軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13

「ベルティナ様は間違いなくゲームの記憶を持っていますね」

そうアディが断言するのは、パーティーから戻ってきた夜。

ドレスを脱ぎ入浴を済ませ、疲れたから寝よう……とメアリが自室に戻ったところ、机の上に見慣れぬ招待状が置かれていた。

中を見ると、

『ドリル・アルバート様 合金ドリル追悼会 夜の部』

と書かれている。日付は今日、時刻はそろそろ。場所は……アディの部屋。

それらを綴るレタリングは美しく、これがまっとうな文面であったならどんなに良かったことか……とメアリが招待状を眺めつつ瞳を細めた。

「妙な凝り方しないで、ちゃんと部屋に誘いなさいよ!」

そう文句を言いつつ、それでもと上着を羽織る。

そうして合金ドリル追悼会の会場もといアディの部屋へと行き、我が物顔で彼のベッドの上に腰掛け、紅茶を受け取り……先程の一言である。

どうやらダンスの最中にベルティナに色々と言われたらしく、そこで確証を得たのだという。

「ベルティナ様はお嬢のことを意地悪と仰っていました。お嬢がよく言われる『変わり者』でも『合金ドリル』でもなく、ましてや『鳥丼令嬢』とか『敏腕ドッグトレーナー』でもありません。意地悪、と仰っていたんです」

「待って、前二つはもう諦めたとして、新たに加わった二つについて聞きたいんだけど」

「俺に対しても、お嬢にいじめられているだの、無理矢理結婚させられているだのと、端からお嬢を加害者・俺を被害者と決めつけています」

「 大型犬(アリシア) は相変わらずだし、 小型犬(パルフェット) の泣き癖も治せていない。敏腕ドッグトレーナーなんて恥ずかしくて名乗れないわ。……違う、謙遜してる場合じゃない」

はたとメアリが我に返り、アディに向き直る。

今は鳥丼だのドッグトレーナーだのと気にしている場合ではない。今問題視すべきはベルティナの事だ。

だが彼女にドラ学の記憶があると言われても、メアリに驚きは無く、やはりという思いしかない。薄々と予想はしていた事だ。

「そうだと思ったわ。どうりで、私に対する嫌がらせがどれも記憶にあるものばかりなのね」

「記憶に、ですか?」

「そうよ。あの子が私にする嫌がらせは、ドラ学でメアリがアリシアに対して行った事なの」

庶民だと馬鹿にしたり、わざとらしくよろけてぶつかってみたり、衣服を汚したり……。挙げ句のはてにパーティーで意中の相手を目の前で奪う。

多少状況は変わってはいるものの、どれもドラ学のゲームとアニメ内でメアリが行った嫌がらせなのだ。取り巻きを従えてふんぞり返る姿なんてまさにではないか。

ドラ学ではこれらの嫌がらせにアリシアは傷ついていた。とりわけアニメは心理状況が鮮明に描かれており、涙を誘うシーンも多かった。嫌がらせを受けてアリシアが傷つき涙し、そこを攻略キャラクター達が優しく慰める……ワンパターンだが心ときめかせる展開だ。

それを話せば、アディの眉間に皺が寄った。

「……あの程度で傷つくアリシアちゃんが想像できないんですが」

「ドラ学のアリシアは人並の打たれ弱さを持っていたのよ」

「アリシアちゃんの、打たれ弱さ……? 物理的に打たれての事ですか?」

「驚愕の事実を前に混乱してるわね。彼女もまたドラ学とは違うの、耐久性だけを見ても別人と判断出来るわ。まぁそれはさておき、これでベルティナさんに記憶があることが確定したわね。そうなると……」

どうすべきか、と言い掛け、メアリがニンマリと笑みを浮かべた。

面白い、と思ってしまったのだ。

かつて悪役令嬢としてアリシアに嫌がらせをしていた自分が、今はやられる側に回っている。それも、本来ならばアリシアの友人になるはずのベルティナから。そのうえ、アリシアはメアリをベルティナから守ろうとしている。

それぞれのポジションも行動も、なにもかもが入れ違っている。

なんて面白いのだろうか。

相変わらずこの世界は少しドラ学だが、なかなかどうしてメアリ好みに皮肉が効いてきた。

「いいじゃない、受けて立ちましょう」

「お嬢、またそうやって……」

「たまには私だって、嫌われる行動をしてまともに嫌われたいのよ。それに、万が一にベルティナさんが私をぎゃふんと言わせられたら、悪役令嬢の座を譲ってあげても良いわね」

メアリが上機嫌に笑う。

対してアディは不服そうな表情で「人の気も知らないで」と愚痴ると共にゆっくりと立ち上がった。

メアリが座るベッドに乗り、背後に回ると後ろから抱き着いてきた。

「人の気も知らないで、ってどういうことよ」

「俺はベルティナ様に好かれても良い気分なんてしないんですよ。それなのに、まるで煽るように……」

「良いじゃない、たまには嫉妬されてみなさいよ」

「嫉妬?」

誰が誰に? とアディが間の抜けた声をあげる。

彼はルークが話していたときに居なかった。ベルティナに付き合わされていたのだ。それを思い出し、ならばとメアリがルークの話をしてやった。

頭では奪われるわけがないと、アディにその気が一切ないとわかっていて、それでもベルティナを愛しく思うあまりに嫉妬してしまう。そう苦し気にルークが話していた……。

そう説明する最中に背後から唸るような声が聞こえてくるが、どうやらアディは嫉妬されて複雑な気分のようだ。

「嫉妬するのもされるのも、俺の趣味じゃありません」

「嫉妬する? アディ、貴方も嫉妬したことがあるの?」

初耳だわ、とメアリが驚けば、背後から再び唸るような声があがった。随分と恨めしそうで、これにはメアリもよっぽどの事なのかと察する。

アディとの関係は長く、それこそメアリが生まれた時から共に居た。だが彼が誰かに対して嫉妬をしていたとは初耳だ。

思わずメアリが抱きしめられたままグイと背後を窺った。

「ねぇアディ、誰に嫉妬したの? なんで? どうして?」

教えて、とメアリが問いかける。だがアディは随分と険しい表情で呻るだけだ。

どうやらあまり口にしたくないらしい。

だが彼の頑なな態度と表情は余計にメアリの興味を掻き立て、抱き締められた自分の体を軽く揺すって「誰にも言わないから」と回答を促した。

そうして数度メアリが強請れば、根負けしたのかアディが溜息と共に口を開き……、

ガブリ、とメアリの首筋に噛みついてきた。

痛みなどない猫の甘噛みのようなもの、それでも思わずメアリが悲鳴をあげる。

だがアディは更に別の場所を、もう一カ所……とメアリの肩や首を噛んでくる。心なしか抱きしめてくる腕の力も増しており、メアリが必死に体を捻った。

「なによ! びっくりするじゃない!」

「貴女という人は……!」

「だからやめっ……! なんの恨みがあるのよ!」

「俺が嫉妬なんて、貴女に関すること以外にありえないでしょう!」

「だからって噛むことは……!」

噛むことは無いじゃない、と怒鳴りかけ、メアリが言葉を止めた。

先程のアディの言葉を脳内で反芻する。『貴女に関すること以外にありえない』と。

それはつまり……。

「私のために? 私のせいなの?」

改めるように確認すると、もとより強く抱きしめていた彼の腕に更に力が入る。チラと背後を見れば、アディの頬が、それどころか耳までも真っ赤になっているではないか。

そのうえメアリの視線に気付くと、耐えられないと言いたげにふいと視線をそらしてしまう。それすらも愛おしい。

だが今その愛しさに笑みをこぼせば、躍起になって再び噛まれかねない。

「私のことで、誰に嫉妬したの?」

「笑わないって約束してくれるなら話します」

「これ以上噛まないって約束してくれるなら笑わないわ。跡になっちゃうでしょ」

「……明日はスカーフを巻きましょう」

「もう跡になってるのね」

手遅れだったか……とメアリが肩を竦める。

噛まれたとはいえ痛みはないが、どうやらしっかりと跡が残っているらしい。今更になって申し訳なくなったのかアディが首筋にキスをしてくるが、それがまた跡になるので堂々巡りだ。

だがついてしまったものは仕方ない。それに、首筋の跡をスカーフで誤魔化すのというのも、なんだか甘くてむず痒い。――もちろんそんな事を言うわけがないのだが――

そんなむず痒さを誤魔化すようにコホンと咳払いをし、「それで?」と話の先を促した。

「私の為に、誰に嫉妬したの?」

「我ながら身の程知らずだと思っていますが……パトリック様です」

「パトリック?」

背後から聞こえてきた名前に、思わずメアリがオウム返しで尋ねる。

パトリックとは、他でもない数時間前まで共にいたあのパトリックのことだろう。

眉目秀麗・文武両道、誰もが憧れる人物。彼に恋焦れない令嬢は居ないとさえ言われているほどだ。その完璧さを、昔から付き合いのあるアディが知らないわけがない。

そのうえ、アディとパトリックは友人としての付き合いもある。

そんなパトリックに対して……とメアリが呟けば、わかっていると言いたげにアディが溜息を吐いた。

「パトリック様に嫉妬なんて、我ながら無謀だと思いますよ。それに、俺は昔からパトリック様こそお嬢と結婚するにふさわしい相手だと思っていましたからね」

過去の心情を語るアディの口調はどことなく苦しそうだ。それに気付き、メアリが慰めるように彼の胸元にすり寄る。

彼が話すのは、メアリがまだアディの気持ちを知らず、それどころか自分の気持ちにさえ気付いていなかった頃の事だ。

当時はメアリも自分の結婚相手はパトリックなのだろうと考えていた。互いの家柄も見目も釣り合い、なにより両家の為になる。そこに恋心は無いが友情があり、それならば十分だと、政略結婚が常の社交界において友情があるなら良い方だとさえ考えていた。

……パトリックと結婚すれば、変わらずアディと一緒に居られる。そんな自分の本音にも気付かずに。

「パトリック様と結婚すれば、お嬢は何不自由なく暮らしていける。アルバート家にとってもこれ以上ないほどの良縁。それが分かっていても、パトリック様には逆立ちしたって敵わないって分かっていても、それでも嫉妬してしまうんです」

「そうなのね……」

背中越しに聞こえてくるアディの話に、メアリが上擦った声色で相槌を打つ。

真摯に告げられる言葉、吐露される彼の話に、鼓動が速まって落ち着かない。

顔が熱い。いや、熱いのは顔か? 抱きしめられている体か? 心か? それすらも分からない。

その熱に浮かされて吐息を漏らしたが、その吐息すらも熱い。

「私を想ってパトリックに嫉妬ね……」

「誰だって嫉妬するんですよ。パトリック様だけじゃない、お嬢を取るならアリシアちゃんやパルフェット様にだって嫉妬しますからね」

「まぁ、嫉妬深い」

「そうですよ。俺は嫉妬深くて独占欲が強いんです。お嬢は面倒な男に捕まりましたね」

「本当、これじゃ逃げられそうにないわ」

照れ隠しなのだろう冗談めかして告げてくるアディに、メアリも冗談で返す。もちろん、逃げる気なんて無いのだが。

それでも口では参ったと言いたげに装うのは、メアリなりの甘え方だ。なんて甘いのだろうか、自分も、彼も。その甘さに酔いしれつつ、ぐりぐりと後頭部をアディの胸元に押しつける。

もっと話をしてくれと強請る、甘さのおかわりだ。甘ければ甘いほど良い。

「俺の嫉妬深さは尋常じゃありませんよ。俺は嫉妬するあまり……」

「嫉妬するあまり?」

「酒に酔うと、同僚達に『お嬢がパトリック様と結婚するなら、俺だってパトリック様と結婚してやる……!』って愚痴っていましたからね!」

なぜか――本当になぜだろうか――堂々と語るアディに、メアリが「そうなのね……」と呟き、スルリと彼の腕からすり抜けた。

突然腕の中が空になり、アディが「あれ!?」と間の抜けた声をあげる。それを聞きつつ、メアリは抱きしめられていたことで皺になった部屋着を整えた。

甘い時間は終わり、パンッと手を叩いて仕切り直しだ。

「さぁアディ、さっさと寝るわよ。明日は早いんだから!」

「早い?」

「えぇそうよ。だって……」

理由を言い掛け、メアリがニヤリと笑う。

「だって明日は、買い物にいくんだもの!」

そう宣言すれば、再びメアリを捕らえるべく腕を伸ばしてきたアディが「買い物?」と首を傾げた。