軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

会場内は緩やかな音楽が流れ、あちこちで談笑がおこなわれている。

そんな中で小さな人だかりを見つけ、メアリがパトリックにエスコートされるままそちらへと向かった。

遠巻きに輪を作っているのはベルティナの取り巻き達だ。彼女達はメアリに気付くと、気まずいと表情を渋めながらそっと道を譲った。

その先にいるのは……アディ。

こちらに背を向けており、まだメアリ達には気付いていない。

「……アディ」

メアリが彼のもとへと駆け寄ろうとする。

だがすぐさま足を止めたのは、アディの向かいにベルティナの姿を見つけたからだ。

二人が向かい合っている。

アディの錆色の瞳はベルティナに向けられている。

そう考えればメアリの胸の内がざわつきだした。嫉妬だ。それが嫉妬だと分かったからこそ、アディに声をかけようと考える。

名前を呼べば彼はこちらを向いてくれる、そうすれば胸の靄も消えるはず。

だがメアリが声を掛けるより先に、「俺が……」とアディの声が聞こえた。

「俺が周りに優しいのは、周りがお嬢に優しいからです。そうじゃなければ俺は誰にも優しくなんかしない。ベルティナ様、貴女の手を取ってダンスを踊ったのも、お嬢がそれを許して、そうするように告げてきたからです」

はっきりと告げるアディの声は随分と冷ややかで淡々としている。相手を気遣うこと無く、ただ事実だけを突きつけようとしている。

メアリが今まで聞いたことのない声だ。

どんな顔でこんな冷ややかに言い放っているのか……。そんな疑問は浮かぶが、メアリには想像出来ずにいた。たとえ今目の前にあるのが背中だとしても、アディの顔ならば直ぐに思い描けるのに。

だが思い描けるのは、いつも彼が見せる表情だけだ。困ったような苦笑、たまに見せる従者らしい真剣な表情、そして愛おしそうに自分を見つめてくれる柔らかな笑み。

どれだけ記憶をひっくり返しても、こんな冷ややかに誰かを拒絶するアディの姿は覚えがない。

だがそんな拒絶もベルティナには伝わっていないのか、もしくは伝わっているからこそ意地になっているのか、アディの話を遮るように「それでも!」と声をあげた。彼女もメアリ達に気付いていないのか、必死な表情でアディを見上げている。

眉尻を下げ、随分と切なそうだ。普段のアディならば気遣い優しい声色で宥めてやりそうな表情である。

「ですがアディ様、私はずっと前からアディ様のことを……」

「貴女が俺を想っていようが関係ありません。ずっと昔から、俺と出会う前から俺の事を好きだとしても、俺が好きなのはお嬢ただ一人です」

「そんな……」

「俺は、今まで俺と共に生きて、これからも共に生きると誓ってくれた、俺の知るメアリ・アルバート様を愛しているんです」

はっきりと告げるアディの言葉に、ベルティナが言い淀み……そして耐えられないと言いたげに踵を返すと走り去っていった。

今まで何度も見た高飛車な敗走とは違う。傷ついて、この場に居ることが辛くて、そしてもうどうにも足掻けないと悟ったうえで逃げだしたのだ。

今回ばかりは取り巻き達も追いかけていいのか判断に迷っているようで、慌てた後に一人また一人と去っていった。彼女達はベルティナを追いかけるのか、ルークや彼女の身内を呼びに行くのか、それともドラ学メアリの取り巻きのようにこれ幸いとベルティナを見限るのか。

それはメアリの預かり知らぬところだ。もちろんメアリは彼女を追いかけたりはしない。

「……ねぇ、アディ」

メアリが呟くように呼べば、アディがパッと振り返った。

その表情はメアリの突然の呼びかけに驚いたと言いたげで、次いで安堵の色を浮かべる。

「参ったな……。いつから聞いていたんですか」

照れ臭そうにはにかむ表情は、メアリが見慣れたいつもの表情だ。

アディがこちらに歩みよってくれば「俺のエスコートはここまでだ」とパトリックがメアリから離れていく。それに対してメアリが感謝の言葉を告げようとした。

だが開いた口から言葉が発せずに終わったのは、パトリックが放したばかりのメアリの手を、離れた矢先に別の手が掴んできたからだ。節の太い大きな手、少し熱のあるその手が、まるで自分のものだと言いたげに包むように掴んでくる。

そのままそっと引かれれば、メアリの視線が促されるように己の手を追った。

男らしい手に掴まれた自分の手が、ゆっくりと誘われるように引かれていく。そうして指先に触れるのはアディの唇。指先に、手の甲にとキスをされ、メアリの頬が次第に熱くなった。

去っていったベルティナのことも、それどころかここまでエスコートしてくれたパトリックへの感謝さえも、指先から伝わる熱に浮かされて消え去ってしまう。

「追いかけず申し訳ありませんでした」

「いいのよ、パトリックが来てくれたもの」

だから大丈夫とメアリがアディを宥める。

だがこの言葉はアディにとっては宥めにはならなかったようで、少し不満そうに眉間に皺を寄せてしまった。

「俺以外の男にエスコートされて、大丈夫なんて言わないでください」

という彼の訴えをみるに、きっと嫉妬してしまったのだろう。

すねた表情が愛おしく、メアリが小さく笑みをこぼした。

「訂正するわ。パトリックで我慢してあげたの」

「その台詞、他の令嬢に聞かれたら恨まれますよ」

「そうね。でも仕方ないじゃない、アディじゃないと私は満足しないわ」

さも当然のことだと言いたげにメアリが告げれば、アディが嬉しそうに笑った。追わなかったことを改めて詫び、メアリの手の甲に再びキスを落としてくる。

どうやら彼の中の嫉妬は収まってくれたようだ。

礼を言うべきパトリック相手に湧いたかと思えば、メアリの簡単な言葉であっさりと収まってしまう。なんて嫉妬とは身勝手なのだろうか。

こんな身勝手な感情が自分の胸にもあったのだから、振り回されるのも仕方ない。

「あのねアディ、私さっきまで胸が痛かったのよ」

「胃もたれですか? すぐに医者を呼びましょう」

「違うの、胃もたれじゃなかったの」

ようやく分かったわ、とメアリがアディの手を両手で握り返す。――ちなみに、このときメアリ達を見守っていたパトリックが「アディが言い出したのか……」と呆れを込めて溜息を吐いた。だが何かを察したアリシアに腕をさすらればすぐさま表情を緩め、彼女の手を取るとこの場から離れていった――

そんな外野の事にも、それどころかいつの間にか外野が一人も居なくなった事にも気付かず、メアリはアディの手をそっと自分の頬へと寄せた。強請るようにすり寄れば、察した彼の手が優しく頬を包んでくる。

親指の腹で目尻を撫でるのは、涙の跡を見つけたからだろうか。

「あのねアディ、私……嫉妬してたの」

「お嬢が嫉妬ですか? 誰に? なんで?」

疑問符を浮かびあがらせそうなアディに問われ、メアリが肩を竦めた。

人の気持ちも知らないで……と、そんな恨み言が喉まで出かける。なるほど、これは噛んでやりたい気分だ。

「私が嫉妬するなんて、アディに関すること以外に無いでしょう」

「……俺?」

「そうよ。アディが皆に優しいから嫉妬したの。私以外の女性が貴方に触れるのが嫌だったの。私だけを見つめて欲しかったの。でももう大丈夫よ、アディが皆に優しいのは、皆が私に優しいからだものね。全て私のためだわ」

そう話しつつメアリがアディの手に頬をすり寄せ、その心地よさに瞳を細めた。

アディが他の女性達に優しく親切にするのは、彼女達がメアリに優しく親切にしてくれるからだ。それを見て嫉妬していた……なんて矛盾だろうか。

今になって思えば笑えてしまいそうだ。そう考えてメアリが酔いしれるように目を開けて窺えば……、

「お嬢が嫉妬……俺のために……?」

錆色に負けぬほど真っ赤になったアディの顔があった。

「アディ、貴方ってばなんて顔してるの?」

「……だって、お嬢が……俺のためになんて……俺はずっと嫉妬してたけど……だから、嫉妬するのは俺の方で……」

しどろもどろにアディが訴える。

長くメアリだけを想い、身分の差ゆえに諦めかけ、それでも諦められずに思い、そして敵わない男に嫉妬し続けたアディにとって『メアリが自分のために嫉妬する』なんて夢にも思わなかったのだろう。とりわけ、相手が他でもないメアリなのだからなおのこと。

喜んでいいのかどうして良いのか分からない、むしろ未だ実感しきれていないと言いたげな彼に、メアリがクスと小さく笑みを溢した。

「あら、知らないの? 誰だって、アルバート家の令嬢だって嫉妬するのよ」

まるで前から知っていた事を教えてやると言いたげにメアリが説明する。

それに対してアディが錆色の瞳をぱちんと一度瞬かせ、穏やかに微笑んだ。メアリの頬に添えていた手をするりと滑らせ、そっと肩に触れてくる。

「嫉妬なんてさせて申し訳ありませんでした」

「まったくだわ。誰よ胃もたれなんて言い出したのは。やぶ医者よ」

「その点に関しても誠に申し訳ありませんでした。廃業します」

誤診を謝罪し看板を下ろすアディに、メアリが笑みを強める。

彼の胸元に額を寄せるのは、言葉でこそ責めてはいるが怒ってはいないというアピールだ。察して、アディがより強く抱きしめてくる。

「誓います。もう二度と嫉妬なんてさせません。貴女だけを見つめます」

「私もアディだけを見つめるわ。そもそも愛し合ってるのに嫉妬なんて時間の無駄よね。嫉妬してる暇があるなら、さっさと解消して二人でいちゃついた方が時間の有効活用だわ」

きっぱりと言い切るメアリに、アディが小さく「有効活用……」と呟いた。だが改めて問わないのは、メアリが再びアディの胸元に額を摺り寄せたからだ。

「有効活用よ」とメアリが訴えると、察したアディの腕がメアリの腰に回される。

強く抱きしめられ髪を撫でられれば、メアリの銀糸の髪がふわりと揺れた。