軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「ラングお兄様、跡継ぎになるための旅ってどういう事? そんな話は聞いたことないわ」

「メアリは今まで跡継ぎ候補じゃなかったから知らされてなかったんだろう。アルバート家の次期当主として近隣諸国を回り、己の成長と才能を周囲に認めてもらうための過酷な旅だ」

説明するラングの声は普段の陽気なものとは違う。冗談めかすでも偽るでもなく、真剣に、そして重大な規則を教えようとしている重みのある声色だ。

説明を傍らで聞いていたルシアンも真剣な面持ちで、メアリが確認するように視線を向ければ深く頷いて返してきた。

兄達の態度からは言い得ぬ迫力を感じさせる。言葉の一つ一つが重く、父であるアルバート家現当主にも負けぬ威厳ではないか。

彼等の威圧感に僅かに気圧されつつ、メアリが「旅……」と小さく呟いて考えを巡らせた。

突然な話ではあるが、かといっておかしな話でもない。アルバート家は国内一の名家、代々王家に次ぐ権威を持ち、その影響力は国内に止まらず近隣諸国にも及ぼす。その当主交代となれば、当然だが国内だけで済む話ではない。

つまりこれは近隣諸国への顔見せ。そこで上手くやれないような者は、アルバート家を継ぐに値しない……。

なるほど、とメアリが一度頷き、真剣な表情でラングを見上げた。

「お兄様達はその旅に出るのよね?」

「あぁ、まだ誰が跡継ぎになるかは決まっていないが、もしかしたらこの旅で決められるかもと思っている。メアリ、お前も一緒に行くだろう?」

誘うように、それどころか煽るような声色のラングに問われ、メアリの瞳に闘志が宿った。

思わず拳を握ってしまう。行くかなど尋ねられるまでもない。

「もちろんよ!」

そう二つ返事で兄達に詰め寄れば、ラングとルシアンが顔を見合わせた。何かを確認するようにうんと頷き合う。

次いで、今度はルシアンが話しだした。陰鬱とした顔つきながらに瞳は鋭く、まるでメアリの内に宿る闘志を見定めているようではないか。

「この旅はいわば争いの旅、きっと過酷なものになるだろう……。覚悟は出来てるんだな……」

「えぇ、覚悟してるわ。それでルシアンお兄様、出発はいつなの?」

「明日だ」

「分かったわ、さっそく準備を……明日!?」

あまりに急すぎる話に、メアリが思わず声をあげた。

数日先ならばわかるが、先程ルシアンが口にしたのは『明日』。それも明朝に出発するというのだから、残された時間はあと僅かだ。

これにはメアリも慌ててアディへと視線をやった。旅への同行可能かと視線で問えば、意図を察したアディが「以前から予定を調整……」と話し出そうとし、次の瞬間、ガッとロベルトにわき腹を肘で打たれてしゃがみ込んだ。

そんなアディに代わり、ロベルトがコホンと咳払いをして話し出す。

「明日からの旅の期間、幸い、偶然、運がよく、素晴らしいタイミングで、メアリ様は特に予定はございません。旅に同行するにはなんら問題は無いかと」

「そう、良かったわ。なんてタイミングが良いのかしら。……良すぎな気もするわね」

何かおかしい、とメアリが眉間に皺を寄せた。

兄達の旅と同じ期間だけ何の予定も入っていない。お茶の誘いもなければ客人の予定も無し、パーティーの招待状も来ていないという。

これを『幸い』だの『偶然』だのといった言葉で済ませてしまって良いのだろうか。

裏があるような気がする……とメアリが考えた瞬間、さっと目の前に何かを差し出された。

薄い冊子だ。上質の紙には金粉がちりばめられ、重苦しい文字で、

【次期当主国外視察手引書】

と書かれている。

それを手に取り、メアリがゴクリと生唾を飲んだ。表紙からなんとも言えない圧迫感が漂っている。

重苦しい文字、ずしりとした重みと手触り。紙への拘りも感じられる。

まずはと一ページ目をめくり、そこに書かれている国名におやと小さく声をあげた。

行先はフェイデラという小国。

国土も狭く他国との交流も少ない、殆どを国内で済ませてしまう閉鎖的な国だ。メアリも詳しくは知らず、国名を見ても今一つピンとこない。

だがフェイデラにはメアリの伯母夫婦が住んでおり、どうやら滞在中はそこにお世話になるらしい。気のいい優しい夫婦だ。

また会えると思えば自然とメアリの胸が沸く。数日滞在するというのなら、一日は彼等と過ごしてもいいかもしれない。

お勧めの場所を案内して貰いたいし、ゆっくりとお茶をしながら話もしたい。あれもこれもと考えれば、懐かしさと期待で胸が弾む。

だが本来の目的は跡継ぎ争いだ。もしかしたら彼等からの評価や旅の最中の行いも跡継ぎ争いに影響してくるかもしれない。そう考え、メアリは期待で顔が綻びそうになるのを慌てて正した。

もしやこれは、メアリを旅行気分に浸らせて蹴落とそうとする兄達の策略なのでは……と、そんな懸念が浮かぶ。

危なかった。年甲斐もなくはしゃいで遊び気分でいたら、兄達に後れをとっていたかもしれない。

油断しないようにせねば。そうメアリが浮足立ちかけた己を律し、深く息を吐いて手引書のページを捲った。

「なるほど、『おすすめ観光地一覧』ね。この市街地が一望できる高台には絶対に行きたいわ。それに『人気の喫茶店』の季節のタルトとやらも見逃せないわね。あら『人気お土産特集』だなんて親切じゃない。みんなに買って帰りましょう」

ふむふむ、とメアリが落ち着いた声色で手引書を読み進めていく。

フェイデラの事を詳しく調べてあり、それでいて重くならない文章。ときにはウィットに富んたジョークや最近の若者の心を掴むキャッチフレーズも合わせ、イラストを交えた紹介は分かりやすく読みやすい。

なにより『美しい夜景』だの『季節のタルト』だのと一つ一つの特集がメアリの心を掴んで離さないのだ。特に『人気お土産特集』に至っては取り上げられている品数も豊富で、まだ出発していないのにどれを買おうか悩んでしまう。

旅の手引書にしておくのが勿体ないクオリティだ。パンフレットとして配ればフェイデラの観光業に一役買えるだろう。

「……過酷な跡継ぎ争いの旅なのよね?」

そう呟き手引書の表紙を確認した。そこには重苦しい文字で【次期当主国外視察手引書】と書かれている。

中身と表紙に温度差を感じ、自然とメアリの眉間に皺が寄っていく。表紙を見て、中を見て、また表紙を確認して、と繰り返してみる。

格式張った重苦しい文字、可愛らしいケーキのイラスト、格式張った重苦しい文字、胸をときめかせるキャッチフレーズ……。

これはおかしい、と漂う違和感を言及しようとメアリが口を開いた瞬間、「よし!」と勢いよくラングが立ち上がった。ルシアンもそれに続く。

「メアリの同行も決まったし、これは楽しみ……いや、気を抜けないな」

「きっとアルバート家の歴史においてもこれ以上過酷な旅はないだろう……」

「さぁ、明日の出発に向けて午後の仕事に励もうか。それじゃ可愛いメアリ、俺達はこれで失礼するよ」

「メアリも明日の旅のために準備をしておいてくれ……。楽しみ……いや、武者震いで顔が緩む……」

片や陽気に、片や陰気に、ラングとルシアンが交互に話す。その勢いにはメアリも圧倒され頷くしかなく、更に二人は話し終えるやさっさと部屋を去っていってしまう。その後ろ姿には一切の悲しみも闘志も感じさせないのだが、今更な話だろう。

そうして陰陽真逆でありつつも同じくらい喧しい二人が居なくなれば、シンと室内に静けさが漂った。

そんな中、メアリがガタと勢いよく立ち上がった。瞳は輝き、逸る気持ち押さえきれず強く手引書を握りしめる。

「ちょっと気になる点もあるけど、まぁ良いわ。アディ、旅に向けての作戦会議よ!」

早速とメアリが意気込み、アディを誘う。

だが彼の隣に立つロベルトの存在に気付いて表情を厳しいものに変えた。

「ロベルトは作戦会議に参加しちゃだめよ。貴方はお兄様達の味方でしょ?」

「私がラング様とルシアン様の味方ですか?」

「えぇそうよ。アルバート家の過酷な跡継ぎ争い、ロベルトはお兄様側につくんでしょ?」

当然のことを確認するようにメアリが問えば、ロベルトが僅かに考えを巡らせたのち、穏やかに微笑んだ。

切れ長の錆色の瞳が柔らかく細められ、メアリの目線に合わせるために僅かに屈めば一つに結んだ同色の髪がはらりと揺れる。

「私はラング様とルシアン様の味方であると同時に、メアリ様の味方でもありますよ」

「私の味方? ロベルトは誰が継いでも良いってこと?」

「そうですね、どなたが継いでもアルバート家は安泰だと信じております。ですが欲を言うならば……」

言い掛け、ロベルトがふっと視線をよそに向けた。

錆色の瞳が向かうのは部屋の扉。そこに先程去っていったラングとルシアンの姿を見ているのだろうか。感慨深げに細められる目には、執事としての厚い忠義、そして共に育ってきた深い友情を感じさせる。

彼のその表情に、メアリは次に続く言葉を予想した。思い返せば、以前にロベルトは『誰に後を継いで欲しいか』を話していた。

まだメアリが跡継ぎ争いに名乗りをあげる前、ラングとルシアンのどちらが良いかという問いに対してだったが、その際のロベルトの回答は、

『ラング様とルシアン様を足して十で割った存在』

というものだった。二ではなく十である。その場合はたしてラングとルシアンは残っているのか。

あの回答がまたくるのだろう。もしくは、メアリが介入したことで彼の考えに変化が及んだかもしれない……。

メアリが緊張と期待を抱きつつロベルトの言葉を待てば、彼は物思いに耽るように扉を見つめた後、穏やかな表情で口を開いた。

「仕えるならば、メアリ様とラング様とルシアン様を足して、二で割ったような方にお仕えしたいですね」

「今度は余るわ!」

「天下のアルバート家ですから、有り余るぐらいがちょうどよろしいかと」

冗談めかしたことを告げ、ロベルトが「では」と一礼して部屋を去っていった。

その仕草はさすがと言えるほどに優雅で美しい。だがどことなく飄々とした態度に見えるのは一連のやりとりのせいだろうか。もしくは彼の性根がちらりと見えているからか。

メアリがグヌヌと唸りつつ、それでも「いつもの事か」と溜息と共に肩を落とした。隣に立つアディが苦笑いをしているのは、実の兄の性格を誰よりも知っているからだろう。

「ロベルトの真意を探ろうとしたのが間違いだったわ。あれはアルバート家いち喰えない男よ」

「兄貴のあの性格は俺でも把握しきれませんからね」

そんなことを話しつつ、出発の準備に取り掛かろうと気合を入れる。

ついでにぐぐっと背筋を伸ばし、メアリは決意を新たに強く拳を握りしめた。

兄達の厄介さは今に始まった事ではなく、そんな兄達を制する技量が無ければアルバート家の当主は務まらないだろう。

高い壁ではあるが、そうでなくては面白くない。高い壁を打ち倒してこそ座る椅子に価値があるのだ。

「この旅でロベルトごとお兄様達を制して、私が当主の椅子に座るのよ!」

気合十分にメアリが高々と拳を掲げ、意気揚々と部屋を出ていった。