軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話

ゲラリオやドドルを交え、対ロランの対処法を相談したが、おおむね自分たちが話していたのと同じ結論だった。

敵は海に留めるべし。上陸は許すまじ。そのために、監視網を築くべし。

それから、戦を前にして島内が浮足立たないように手を打つべし。

腕木通信の説明は大変だったが、説明を続けることでようやく理解してくれて、半信半疑ながら、計画に賛成してくれた。

もっとも、ゲラリオが賛成してくれたのは腕木通信の素晴らしさに納得したというより、とにかく塔を立てておきさえすれば、腕木通信が機能せずとも鐘を鳴らしたり旗を振ることで最低限の通信機能を確保できるだろう、と見込んでのことのようだ。

それからもうひとつ。

ゲラリオは腕木通信の理論を理解できるような人材の確保について、強い興味を示していた。

なぜならそんなややこしい話を理解できる人物ならば、件の大規模魔法陣の解析にも力を発揮できるはずだから。

そして戦の専門家であるゲラリオが賛成するのなら、イーリアやクルルたちがあえて反対する理由はなかった。

その後は戦に向けて、島の内部で混乱が起きないようにどうすればいいかをあれこれ話してから、それぞれの持ち場に向かうこととなった。

自分は商会に向かい、ロランであったことを手短にヨシュに伝え、それから魔石の在庫を用意してもらった。

船賃として払うためだと言ったら、明らかに驚いていた。

なにせバックス商会との取引よりも、量が多かったのだから。

「まさか本当に、満額支払うとはな」

ロランで共に戦ってくれた、百日紅の館にいた男が皮肉っぽく笑った。

「良くて半分くらいかと思ってたぜ」

「うちは信用第一ですから」

肩をすくめた男は、箱の中から取り出していた魔石を箱に戻して言う。

「うちもたっぷり財宝を盗ませてもらったし、母ちゃんからはお前らと仲良くしとけって言われてる。ロランと戦になるなら、食料が必要か?」

彼らはロランから奪った宝物を抱え、このまま帝国の中央に向かう手はずだ。

「それは……すごく、助かります、けど」

「この船の船長には貸しがあるんだ。俺らを送り届けた後、積み荷を持ってこさせよう。多分、ロランの奴らがくる前にぎりぎり間に合うだろ。ああ、支払いはこっち持ちでいいぜ。あんまり金貨が手元にあっても危ないし、なにより」

男はにやりと笑う。

「金箱にしまっておくより、あんたらに貸しておいたほうが割りが良さそうだからな」

「ありがとうございます。助かります」

男はうなずいてから、へっと鼻を鳴らす。

「あんたらなら、なんか簡単にロランに勝っちまいそうなんだよな。宮殿ではいい暴れっぷりだった」

「皆さんの攪乱があってこそです。道中お気をつけて」

手を差し出すと、男は目をしばたかせていた。娼館で暮らす男たちには、お上品な握手の習慣があまりないのかもしれない。

彼はこちらの手を痛いくらいに握り返してから、さっさと出港の準備に取り掛かっていた。

彼らはいわば逃亡中の身なので、ぐずぐずしている場合ではない。

ジレーヌを出港して東に向かえば、ほどなくアズリア属州の州境を越える。一休みは、ロランの手の届かない土地についてからするのだろう。

彼らとの取引を終えて桟橋から港に戻れば、こちらも忙しそうに立ち働くカッツェら港湾の男たちに交じり、クルルがいた。

「話は終わったか?」

旅装ではなく、いつものメイド服っぽい恰好なので港では少し浮いているが、そのせいか三割り増しで女の子らしく見える。

「ロランの封鎖に間に合うかわかりませんが、彼らを乗せた船が帰りに食べ物を届けてくれるよう、頼んでくれるみたいです」

「そいつは結構だ。ドドルとマークスの奴らが商会を回ってるが、やっぱり戦の話を出すと、あいつら商品を出し惜しみしようとしやがる」

クルルがドドルやマークスたちと共に港の商会を回っているのは、戦いに備えた下準備だった。

戦の話が広まり島内の物価が高騰する前に、主だった商会が抱えている在庫を把握しにきたのだ。

戦の話が出て最も困るのは、物資を抱えた商会の溜め込みや、その物資ごと島から逃げ出してしまうこと。それから投機的な買いだめだ。

島から出ていくのは自由だが、島の中で自由に振る舞うことまでは許さない。

戦を理由にした極端な値上げは封じておきたかった。

商人たちとしては儲けの種を潰される格好だが、領主権が確立しつつあるイーリアの権威なら、この政策も難しくはないはず。

もちろん、自分たちの商会がそのすきに儲けようとはしないことを約束してある。

「けど、本当に無理やり商品を取り上げておかなくていいのか?」

クルルには気の短いところがあるので、商会に出し惜しみをやめさせるならば、徴発してしまったほうが話は早いのにと言いたげだ。

「無理やり取り上げたら、また反目されそうですし、今後の協力が得られなくなるかもしれません。睨みをきかせるだけのほうがいいと思います」

クルルは、そんなものかねと肩をすくめていた。

「木材のほうはどうなりそうですか?」

「ほら、元々港をもうひとつ作る予定だったろ? ドドルとケンゴの采配で、その港用に確保していた木材を、獣人らが運んでくれるみたいだが――」

クルルが言葉を切ったのは、言ってるそばから、巨大な丸太を肩に乗せてのっしのっしと歩いていく獣人たちが見えたから。

「魔法使いもすごいですけど、腕力ではやはり獣人の皆さんが桁違いですね」

ロランでは獣人の奴隷貿易が盛んにおこなわれていたが、さもありなんと思う。この労働力は圧倒的だ。

獣人の血を半分引くクルルも、ロランの光景を思い出したのかどうか、肩をすくめていた。

「しかし、なんだな」

そう言ったクルルはふと遠い目をして、倉庫の前で商人とやりとりしているマークスたちを見やると、口をつぐむ。

「どうしました?」

尋ねれば、つぐんだ口を開いたクルルは、大きめのため息をついた。

「ロランは大概ひどかったし、貴族の連中の態度のでかさには常々苛々させられてきた。あいつらの、人を人とも思わない傲慢な様子はなんなんだってな。まあ、私は半分人じゃないんだが」

自嘲気味に左側の犬歯を覗かせ、クルルは笑う。

「けど、今やイーリア様の名前を出せば、この島なら誰も彼もがぺこぺこする。おかげで連中の気持ちが……ちょっとわかってくる」

商会から無理やり物資を取り上げているわけではないが、在庫を把握して、売り渋りや買いだめをやっていたら容赦しない、とにらみを利かせている。

もちろんこんなこと、ノドンがいた頃には到底できなかった。

なにかを思いどおりに進められるというのは、まさしく権力そのものだ。

クルルはその味に、なんともいえない感情を抱いてしまったようだ。

「怖くなる。魅力的なところが、特にな」

ジレーヌ領はいわば下克上の真っ最中。

イーリアはついこないだまでお飾り領主だったのに、今や州都ロランに赤っ恥をかかせた実力者で、クルルはその第一の従者だ。

荒波の打ち寄せる海岸を前にして、逃げる場所などない、と思い知らされたかつての幼い少女は、その手に突如、大きな力を握ることとなった。

魔法の時はややはしゃぎがちだったが、この権力というものは、それ以上に手になじみがないのだろう。

けれどクルルのその戸惑いは、健全なものだと思う。

「お酒みたいなものですよ。気をつけるほかありません」

クルルはぴんと猫の耳を立ててからこちらを見て、曖昧に笑った。

「権力に酔うと言うしな」

「あ、その表現はこっちの世界でも同じなんですね」

自分が変なことに感心していると、クルルは小さく笑いながら、肩をすくめていた。

「お前は王になっても変わらなさそうだけど」

「そりゃあ、根っからの庶民ですし」

「変な奴」

クルルの緑色の瞳がこちらを見つめ、きゅっと細められる。

「けど、お前がいれば、私たちが道を間違えることもなさそうだ」

にっと笑うと、唇の下から牙が見える。

そんなクルルと並んで立ち、港にある商会の在庫を確認して回るマークスたちの様子を眺めていると、目前に迫った戦なんていう話が、まるで嘘のようだ。

天気がよくて、風もなく、平和な港の昼下がり。

ふと、クルルの鼻歌まで聞こえてきた。

ロランから逃げてくる船の上で、船員たちが歌っていたものだ。

拍子を刻むように猫の耳が揺れていて、そこでリズムをとるんだと笑ってしまう。

そんなクルルのやや調子っぱずれな鼻歌を聞きながら、嵐の前の静けさとも言える、平和な時間を過ごしていた。

……というのは、仮の姿だ。

なぜなら平静を装った顔の下で、自分はずっと葛藤に苛まれていたのだから。

クルルはロランからの船を降りて以来、まったくいつもと変わらない様子だった。

あまりにいつもどおりなのでこちらも普通に接しているのだが、ずっと気になっていた。

ロランから逃げてくる際の船の上、その時のクルルとの最後のやり取りだ。

クルルは、どういうつもりなのだ?

あの船の上での甘酸っぱいやり取りは、危機から脱出してほっとしたための、ちょっとした気まぐれなのだろうか?

これからロランとの戦が待っている。

戦を前になにを考えているんだと言われたらそのとおりなのだが、ロランとの戦に負けるつもりがなかったとしても、なにが起こるかわからないとロランで学んだばかり。

夢だったゲーム製作だって、先延ばしにしていたせいで間に合わなかった。

隣でついに尻尾まで揺らしながら機嫌よく鼻歌を歌っているクルルの横で、覚悟を決めた。

「あの、クルルさん」

「ん?」

振り向くクルルを見ると、緊張する。

思春期の少年じゃあるまいに、まったく情けないと思いながら、切り出した。

「その、船の上での、話のことなんですが」

明らかにあれは、想いを告げる流れだった。

ならば告げるべきことは、告げられる時に告げておくべき。

大きく息を吸って、クルルのほうに体ごと向き直る。

そして見つめていた足元から顔を上げて――。

自分はびくりと体をすくませていた。

なぜなら、こちらを見るクルルが、すごく嫌そうな顔をしていたのだから。

「その話、二度と口に出すなよ」

クルルはそう言って、ぷいっと前を向く。

「……」

もうちょっと港風が強かったら、自分はその場に崩れ落ちていたかもしれない。

船の上でのやり取りは、ロランから無事に脱出できて安堵したことによる、気のゆるみだったのだろう。

一人舞い上がっていたのは、自分だけだった。

勇み足。勘違い男。浮かれポンチ。

頭の中が真っ白になっていると、腕組みをして不服そうに前を向いていたクルルが、うつむきがちに言った。

「……イーリア様が、すごいからかってくるんだよ」

「………。…………ん、え?」

「あんな楽しそうに尻尾を揺らすイーリア様、見たことない」

クルルは心底嫌そうにため息をついてから、こちらを見た。

頬が、少し赤かった。

「この服だって、ヨリノブは絶対こういうほうが好きだからとか、そんなことばっかり言うんだ。港にいくんだから変だって言ったのに」

嫌そうに喋るたびに、尖った牙が見え隠れする。

こちらがなにも言えないでいると、クルルは口をつぐみ、こちらの足を蹴ってくる。

「このまま流されたら、イーリア様の思惑どおりみたいで悔しいだろってことだよ。だから、しばらくは今までどおりの振りをしろ」

クルルはそう言って、また前に向き直る。

胸の前で腕を組み、堂々と胸を張るクルルは、ノドン時代を生き抜いてきた気丈な従者のそれ。

でもその横顔を見ていると、猫耳は落ち着かないし、尻尾は揺れているし、頬は赤くて、口は意地っ張りの子供みたいに引き結ばれている。

「わかったな?」

そして自分は、ノドン時代からクルルに頭が上がらない。

「はい」

反射的に返事をしていた。

クルルは鼻を鳴らして、目を逸らす。

自分はなにを言うこともできず黙っていたのだが、ふと、右足のふくらはぎのあたりがわさわさした。

クルルが尻尾でちょっかいを出しているのだと気が付くと、緑色の目がこちらを見ていた。

「バカヨリノブ」

クルルはそう言ってから、小さく笑う。

でもそれも一瞬のことで、商会から出てきたマークスたちに気がつくと、彼らが手を振ってくるのに合わせ、手を掲げていた。

なんだかおあずけを食らった気分だが、そもそも以前からクルルには頭が上がらなかった。

それに、イーリアがからかってくるのだという、クルルのうんざりした様子には、心当たりがある。

あの意地悪な領主様に、餌を与えてはなるまい。

ただ、この今ならば、誰も聞き耳を立てていないはずだ。

「その服も、ドラステルの衣装も、どっちも好きですよ」

不意を突かれたクルルは、猫耳をぴんと立て、つま先立ちになっていた。

そして不意を突かれたことに悔しがるようにこちらを見て、腕を叩いてくる。

「あほっ」

牙むき出しでそう言い残したクルルは、大股に歩きだす。

服だけじゃなく、髪の毛をおさげにしてくれていたらもっとよかったです、とは心の中でだけ呟いた。

クルルの小さいが力強い背中と、スカートの下から見え隠れする尻尾を追いかけ、自分も小走りに駆けていったのだった。