軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話

ジレーヌ領の経済を根底から支える魔石だが、産出の面は健吾が一手に引き受けていた。

その日も、ジレーヌ領が属するアズリア属州の州都からはバックス商会の船が来航していて、積み荷は健吾から要求された山ほどの鉱山向け資材だ。

獣人用の巨大なつるはしなど工事用器具と、落石から身を守る鉄兜や、暗い坑内を照らす蝋燭に、坑道を支える木の柱などなど。鉱石を満載にした籠を引き上げるための滑車のような工具や、鉱山採掘には永遠の敵ともいえる、地下水をくみ上げるための装置などもあった。

特に工具系は非常に高価で、かなり痛い出費だ。しかも道具というのは買って終わりではなく、今後はメンテナンスが発生するはずなので、そこも怖い。

可能な限り早く、島の中だけで製造できるようにする必要があった。バックス商会につけこまれかねないし、輸入のための金貨は可能な限り温存しなければならないからだ。

特にジレーヌ領は島国で、食料自給率は間違いなく100%を割っている。つまり食糧は常に輸入頼みだが、干ばつなどで価格が高騰すれば、その時に食べ物を買えるかどうかは、島に金貨があるかどうかにかかっている。

こういうことを考えるだに、早くイーリアの下に優秀な文官がきて、管理して欲しいと思う。

そして自分やイーリアがあれやこれや忙しいように、健吾も鉱山の改善のために忙殺され、ここのところほとんど会えていなかった。

魔石取引のことで話したいことがあったので、荷を届けるついでに鉱山を訪れた。

なんだか随分久しぶりな気がして感慨にふけっていると、大きな体をした獣人がこちらを見て声を上げた。

『おお、見よ! 我らが救世主、ヨリノブ殿だ!』

鉱山の入り口には天然の洞窟を改装した酒場があって、獣人たちが山ほどたむろしている。

声を聞きつけた獣人たちがわらわらと出て集まってきた。

身長二メートルを超える獣人たちに取り囲まれると、はっきり言って怖い。

しかも獣人に力を借りた際、獣人たちの若者を取りまとめるドドルという獣人は、人間を敵とみなしていた。

あわあわとまごついていれば、不意に自分の後ろからクルルが前に出る。

「散れ!」

自分が鉱山に行くと知ったらなぜか一緒に行くと言い出したクルルなのだが、こうなることがわかっていたのかもしれない。

「ケンゴの奴はどこだ?」

『これはこれは“鉄槌の猫姫”クルルではないか』

ドドルと似たライオンのような獣人に、妙な名で呼ばれたクルルは嫌そうな顔をしていた。

「鉄槌の猫姫?」

自分がクルルに聞くと睨みつけられたので、黙っておく。

クルルが流浪の魔法使いドラステルに化け、魔法を使っていることが獣人社会に広まって、話題になっているのだろう。

その「鉄槌」を誰に下したかは、もちろん問うまでもない。

あと、やっぱりクルルは猫の獣人なんだと思う。

『ケンゴならば坑道の奥だ。今朝がた、水の出た坑道があってな。仲間たちといったん引き上げの作業をしているが……少し待っていれば戻ってくるだろう』

「そうか。なら、荷物を運び入れて、酒場で待つとするか」

その言葉は、クルルが肩越しにこちらを振り向いて。

鉱山の奥に健吾を迎えに行こうと言い出さなくてちょっとほっとした。

いや、クルルは酒が飲みたいだけではと邪推する。

『ワレらも手伝おう。おおい、お前ら!』

ライオンの獣人が声をかけると、野太い声があちこちであがる。

港での荷揚げは人間が行っていたので、鉱山用の荷物の陸揚げには結構な時間がかかった。

それが、獣人の手にかかれば一瞬だった。

五人がかりで持ち上げたつるはしを、片手で持ち上げて肩に担いでしまうのだから、なるほど魔法が人間にしか使えないものであっても、人間側は獣人を完全には倒しきれなかったわけだと納得する。

「ケンゴの奴はどうだ。役に立っているか?」

獣人たちが鉱山用の道具を運び込むのを監督しながら、クルルがライオンのような獣人に声をかけていた。

そのライオンの彼も仲間にあれこれ指示を出しているので、偉い立場なのかもしれない。

『もちろんだ。あいつはお前よりも獣人だからな。お前の耳と尻尾を足しても、なおケンゴの毛深さにはかなうまいよ』

ライオン氏はそんなことを言って笑っているが、クルルはその言葉に、顔を赤くこわばらせていた。

尻尾の毛を逆立て、ライオン氏の丸太のような足に蹴りを入れているクルルを見やりながら、クルルはまさかまだ生えていないのだろうかとか思ってしまう。そんなことを思っているのがばれると八つ裂きにされそうだったので、努めて顔を背けておく。

『元気でなによりだ、猫姫よ。もちろんケンゴだけでなく、ヨリノブ殿がこうして素早く道具を届けてくれることも助かっている。仲間を代表して礼を言おう』

その獣人は大きくて武骨な爪の生えた獅子の掌を差し出してくる。

握手だ、とわかるまでにやや時間がかかったし、その掌を握ると思いのほか柔らかかった。

『魔石の生産は二倍……いや、さらにその倍はいくだろう』

「そんなにか? 今までなにしてたんだ」

クルルが言うと、ライオン氏のたてがみが陽炎のように揺らめいた。

『無礼を許そう、鉄槌の猫姫よ。我らはケンゴがいなければ、鉱山の奥で朽ち果てていた。それほどひどい有様だった。道具もなしに、この手で岩を割り、掘りだし、肩に乗せて運んでいたのはつい最近のことだ』

落盤事故などで怪我をしても、折れた腕をそのまま抱えて作業をさせられていた、と健吾は語っていた。

「……悪かったよ」

クルルは失言だったと認め、ぶっきらぼうに謝っている。

ライオン氏のたてがみから力が抜け、その掌を差し出していた。

握手をするのが好きらしい。

『掘りだした魔石は、ヨリノブ殿が売りさばき、大儲けしてくれるとケンゴから聞いた』

ライオンの瞳を向けられ、背筋が伸びる。

「えっと、はい、頑張り、ます」

しどろもどろに答えると、クルルからやや呆れたような目を向けられるが、ライオン氏は嬉しそうに目を細め、また握手を求めてきた。

そんなことをしていると大量の荷物はあっという間に鉱山の奥に消え、それと入れ替わりにずぶ濡れの獣人たちがやってきて、そこに妙に小柄な獣人がいると思えば、健吾なのだった。

陸揚げされた荷物の中には、大量の石鹸もあった。

ずぶ濡れの獣人たちが、鉱山の外で大笑いしながら泡まみれになっているのを眺めていたら、彼らに比べればだいぶ毛の少ない健吾が一足先にさっぱりした顔で戻ってくる。

「荷物ありがとな」

その礼には、肩をすくめておく。

「クルルちゃんまでわざわざ来てくれるなんて、どういう風の吹き回しだ?」

姪っ子みたいな扱いをしている健吾がクルルの頭を撫でようとすると、クルルは心底嫌そうな顔で避けていた。猫姫とか呼ばれているので、水は嫌いなのかもしれない。

「魔石取引の話がしたいんだけど、時間ある?」

「ん? ああ」

健吾はごわごわの麻布でごしごし顔を拭き、肩にかけて首の骨を鳴らす。

「ちょっと忙しくてここから離れられなくて、悪かったな。頼信からの提案は読んだよ。いいと思う」

「鉱山の産出が四倍になるかもって話を聞いたけど、それは?」

「四倍は控えめかなあ」

やや驚き、クルルと顔を見合わせてしまう。

「本気でやれば軽く10倍はいくと思う。けど、鉱山の枯渇を早めるだけだし、頼信の提案がうまくいかないと、産出だけ増やしても意味がないだろ」

自分がうなずく横で、クルルは少し離れた場所で騒ぐ獣人たちをちらっと見ながら、健吾に視線を戻す。

「私もイーリア様も、ヨリノブの提案はよくわからん。魔石の輸出を増やすって話だが……」

「原石の産出が増えても、今のままだと加工が追い付かない。頼信のやろうとしているのは、その加工を増やすって話」

一次産業の悲哀だ。

原料をそのまま輸出していては、儲けとしても低いし、なにより産業が発展しない。

魔石は限られた資源なのだから、加工を施し、可能な限り高値で売り、できるだけ多くの金貨をジレーヌ領にもたらさなければならない。

さらには加工のための職人や、その職人の使う道具の生産などが発展すれば、様々な仕事が領内に生まれてくれる。どちらかというと、加工した魔石の売却代金より、ジレーヌ領の経済発展のほうが領主イーリアにとっては利益になるはずだ。

「それは聞いた。なぜそうするのかも聞いた。魔石をそのまま売るより、加工してから売ったほうが圧倒的に儲かるからだと。私がわからないのは、その方法だ」

健吾がこちらを見るので、自分も説明はしたが理解を得られなかった、という意味で首をすくめる。

「こいつの言うことは絶対におかしい。どうして加工を増やしたいのに、工房を増やすのではなく、減らすんだ?」

クルルの細くてすらりとした指が、こちらの顔に突き付けられる。

健吾は笑みに似た曖昧な顔をみせてから、頭を掻く。

「工房を減らすというか……」

「こいつの案によれば、親方たちが構える工房を取り潰して、親方も徒弟と一緒に半人前の身分にするという。そうしたうえで、今まで以上に魔石の加工を増やすというんだ。まったく意味が分からない」

何度か説明したのだが、クルルはもちろん、イーリアからも理解を得られなかった。

というかイーリアにおいてはなにか妙な勘違いをしていたらしく、説明の途中で大笑いしていた。

「ブンギョーとはなんなんだ?」

怪訝そうにその単語を、日本語の発音で口にするクルル。

職人は技術を修め、工房を構えることで一人前というのがこの世界の常識だ。というか前の世界でも、工業化が始まる前ではおおむねそうだった。

その点、魔石加工は規格化された大きさの魔石に、これもまた決まった法則で魔法陣を刻み込む作業であり、要は膨大な単純作業の組み合わせでできている。

現行の工房では徒弟たちはその下準備をするだけで、魔法陣を刻み込むのは修練を経た親方だけのものになっている。

だから魔石加工のペースを上げようと思えば、この世界の常識に従う限り、親方を増やすしかない。だが親方になるには何年もの修業が必要で、余りに非効率だ。

そこで頭をひねったのだが、徒弟たちもすべての作業はできずとも、簡単な彫りの技術なら持っていることに気がついた。

ならば魔石加工の各工程をバラバラに分解し、難しい作業は親方に、簡単な作業は徒弟に受け持たせることで、未熟練者も含めて活用できるのではないかと思ったのだ。

けれどそうなると、一連の工程にはある程度の人数が必要になるから、一人の親方に数人の徒弟がいるだけの工房形式は、そぐわない。

理想的には右から左に魔石を渡していって、各々に割り当てられた仕事をこなしていき、最後の作業台まで魔石がくると、完成品になるのが望ましい。

そう説明したら、イーリアは腹を抱えて笑っていた。

親方も徒弟もずらりと横に並び、せっせと魔石を隣に渡していく様子が、彼女にはあまりに奇妙に思えたらしい。ツボにはまって、ふわふわの髪の毛をますますふわふわにして、犬っぽい尻尾をばたばたさせて笑っていた。

「言葉だけだと実感しにくいのか? 俺たちからすると当たり前のことなんだけど」

健吾がこちらを見やるので、自分もうなずく。

するとクルルはあからさまに不機嫌そうな顔になる。

「お前たちが前にいた世界とやらの話か」

知らない世界の話に目を輝かせるのではなく、クルルは前の世界の話が出るとなぜか不機嫌になる。

「ものは試しと言うし、試してみればいいじゃんか」

健吾はクルルの様子に頓着せず、そんなことを言う。

そうこうしていると、獣人たちも体を洗い終わったようで、健吾の名を呼んでいた。

「……お前たちの言うブンギョーだがな」

獣人たちに返事をしていた健吾が、クルルを振り向いた。

「イーリア様もそうだが、私もうまくいくとは思えん」

ノドンを倒してやる、なんて無謀な計画には前向きだったクルルも、なぜか否定的なのだ。

「うーん……イーリアちゃんは反対だって?」

健吾の問いに、「イーリア様と呼べ!」といつもの言葉を挟んでから、クルルはため息をつく。

「イーリア様は、やるだけやってみたらいいと。なにせ、ノドンを倒したくらいなんだからな」

クルルは納得いっていないようだが、イーリアには忠実だ。

「まったく……お前らのやることは訳が分からん」

「けどそのおかげで、今がある」

健吾が言うと、クルルは嫌そうに顔をしかめ、しっしっと手を振った。

健吾は楽しそうに笑い、仲間の獣人たちのところに歩いていく。

それを見送って、自分はクルルに言った。

「分業そのものは、この世界にもありますよね?」

ノドン商会に、街中の商人や職人たちが取引の見直しの陳情で集まってきた。そこには色々な生業の者たちがいて、例えば服の生産に関わる職人などは、複数の組合に分かれていた。

原毛を洗い、紡いで糸にまでする糸紡ぎ組合に、それを布にする機織り職人組合、縮絨や染毛を請け負う染物職人組合に、服に仕立てる仕立て職人組合。羊を育てる羊飼いたちは職人とは根本的に異なる別の集団のようだし、さらには原毛や糸や布地を専門に取り扱う商人たちの組合もちょこまかあって、服を作り、商品にするという仕事は、ものすごい数の人たちに分担されている。

決して、なにもかもの作業を一人の人間が行うことを前提としているわけではないのだが、イーリアもクルルも自分の提案には懐疑的なのだ。

「服の話か? それはブンギョーではないと言っただろう」

「えぇ……?」

クルルの言い分がまったくわからない。

けれどそれはクルルたちのほうも同じようで、自分がその話を理解しないことに呆れているようだった。

「だが……腹立たしいことに、ケンゴの奴の言い分は確かだからな」

「?」

クルルはこちらを見て、嫌そうに顔をしかめる。

「お前たちの無謀な考えのおかげで、今があるってことだ」

クルルはこちらを睨み、動物が威嚇するみたいに犬歯を覗かせていた。

けれどそれは威嚇というより、女の子がふてくされて、いーっとしているようにしか見えなかった。

「ほら、ぼやぼやしてないで戻るぞ!」

言われ、自分は慌てて小走りにクルルを追いかけたのだった。