ。鈴の音のように軽やかで、それでいて凛とした落ち着きを感じさせる声だ。

メアリが向き直れば、彼女は深く息を吐くとゆっくりと口を開いた。

「我が国の権威にかけて、この事態を収拾させなさい」

涼やかなアリシアの言葉が、シンと静まった通路に響く。

これに対してメアリはふっと不敵な笑みを浮かべ、スカートの裾を摘んで優雅にお辞儀をしてみせた。

「かしこまりました、アリシア王女」

返す言葉は、ただのメアリではなく、メアリ・アルバートとしての返事だ。

アリシアが一国の王女として命じてきたのだから、当然メアリは貴族の令嬢として応えねばならない。そして同時に、メアリの行動は『王女直命』となる。

そのやりとりは傍目にはさぞや立派なものに映るだろう。王女と名家令嬢、二人の女性が信念をもとに手を組んだのだ。

……もっとも、

「あと、これが終わったら私とのテントお泊まり会も命じます!」

「かしこまりました……なんて言うと思った!? そうはいかないわよ!」

と、すぐさま相変わらずなやりとりに戻ってしまうのだ。

メアリがペチンとアリシアの額を叩けば、彼女がムゥと唇を尖らせて額を押さえる。先程の厳かな空気は一瞬にして散ってしまった。

まったくとメアリが肩を竦め、チラとアリシアを一瞥する。

「それじゃ行くけど、ちゃんと王女様やんなさいよ」

「はい!」

「……うまくやれば、テントでお茶会ぐらいなら付き合ってあげるわ。ただし王宮の庭園にテントを張りなさい」

そうメアリが囁くように告げ、再び部屋に戻るべく扉へと手をかけた。