軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十七話

よくこの手の襲撃だと夜が選ばれる。

そのことを口にしたら、肩をすくめられた。

「暗い海に船出するつもりか?」

「それにここにゃあ不満を持った獣人がわんさといる。騒ぎにかこつけて暴れたい連中ばかりだからねえ。人がいる昼間のほうが、どさくさ紛れにいろいろできるってもんだよ」

ロランも今でこそ落ち着いているが、帝国に組み入れられたばかりのころは荒んでいて、考えうる限りのあらゆる混乱が起きたらしい。

そんな子供時代を過ごしてきたというやりてババアは、ノドンに輪をかけて現実的だ。

まったく恐ろしい世界だと思っていたら、やりてババアの手下が真っ黒い覆面をかぶり、クルルや自分にも手渡してくる。

自分がそれをかぶろうとしたら、クルルが言った。

「主人を助け出すのに、どうして顔を隠す必要がある?」

確かに、なに恥じることではないし、誰が犯人かなんて隠しようもないのだが、やっぱり顔くらいは隠すべきでは……と、ゲラリオに視線を向けると、肩をすくめられた。

「俺たちは川を渡るしかない。この奪還作戦は、俺らの名誉を奪い返す話だ。隠す必要はないし、舐めるんじゃねえって思い知らせる必要がある」

外交とは武力を背景にした意地の張り合いでしかない、とは誰の言葉だったか。

「白昼堂々、配下の魔法使いが人質にされた領主を奪還したのなら、ロランだけじゃなく、外部の勢力もまたジレーヌ領に一目置く。これは俺たちが島に戻ってから、得難い宝になる」

これはそういう話なのだ。

「ただ、本当はドラステルの格好がよかったんだが……」

クルルが残念そうに言う。

「あん?」

やりてババアの怪訝そうな顔に、クルルはちょっと照れながら事情を説明していた。

するとやりてババアはしばし考えた後、余っていた覆面を手で引き裂き、クルルの頭に巻き、もう一枚引き裂いて、ギャングのマスクのように口元に巻く。

最後にいかにも娼館の主人っぽい毛皮の外套を、クルルの肩にかけていた。

「あたしの中じゃあ、大魔法使いドラステルっていうと、こんな感じだね」

そこにいるのはイケメン義賊。

いや、海賊か?

「悪くないな」

ゲラリオも楽しそうに感心している。

クルルは頭に巻いたものや、口元のマスクを手でいじってから、最後にこちらを見た。

「かっこいいですよ」

クルルはその言葉に、深くうなずいて、猫の尻尾が機嫌よさそうにうねうねしていた。

「さあ、おしゃべりはここまでだ」

盗賊の女頭領が言った。

「任せな。下がってろ!」

すっかり義賊のつもりなのか、クルルがそう言って魔法をぶっ放したのだった。

◇◇◇◆◆◆

百日紅の館の一角が、クルルの魔法で吹き飛ばされる。

再建費用については、魔法使いだと確認もせずにクルルを売りつけたバックス商会に請求するとのことで、雨漏りがするという古いあたりを吹き飛ばしていた。

轟音に、夜の仕事に備えて娼館で寝ていた娘たちが何事かと顔を覗かせていた。

「行くぞ」

クルルの先導で、ゲラリオや自分が続く。

路地を走ってから振り向けば、やりてババアや娼館の女の子たちがこちらを見送っていた。

「あの人は……信用できるんですか?」

なにせ自分たちは、信じ切っていたオストロに一服盛られてこんなことになっている。

後ろから襲われる、なんてことになったら、今度こそ一巻の終わりだろう。

「そのへんはいつだって賭けだな」

ゲラリオは飄々と言ってのける。

「お前のことを信じるのだって、結構な賭けだったぞ」

先頭のクルルからそう言われてしまう。

確かに、ろくに魔法も使えないよわっちい自分が、領地を事実上支配していたノドンを倒すなどと寝言を言っていたわけだから、似たり寄ったりだ。

「だからどうにでもなるさ。今度は師匠もいるわけだし」

クルルの言葉に、ゲラリオはちょっと驚いてから、でれでれ照れていた。

「えっへっへ、師匠なんて呼ばれるのも悪くねえなあ」

ゲラリオは絶対後進の指導に向いている。

「まあ、実際、俺らは二頭の竜を倒したわけだし問題ないだろ」

「前門の虎に後門の竜でも、問題ないってわけですね」

そう言って、心強い、なんて思っていたら、クルルとゲラリオからあまり友好的ではない視線を向けられていることに気がついた。

「ニホンゴ」

クルルがいじけたように言う。

ことわざみたいなのはつい日本語になってしまう。

虎の翻訳が難しかったが、こちらの言葉に訳すとクルルは気に入ったらしい。

「私が虎だな!」

「竜なら文句はねえな」

前門の虎に後門の竜は、敵に囲まれてやばい、というのを表現する言葉だったような気がするが、この二人は逆に受け止めていた。

自分たちが、追い詰める側なのだと。

能天気にも思えるくらいの前向きさだが、こういう時にはなによりも心強い。

「ただ、私も信用できるのかどうか不安な奴がいる」

事前に地図を頭に叩き込んでいたのか、クルルは迷わず走り、大きな通りに差し掛かったところで、息を整えながら言った。

「コールお坊ちゃんか?」

ゲラリオが通りにちょっと顔を出し、待ち合わせ相手を見つけたらしい。

外套のフードをかぶって顔を隠している。

「あいつが味方だなんて、未だに信じられない」

どうやって自分たちが牢から抜け出せたかを説明したら、クルルは明らかに不機嫌そうにしていた。特に、イーリアを巡るロランの人々の思惑と、なによりもコールがイーリアと結婚したがっていたことなどについて、嫌悪感丸出しだった。

「まあ、今から行ってみりゃわかる。我が弟子よ、魔法を準備しときな」

コールが裏切っているのなら、ゲラリオが接触した途端、隠れていた捕縛の人間がわらわらでてくることだろう。

けれどゲラリオはそんなことには欠片も怯んでないとばかりに、いつものようにのんびり歩きだしていた。向かう先には荷馬車があり、主人が用事を済ませるのを待っているという感じの、二人の獣人がいる。

クルルは懐を漁り、やりてババアから受け取った魔石を手に握る。

「ヨリノブたちのほうは、ちゃんと合成魔石が役に立ったんだな」

道の隅に停められた荷馬車に歩み寄るゲラリオを注視しながら、クルルが言った。

「身ぐるみはがされることを考えると、もっと工夫の余地はありそうでした」

金属製の装飾品だと、魔法を警戒している以外にも、金品狙いで奪われてしまう。

「クルルさんのものも無事だったんですね」

戦いに邪魔だと思ったのか耳飾りは外しているが、首飾りと腕輪はつけている。

「安物の鉄にしたのは正解だった。なんにせよ、お前の言うとおり色々改善の余地はある。屋敷に帰るのが今から楽しみだ」

「自分は、あれこれの支払いとか、戦の準備とかで頭が痛いですけどね」

イーリアはバックス商会ではなく、ロランの市政参事会の建物に幽閉されているという。

ならばそこには、バックス商会だけではない、ロランの街としての判断が関わっていることになる。

そこに攻め入るのだから、この属州の州都を丸ごと敵に回すことになる。

「ゲラリオが言ってたし、あのばーさんにも聞いたろ? 私らが気概を見せたら、ロランの敵が私らの味方に付く」

世知辛いこの世界、いつだって敵の敵は味方。

属州の州都としてこの地域を支配するロランに対し、敵対する勢力もちゃんといる。

だからこそゲラリオは、イーリア奪還を、自分たちの名誉を取り戻すことでもあると言ったのだ。

名誉のない領主に味方をする領主など、この世界に存在しないのだから。

「ゲラリオさんには合成魔石のことを知られました。ですから次に戦う時は、魔石を出し惜しむ必要がありません。そこだけは、気が楽ですけど」

二級魔石、一級魔石だって作れるし、なんなら鉱山を抱えているのだから、事実上武器庫は無尽蔵だ。

戦略シミュレーションでこんなことになったら、無双モードだろう。

「腕が鳴る」

クルルが魔石を握り直し、にんまり笑っている。

むしろゲラリオが待ち伏せに会い、今すぐにでも魔法をぶっ放したがっているみたいに。

けれどコールは嘘をつかなかったらしい。

大聖堂の裏手に止まる荷馬車前でたむろする獣人と会話を交わし、荷馬車の幌をめくって中を覗きこんだゲラリオは、取引成立だとばかりに獣人たちと握手をしてから、小走りにこちらに戻ってくる。

「どうでした?」

自分の問いに、ゲラリオは肩をすくめる。

「あのお坊ちゃん、街の中で戦争をおっ始める気だぜ」

「戦争?」

「荷馬車の荷台が、ぎっしり魔石だらけだった」

自分の顔は笑みの形に引きつり、クルルは不服気だが、ちょっと見直したような顔をしていた。

「俺たちの脱獄はまだバックス商会にばれてないらしい。このまま突入するぞ。小便はすませたか?」

ゲラリオの檄に自分はうなずいたが、クルルは冷ややかな目をしていた。

「……師匠はいちいち下品なんだよなあ」

「え⁉」

まったく自覚がなかったらしいゲラリオが、本気でショックを受けていたのが面白かった。