軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20

翌朝、まだ早い時間。

ゆっくりと屋敷の前に停まった馬車から出てきたのはアリシア。

普段ならば勢いよく飛び出してその勢いのままメアリに抱きつく彼女も、さすがに今朝に限っては恐る恐ると馬車から身を出した。周囲を気にかけ、メアリの姿を見ると小走りで近付いてくる。

なんとも覇気の無い姿ではないか。

だがあと数時間どころかもう間もなく自分の身分をかけた審議会が開かれるとなれば、誰だって不安を隠しきれるわけがない。今後についての不安と緊張、自分で自分の身元を証明出来ないもどかしさ、誰かに疑われている恐怖、そういったものが綯い交ぜになっているのだろう。

だがそれに対してもメアリは気にかけてやる事なく、「みっともない」と彼女の怯えた姿を咎めた。威厳なんて欠片もない。

「そんなキョロキョロ周囲を見回して、首を一回転でもさせるつもり? 鶏に猪におまけに梟なんて止めてちょうだい」

「……メアリ様ぁ」

「なによ、情けない泣き声を出すんじゃないわよ」

「お父様もお母様も居ないし、不安で……。パトリック様は考えがあるから安心しろと仰ってくださってますが、それでも……」

不安で、とアリシアが俯く。

太陽の光を受けて輝く金糸の髪も今朝は艶が無いように見える。全身で好意と友情を訴える彼女は、どうやら不安や戸惑いも全身で示すようだ。

普段とは違う、真逆とさえ言えるアリシアに、メアリがムグと口ごもった。――そんなメアリの隣でやりとりを見守っていたアディは、内心で「やっぱりパトリック様もアリシアちゃんに隠し事が出来ない」と友人との共通点を笑った――

「メアリ様、私どうすればいいんでしょう……」

「どうするも何も、これから審議会なのよ。貴女が自分自身を信じないことには何も始まらないわ。とにかく、貴女はどう足掻いても田舎娘なんだから」

「……そうですね、王女じゃなくて、ただの田舎娘かもしれません」

「今更こんな言葉で傷つかないでちょうだい! いつものあの五月蠅くて迷惑な勢いはどうしたのよ!」

「……五月蠅くて迷惑で、私なんて王女の器じゃありませんよね」

「もう、調子が狂うどころじゃないわ! とにかく喧しい田舎娘は田舎娘らしく」

「はい、私喧しい田舎娘で……だから疑われて……そもそも王女というのも何かの間違いかもしれない……」

「これはこれで鬱陶しい! とりあえず一発!」

ペチン! とメアリがアリシアの額をひっぱたく。

普段ならばまだしも今の状況で叩かれるとは思っていなかったのか、アリシアが紫色の瞳を丸くさせた。両手で額を押さえ、「メアリ様?」と間の抜けた声をあげる。

そんなアリシアに対して、メアリはツンと澄まして銀糸の髪をふわりと手で払った。きつく睨みつけるように彼女を見据える。

アリシアの瞳には不安の色が濃く出ている。だがそれを見ても、「大丈夫よ」だのと優しい声をかけてやる気にも、肩をさすってやる気にも、ましてや抱きしめて慰めてやる気にもならない。

どれもとうてい自分のやるべきことではない。そんな事はパトリックの役目だ。

自分は他でもないメアリ・アルバート。

そして今目の前に居るのは……。

「貴女は確かに田舎娘よ。鶏が鳴いたら朝の田舎時計で、人に突っ込んでくる猪。本当に王女かどうかなんて私の知った事じゃないわ」

「……メアリ様」

「だけど覚えておきなさい。貴女が王女であろうと無かろうと……」

言い掛け、メアリが一度言葉を止める。

次いでゆっくりと息を吸い込み。

「この私の大事な親友である事に変わりはないんだから」

そう、アリシアの手をきゅっと握りながら告げた。

彼女の紫色の瞳が丸くなり、潤むと同時に細められていく。先程まで不安そうな表情が情けない泣き顔に変わり、「メアリ様ぁ……!」と震える声でメアリの名前を呼んだ。両腕を広げ、ゆっくりと身を寄せてくる。

抱き締めようとしているのだろう。

普段ならば叱咤し抵抗するメアリも、今だけは仕方ないと苦笑するだけでアリシアからの抱擁を受け入れた。

今日だけは特別だと心の中で呟いてポンポンと背中を叩いてやった。

「いいこと、審議会で情けない姿を見せたら承知しないんだからね」

「はい……! 私、大丈夫です!」

メアリが活を入れれば、アリシアが力強い返事をする。

涙声ながらもその声色ははっきりとした力強ささえ感じさせ、瞳もいまだ潤んではいるが先程までの不安や迷いはない。

そうして最後に一度力強く抱き着くと、その勢いのままパッと離れた。

「メアリ様、ありがとうございます! 私頑張ります!」

「意気込むのは良いことだけど、気品と威厳を忘れないようにしなさいよ。仮にもこのメアリ・アルバートの親友なんだから、それ相応の振る舞いをしてもらわなきゃ」

「はいっ!! 分かりましたっ!! 私! やり切って見せます!!」

「今まで以上にうるさい……!」

アリシアの過剰すぎる気合いにメアリが慄く。

情けない姿を審議会で晒すのは不味いが、かといって普段以上に気合いが入ってもこれはこれで鬱陶しい。

先程の親友発言もどこへやら、メアリがアリシアの額をペチンと叩いた。

「メアリ様! 私! 頑張りますっ! だって私メアリ様の親友だから!」と普段以上に喧しくなったアリシアをアディと共に馬車に押し込み、窓から顔を出すのをなんとか押さえつけつつ馭者に出発を命じる。

そうして馬車がアルバート家の門を抜けて小さくなっていくのを見届け、メアリが一息吐いた。まったくと言いたげなその溜息に、クスクスと笑う声が被さる。

もちろんアディだ。メアリがジロリと睨み付けるように見上げれば、笑っているのを隠そうと口元を押さえるがバレバレである。

「……なによ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「いえ、ようやくお嬢が素直になった……なんて思ってもいません」

「そう、思ってないなら良いわ。絶対に思わないでちょうだいね」

メアリが不貞腐れるように訴えれば、アディの笑みがより強まる。手で口元こそ隠しているものの目元は笑っており、それでも誤魔化そうとする白々しさと言ったらない。

これもまた癪で、メアリはアディの足をぎゅむと強く踏むと「私達も準備するわよ!」と彼をせっついた。

「準備……とは?」

「なによ、私がこのまま家でのんびりと審議会の終わりを待つとでも思ったの?」

「のんびりとは言いませんが、ですがこれ以上は……」

これ以上出来ることはない、そうアディが答える。

だが事実、審議会が始まってしまえばメアリが出来ることはない。審議会に呼ばれているのは国の重鎮達と、そして各家の当主達。アルバート家とはいえ跡継ぎでもないメアリの椅子は無い。

まるで高等部時代の、アリシアが王女だと判明した時のような審議会だ。

それを思い出し、アディがまさかと息を呑んだ。

「まさか、あの時の奥方様のように……突撃を!?」

「安心なさい、さすがに突撃はしないわ。でもこのまま大人しく審議会の終わりを待ったりなんかしない」

行くわよ、とメアリが屋敷へと戻る。

いったいどこへ行くというのか。

だがそれをアディが尋ねてもメアリは答えることなく、勝手知ったる屋敷の中を進む。

「お嬢、どこへ行くんですか? 何をするおつもりで?」

「あの子が王女かどうかなんて、考えてみたら私には関係ないのよ。……でも」

言葉の途中でメアリが足を止める。

一室の扉の前。絢爛豪華な屋敷においてもとりわけ豪華な造りの扉は、ここが重要な部屋だと一目で分かる。

メアリの父、アルバート家当主の部屋。

父が普段以上に畏まった正装を纏っているのを見て、メアリは小さく「お父様が行くのね」と呟いた。大方、審議会へ行く父を二人の兄達が見送ろうとしていたのだろう。

そう考え、メアリが彼等へと近付く。「おはようメアリ」と告げてくる声は優しいが、メアリがそれに御座なりに返すとおやと揃えたように目を丸くさせた。

「お父様、審議会へ行くのね」

「あぁ、そうだ。戻りは何時になるか分からないから、その間お前にも色々と頼むことに」

「お願いお父様、アリシアさんの……私の親友の味方になって!」

話を遮るようにメアリが懇願すれば、父の瞳がより丸くなる。

それでもメアリはじっと父を見つめた。願うように、縋るように。そうしてしばらくじっと見つめていると、父の手がゆっくりとメアリの肩に置かれた。大きな手が宥めるように肩を擦ってくる。

「落ち着きなさい、メアリ。アルバート家は元々アリシア王女を支持していたじゃないか」

「そうだけど、でもそれだけじゃないの。あの子を王女としてじゃなくて、いえ、でも王女として支持するんだけど、私の大事な親友で……」

だから、その、としどろもどろになるメアリに、父が笑みを零した。それどころかラングやルシアン達も顔を見合わせて笑っている。

メアリ本人が何を言おうとしているのか頭の中で整理出来ていないというのに、父達は言わんとしている事を察しているようではないか。何といえば伝わるのか、自分は何を言おうとしているのか、メアリの方が教えて欲しくなる。

「アリシア王女ではなく、大事な親友を救いたいんだな」

「えぇ、そう……そうよ」

「それなら、お前が行きなさい。自分の親友は自分で助けるんだ」

そう告げて、父が上着の胸ポケットから懐中時計を取り出した。