軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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あの冷え切った発表を終え、パーティーも元の賑やかさを取り戻してしばらく。

「二人共ここに居たのね」

とメアリが声を掛けたのは、麗しいドレスに身を包むカリーナとマーガレット。

先程の冷え切った空気の中でこそ瞳を細めて佇んでいた二人だが、今はまさに令嬢と言った様子でドレスの裾を摘むとメアリに挨拶をしてきた。それどころか、先程の発表が無かったかのように素敵なパーティーだと賛辞を贈ってくれる。

これにはメアリも微笑んで返し、令嬢らしく謙遜までしてみせた。傍から見ればなんとも麗しい光景ではないか。気品すら纏う三人の令嬢が優雅に談笑、絵画のようだ。

「ねぇ、もしよければ今から中庭に来てくださらない?」

「なにかあるんですか?」

「渡り鳥の試食会よ」

はっきりとメアリが言い切れば、カリーナとマーガレットが瞳を細める。その表情が「せっかく忘れかけていたのに」とでも言いたげだが、その程度でメアリが臆するわけがない。

「ゆくゆくは貴女達の国にも出店したいの!」と意気込んで二人を誘う。

いかに陸続きの隣国とはいえ、国が違えば好まれる味付けも変わる。カリーナもマーガレットも、メアリにとっては大事なアドバイザーなのだ。

そんな意気込みに対し、二人の令嬢が肩を竦めると共に軽い謝罪をしてきた。曰く、これから用事があるのだという。

「あら、そうなの?」

「はい、先程の警備から、いかに素早く、そしてジワジワと痛めつけて縛り上げるかを教えて欲しいと言われてまして」

「そう、もはや頑張ってねとしか言いようがないわ。マーガレットさんは……あ、良いわ、言わなくても分かるから」

「はい、バーナードです」

「何も聞いてない」

優雅に微笑みながら宣言する二人に、思わずメアリの頬が引きつる。

片や凍てつくほど冷ややかで、片や燃え上がる熱意を瞳に宿している。どちらも気品があり美しい微笑みだが、纏う温度差と言ったらない。思わずメアリがフルリと体を震わせ「今日はお母様のパーティーだから程々にね」と告げた。この忠告に効果があるかは定かではない、なにせ冷気と熱気の温度差が尋常ではないのだ。

そんな中でもメアリが小さく笑みを零したのは、カリーナとマーガレットが会場を見回し、まるで揃えたかのように「リリアンヌさんは?」と尋ねてきたからだ。今回の件に関して彼女の働きに一目置き、声を掛けてやろうとでも考えたのか。

だが生憎とリリアンヌはこの会場に足を踏み入れることなく北へと戻ってしまった。

協力出来ただけで十分だと、パーティーに招いてもらえる立場ではないと、そう己の過去を顧みて辞退したのだ。

一時はエレシアナ大学で男を侍らせて頂点に君臨していた者の末路、そう考えれば哀れにさえ見える。

もっとも、切なげに辞退するリリアンヌに対して、メアリは同情することもなくニヤリと笑って「早く帰って褒めて貰いなさい」と一筆認めてやった。

もちろんそれは彼女の帰りを北の大地で待つ者がいるからだ。メアリの為に働いたと知れば、彼はきっとリリアンヌを褒めてやることだろう。二人が今どんな関係にあるかは分からないが、ポッと頬を染めて手紙を受け取るリリアンヌの表情を見るに、頭を撫でて貰うぐらいは出来そうではないか。

それを話せばカリーナとマーガレットが顔を見合わせ、そして苦笑と共に肩を竦めあった。いまだ彼女の事は許せないが、かといって不幸を願う程でもない。遠い地で幸せならそれで良いか……と、二人の表情がそう語っている。

なんとも天邪鬼な令嬢達ではないか。思わずメアリが笑みを零し、今度手紙でも書いてやったらどうだと提案しようとし……、

「それじゃメアリ様、 捕縛の練習台(ランダル) も届いたみたいなので失礼します」

「私も、さっきからバーナードがチラチラと私を……私だけを見ているので失礼します」

と颯爽と去っていく二人の背を何も言えずに見送り「みんな幸せってことよね」と結論づけて中庭へと向かった。

「あそこまで意味深に勿体ぶって渡り鳥丼屋なんて、まったく相変わらずメアリの思考は常識の別次元をいってるな。……あぁ、でも確かに悪くない」

とは、上品な所作で渡り鳥丼を食べるパトリック。シンプルどころか飾り気のない渡り鳥丼も、彼が上品な手つきで口にすると一級の料理に見えるから不思議なものだ。

そんなパトリックの隣では、

「私達、てっきりメアリ様とアディさんがアルバート家を継ぐのかと思ってたんですよ……それなのに渡り鳥丼屋。あ、本当に美味しい。おかわり、おかわりください!」

とアリシアが美味しそうに渡り鳥丼を食べている。

一口頬張っては表情を綻ばせまた一口と、まさに銀食器が止まらないと言わんばかりではないか。健康的な食べっぷりは元々の愛らしさと微笑ましさが合わさって、渡り鳥丼の魅力を更に引き立てている。

「確かに大事な発表ですが、まさか渡り鳥丼屋……。美味しいですぅ」

「一等地にオープンとなれば重大な発表ですが……。本当だ、これなら他国でも人気がとれそうですね」

とはパルフェットとガイナス。二人で渡り鳥丼を堪能しつつ、自国で出店するなら流通ルートはどうの、店の場所はどうのと話している。

そんな現在地はアルバート家の庭園。

あの冷え切った発表を終え、庭園にテーブルを構えて渡り鳥丼の試食会である。

「だから、アルバート家を継ぐ気はないって言ってるじゃない。それを勝手に勘違いして……。というか、なんだかんだ言いつつ皆しっかり味わってるじゃない」

とは、そんな試食会を見守るメアリの恨みがましい一言。

そうしてコホンと咳払いをして、いまだ文句を言ったり渡り鳥丼を堪能したりと楽しく過ごす面々に視線をやる。

聞けば、彼らはメアリがアルバート家の跡を継ぐと勘違いし、そのうえこのパーティーで発表するとまで考えていたらしい。そしてそれを邪魔しようとするロートレック家を捕まえようとし、アルバート家の一室に集まり手筈を整えていたというではないか。

パトリック達が集めたという証拠を突き付けられたロートレック家もまた、メアリがアルバート家の跡継ぎになると勘違いし、だからこそ辞退させようと脅していたのだと自白した。

これにはメアリも溜息しか出ない。

なにせメアリはあくまで渡り鳥丼屋のために行動し、渡り鳥丼屋のためにあれこれと手配していただけなのだ。ロートレック家が違法の取引に使っていたというあの道も、メアリは渡り鳥丼屋のために目をつけ、渡り鳥丼屋のために話し合い、渡り鳥丼屋のために治安を正したに過ぎない。当然、ロートレック家の違法など全く気付いていなかった。

つまり、誰もがまったくもって見当違いだったということだ。

これ以上の疲労感を感じさせる結論があるだろうか。

それを溜息交じりに嘆けば、隣に座るアディがクツクツと笑いだした。悪戯気なその笑みに、メアリが――どうせ効果はないとわかっていても――彼を睨み付けた。

「なによ失礼ね」

「いえ、やっぱり今回も空回ったと思いまして」

「ふん、今回はたまたまこうなっただけよ! 流石の私も時には失敗をするわ。時には、だけどね」

「カレリア学園時代の『目指せ没落』」

「やめて」

「エレシアナ大学時代の『私は傍観に徹するわ』」

「やめて」

「そして今回追加の『渡り鳥丼屋を邪魔する組織の仕業』」

「やめてってば!」

きぃ! と喚いてメアリがテーブルの下でアディの足を蹴っ飛ばす。

そうして怒りを露わにそっぽを向きつつ、それでもチラと横目でテーブルを囲む面々に視線をやった。

結論を言えば、見当違いの勘違い。

だけど彼らは自分を案じ、そして行動してくれたのだ。

それはきっとメアリがアルバート家の令嬢だからではなく、彼らの友人だから……。家名も何も関係なく、友人の危機に奮い立ってくれたのだ。

それを考えればメアリの胸になんとも言えない感情が湧く。だかそれを素直に言い出すことも出来ず小さく唸れば、異変を感じ取った誰もが不思議そうに様子を窺ってくる。

だが今のメアリにはそんな視線もまた気恥ずかしさを増させ、ツンと澄ましてそっぽを向いて、

「……か、感謝してないこともないんだからね」

と告げた。

なんとも分かりにくく、そして天邪鬼にも程がある言葉ではないか。だがこれこそ、アルバート家の令嬢ではなく、ただのメアリ・アルバートが精いっぱい素直になって紡いだ感謝の言葉なのだ。

これには誰もが目を丸くさせ、次第にクスクスと柔らかな笑みを浮かべた。

そんなパーティーを終えて、アディと二人で庭園を歩く。

屋敷の中では後片付けが開始され慌ただし気な声が続くが、広い庭園を少し歩けばそれもどこか遠くに感じられる。

ザァと吹き抜ける風が木々を揺らし、メアリの銀の髪がふわりと揺れた。なんとも令嬢らしく美しい光景だが、今のメアリはわざとらしく髪を押さえてそれを堪能することもなく、

「なによ、みんなして十分すぎるほど食べてたじゃない!」

と友人達に対する怒りをあらわにしていた。

もちろん渡り鳥丼の試食会のことである。

てっきりアルバート家の跡を継ぐと思っただの、それがまさか渡り鳥丼屋なんてだのと彼等は散々文句を言っていたが、それでも出された渡り鳥丼はペロリと平らげていた。それどころか、アリシアに至ってはよっぽど気に入ったのかおかわりまでしていたのだ。

渡り鳥丼が好評だったことは嬉しくもあるのだが、発表の瞬間の白けた空気を思い出せば不服でもある。だからこそブツブツと呟くように訴えれば、そんなメアリの心境が手に取るように分かるのだろうアディがクスクスと笑った。

「……なにが言いたいのかしら」

「いえ、なんでも」

ニンマリと笑むその表情のなんと憎らしいことか。

思わずメアリが唸るようにアディを睨み付け、「そもそもねぇ」と怒りの矛先を彼に定めた。

「そもそも、なによ『俺のお嬢』って! いつ私があんたのものになったのよ!」

「そんなこと言って、本音は?」

「男らしさに思わずうっとり」

熱っぽい吐息を漏らしてメアリが頬を押さえる。

なにせあの瞬間のアディは勇ましく、普段の彼からは考えられない荒い口調がまた男らしさを感じさせた。鬩ぎあいを前に不安と困惑が占めていたメアリの胸も、そんなアディの姿に高鳴ってしまったほどだ。

思い出すだけで頬が熱を灯す……。

ほぅと熱っぽい吐息を漏らすメアリの反応に、アディが穏やかに笑みながら風にふわりと揺れる銀糸の髪に手を伸ばした。指で絡めて、そして指先で頬を擽ってくる。

その甘さにメアリが心地良いと瞳を細め、次いでポツリと呟かれた「俺は……」というアディの言葉に、頬に触れる手に擦り寄るようにして彼を見上げた。

「俺はお嬢が生まれた時から……いや、生まれる前から貴女のものでした」

「……アディ」

「夫婦になってもそれはずっと変わらない」

そう話すアディの声色は穏やかでいて、どことなく熱っぽい。それが不思議と耳を擽られるような感覚を覚え、メアリが小さく吐息を吐いた。

錆色の瞳が細められる。片目を覆った眼帯のせいか、それとも二人きりというこのシチュエーションのせいか、その笑みに思わずメアリの胸が高鳴った。

「俺はずっとお嬢のものです。だから、お嬢も俺のものになってください」

そう真っすぐな錆色の瞳で請われ、メアリが小さく息を呑む。だが次いで吹き抜ける風に髪を押さえ、そして笑みを零した。「馬鹿ね……」と呟き、頬に添えられた彼の手に己の手を重ねる。

アディはずっとそばにいた。そしてメアリの為に生きてきた。それはメアリが生まれる前から、それどころかまだ母のお腹に居て、性別すらもわからなかった頃からのことだ。そして今この瞬間も、そしてこれからもずっと変わらず隣に居てくれる。

『貴女の隣が俺の居場所だ』

そう熱意的に告げてくれた彼の言葉が脳裏によぎる。

確かに彼は私のものだ、そうメアリが心の中で呟く。だけど……、

「馬鹿ね、アディ……」

「お嬢?」

「とっくの昔から、私だって貴方のものよ」

そう笑いながらメアリが返せば、アディが嬉しそうに瞳を細め、そして誘うように顔を寄せてきた。

その意味を察してメアリもまた応えるように瞳を細めれば、唇に柔らかな感覚が伝い、それが全身に満ちて胸が甘くとろけていく。

そうしてゆっくりと唇が離され、代わりにアディの手が腰に添えられ抱きしめられた。苦しくないように優しく、それでいて逃がすまいと強く。優しさと強引さを交えたその抱擁が更にメアリの胸を熱く焦がす。

そのうえ、彼の錆色の瞳がジッと見つめて再度のキスを強請ってくるのだ。抗う理由もないとメアリがそれに応え、先程より幾分深い口づけと、そして背を押さえていた手がスルリと下がり、絡めるように手を繋がれてうっとりと酔いしれた。

両の手を、それぞれ指を絡めて交わす。時折擽るように動かされては包み込むように握られ、それがまた堪らなく心地よい。

なんて甘くて熱い……拘束。

「これは、節度防止!」

拳を放てない! とメアリが声をあげれば、してやったりとアディが笑う。

次いで顔を寄せて、再びキスを強請ってくるのだ。こうもガッチリと両手を握られてはメアリも拳を唸らせることができず、大人しくキスを受け……。

「……頭突き、か」

と最終手段をポツリと口にした。

それを聞いたアディが慌てて手を放したのは言うまでもない。

「すみませんでした! ちょっとばかし調子にのりました!」

「問答無用! 覚悟なさい!」

身構えるアディに、メアリが拳を握る。そうして拳をアディの脇腹に埋め……はせず、衝撃を覚悟し目をつぶる彼の隙をついて、ヒョイとその首元へと腕の進路を変えた。

ぎゅっと抱き着き、もとより近いこの距離を更に埋めるように身を寄せる。仕上げにとメアリからキスをしてやれば、一撃食らうと覚悟していたアディがパチンと錆色の瞳を瞬かせた。

そうして、どちらからともなくそっと唇を離す。

してやったりとメアリは笑うも、対してアディは不意打ちのキスに顔を赤くさせた。

「……本当、お嬢には敵いませんよ」

「あら当然じゃない。私を誰だと思ってるの?」

ふふんとメアリが銀糸の髪を片手で払って得意気に告げれば、アディが楽し気に笑って、

「アルバート家のご令嬢です」

と答えた。その言葉にメアリが満足気に頷きつつ、「それで?」と悪戯っぽく笑って続きを促す。もちろん、メアリはアルバート家の令嬢だが、アディにとってのメアリはそれだけではないからだ。

だからその答えをと強請る様に見上げれば、意図を察してアディもまた笑い、

「貴女はアルバート家の令嬢で……俺の大事なお嬢です」

と軽いキスを――拳で咎められない程度の軽いキスを――してきた。