軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「ほらメアリ、あっちでジェラートを売っていたぞ。メアリの分も買ってきたから、仲良く食べようじゃないか」

「兄妹仲良く花畑でジェラートを食べる……なんて美しい光景だろうか……」

好き勝手言いながらテーブルに着くラングとルシアンに、メアリが露骨に視線を背けて無視をしてやった。

もっともそんなつれない態度をとりつつも、ジェラートはちゃっかり受け取っておく。ジェラートに罪はないし、アンナの分も買ってきてくれている。それとアディには飲み物も。無理に付いてきたなりに非は感じているのだろうか。

メアリが咎めるように彼等を睨みつつペロリとジェラートを舐め、思わず「おいしい」と明るい声を出してしまった。

我に返って慌てて表情を厳しいものに戻すも、時既に遅し、ラングもルシアンも嬉しそうにメアリを見つめてくる。

愛でるような彼等の暖かな眼差しに、墓穴を掘ったメアリはせめてとツンとそっぽを向いた。もう一口ジェラートを舐めつつ。

「ジェラートは確かに美味しいけど、お兄様達が付いてきたことを許したわけじゃないんだからね。それとこれとは話は別よ」

「メアリ、俺達は別に付いてきたわけじゃない。ただ俺とルシアンは旅をしていたんだ。偶然、本当に奇跡的なことに、メアリ達と行き先が一緒だったにすぎない」

「白々しい。そもそも、それならお兄様達はいったいどうして旅になんか出ているのよ」

「跡継ぎ争いだ!」

ラングが威勢良く言い切り、一冊の冊子を取り出した。

以前にフェイデラを旅した時の【アルバート家次期当主国外視察手引書】とは違った、随分とちゃちな作りの冊子だ。適当に紙を数枚まとめた程度で、お世辞にも手引書とはいえない。

いったいこれは何なのか……とテーブルに置かれた冊子を覗き込んだ。

表紙にはレタリングも何もない適当な手書き文字で、

【アルバート家跡継ぎ争奪戦 一回戦】

と書かれている。

「一回戦!? お兄様達、戦ってるの!?」

「あぁ、俺とルシアンが第一回戦だ。メアリは俺達の勝った方と戦ってもらう」

「私シードなの!?」

予想外なラングの話にメアリが声をあげる。

アルバート家は国内一の名家。その影響力は国外にも及び、跡継ぎが誰になるかは今や国内外問わず注目の的だ。

そんな家の跡継ぎ争いを、こんな薄っぺらい冊子で……とメアリが冊子を持ち上げれば、留め具がゆるんでいたのかバラバラと紙が落ちた。

どれも白紙だ。それどころか、適当に集めたのか無関係な資料さえ挟まっている。

メアリがじっとりとそれを睨みつけ、ゆっくりと見せつけるように一枚一枚拾い上げた。

「お兄様、これはどういうことかしら」

「資料のない状況下でも、常に最善の行動をとらねばならない……。跡継ぎとしての判断力、適応力を見定める旅だ……」

「うまいこと言ったわね、ルシアンお兄様。その判断力と適応力に敬意を表して、今回はそういうことにしてあげる」

仕方ないとメアリが誤魔化されたふりをすれば、ラングとルシアンが顔を見合わせた。

二人の顔が、陰陽真逆だというのにそろって「成功だ」と笑う。

「まったく、お兄様達ってば……。アンナ、安心して、あの二人には変な悪戯はさせないから」

「じぇらーと、おいしい」

メアリ達の話は難しくてよく分からなかったのか、口の周りにジェラートをつけながらアンナが嬉しそうに笑う。

それに気付いたアディが胸ポケットからハンカチを取り出し、アンナの口元を拭いてやった。拭われる瞬間に口をつぐむどころか目まで瞑ってしまう様は、親猫に毛繕いされる子猫のような愛らしさだ。

そうしてアンナは口元を綺麗にしてもらうと、ぴょこと椅子から降りてラング達のもとへと向かった。

「ラングお兄ちゃん、じぇらーとありがとう」

「お、おぉ……! アディが生んだにしてはなんて礼儀正しくてかわいらしいんだ!」

「俺が生んだわけじゃありません」

「ルシアンお兄ちゃんも、ありがとう」

「まさかアディが分裂すると、こんな良い子になるなんて……。アディ、あと二人ぐらい分裂していいぞ……」

「だから分裂もしていませんって……」

相変わらずひとの話を聞かないラングとルシアンに、アディがガクリと肩を落とす。

だがそれに対しても二人は気にすることなく、強引にアディとメアリを立たせるとアンナを囲むように座りだした。

メアリ達に向けてチラと目配せをしてくるのは、しばらくアンナの面倒を見てくれるということなのだろう。

タイミングよくアリシア達も戻ってきたのでーー「おやアンナちゃん、美味しそうなものを食べてますねぇ」というアリシアのわざとらしい言葉に、アンナが楽しそうに笑っているーーメアリはひとまず彼等にアンナを任せようと、アディの袖をついと引っ張って彼を誘いだした。

一面の花畑に作られた、寄り添って二人歩ける程度の細い小道。

時折吹き抜ける風が心地よく、メアリがご機嫌で歩く。

……のだが。

「お嬢、気をつけてくださいね。あぁ、足下に石が転がってますよ。虫はいませんか? 蜂は? 花の香りで具合が悪くなるかも……!」

と、先程から終始アディが心配してくるので、花畑の美しさに浸りきれずにいた。右を向いても左を向いても、どこを見てもなにをしても心配してくるのだ。

これも自分とお腹にいる赤子を思ってのこと。

だがさすがに「階段……抱きかかえて運びましょうか?」と問われれば、彼の父性を愛でるよりも呆れが勝る。心配しすぎだとペチリと彼の腕を叩いて、目の前で階段を降りてやった。

トントンとリズミカルに降りて、最後に一度クルリと振り返って身軽さを見せつけてやる。

「気持ちは分かるけど、心配しすぎよ」

「そんなこと言っても……。俺は今すぐにでもお嬢を柔らかな毛布でくるんで抱えて運びたいくらいなんです」

「なんだかそのまま花畑に埋められそうだわ。私の養分は良い花を咲かせるわよ!」

冗談めかしてメアリが告げれば、アディが溜息で返す。

だがさすがに自分が心配しすぎだというのは自覚しているのか、前を歩くメアリに追いつくと「せめて」と手を握ってきた。彼なりの譲歩案なのだろう。

毛布にくるまれるのはごめんだが、手を握って花畑を歩くのはメアリも大歓迎だ。

「懐かしいわ。昔もこうやって手を繋いでこの花畑を歩いたわね」

「えぇ、本当に懐かしい。初めてここに来たのはお嬢が五歳くらいの時だから、ちょうどアンナと同じぐらいですね」

「思い出した。あのときもアディは「危ない危ない」って私の手を握ってたのよ」

「そ、そうでしたっけ?」

気恥ずかしい話題なのだろう、アディが覚えていないと言いたげにそっぽを向く。

だがその態度こそ「覚えている」と言っているようなものではないか。思わずメアリが小さく笑いつつ、ぎゅっと彼の手を強く握った。

「私が五歳だとすると、アディは十歳よね。もう随分と大きいわ」

「そうですね。従者としてはまだ見習いでしたが、半人前ぐらいにはなっていたかと思います」

「懐かしいわ。それで当時のことをちょっと聞きたいんだけど」

握った手に更に力を入れてメアリが告げれば、アディが不思議そうにこちらを見つめ……次第に目を細めた。眉間に皺を寄せ、表情が渋くなっていく。

きっと嫌な予感がしているのだろう。自分から繋いできたというのに手を引き抜こうとしている。もちろん、そんなことはさせまいとメアリがより力を入れる。むしろ両手で彼の手を掴んだ。

「な、なんでしょうか……」

「十歳といえば立派な男の子よね。その頃には、一途な少年はもう小さな令嬢に恋をしていたのかしら」

メアリがニンマリと笑みながら尋ねる。

一途な少年とはもちろんアディのことで、そして彼が恋をするのはメアリただ一人だ。

茶化すようにわざと遠回しな言葉を使っても、言わんとしていることをアディが気付かないわけがない。

「そんなこと……! お、お嬢は生まれる前からアルバート家の大事なご令嬢であり、俺にとっては大事な主人でしたよ」

「そういうので誤魔化されないわよ。ねぇ教えてよ、ここで私の手を繋いだ時、アディにとって私は『大事なご令嬢』だったの? それとも『大事な女の子』だったの?」

ニヤニヤと笑みを浮かべてメアリが問えば、アディの頬が赤くなっていく。随分と真っ赤で、花畑を見回しても彼以上に赤い花はないだろう。

だが覚悟を決めたのか、空いた手をそっとメアリの手に乗せてきた。もとよりアディの手を両手で握っていたのに、それを覆うように彼の手が被さる。これではどちらが握っているのか分からなくなりそうだ。

「気軽に聞いてきますけど、俺は本当に長く初恋を拗らせていましたからね」

「そうね。一人で子供を産んじゃったり、分裂したりするくらいには拗らせていたみたいね」

「えぇそうですよ。ずっと昔、ここで手を繋いだ時にはすでに俺の心は貴方のものでした」

アディが思い出すように目を細め、当時のことを語る。

メアリにとっては朧気、それどころか「なんとなく覚えている」程度でしかない時代の話。それほど昔のことなのだ。

だがその当時すでにアディは自分に恋をしていたというではないか。

メアリの胸が甘くしびれる。先程食べていたジェラートよりも甘い。

「なんだかくすぐったいわ」

「お嬢が聞いてきたくせに……。俺はくすぐったいどころじゃありませんよ」

恥ずかしさを誤魔化すために雑に頭を掻き、アディがすねたような口調で訴える。

それに対してメアリは悪戯気に微笑み返した。くすぐったいが、それ以上に心地よい。

「子供が生まれたら、またここに来ましょう。そのときにも聞かせてちょうだい」

「こ、子供の前でですか!?」

「えぇ、そうよ。むしろ我が子に聞かせてあげなくちゃ!」

「勘弁してください……。ほら、もうこの話はお終いにして戻りますよ!」

居たたまれなくなったのか、アディが足早に歩き出す。

もっとも、いまだメアリの手を繋いだままだ。となればメアリも彼の歩幅に合わさざるを得ず、小走り目に彼の隣に並んだ。

「私達の歩く速さに合わせてくれないなんて、お父様は意地悪ね」

ねぇ、とわざとらしくお腹の子供に話しかければ、それを聞いたアディが途端に歩く速度を緩めた。

アンナ達のもとへと戻り、再び馬車に乗り込んで出発する。

「それじゃまたな、メアリ。また偶然どこかで会ったら仲良くしよう!」

「……会えるかどうかは分からない。だが俺達に会えることを願っていてくれ……」

と白々しくラングとルシアンが馬車に乗り込んでいくことには、今更だれも言及せずにいた。