軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

アディを見上げれば、錆色の瞳がどうしたのかと尋ねるように見つめ返してくる。どこか案ずるような表情なのは、きっとメアリの瞳に不安の色を見たからだろう。

「……ねぇ、アディ」

「どうなさいました?」

「もしも……もしもの話よ? もしもアリシアさんが王女じゃなかったら、どうすれば良いのかしら……」

「お嬢?」

先程メイドに対して啖呵を切った声色から一転して弱々しげな口調になったメアリの言葉に、アディが様子を窺ってくる。

錆色の瞳が見つめてくる。それでも胸の内の不安は止まず、メアリは逃げるように視線をそらした。

今はアディの視線すら受けるのが辛い。

ここまできて、今更な話だと思っているだろうか。

もう戻れないのに、なにを迷っているのかと言われるだろうか。

土壇場で怖じ気付くなど、らしくないとガッカリされるだろうか……。

だが今はアルバート家の名を背負い審議会に挑もうとしているのだ。いざ扉を前にすると、プレッシャーにノックするための手が動かなくなる。

前世でプレイしたゲームの知識だなどと、そんなことを今更言い出すつもりはない。あれはもう過去のこと、むしろ端からメアリの関与せぬ記憶だった。

今はメアリ・アルバートとして、自分の考えをもってこの場にいる。

……だからこそ、不安を抱くのだ。

そんなメアリの気持ちを察してか、アディがどこか間延びした声で「そうですねぇ」と呟いた。胸の内に湧く不安を吐露するメアリの口調に反して、彼の態度は随分と飄々としている。

「もしもアリシアちゃんが王女じゃなかった場合、アルバート家は偽の王女を担ぎ上げた事になりますね」

「そ、そうよね……大罪だわ……」

「えぇ、全ての責任は当主としての権限を持っているお嬢が負うことになるでしょう」

「責任……。そうね、私が責任をとらされるのよね……。もしかしたら、罪に問われて没落させられるかもしれない……」

メアリが悲痛な声をあげれば、アディが宥めるようにそっと肩に手を置いてきた。大きな手で肩を包まれれば、ほんのりと温かさを感じる。

その手に促され、メアリはゆっくりと彼を見上げた。錆色の瞳が穏やかに見つめてくる。

そうしてアディが告げたのは、

「そうしたら、悲願達成ですね」

という、この場にも、そして今の状況にもそぐわぬ言葉だった。

思わずメアリがきょとんと目を丸くさせる。「悲願?」とポツリとこぼれた己の声のなんと間抜けな事か。

だがメアリが目を丸くしていてもアディは平然としており、それどころか喜ばしい事のように言ってくる。おまけに「ここまで長かった」だの「ようやくですね」だのと、まるでメアリが長く没落を願っていたかのようではないか。

「……アディ?」

どういう事? とメアリが不思議そうに彼を見つめる。

それに対して、アディは説明するどころか、逆にメアリの方こそなにを言っているのかと言いたげな表情を浮かべた。肩を竦め「なにを今更」とまで言ってくる。

「今回の件、もしもアリシアちゃんが王女でなかった場合、お嬢はアルバート家代表として責任をとらされるでしょう。ですがアルバート家自体は、国への忠誠心ゆえだと説明すれば多少のお咎めで済むはずです」

「え、えぇそうね……」

アディの説明に、いまだ話の全貌が掴めないメアリはただ簡素な相槌とコクコクと頷いて返すだけだ。

だがアディの言うとおり、今回の件でもしもアリシアが偽物の王女と結論付けられた場合、アルバート家は偽の王女を担いだとされる。その責任は当主として審議会に出たメアリに課されるだろう。権威を持つという事はいざという時に矢面に立たされるという事なのだ。

といっても、なにも国に対して悪意があったわけではない。『アルバート家は愛国心ゆえに両陛下と偽の王女を支持していた』と『メアリが偽の王女に友情を抱くあまり行動してしまった』と、そう説明すれば、家自体へのお咎めは軽くなるはずだ。

他でもない国一番の名家、容易に潰せば、その余波は国内どころか国外にまで響いてしまう。

今回の件、企んだ者がなにを勝利条件としているかは定かではないが、さすがにアルバート家の完全なる没落までは目指していないだろう。権威を削げばそれで十分だと判断するはずだ。

「アルバート家の権威は削がれ、お嬢が咎められる。……そうしたら」

「そうしたら?」

「北の大地は先客が居ますから、俺と二人で南の孤島にでも追放されましょう」

ねぇ、と、まるで名案だとでも言いたげなアディの言葉に、呆然と話を聞いていたメアリがより目を丸くさせた。

北の大地だの、南の孤島だの……。

そのうえ『二人で追放』ときた。

だが彼の言わんとしている事を察すれば、メアリの胸の内に湧いて居た戸惑いも緊張も不安も一瞬にして溶かされ、ふっと笑みをこぼす余裕さえ生まれてくる。

確かに彼の言うとおり、アリシアが本物の王女だと証明出来なかった場合、アルバート家は咎められ、メアリがその責任を負う事になるだろう。

それこそまさに、かつてメアリが望んだ没落そのものではないか。

ならばどうして恐れる必要があるのか。

「そうね、南の孤島にだって付いてきてちょうだい」

「えぇ、もちろんです」

ようやくメアリの本調子が戻ったとアディが嬉しそうに応える。

そんな彼の穏やかな瞳に後押しされ、メアリはぐっと拳を握ると決意と共に扉を叩いた。

かつて一度、メアリは今と同じような審議会に出席した事がある。

……といってもそれはメアリの意志ではなく、正式な出席とは程遠い流れでの事だ。王家の封蝋を持っていたアリシアの正体を探るための審議会に、意気込む母キャレルによって連れ出されて強制的に同席させられた。

だが今は違う。

母に連れられて王宮に来たわけではない。きちんと自分の意志で馬車に乗り込み、ここまで来た。場違いな無力な令嬢ではなく、正当な資格を持っている。

そしてあの時とは違い……きちんとアリシアへの友情を抱いている。

没落を目指していたあの時の自分には想像も出来ないだろう。

室内に入ると、既に殆どが着席し室内はシンと静まり返っていた。だがメアリが姿を現したことで、僅かながらにざわめきがあがる。

メアリの入室に驚いた表情を浮かべる者、メアリが現れてなお当主はどこかとその姿を探す者、信じられないと唖然とする者……。誰もが半信半疑で見つめてくるが、余計な口を挟むまいとしているのかメアリに話しかける者はいない。

そんな中、とりわけ驚いたと目を丸くさせるパトリックの姿を見つけ、メアリが小さく笑みを零した。「手を振ってあげようかしら」と冗談混じりにアディに提案すれば、肩を竦めて「おやめなさい」と制止される。

「だってパトリックのあんな顔、滅多に見られないわよ。あの完璧王子様も豆鉄砲をくらうのね」

「その豆鉄砲はお嬢が発砲したわけですが……。とにかく、大人しく座りましょう。俺は緊張で立っているのがやっとですよ」

そんな会話をひそひそと交わしつつ、メイドに案内されて室内を進む。

そのわずかな間にパトリックが表情を凛々しいものにしてしまうのだから、流石と言わざるを得ない。決意と覚悟を宿した藍色の瞳は普段よりも男らしく、向かい合って座る者達を見据えている。

そんな彼の隣には……とメアリが視線を向け、小さく息を飲んだ。

アリシアがいる。

凛とした佇まいで椅子に座り、真っ直ぐに前を、己を疑っている者達へと視線を向けている。紫の瞳は普段より澄んで見え、金糸の髪は室内の明かりで照らされ美しく輝いている。濃紺のワンピースはシンプルながらに清廉さを感じさせ、彼女の髪の輝きをより美しく見せている。

ただ前を向いて座っているだけだ。睨むでも怒りを露わにするでもない。だというのにその姿は優雅で、そして言い得ぬ威圧感を漂わせている。目の前にすれば、さすがのメアリも気圧されかねないほどだ。

あれこそ王女の貫禄。

そうメアリが心の中で呟き、次いで不敵に笑った。

自分がアルバート家の家名を背負ってここに来ているのだ、彼女も相応の品格を持って挑んでくれないと困る。

そう考えつつメアリがアディと共に案内された席に着けば、室内に居た一人が「これは……」と低い声で話しかけてきた。その瞳が、なぜメアリが席に着くのか説明を求めている。

いや、むしろ説明されるまでもなく理解しているが、きちんとした言葉を欲しがっているのだろう。ならばとメアリも穏やかに笑い、上着の胸ポケットから懐中時計を取り出した。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。本日は私が出席させて頂きます」

「そうですか……。我々はてっきりお父上がご出席されるのかとばかり」

「ご安心ください、父とも話し合ったうえです。私の意見はアルバート家総意とお考えください」

はっきりと、父ではなく自分がこの場にいるのだと。家名を背負い『アルバート家当主が着くべき椅子』に座っているのだとメアリが訴える。

きっとこの話は社交界に瞬く間に知れ渡るだろう。もしかするとアリシア王女真偽の結末と同じくらい社交界に衝撃を与えるかもしれない。

また美談に仕立てられそう……とメアリが心の中で呟いた。次の舞台の演目は、恋に破れた令嬢が家業に目覚めて家督を得るサクセスストーリーかもしれない。

だがそれも面白い。

そう考え、メアリは深く一度息を吐き、進行役の咳払いと共に開始される審議へと挑んだ。