軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十話

「降伏するなら命の保証はする! だが、攻撃をしてきた時点で神の慈悲すらないと思え!」

コールの口上に、敵魔法使いは無言。

コールがのっそりと階段下から体を出すと、たちまち爆炎が襲う。

「これが答えだな」

コールが魔法をすべて吸収する中、自分も意を決して立ち上がる。

爆炎の激流の中を、自分に体を支えられたコールが歩き出し、その後ろにクルルがついてくる。

消滅魔法で魔法を防ぎながら、後ろから攻撃を放てばという提案は、却下された。

この消滅魔法は、一定範囲内の魔法を吸収してしまうらしいから、チームを組んでの戦いには向いていない。隣にいる仲間の魔法使いの魔法まで吸収してしまうから、よほどタイミングを合わせられる瞬間まで待つ必要がある。

「あいつを倒せば、塔の中にまで魔法使いはいないだろう。まさか本当に敵がくるなんて思ってないだろうからな」

爆炎が一瞬途切れ、再び爆炎。

が、それは目くらましのようなもので、すぐに猛烈な風魔法が吹き荒れ、間髪入れずに再びの爆炎。

コールが力尽きるか、消滅魔法の魔石が効果を発揮し終えた瞬間、自分たちは消し炭になる。

敵はこちらの魔石が素早く消滅するように、コールが魔法を節約できないようにあれこれ手を変えている。

しかし。

「お前たちは、本当に恐ろしい発見をしたんだな」

肩を支えられたコールは、慌てず、急がず、呼吸も乱さず、冷静に前を見据えている。

魔石からは、休みなく濃い紫色の煙が出続けている。

だが、コールはその巨大な魔石を握り続けるほうが大変そうなままだった。

「終わりか?」

爆炎が通り過ぎた後、敵魔法使いが肩で息をしているのが見えたし、まったく無事なこちらを見てぎょっとしていた。

慌てて服の袖を漁り、直後に、バシっという音がした。

雷系の魔法で、こちらに一瞬で届くが、効果もまた一瞬だ。

足止めには不向きで、それがブラフでなければ、魔石在庫がつきかけているのだろう。

「諦めろ。この魔石の容量は、超二級だ」

コールと自分は、淡々と歩みを進めていく。

魔法消滅の魔石は、これだけ使ってもまだ元の形を保ったまま。

その理由は、あまりにも分厚いからだった。

それこそダブルチーズバーガーのような分厚い魔石は、クルルの装飾品からほじくり出した魔石の粘土で、何枚もの魔石を繋ぎ合わせたものだった。

粉末にした魔石を練り合わせることで機能するなら、その粘土で魔石の魔法陣を埋めた後、魔石同士接着させれば複数の魔石がひとつの魔石になるのではという、電池の直列接続みたいな発想だ。

敵魔法使いが愕然とした顔で袖の下を探る。だが、次の攻撃がでてこない。

魔法使いは、走り出した。

塔の入口へ向けて。

「猫娘!」

コールが叫ぶと、クルルが前に出る。

その瞬間だ。

魔法使いが振り向いて爆炎を放った。

万策尽きて塔の中に逃げ込もうとした敵を追撃するには、消滅魔法をオフにしなければならない。その瞬間なら、こちら側に向けた攻撃も通る。

だが。

「こんなあっさり釣れるなんて」

がっかりしたようなコールの言葉の向こうで、愕然とする魔法使い。

すべての爆炎を吸収し終わると、コールの横で膝をついて魔石を構えていたクルルが、満を持して魔法を放つ。

強くなくてもいい。

たとえ相手が消滅魔法を待機させていても、それを出す暇がないくらいに一瞬で敵に届く雷魔法ならば。

「がっ⁉」

悲鳴とも呻きとも取れる声を一瞬だけあげて、体のよじれた魔法使いがその場に倒れ込む。

クルルがさらに追撃を放つと、哀れな魚のように体をけいれんさせた魔法使いは、耳から煙を上げたまま静かになる。

コールは右手から魔石を取り落とすし、クルルもまた魔力を使い果たしたのか、手を床についてしまう。

自分はコールをその場に置いて、長剣を手に駆けだした。

いきなり魔法を放たれるかもと怖かったが、敵魔法使いは完全に意識を失っている。

マントを剥がし、長剣で上から下まで服を切り裂いてひん剥いてから、ベルトで魔法使いを後ろ手に縛る。魔法使いはどこに魔石を隠しているかわからないし、それが一発逆転のきっかけになり得るということを、自分たちはよく知っている。

そうこうしていると、クルルとコールが互いに支え合いながら、こちらに向かってきた。

「おい、猫娘……もっときちんと……歩けないのか」

「こっちの台詞だ、が……くそ、足め、言うことを聞け!」

口の悪い二人が互いを支えあっている様子に、ちょっと笑ってしまう。

が、空中廊下の窓から、黒いサンタたちが一斉に逃げていくのが見えた。

「頑張ってください! 時間が!」

その直後、コールがクルルの背中を押し、その場に座り込む。

たたらを踏んで、あやうく転びそうだったクルルを自分が受け止めると、コールが言った。

「ここは僕が守る」

塔につながる唯一の一本道。

実際はもう歩けないのだろうし、本当はイーリアを助けに行きたいはず。

クルルはなにか言いかけたが、自分が先にコールに向けて口を開く。

「お願いします」

それから、こう付け加える。

「戻ってくるまでに、格好よく立てるようになっててください」

コールが驚いたように肩越しに振り向き、それから苦笑いしていた。

「黙れ」

その瞬間だけは、ノドンがいた頃のような、傲慢なコールなのだった。

◆◆◆◇◇◇

クルルのほうもだいぶ限界だったが、イーリアが塔の上の鍵付きの牢に閉じ込められていたら、自分だけだとお手上げになる。

敵魔法使いも鍵らしいものを持っていなかったので、牢を破るためにクルルをどうしても連れていく必要があった。

肩を貸し、太ももがちぎれそうになるのをこらえ、島に戻ったら絶対に筋トレするのだと心に誓いながら、螺旋階段を昇っていく。

塔に開けられた窓から、時折、ゲラリオが放っているのだろう魔法の音が聞こえてくる。

けれどその先に広がる大きなロランの街は、こんな争いなど起きていないかのように賑やかで、いつも通りに見える。

本当に島に戻れるのかもわからない。

わからないが、息も絶え絶えだったクルルが、突然はっと顔を上げた。

「イーリア様の匂いだ」

ほとんどこちらに全体重を預けていたクルルが、自分の足で歩き始める。

自分は帰りの体力など考えず、とにかくクルルを階段の上に押し出していく。

そして一体どれだけ登ったのか、分厚い木の扉が立ちはだかった。

「イーリア様!」

クルルが最後の力を振り絞り、蝶番を吹き飛ばす。

半壊した木の扉は、煙を上げながらゆっくりと倒れ――。

「クルル!」

イーリアが飛び出してきて、クルルに抱き着いて、二人諸共階段の下に落ちそうだったのを抱き止めた。

「クルル! ああ、クルル!」

「迎えに上がりましたよ、イーリア様」

ぎゅっぎゅしてんなよ、なんていうゲラリオの言葉はすっかり忘れているらしい。

けれど実際のところ、どうしたものかと自分は思う。

もう一度階段を降り、コールを回収して、港まで走る? ほぼ全員が疲労困憊のこの状況で?

およそ現実的ではない。

籠城、という単語が脳裏をよぎるが、コールから預かっていた魔石もほとんど残っていない。

消滅魔法の魔石にくっつけた合成魔石を引っぺがし、残された攻撃魔法の魔石を巨大化させるか? しかし、ここは敵地のど真ん中なのだ。物量で必ず負ける。

万事休す。

再会の喜びに浸っている二人を見て、現実を伝えようと口を開きかけた直後だ。

なにか空気が揺らいだ。

それは、狭い筒の中でポンプが空気を押し出すような感覚だった。

魔法が放たれる直前のような雰囲気に、敵の登場を想像し、死を覚悟する。

けれどすぐに聞こえてきたのは、大型の獣が走ってくるような、たし、たしっという音だった。

やがてなにか大きなものが階段下から現れたと思えば、コールに従っていた獣人だった。

『逃げるぞ』

獣人は屈強な男の十人分。

小娘二人を小脇に抱え、よわっちい自分を背中に担ぐくらいなんでもない。

空中廊下を通過して下に降りると、壁が大きく崩落していた。

その先ではゲラリオと、コールを小脇に抱えた獣人がいた。

「待ちくたびれたぜクソ野郎ども!」

ゲラリオは楽し気にそう言って、最後っ屁とばかりに巨大な爆炎魔法を放ち、高笑いと共に走り出す。

目指すのは、宮殿をぐるりと取り囲む石壁が崩れた場所で、そこからは雪崩のように人々が宮殿の敷地内に殺到していた。

略奪目当てなのだろう、麻袋を担いでいる者や、木箱を二人がかりで運ぶ者、それになぜか鍋を抱えている者までいた。

獣人が彼らを蹴散らし、自分たちをどうにか外に出してくれる。

外は外で大混乱で、塔の上から見た優雅な町の様子は気のせいだったらしい。

「港への道は?」

ゲラリオの問いに、獣人の一人が質問を返す。

『港の船にワレらの席はあるのか?』

その言い方は、助けてくれるなら道を教えてやる、という感じだった。

それで自分もようやく気がつく。

コールはどうするつもりだったのだろう。

攻め込む相談はしても、逃げる時の相談をしていなかった。

もしかして、イーリアを助けたら、そのまま残って死ぬつもりだったのではないか。

そこに答えたのは、イーリアだった。

「あるに決まってるでしょ! よくわかんないけど、こんなクソッタレな場所に誰も残るべきじゃないわ!」

イーリアが領主に相応しいと思うのは、まさにこういう部分だ。

「だとよ、よかったな」

ゲラリオが、獣人の脇に抱えられてぐったりしたままだったコールの頭を叩くと、抗議するように呻いていた。

狸寝入りだったらしい。

「……港へ、向かえ」

コールが忌々しげにつぶやくと、部下の獣人たちの顔がぱっと輝く。

コールとは良い関係らしい……というか、やっぱり死ぬつもりだったとしか思えない。

『舌を噛むなよ』

イーリアは獣人の右肩の上、クルルは左腕で小脇に抱えられ、自分は背中に担がれている。

コールももちろんもう一人の獣人に抱えられているし、まともに走れている人間は、戦場上がりのゲラリオだけだ。

傍から見たら、獣人による誘拐に見えたかもしれない。

そんな自分たちは港へと急いで向かい、悪いサンタクロースがまさに出港準備を終えたソリへと、ぎりぎりで滑り込むことができたのだった。