軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

短編14

メアリは少し、本当に少し、寝起きが悪い。

といっても機嫌が悪くなるわけではなく、いつまでも布団の中に籠城しているわけでもない。ただ起床してしばらくぼんやりとし、うとうとと動きや反応が緩慢になるだけだ。

この程度は可愛いもの。起こす役目のメイド達は困るでもなく、いつもツンと澄ましたメアリの意外な一面を密かに愛でていた。

そんなとある朝、「メアリ様、起きてください」という声と共に優しく揺すられ、メアリはぼんやりと目を覚ました。

まだ意識は半分以上が眠りの中。二割覚醒と言ったところか。

もちろん視界も朧気で、朝の眩しさに目をこすりつつ「もう朝なの?」と寝ぼけた声をあげた。ゆらゆらと頭を揺らすおかげで視界も揺れ、その視界の隅に金色のものがチラチラと移り込む。

「はい!! ……いえ、はい。そうですお目覚めの時間ですよ」

「アディは……?」

「アディさんは……ではなくて、アディは今日は自室ですよ。ここはメアリ様のお部屋でしょう?」

「そうねぇ……。別々に寝たんだったわぁ。確か今日は、お昼からアリシアさんが来るんだったかしら……」

「はいっ、一緒に刺繍を!! ……失礼しました。そうです、私……アリシア様がいらっしゃって、一緒に刺繍をするんです。さぁメアリ様、着替えて髪を整えましょう」

促され、メアリはゆっくりとベッドから降りた。

まだ思考はふわふわと漂っており、虚ろな視界に映るメイド服を頼りに歩く。アルバート家のメイド服だ。妙に目新しく見えるのは気のせいだろうか。

そうして手を引かれながら顔を洗い、身形を整える。

白地のシャツは大胆にデコルテを開けつつもレースを重ねる事で品良く露出を抑え、濃紺のロングスカートは落ち着いた淑やかさを感じさせる。ハイウエストのスカートだが見た目よりも苦しくはなく、「これならコロッケもいっぱい食べられますね!」というメイドの声に、メアリはふわと欠伸を漏らしつつ「そうねぇ」と答えた。

次いで「こんな服持っていたかしら?」と間延びした声で尋ねるも、どうしてかこれにはメイドの含み笑いが返ってくるだけだ。

なぜ笑うのか。聞きたいが、それよりも眠気が勝る。「まぁ良いわね」とあっさりと疑問を思考の外に追いやり、今度はドレッサーに腰掛けた。

「今日はシンプルに三つ編みにいたしましょう。金のリボンなんてどうでしょう!」

「そうねぇ、お任せするわ……」

うとうとしつつメアリが答えれば、背後に立ったメイドが「では!」と妙に意気込んでメアリの髪を編んでいく。

優しい手つきだ。まるで頭を撫でられているかのようで、心地好さに再び眠気が戻ってくる。

しばらく目を瞑ってはゆっくりと開いて、またゆっくりと閉じて……と、緩慢なメアリの動きは眠る直前の猫を彷彿とさせる。

そんな中、メアリはふと目の前の鏡に目をやり、眠さで半分程度しか開かない瞳をそれでも丸くさせた。

ドレッサーの鏡、その上部に空色のスカーフが掛かっている。

メアリの顔は鏡に映って見えるが、これでは後ろに立つメイドの顔が隠れてしまっている。見える部分といえば、胸元から下程度。メイド服に金糸の髪がふわりと掛かっている。

どうしてこんなところにスカーフが……とメアリが取ろうと手を伸ばすも、「あら、駄目ですよメアリ様」と制止されてしまった。鏡越しに背後のメイドを見れば、顔をスカーフで隠したままさらさらとメアリの銀糸の髪を梳いている。

「これはメアリ様に今日着けていただくスカーフです。こうやって鏡に掛けて、髪型やリボンと合うかを見ているんですよ」

「なるほどねぇ」

「今日は大親友の私……いえ、大親友のアリシア様と刺繍ですもんね、素敵なスカーフを着けなくては」

「気合いの入れ所がよく分からないけど、まぁ良いわ」

ふわ、とまた一つ欠伸をして、メアリはうとうとと微睡む意識でドレッサーに座り続けた。

背後に立つメイドの手が銀糸の髪を編んでいく。なんて心地良い。

そうして「はい、終わりましたよ」という声に、半ば眠りかけていたメアリはゆっくりと目を開けた。

ドレッサーの鏡には、銀糸の髪を綺麗に三つ編みにした自分の姿が映っている。なるほど、白いシャツに濃紺のスカート、金の細いリボンで結われた銀糸の三つ編み。ここに空色のスカーフが加われば、それぞれの色合いをより引き立ててくれるだろう。

ちなみに未だスカーフは鏡の上部に掛けられている。おかげでメイドの顔が隠れて見えない。

「メアリ様、スカーフはご自分で巻けますよね?」

「えぇ、大丈夫よ」

「では私はこれで! 今日は大親友の私……ではなく、大親友のアリシア様と刺繍ですからね! お忘れなく!」

なぜか妙に興奮した口調で念を押し、メイドが踵を返して部屋を出て行く。

その速さと言ったら無く、メアリが振り返った時には既にメイドの姿は無かった。見えたものと言えば、ふわりと揺れて扉の向こうへと消えていく金糸の髪だけだ。

「……誰だったのかしら?」

不思議そうにメアリは首を傾げ、それでもと鏡に掛けられた空色のスカーフに手を伸ばした。

「金の髪のメイド、ですか」

「そうよ。うちにも金の髪のメイドはいるけど、私の身嗜み係にはいないわ。それに、妙に聞きなれた声をしていたのよ」

「はぁ、それはまた……」

「いったいあのメイドは誰だったのかしら……」

そうメアリが悩みつつ歩けば、隣を歩くアディが白々しく他所を見つつ「誰でしょうねぇ」と返した。

時刻は昼前。もちろんだがメアリはとっくに目を覚ましている。意識もはっきりとしており、こくりこくりと船を漕ぐこともない。

そして意識がはっきりとしているからこそ、今朝の事が不思議なのだ。

顔の見えなかったメイド。時折妙に興奮し、慌てて言い直す落ち着きのなさ。さらりとゆれる金糸の髪、聞き覚えのある声……。

不思議な事に、アルバート家に仕えているメイドで該当する者がいないのだ。数人に声を掛けてはみたものの、みなその時間は別の仕事をしていたという。

「この服だっておかしいのよ。私、こんな服もスカーフも持ってないわ」

「それは不思議ですね」

「何者かがうちに忍び込んだのかしら。でもメイドの真似事なんてして、いったい何の得があるっていうの?」

金や高価な物を持ち出すならまだしも、謎のメイドが行ったのはメアリを起こして身嗜みを整える事だけ。

それが済むや逃げるように去ってしまったのだ。それどころかワンピースやスカーフといった一式は謎のメイド持参なのだから、盗むどころかこれでは贈り物だ。

いったい誰が何のために……?

怪訝な表情で考えを巡らせるメアリに、対してアディは他所を向きつつ「不思議な話だ」と全く心の籠っていない声で呟く。

そうしてメアリが考えながら歩いていると、背後から「メアリ様ー!」と元気のよい声が聞こえてきた。

言わずもがな、アリシアである。格調高いこのアルバート家において、こんな暢気でやたらと大きな声を出しながら訪問する者などアリシアしか居ない。

見るまでもなく脳裏に浮かぶアリシアの姿に、メアリは肩を竦めた。もちろん振り返る事などしない。振り返ってやるのは彼女が品の良い挨拶と共に声を掛けてきた時だけだ。――それが叶わず、背後から抱き着かれるのが最近の恒例となっているのだが――

「でも、てっきり今朝も早朝訪問してくるかと思ったけど、昼過ぎの約束に昼前に訪問してきたわね。多少時間はずれているものの、あの子もちゃんと時間を守るようになったじゃない」

根気よく躾けたかいがあった、そうメアリが己の手腕を誇るように頷く。

だがメアリの隣に立つアディは、いまだ他所を向いたまま「そうですねぇ」と心ここにあらずな返事をしている。

「アディ、さっきから何よその態度。何が言いたいの?」

「……いやぁ、なんと言いますか。ところでお嬢、さっき不審なメイドに対して『いったい何の得があるのか』って仰ってましたね」

「えぇ、まったく分からないわ。何が目的なのかしら……」

謎は深まるばかりだと眉根を寄せるメアリに、アディは盛大に溜息を吐き……、

「得というか、目的は多分『お揃い』ですよ」

そう告げると共に、一点を指さした。

メアリの背後。これにはさすがにメアリも慌てて振り返った。

そこに居たのは、大きく手を振りながらこちらへと駆け寄ってくるアリシア。

正確に言うのであれば、白いデコルテの開いたシャツと水色のハイウエストロングスカートを組み合わせ、首元には濃紺のスカーフを巻き、金糸の髪を三つ編みにし銀色のリボンを飾ったアリシア。

そのアリシアの服装に、メアリは思わず目を丸くさせた。

一度自分の恰好を見下ろしてしまう。デコルテの開いたシャツに、濃紺のスカート、首元でひらりと揺れるのは空色のスカーフ……。

やられた……とメアリが己の迂闊さを悔やみつつ首元のスカーフを手早く解き、走り寄ってくるアリシアの顔面にふわりと被せるように投げつけてやった。

その日以降も謎のメイドはちょくちょくメアリの部屋を訪れ、寝ぼけまなこのメアリの身嗜みを整えると瞬く間に消えていった。その犯行は見事なもので、メアリの意識が覚醒する頃には痕跡一つ残していない。

そうしてしばらくするとアリシアが何食わぬ顔で、そしてお揃いの髪型やスカーフをつけて白々しく訪問してくるのだ。――「さすがに全身お揃いはやめて!」というのは初日のメアリの悲痛な叫び。おかげで全身お揃いはなくなったが、メアリとしてはお揃い自体を廃止してほしいところである――

これに関してメアリはアリシアの行動を咎めるより、自分の寝起きを改善させる方が早いのではと考えた。

自分が朝きちんと目を覚まし、忍び込んできた謎のメイドを叩きだしてやればいいのだ。

なんて簡単な事なのかしら! そうメアリは解決の未来を思い描き……。

「メアリ様、今日はこの髪飾りにしましょうね! ね!素敵ですよね!」

「そうねぇ……お願いするわぁ……」

今朝もまた寝ぼけまなこでうとうとと船を漕ぎ、金糸の髪のメイドに身嗜みを整えて貰っていた。