軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルドランド家で行われた夜会。

華やかなドレスに身を包んだパルフェットは友人達とのお喋りをひとしきり楽しんだ後、ケーキをいつ食べようかと考えていた。チラと横目で見れば、美味しそうなケーキから『早く食べて』と声が聞こえてきそうだ。

あのケーキはパルフェットが大好きなもので、エルドランド家のお抱えパティシエの力作である。

せっかくだからガイナスを誘って庭で食べようか、とパルフェットがその光景を想像した。星空を見上げながら二人寄り添って……。きっとこれ以上ないほどに甘くなる。糖度は最高潮だ。

うっとりとした表情を浮かべ、だけど……とパルフェットは眉尻を下げて会場内を見回した。

パルフェットの視線の先には、数人の集団。

この夜会が始まってから終始人が絶えず、一人去ってはまた一人加わり……といった具合だ。いつ会話に加わろうかと近くでタイミングを窺っている者すらいる。

彼等が囲んでいるのは他でもないガイナス・エルドランドである。

もっとも、囲まれ過ぎてパルフェットの居る場所からは彼の黒い髪が時折チラリと覗く程度なのだが。

おかげでパルフェットがガイナスと会話をしたのはパーティーが始まった直後のみ。それも一言二言交わした程度で、矢継ぎ早に外野に話しかけられて気付けば蚊帳の外だった。

「ガイナス様ってば、私を放っておくなんて酷い。メアリ様に言いつけてやるんだから……!」

そう小さくぼやいて、パルフェットがぷいとそっぽを向いてケーキに向き直った。

予定変更だ。ガイナスを置いて一人で夜景とケーキを楽しもう。

いっそ彼の分も食べてしまおうかしら……と、そんな意地悪すら考えてしまう。婚約者を放っておくような薄情者に美味しいケーキは勿体ない。

といっても、パルフェットも本気で怒っているわけではない。ガイナスが本気で自分を蔑ろにするわけがないと信じているし、なにより彼の周囲に人が絶えない理由も理解している。

先日、彼の父親であるエルドランド家当主が、正式な場で当主交代を発表したのだ。

それは見事としか言いようの無い絢爛豪華なパーティーで、まさに名家の当主交代を発表するに見合ったものだった。

穏やかに今後の事を話す前当主には不安を感じている様子は何一つ無く、それどころか今後の隠居生活について楽しそうに語るほどだ。

そろそろ肩の荷を下ろし、伴侶と二人で旅行にでも出ようか。あちこち回って、数年は避暑地でのんびり過ごそう……と、多忙を極める名家当主の引退後にはよくある話である。

その話を、誰もが微笑ましく聞いていた。

なにせこの発表の場が設けられる以前から、ガイナスはエルドランド家跡継ぎとして家業を担っており、ここ最近では実質彼が当主といっても過言ではなかったのだ。今更この発表に驚愕する者は一人も居ない。

その時のパーティーを思い出し、パルフェットは小さく吐息を漏らした。

父である前代当主の隣に立ち、挨拶をするガイナスは立派だった。彼の体躯の良さが頼りがいを感じさせ、若いながらに威厳を持ち合わせていた。

それでいてパルフェットが隣に立てば穏やかに微笑んでくれるのだ。威厳がふわりと甘さに変わる、あの瞬間は何とも言えない。パルフェットだけが味わえる最高の一瞬だ。

その甘さが胸に湧き、パルフェットはうっとりと遠目に立つガイナスを見つめる。

「多忙なのは家が繁栄している証。人に囲まれ慕われるのは喜ばしい事です。ならば私がすべきことはガイナス様を見守り、彼が立派にエルドランド家を統べるのを影で支える事。それが伴侶の務め」

そうパルフェットが小さく呟いた。己に言い聞かせるように、次いで穏やかに微笑む。

その表情は落ち着きと余裕を感じさせ、涙目でふるふると震える普段の姿が嘘のように大人びた佇まいである。まだ結婚こそしていないが、気分はすっかり婚約者を超えて妻なのだ。

たとえ隣に居られなくても遠目で見守る、これが多忙な夫を持った妻の余裕だ。

私ってば、もうすっかりエルドランド家夫人だわ……! と、パルフェットが一人でクスクスと笑みを零した。

……もっとも、パルフェットが妻の余裕を保てたのは時間にして僅か。

正確に言えば、ケーキを堪能し、人気の少ない中庭に出るまで。

ふらふらと出た中庭で周囲に誰もいないことを確認すると、先程までの余裕と落ち着きの微笑みから一転してぷくと頬を膨らませた。

「夫を見守るのは妻の務めですが、蔑ろにされた事はメアリ様に言いつけます!」

そう誰にでもなく訴える。――その瞬間来賓に囲まれていたガイナスがふるりと身震いしたが、パルフェットが気付くわけが無い――

夫を見守るのは伴侶の務め。それは分かる。だがそれはそれ、これはこれ。

そうパルフェットが脳内で非情な判決を下したのとほぼ同時に、背後から声を掛けられた。

顔見知りの壮年の男だ。

エルドランド家と付き合いがあり、パルフェットも幾度か話をしたことがある。

噂好きでお喋りで、一度話し出すと長いことで有名。パーティー開始から終わりまで延々と話し続け、一晩中彼の話を聞かされ続けたという者までいるほどだ。

思わずパルフェットが心の中で「捕まってしまったわ」と呟いた。もちろんそれを顔に出せるわけがなく、穏やかに微笑んでスカートの端を摘まむ。

「パルフェット嬢、お一人でどうなさいました? ガイナス様と一緒では?」

「少し涼んでおりましたの。ガイナス様は他の方と話しております」

「そうですか……。いやはや、私もガイナス様に挨拶は出来たんですが、多忙なようであまり長く話せなかったんですよ。しばらくは機会を窺っていたんですが、どうにも入れなさそうで、諦めて少し夜風に当たりに来たんです。いっそガイナス様と話をする整理券でも配布してほしいところですな」

「まぁ整理券だなんて御冗談を。ガイナス様もきっとお話出来ず残念に思っていますわ」

「そう思って頂ければ幸いです。しかしパルフェット様ともお話をしたかったので、庭に来て正解でした。どうでしょう、最近は。……特にご友人関係は」

最後に一言付け足され、パルフェットが不思議そうに「友人ですか?」と首を傾げた。

最近調子はどうかと尋ねられるのは、社交界に限らずよくあることだ。自身について、家族について、家について……と、そこから話を広げる切っ掛けになる。当たり障りのない話題とも言えるだろう。

だが『友人関係』と指定して尋ねてくるのはどういう事だろうか。

意図が分からないとパルフェットがじっと相手を見つめれば、彼はチラと周囲を一瞥したのち、声を潜めつつ「たとえば……」と話し出した。

「パルフェット様は隣国にもご友人がいらっしゃり、よく遊びに行かれていると聞きます」

「えぇ、大学の交換留学にも行ってまいりました」

「それは素晴らしい。友好関係を広げるのは良い事です。なかでも、たとえば……アルバート家のメアリ様とは随分と親しくしていると聞いています」

「メアリ様は美しくてお優しくて、泣き虫な私なんかにもそれはそれは親身になってくださいます。あ、メアリ様のことを思い出したら涙が……」

メアリの姿を思い出し、パルフェットがスンと小さく洟を啜ると滲む目元を指先で拭った。

そうして話を改めるように再び男性に向き直れば、彼がほんの少し身を寄せてきた。見つめてくる瞳に妙な圧を感じ、パルフェットが僅かに身構える。

「やはりメアリ様と親しいのですね。でしたら、アルバート家の今後のことなど、何か聞いておられるのでは?」

「アルバート家の今後ですか? 確か、近々大掃除をされるらしいです。お屋敷が広いと大変そうですよね」

「いや、そういう話ではなく……。ほら、近々大きな決め事をするだとか」

「決め事……。渡り鳥丼屋の支店の話ですね。残念ですが、オープンの日にちはまだお教えできません」

「その話でもなく、もっと将来的な事です。今後の方針だとか、家の動かし方だとか……たとえば、どなたが跡を継ぐかとか。ほら、アルバート家にはラング様とルシアン様がいらっしゃるでしょう」

次第に直接的になっていく男の言及に、ようやく意図を察したパルフェットが困惑の色を示す。

それを「知っているが言えない」と取ったのか、男の瞳がギラリと輝いた。貪欲な輝きにパルフェットが思わず後ずさる。

もとよりパルフェットは穏和な性格で、幼い頃からガイナスの後ろに隠れるように過ごしていた。

大学部の一件で強さを見せ、時折は伴侶の余裕を見せるようになったものの、根っこは相変わらず泣き虫で弱虫なパルフェットなのだ。男に詰め寄られて平気でいられるわけがない。

弱々しい声で「そんな事、私は……」と訴えて半歩下がるも、男はグイと強引に一歩詰めてきた。

「私、メアリ様からそんなお話は聞いておりません……」

「でしたら具体的な話とはいわずとも、何か小耳に挟んだりはしておりませんか? もしくはアルバート家を訪問した際に何か変化があったりだとか、気付いたことなどは? そういえばパルフェット様はアルバート家ご当主や二人のご子息とも親しいと聞きました。最近なにか変わった様子は?」

「皆様には、メアリ様のお友達として優しくしていただいているだけです。ですから、私はなにも……」

「アルバート家については何も知らないと……。ところでパルフェット様はアリシア王女とも親しいと聞きますが、王女から何か聞いたりはしておりませんか? それに、アリシア王女に関するあの噂の真偽については……」

「わ、私は……!」

矢継ぎ早に問いただしてくる男に気圧され、パルフェットが消え入りそうな声をあげる。涙目でふるふると震え、くずおれて泣きだしかねないほどだ。

それでも男は強引に詰めよってくる。話に夢中になるあまりパルフェットが怯えている事にすら気付いていないのか、一度聞いた事でも言葉を変え、時に宥めるように、時に誘導するかのように、なんとか聞き出そうととしつこく問い質してくる。

アルバート家の跡継ぎ、二人の子息の動向。

そして、アリシア王女の噂……。

矢継ぎ早に話す男の様子は必死の一言だ。怯えてパルフェットが半歩下がるも、逃がすまいとするかのようにまたも一歩詰め寄られた。

人気のない庭園に男の早口だけが続く。それがまた恐怖を駆り立て、パルフェットが助けを求めるように小さくガイナスの名を呼んだ。

「盛り上がっているところ、失礼」

低く威圧感のある声が割って入ってきたのは、パルフェットがガイナスを呼ぶのとほぼ同時。

まるでパルフェットの呼びかけに応えるようなタイミングだった。