軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十話

自分よりかはこの世界のことに詳しい健吾に相談し、マークスとあわせて世事に詳しそうなトルンにも話を聞いてから、ようやくのことで覚悟を決めた。

いや、他にまともな選択肢はないのだから、そうするのは決まっていたとも言えるのだが、元来自分は人の上に立つ人間ではない。もしもそうなら、大学生時代のあのゲームサークルの崩壊は……とトラウマが蘇る。

けれどもここはもはや引くにも引けない異世界の弱小領土で、領主を唆したのはほかならぬ自分だ。

魔石加工の工房を設立するとイーリアの屋敷で宣言すれば、イーリアは笑顔でぱちぱちと拍手をし、クルルは決断の遅さを呆れているのか、むっつりしていた。

「組合長は、案外すんなり納得したわよ。というか、組合が内部分裂しそうな中、反抗的な下っ端親方たちをあなたがまとめてくれるなら、助かるみたいな感じだった」

自分も組合の規則を調べてみたが、形としての民主制が採られていて、工房の親方一人につき投票権が一票あった。もちろん力関係で忖度があるわけだが、なんであれ弱小親方たちが親方の身分を放棄し、自分の工房の屋根の下に集まれば、それはたくさんあった親方票が、たったの一票になることを意味している。

これならば、組合の乗っ取りとは誰が見ても思わない。

「残念なお知らせとしては、組合加盟費用やらはまけてくれなかったことかしら」

「徒弟……元親方も含めてですが、人数分必要ってことですよね?」

「そうね。まあ、組合会館の維持や、職人たちのお祭りごと、怪我や病気をした時の御見舞金とか、色々物入りだからね。そこは仕方ないかも」

「……あいつらは、借金を棒引きしてやったことは忘れたのか」

クルルだけが不服そうだ。

そこに今回の件では色々仲立ちをしてくれたマークスが手を挙げる。

「確認だけど、イーリアちゃんよ。元親方たちは、市民権までは失わないってことでいいんだよな?」

職人組合に属し、一国一城の主である親方というのは、立派な市民権を持つ人物でもある。

この感覚はよくわからないのだが、市民権を持つか持たないかは、この世界の人たちにとってかなり大きな意味を占めるらしい。同じ場所、同じ家に住んでいても、市民権があるのとないのとでは、身分がまったく違うのだ。

「もちろんよ。税金を取り立てる側としては、市民がより多くいてくれたほうが助かるし」

意地悪な笑みとともに目を細めるイーリアに、マークスは首をすくめていた。

孤児院上がりで町のけちな悪党の頭目でもあるマークスは、もちろん市民権を持っていない。

ノドン追放の件で働いてくれたマークスのため、イーリアはマークスに市民権を与えたがっているのだが、納税をはじめとした市民としての様々な義務が煩わしいと逃げ回っているらしい。

「逆にヨリノブは、これから家名を名乗れるから、ただのヨリノブから変わるわけね」

「あ、そうか」

工房主は自分であり、いわば親方だ。親方は市民権を持つ者しかなれないが、逆に言うと親方になったら市民権も持たねばならない。

「家名はどんなのにするの?」

楽しそうなイーリアの隣で、クルルもなぜかちょっとそわそわしている。

自分はすぐにこう答える。

「高橋で」

イーリアとクルルは互いにちょっと視線を交わし、イーリアが代表して言った。

「タカハシ? なんか妙な響きね。砂漠の国っぽいかしら」

「あ、いえ、元々の自分の名前なので……」

ハンドルネーム、ペンネーム、あるいはプレイするゲームにつけるプレイヤーネーム。

凝ったものをつけるのは、どうもこそばゆい。

「あら、じゃあ前の世界では市民だったの?」

小市民です、と言いかけたが、絶対伝わらないのでやめておいた。市民という単語の感覚は、あまりにもここと前の世界とで違う。

「まあヨリノブからして、言いにくい名前だし、お前らしいかもな」

クルルも言いにくさではいい勝負だと思うのだが、こっちの人たちの感覚はまだよくわからない。

「じゃあ、市民権の登録はこっちでやっておくわ」

「本当ですかイーリア様。ついに仕事をお任せしても?」

クルルが珍しくイーリアの筆不精をつっついていた。事務作業から逃げ回っていつもクルルに押し付けているらしいイーリアは、慌ててクルルに泣きついている。

「そしたら、決定を親方たちに伝えないとな。作業場はノドンの屋敷でいいんだっけ?」

マークスが言って、椅子から立ち上がる。

「なんとなくで決めちゃいましたけど、全員入りますか? それぞれの工房から作業台やらなんやら持ってこないとならないですよね」

「中庭が広いからいけると思うが、あの豪奢な回廊にずらりと並べるなんて、贅沢な工房だなあ、おい」

マークスはおかしそうに笑っていた。

ノドンの屋敷の中庭は、庭を取り囲むように回廊が配され、ギリシャ風の列柱が二階部分を支えるいかにもな宮殿趣味だ。

ノドンが権勢を誇っていた時は、中庭に酒樽を池のように敷き詰め、二階の軒先から肉やら食べ物を吊るしてどっさりの町娘たちとともに騒いでいたというので、文字通りの酒池肉林だ。

今はその面影もなく、単に場所を持て余している。

「徒弟の人たちで住みたい人がいたら、部屋も開放したいんですよね」

「親方……いや、元親方だけど、徒弟のほうが親方たちよりいい部屋に住むってことになるぜ、それ」

「あ、そうか、まずいですかね」

「うーん……」

と、マークスと実務的な話をしていたら、ずいっと割り込んでくる人影があった。

「それより、大事なことがあるだろ」

「え?」

マークスを押しのけたクルルだ。

けれど奇妙だったのは、後ろ手に組んだりして、なんだか珍しくもじもじと視線を逸らしているから。

なんだろうと思っていたら、マークスが声を上げた。

「なんだ、クルルちゃん。工房の看板を決めたいのか?」

「わ、おい!」

クルルが後ろ手に持っていたものを、マークスが手癖の悪い詐欺師らしくかすめ取る。

そこには何枚かのぼろぼろの紙があり、なんだかびっしりあれこれ描かれていた。

「よく描けてるじゃないか」

「返せ!」

マークスは数枚めくってから、まとめてイーリアに手渡してしまう。

するとクルルは手をこまねいて、あわあわとした後、むくれてしまった。

「クルルが最近また部屋にこもって、なにしてるのかなと思ってたけど」

「べ、別にいいでしょう! ほら、イーリア様! 返してください!」

開き直った様子のクルルに、イーリアはきらりと目を輝かせたのち、白々しく手にしていた紙束をこちらに押し付けた。

「新親方に決めてもらわないと」

「うっ」

クルルはイーリアとこちらの顔を見比べて、その尻尾をピーンと強張らせていた。

それもやがて力が抜け、ぶっきらぼうに言う。

「……適当に描いてみただけだ」

クルルらしくもなく、ずいぶん気弱なことだ。

けれど、クルルが一生懸命考えていたらしいことは、紙に描かれたバリエーションの多さからよくわかる。

それに意外なこととして、クルルは魔石加工職人をこっそり目指していたくらいなので、案外に絵が上手だった。

その中でも目についたのは、シンプルで、一目で魔石加工の工房とわかる、もっとも単純にしてもっとも有名な魔法陣を改変したものだった。

「え」

けれど、それを指さすと、クルル自身が驚いていた。

「いや、だが……それは」

「どれ?」

イーリアとマークスも覗きこんできて、指差されたものを見るや、隠微な笑いを見せていた。

「お前、なまっちろい見た目なのに、そういうところあるよな」

と、マークス。

「意地悪な冗談は、私も好き」

そんなイーリアの言葉に、自分はわざとらしく反論する。

「別に冗談なんかではないですよ。我々が魔石加工の工房を構えることに、不安を覚える人たちもいるでしょうし」

それは正確には人ではないのだが、イーリアは肩をすくめていた。

「これにしましょう」

選んだのは、一本の槌が横たわる上に描かれた、炎を示す基礎魔法陣というものだった。

炎の魔法陣は、自分たちが魔石の凄まじい秘密を見つけた時、最初にクルルが魔法を使った時のものでもある。

そしてその魔法陣には、ちょっとした加工が、魔法陣に似せて加えられている。

多分、魔法の発動にはまったく意味をなさないはずだが、見る者が見ればすぐにわかるそれ。

「魔法陣に、獣の耳」

魔法と人間、それに獣人の歴史を考えれば、あまりに不穏な冗談とも言えるもの。

けれどこのジレーヌ領を治めるのは、獣の耳と尻尾を有するイーリアであり、それを是としていこうというのだから、これくらいの押し出しがあってしかるべきだろう。

「決まりね!」

こういう時はやけに元気のいいイーリアが、こちらの手から紙を奪って宣言する。

「それじゃあ、工房の名前はどうする?」

「順当に言えば、タカハシ工房じゃないか? 親方の家名なんだし」

マークスがそう言って、イーリアは口の中で転がすようにタカハシ工房と言って、うなずいていた。

「クルルはどう?」

とってつけたように聞かれたクルルは、むくれてそっぽを向いたまま答える。

「ご随意に!」

健吾にも聞いておきたかったが、イーリアが賛成しているのなら健吾は反対しないだろう。

「では、それでいきましょう」

自分の名が冠された工房など奇妙な感じがしたが、なんだか初めて、この世界に居場所ができたような気がしたのも事実だ。

イーリアが手にしている紙を見て、どうやら自分の工房のものになるらしい看板の絵図を見て、それからクルルを見やる。

いつもこちらを圧倒してばかりのクルルだが、今は気圧され気味に、知らない家に連れてこられた子猫みたいに威嚇している。

「看板の絵、ありがとうございます」

そうお礼を述べたら、耳と尻尾をまたぴーんと伸ばし、そっぽを向いていたのだった。